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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第一章 嵐の前(プリマ・デラ・テンペスタ)
24/58

カルマ(二)

「どうした? なにかあったのか?」

 ヤスミーンさんの声で、俺は我に返った。


 強烈な日差しの差し込む、夏の、焼けた森。

 俺は機械人形のコアに触れていた。


「あ、いえ……。少し……ぼうっとして……」

 いまのは、俺の気のせいだろうか?

 コアをなでまわしてみたが、もう妙な景色は見えなかった。

 あの機械だらけの都市――。ただの幻覚とは思えない存在感があった。


 *


 ロープでコアをグルグル巻きにして、引きずりながら帰った。

 当初、背負うつもりでいたのだが、両手で抱えるほどの大きさだったため断念した。


 おかげで、廃墟につくころには、もう日が傾いていた。


「ただいま戻りました」

「……」

 母さんは露骨に顔をしかめていた。

 説明するまでもなく、それがなんだか理解したのだろう。


 その代わり、カエデさんが近づいてきた。

「なんだなんだ? スイカ泥棒か?」

「違います。機械人形のコアですよ」

「なんだよ。朝早く出てったと思ったら、そんなもん拾ってたの?」

「フェデリコさんが欲しがるかと思って」


 そのフェデリコさんは、まだ廃墟に来ていない。

 このところ街から帰ってこないところを見ると、かなり忙しいのだろう。


 俺は水を飲み、ふうと呼吸をした。

「ところで母さん、コアに触ったとき、なにか見えたのですが」

「見えた?」

 ぐっと眉をひそめた。

 怒られるのだろうか?

 いや、考え事をするときの顔かも。

 どちらなのかは、いまだに分からない。


「なにが見えたのです?」

「機械だらけの都市で、機械が作られてるような夢です。だから、もしかしたら機械人形の記憶かなって」

「ああ、なんてこと……」

 母さんは、予想外にしょげてしまった。

 これはかなり珍しい。

 レア顔だ。

「なにか、いけなかったですか?」

「いえ……それは……。あなたはなにも悪くありませんよ、マルコ。言い訳せず、白状します。それは、私があなたにかけた記憶魔法のせいでしょう」

「魔法のせい……」


 俺が生まれた瞬間を記憶しているのは、記憶魔法のせいだと以前も聞いた。

 それがいまだに続いているのか。


 カエデさんは空気を読んだのか、味噌汁の鍋の様子を見に行った。といってもすぐそこの暖炉だけど。

 母さんはなんとも言えない表情だ。

「マルコ……。じつは事故なのです」

「事故?」

「以前、あなたに記憶魔法をかけたと言いましたね? ですが、本当はあなたにかけたのではないのです」

「えっ? 母さんでも、魔法を失敗することがあるのですか?」

「ええ。私が魔法をかけた相手は、あなたの本当の母親です。彼女の記憶を留めておいて、あなたが大人になってから事実を知ってもらおうと……。ところが、彼女にかけた魔法が、腹の中にいたあなたにまでかかってしまった」


 ん?

 それじゃあ、俺に恩を着せるためというのは、ウソなのでは?

 悪魔の眷属が、子供にウソをついたのか?


「母さん、それじゃあ俺のために……」

「勘違いしないでください。自衛のためです。契約によって彼女の命を奪ったことを、ほかに証明する手段がありませんでしたから」

「分かりました。そういうことにしておきましょう」

 母さんは目を細めてしまった。

「もう、マルコ……。いえ、いいのです。あなたが、出生時の記憶を有していると知ったとき……。私は自分のミスに気付きました。そして解除することも考えましたが……。脳に蓄積された記憶というものは、基本的に消せませんから。そのままにしておいたのです。それが、まさか機械人形のコアにまで反応するとは」


 原因が分かったのでスッキリした。

 だけど、別の問題がある。


「母さん、さっき大人になったらってどうこうって言ってましたけど、まだダメなのですか? 俺、もう大人ですけども……」

 すると母さんは、極限まで目を細めた。

「お、大人……」

「土に埋まっているもう一人の母さんに触ったら、記憶をもらえるってことですよね?」

「理論上はそうですが……。いえ、いまはそのときではありません。状況が落ち着いてからにしたほうがいいでしょう」

「落ち着きますか? これからもっと悪化するんですよね?」

 たくさんの機械人形が動き出す。

 戦争も起きる。

 一番平和なのは、いまだ。いましかない。


「マルコ、落ち着きなさい。あなたのお母さんは逃げませんから」

「まあ死んでますからね……」

「だいたい、墓をあばく必要があるのですよ? 心の準備がいるでしょう?」

「ぐちゃぐちゃしてなければ平気です」

 すでに骨だけの状態だろう。

 怖くはない。


 母さんは斜め上を見たまま固まってしまった。

 俺を見捨てるかもしれないときの顔!


「ごめんなさい、母さん。やっぱりもう少し待ったほうがいいと思います」

「そうですよ、マルコ。それがいいでしょう。冷静になれて偉いですよ」

「はい、母さん」

 ほっとした顔を見せてくれた。

 俺は母さんを困らせたくない。

 墓をあさるのはあとにしよう。


 カエデさんが半笑いで近づいてきた。

「えーと、食事は……出しても大丈夫かにゃ?」

「食べます! お願いします!」

「うい……」

 なぜか引いている。

 ちゃんと母さんを納得させたのに。

 なにかおかしいだろうか?


 *


 数日後、フェデリコさんが帰ってきた。憔悴した顔で。


「終わりだ……」

 第一声がそれだった。

 カエデさんが水を渡すと、半分だけ飲んでテーブルについた。

「王都からの帰還命令が出た。戻らねばならない」


 もっと先かと思っていたのに、急に。


 カエデさんも困り顔だ。

「えっ? あんた、どっか行くの? この家は?」

「君に任せる。こんな廃墟、どうせ売っても値がつかんだろうしな」

「そりゃ助かるけど……」


 本当に?

 本当に行ってしまうのか……。


 俺は部屋の端に置きっぱなしだったコアを引きずり出した。

「フェデリコさん、これ、前に言っていたコアなんですけど……」

「ああ、悪いな。ここまで運ぶのは大変だったろう。だが、研究している時間はない。運べる重さでもないしな。すでに王都でもいくつか確保しているらしい。せっかくだが、それは持っていけない」

「そうですか」

 少しは研究の役に立てればと思ったのだが。

 きっと想像以上に忙しいのだろう。


 フェデリコさんは、母さんに近づいた。

「短い間でしたが、研究へのご協力感謝いたします。お母上の存在は、決して誰にも口外いたしません。それだけはお約束します」

「配慮に感謝します」


 もし王都の人間に母さんの存在が知られたら、大変なことになるだろう。

 いや、王都だけではない。

 誰にも知られてはいけない。


 カエデさんが小さな袋を渡した。

「これ、メシだよ。もう行くんでしょ?」

「メシ……? ありがたく頂戴しよう。いくつかの資料を回収したら、すぐにでも行かなくては。王都も予断を許さぬ状況らしくてな」

「この家はあたしがばっちり管理しておくから、安心して行ってくるにゃ」

「任せた」


 *


 フェデリコさんは行ってしまった。

 それだけではない。

 街の様子も急速に変わっていった。


 まず、街の商店の品ぞろえが悪くなった。

 外から来る商人の数が減ったとかで、仕入れが減ったせいだ。食べ物はサイズが小さくなり、値段もあがっていった。

 しかも領主が、いきなり税金をあげた。

 街からは人が減り、めっきり寂しくなった。

 代わりに、農民たちが集団で抗議に来るようになった。

 まだ武力での弾圧には至っていないが、城の警備兵たちはずっとピリピリしていた。


 外から攻められるまでもなく、勝手に壊れそうな気がした。


 フェデリコさんの私塾がなくなったから、ジョヴァンニさんも、ソフィアさんも、どこに行ったのか分からなくなってしまった。

 人の縁はもろい。

 あっけなく消え去ってしまう。


「マルコ、うちに顔を出してくれるのはあんただけだぜ」

「安くしてもらえます?」

「ああ、タダ同然で売ってやるよ」

 ペテロさんはそんなことを言う。

 だけどこの人は、値下げしたフリをして、そこそこの値段で売ってくるのだ。

 俺もさすがに分かっている。

「このハルバードは?」

「やっぱりそれに目を付けたか。なあ、マルコ。俺たちの仲だから安く売ってやりたいんだが、この不景気だろ? 60リラはもらわないとな」

 前に買ったときの倍だ。

 本当にそんなにするんだろうか?

「前に買ったのは折れちゃったんですけど」

「その代わり、安かっただろ? うちは安かろう悪かろうがウリなんだ。そりゃ不満があるならムリにとは言わねぇが。けど、よそじゃ倍はするぜ」

 120リラ?

 本当に?


「いまはどこも苦しいからな。あー、分かった分かった。そんな顔すんなよ。55でいいから。これならどうだ? ダメか? なら50! これ以上はさすがにまからんぞ!」

 苦しいのは事実だろう。

 食料もほとんど倍近くなっている。

 以前は1リラでタマゴのパンを買えたのに、いまでは2リラだ。しかも量が減らされている。

 倍という値段は大袈裟ではない。

「50なら買います」

「よぉし、いい子だ! 分かってくれ、マルコ。俺だって値上げなんてしたかねぇんだ。安かろう悪かろうがウリだったのに、高かろう悪かろうになっちまうからな。なんもかんも戦争が悪いのよ」

「はい。分かってます」


 ホントに安く売ってくれたんだろう。

 だいたい、店の数そのものが減っているのだ。ここで買えなくなったら、もっと高いところで買うしかなくなる。その分、質もいいかもしれないけど。


「ペテロさん、お店、続けてくれますよね?」

「ああ、続けられる限りはな。もちろん買ってくる客がいてこそだが。だからマルコ、うちでたくさん買ってくれよな? 潰れたら恨むぞ?」

「はい」

 ハルバードが折れたら。

 もし長持ちすれば来ないし、長持ちしなければすぐにでも来る。皮肉な話だ。


 *


 廃墟に帰ると、カエデさんが大鍋で豆を煮ていた。

「ただいま戻りました」

「ちょうどよかった。マルコも手伝えにゃ」

「なにしてるんです?」

「味噌の仕込みだよ。作れるうちに作っておこうと思って」

 暑いのに、汗だくになって火を焚いている。

「わあ、豆がたくさん」

「こいつが発酵して味噌になるんだよ。ま、しばらくかかるけどにゃ」


 だが、母さんは浮かない顔だ。

「できればお酒も仕込んでおいて欲しいのですが」

「ふざけんにゃ。そんな余裕どこにあんのさ?」

「はぁ、戦争が憎い……」


 そうです。

 俺も戦争が憎いです。

 タマゴのパンも、ハルバードも、イヤになるほど値上がりしています。


 母さんはチラとこちらを見た。

「そして孝行息子のマルコは……今日はずいぶん身軽ですね……」

「そうですか?」

 ハルバードを買ったのだから、むしろ重くなったと思うが。


 カエデさんは溜め息をついた。

「マルコ、あんたお人好しだにゃ。この女は、酒を買ってこなかったことを皮肉ってるの。表向き、お金は受け取らないとか言ってるけど、あんたの貯金ほとんど食いつぶしてるからね」

「お黙りなさい、使用人。借りているだけだと何度言えば分かるのです?」

 またケンカしてる。

 子供みたいに。

 そんな母さんも悪くないけど。


「ごめんなさい。次から忘れずに買ってきます」

「あら。余裕のあるときでいいのですよ、マルコ」

 かすかに笑ってくれる。

 俺にとってはこの上なく嬉しい瞬間。

 次は絶対に買ってこようと思う。


 ただ、あまり資金の余裕もなくなっていた。

 ギルドの仕事もずいぶん変質してしまったのだ。ほとんどが街を脱出する金持ちの護衛。もし引き受けたら、何日か街を離れることになる。

 母さんとも会えなくなる。


 世界が平和ならよかったのに。

 平和だったら、なにも悩まなくて済んだのに。


 街はまだ機械人形の攻撃を受けていない。

 魔族からも攻撃されていない。

 城壁はひとつも傷ついていないのに。

 中身だけがボロボロだ。


(続く)

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