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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第三章 悪しき戦争(マラ・グエラ) 後編

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37/82

新しい魔女

 それからは、死んだように生きた。

 神を殺す方法だけを、虚しく一人で考え続けた。

 気づけば五年が経っていた。


 世界は、よくなっていない。


 *


 夏――。

 食べ物はないのに、雑草だけが伸びていた。

 俺は水ばかり飲んでいるせいで、逆に体調がよくない。


「ったく腰が痛ぇにゃ。あたしも歳かにゃあ……」

 草むしりを終えたカエデさんが廃墟に戻ってきた。

 そんな歳には見えないが……。初めて出会ったとき、カエデさんは三十代だったらしい。あれから十年は経っている。


 俺も三十近くなった。

 ちゃんと数えていないから、じつは三十を超えているかも。分からない。


 母さんは帰ってこない。


「マルコ、味噌汁作ってくれたの?」

「はい」

「なんだかデカい息子みてーだにゃ」

「母さんって呼びましょうか?」

「怒るよ?」

 よっこいしょと椅子に腰をおろし、カエデさんは味噌汁をすすった。

「山菜のパスタもありますよ」

「マルコ、意外と料理の才能もあったんだにゃ」

「切ったり焼いたりするのは昔から得意なんです」

 ジョークを言ったつもりだったが、カエデさんは気まずそうな顔になってしまった。

 どうやら俺にはジョークのセンスがないようだ。

 二度と言わないほうがいい。


 *


 食事を終え、俺は皿を洗った。

 家事はなれたものだ。

 ずっとカエデさんに甘えっぱなしだったが、少しは恩を返せていると思う。


 片づけを済ませて、広間に戻った。

 人が増えていた。


「えっ?」

 俺は我が目を疑った。

 誰だ?


「マルコ! マルコ! やっと会えた! マルコ!」

 謎の少女が抱き着いてきた。

 緑のローブを身にまとった、長い黒髪の少女だ。

 本当に誰なんだ?


「マルコ! 大人っぽくなったね! 前のマルコもよかったけど、今のマルコも素敵だよ!」

「いや、さっきから誰なんですか?」

「えっ?」

 俺が距離をとると、少女は哀しそうな顔になってしまった。


 テーブルに置かれた生首が溜め息をついた。

「マルコ。ピチョーネですよ」

「ピチョーネ? 山で拾った子……ですか? えっ?」

 当時、彼女の背は俺の半分くらいしかなかった。髪もボサボサで、口数も少なかった気がする。

 だが、あらためて見てみると、やはりピチョーネだ。たぶん。それ以外の誰かには見えない。


「え、魔族って歳をとらないんじゃ……」

「大人はそうですが、子供は違いますよ」

「ていうか母さん、いつの間に帰ってきたんです?」

「ついさっきですよ。呼びに行こうと思ったら、ちょうど鉢合わせして」


 思ったよりも、嬉しくなかった。


 いや、再会できたのはもちろん嬉しい。

 ずっと母さんとは会いたかった。

 だけど、なんだか……素直に受け入れられなかった。

 五年だ。

 そんなに会わずにいるほど重要な用事だったのか?


「用は済んだのですか?」

「じつはまだです。しかしピチョーネがどうしても帰るとうるさくて……。最終的に、集会所を追い出されました」

 五年もいたんだから、ずっといてもよかっただろう。


 そのピチョーネは、不安そうにこちらを見つめている。

「マルコ、私と会えて嬉しくないの?」

「どうかな……」

「なんで? なんでそんなこと言うの? 私、ずっとマルコと会いたかったんだよ? 会える日を楽しみにして、毎日お勉強を頑張ってたのに……。ひどいよ」

「ごめん。でも急だったし、どう受け止めていいか分からなくて」


 母さんに会えても、そんなに嬉しくなかったのだ。

 ピチョーネのことは、正直、忘れかけていた。

 たぶん昔だったら飛び跳ねて喜んでいたと思うけど……。

 そう考えると、いまの俺はどうしてしまったんだろう? 大人になったということなのか? ついに親離れしたのだろうか?


「事前に連絡をくれればよかったのに」

遠隔映像テレ・ビジオネの受信機が壊れていたようですね。書簡も送ったのですが、世相が世相だけに、届かなかったようです」

 母さんの説明は淡々としていた。

 寿命の長い魔族にとって、五年なんて一瞬なんだろう。

 俺にとってはそうではないのに。


 カエデさんが溜め息をついた。

「マルコ、急なことで驚くのは分かるけど、もう少し冷静ににゃ」

「俺は冷静ですよ」

「ならいいけど……」

 カエデさんはいったいなにを言っているのだろう?

 俺は動揺なんかしていない。

 怒ってもいない。

 ただ、なんだか……いろいろ納得できないだけだ。


 *


 それからは、旅先での話を聞かされた。

 戦争に巻き込まれそうになったこと。赤の領域で、魔族のスパイに疑われたこと。魔女の集会所についてからも、いろいろあったこと。ピチョーネが正式に緑の魔女を引き継いだこと。


 楽しそうだった。

 ピチョーネはいろんなことを体験して、いろんな人に出会って、自分自身も成長して、充実した五年間だったみたいだ。先輩の魔女にもかわいがられたらしい。


「俺、そろそろ部屋に行きますね。やらなきゃいけないことがあるんで」

「えっ? なんで? もっとお話ししようよ!」

 ピチョーネが興奮した様子で袖を引っ張ってくる。

「お話は、みんなでしてください」

「お部屋に行ってなにするの? お話しよりも大事なこと?」

「そうですよ」


 俺は神を殺さねばならない。

 そのための計画を練っている。

 人類が戦争で弱ったら、神族はいつか必ず現れる。次はあの大きな機械人形だけでなく、別の機械を送り込んでくるかもしれない。

 一刻の猶予もない。


 *


 だが、計画は進んでいなかった。

 この五年間、ずっとそうだ。

 フェデリコさんがいたころから、ほとんど進歩がない。

 なにがダメなのかも分からない。


 朝、母さんの歌声で目を覚ました。

 世界を呪う歌。

 以前はこの歌を聞くのが楽しみだった。朝が来た感じがした。だけど、いまは……。眠りを妨害されたように感じてしまう。

 きっと今朝も、小鳥をつかまえてミンチにしたのだろう。

 できれば二度と口にしたくない。


 梯子をギシギシ鳴らして、ピチョーネが部屋へ顔を覗かせた。

「マルコ、朝だよ? 起きないの? ご飯あるよ?」

「いま行くよ」

 あえて言わないけど、来ないで欲しかった。

 構わないで欲しかった。

 今後、ずっとこれが続くのかと思うと気が滅入った。

「早く来てね。さめちゃうから」

「はい」


 *


 二度寝しようと頑張ったけど、結局眠れなかった。

 時間だけを浪費した。

 下へ行くと、さめ切った食事が置かれていた。


 母さんとピチョーネはおらず、カエデさんだけが作業していた。麦わらで靴を編んでいるようだった。

「マルコ、ずいぶんお寝坊だにゃあ」

「起きてました。ただ、顔を出したくなくて」

「今日の朝食は、ピチョーネが作ったよ」

「……」

 パンの上に目玉焼きが乗っている。

 脇に添えられているのは鳥肉だろうか? ちゃんと火を通してある。魔族は料理で火なんか使わないのに。


「食べなよ。マルコのために作ったんだよ?」

「はい」

「二人は山に行ったよ。なんか作業するんだって」

「そうですか」

 料理はつめたかった。

 だけど、優しい味がした。

 そんな味、あるわけもないのに。


 *


 それからひたすら薪を割った。

 体を動かしていないと、心がぐちゃぐちゃになりそうだった。


 嬉しいはずなのに。

 素直に喜べない。


 俺が一番つらかったとき、母さんはそばにいてくれなかった。

 行かないで欲しかったのに。

 俺ではなく、ピチョーネを連れて行ってしまった。

 母さんはそれでもよかったんだろう。

 俺のことを大人になるまで育ててくれた。だから、もう十分なのだ。母さんを悪く言う資格なんかない。むしろ感謝すべきだ。


 それでも……。


 もう少し、俺のことを気にしてくれてもよかったんじゃないか……と、思う。

 思ってしまう。


「ただいま、マルコ」

 ピチョーネの声がした。

 昨日はこちらのことなどお構いなしだったのに、いまは遠慮するような態度だ。

 抱えられた母さんはなにも言わない。


「お帰りなさい」

 俺はそれだけ告げて、薪割りに戻った。

 もうじゅうぶん割ったのに。

 やめられなかった。


 *


「マルコ、こんなに割ってどうするつもりだにゃ……」

「どうせ使いますから」

「そりゃそうだけど……」


 夕飯の雰囲気はよくなかった。

 みんな互いの表情をうかがって、なにも言い出さずにいる。


 食事は今日も野菜くずのスープ。

 どうせこのあと寝るだけなのだから、少しくらい足りなくても我慢するしかない。


「マルコ」

 母さんが口を開いた。

 無表情で。

「はい?」

 なんだろう?

 お説教でもするつもりか?

 なにを考えているのか、表情からは読めない。以前はなにかしら察することができた気もするけど。本当に、なにも分からなくなってしまった。


「この五年、なにをしていたのか、お話ししなさい」

「えっ?」

「私たちのことは伝えましたが、あなたからはまだなにも聞いていませんよ」

「べつに……」

 いい話なんてなにもない。

 戦争に参加してつらかった話。人間に失望した話。魔族にはもっと失望した話。神と戦おうと思っていたのに、すべてがムダに終わってしまった話。

 そんなの、どれもしたくない。


 母さんは、それでも強情だった。

「言いなさい」

「なぜです?」

「なんででもです」

「そんなこと、知ってどうするんです?」

「どうもしませんよ。ただ知りたいんです」

「なんで?」

「会わずにいた間、自分の子供がなにをしていたのか、知りたいだけですよ」

 うっ……。

 それはズルいよ。

 急に親みたいな顔をして。


「でも、言ってもどうせ、全部終わったことですし……」

「それでも言いなさい」

「でも、面白くない話ばっかりだし……」

「構いませんよ」

「ちゃんと聞いてくれますか?」

「もちろんですよ。教えてください」


 怒るかと思ったのに、怒ってこない。

 母さん――。

 本当に俺の話を聞きたいの?


 *


 話し始めたら、止まらなくなってしまった。

 予定していたこと。予定していた以上のことを喋ってしまった。

 母さんは黙って聞いてくれた。

 ぜんぶ。


「とても大変な思いをしましたね、マルコ。でも、無事でいてくれてなによりです」

「はい……」


 やっと、ちゃんと、嬉しい気持ちがわきあがってきた。

 母さんに心配してもらえたから。


「マルコ、分かっているとは思いますが、私も行くつもりではなかったのです。ですが、やむをえず……。そんな顔をしないで。これからはずっと一緒にいますから」

「はい……」


 分かっていた。

 本当は分かっていたのだ。

 だけど、ちゃんと言ってもらいたかったから。


「もう、マルコ。泣くんじゃありません。いい大人なのですから」

「はい……」

 意地を張って距離をとってしまった自分が、急に情けなく思えてきた。

 母さんは心配してくれていたのに。


 ピチョーネもなぜか泣いていた。

「よかったね、マルコ。先生と仲直りできて」

「うん」

 この子にもつめたく当たってしまった。

 なにも悪くないのに。


 自分では大人になったつもりだったのに、子供みたいにすねてしまった。

 そんなことをしても、誰も幸せにならないのに。


「ごめんなさい、母さん。ピチョーネも。俺、心の準備ができてなくて。会いたかったのに、会えなくて……。だから会いたくないって思い込もうとしてたんです。でも、やっぱり……」

 母さんはかすかに笑みを浮かべていた。

「つらい思いをさせましたね。でも、家族というものは、離れていても家族なのですよ」

「はい。俺、もっとしっかりします。ちゃんと大人になります」

「大袈裟ですね、マルコ。ちゃんと成長していますよ」

「はい」

 話せば話すほど、母さんに会えた喜びがわきあがってくる。


 意固地になっている場合ではない。

 強くならねば。

 ここにあるすべてを守るために。


 *


 今日はぐっすり眠れそうだ。

 そう思って部屋へ行くと、ピチョーネも後ろからついてきた。

「マルコ、ちょっといい?」

「えっ?」

 なんだろう。

 わざわざ部屋まで来るなんて。


「さっき、神を止めるつもりだって話してくれたよね? じつはね、集会所でもその話をしたの」

「集会所で? 魔女が?」

「そう。普通なら、この戦いは神の計画通り、魔族の勝利で終わるはずだったでしょ? だけど人間たちは、戦いに備えて、いろんなものを作ってた。だから神の思う通りにいかなかった」

 そうだ。

 それどころか、人類は機械人形まで乗っ取ってしまった。


 ピチョーネは神妙な顔だ。

「だけど、神はまだあきらめてないよ。もっと苛烈な攻撃を仕掛けてくると思う」

「でも、どうすれば? 俺だってずっと考えてるのに、ちっとも答えにたどり着けないんだ」

 彼女は笑った。

「それはマルコが悪いんじゃないよ。いまのままだと、人類は、神には勝てないんだから。誰が考えてもムリなんだよ」

「ムリ……」

「でも、それも少し前までの話」

「えっ?」


 ピチョーネはぐっと距離を詰めてきた。

「言ったでしょ? 魔女たちも対策を考えてたって。集会所には、すごい魔女がいっぱいいてね。みんなで試行錯誤して、新しい魔法を使えるようにしたんだ」

「どんな魔法?」

「転移魔法だよ。召喚魔法とも言うかな。あるものを、別の場所へ移動させる魔法。神が急に機械人形を出したりするでしょ? あれと同じもの」


 神の眷属が使用していた魔法を、魔女たちは自力で習得したのか……。

 けど、召喚魔法でどうするつもりだ?

 機械人形を向こうへ送り付けるのか?

 ん?

 向こう?


 ピチョーネは不敵な笑みを浮かべた。

「つまりね、その魔法を使えば、私たちも向こうへ行けるってこと。空間の裏側にね」

「空間の裏側……」

「あいつら、そこに住んでるんだよ。で、コソコソ隠れながら、こっち側の世界を攻撃してる。でも、もう一方的にやらせはしないよ。私が魔法で空間をこじ開けてやるんだから」

 そういえば、この子はもう緑の魔女になったんだったか。

 つまり、全盛期だったころの母さんと同等の力を持っている。この地方の伝説として語られるほどの力を。


「私、いろんな魔法が使えるようになったよ。だから、マルコの願い、なんでも叶えてあげる。なんでもね。私の命は、マルコのものだよ」

「……」


 ピチョーネの力を使えば、神の眷属と接触できる……。

 ダメージを与えることができるのだ。

 つまり、命を奪える。


 だけど、それは許されることだろうか?

 いま人類は、神の眷属と停戦している。なのに攻撃をしたら、すべてを敵に回ることになる。ルールを破ることになる。


 力はある。

 敵も見えている。

 そんな状況下で、攻撃しないという選択肢がありえるのか……?


(続く)

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