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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第一章 嵐の前(プリマ・デラ・テンペスタ)

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カルマ(三)

 自宅と街を往復するだけの日が続いた。

 手ごろな仕事はない。

 ギルドのおばさんも完全にやる気をなくしていた。


 街ではスリや置き引きなどの泥棒が増えているらしく、歩行者の数も減ってしまった。

 ジョヴァンニさんにも、ソフィアさんにも会えない。

 モノの値段はあがる一方。

 お酒を買って帰る余裕もなくなってしまった。


「おい、てめぇ、よく堂々と街を歩けるな」

 仕事ももらえず帰ろうとしたそのとき、男に呼び止められた。

 闇ギルドのヘビ男だ。

 一人に見える。

「なんですか? 堂々と歩いちゃいけませんか?」

「いや、おかげで見つけられてよかったぜ。なあ、前のことは水に流してやるからよ、また俺たちと組まねぇか?」

「えぇっ……」

「カネが欲しいだろ? カネがよォ」

「欲しいです」

 だけどまた捨て駒にされるのはゴメンだ。

 フェデリコさんもいないから、騙されていてもたぶん分からないし。


「お前の強さはよぉく知ってる。そんなお前を見込んで、頼みてぇ仕事があるんだよ。かなりウマい仕事でよ」

「合法ですか?」

「ばっか、てめぇ、いい加減、理解しろよ。そんなワケねーだろが!」

「そうですよね」

 非合法なのだ。

 そういうのは、やらない。

 ウソは好きじゃない。


「けど、いいのか? お行儀よくルールを守ってても、街はそう長くはもたねぇぞ? ここの領主サマは、腕っぷしは強ぇが、政治はからきしだ。こんだけ街が疲弊してるってのに、また税金をあげるって言ってるぜ? 庶民を苦しめるだけ苦しめて、まだ足りねぇと来た。そんなバカの作った法律を守るのか? ん?」

「そ、そう言われてみれば……」


 人を苦しめるのが法律だなんて、そんなの間違っている。

 タマゴのパンもついに5リラになった。

 意味が分からない。

 街の人たちもみんな領主の悪口を言っている。

 兵隊だけウマいものを食って、市民は薄いスープで空腹をしのいでいる。みんな痩せた。


「おい、悪党。有望な若者に絡んで、暇なのかい?」

 後ろから急に声をかけられた。

 マティルダさんだ。クロスボウを担いでいる。

 ヘビ男はぎょっとした表情。

「お、お前……。なんの用だ?」

「用? そうだね。闇ギルドの構成員が悪だくみしてるから、衛兵に通報しようかどうか迷ってたところなんだ」

「おいおい、誤解だぜ。俺ぁこいつと世間話してただけで……。な? そうだよな、マルコ?」

 どうして平気でウソをつくのか。

 俺は返事をする気にもなれなかった。


 マティルダさんが手で追い払うフリをすると、ヘビ男は舌打ちして行ってしまった。

「気をつけなよ、マルコ。あいつは他人を食い物にすることしか考えてないんだから」

「ありがとうございます、マティルダさん。助かりました」

 俺がそう告げると、彼女はなんとも言えない笑みを浮かべた。

「ホントにお人好しだね。なんでまだこの街にいるの?」

「えっ?」

「えっ、じゃないよ。見りゃ分かるだろ? ずいぶんシケた街になっちまっただろ? だからみんな自由都市コムーネに行ったよ」

 自由都市コムーネと呼ばれる場所は各地にあるらしい。

 ここの隣の街もそうだ。

「自由都市には仕事があるんですか?」

「ここよりはね。けど、そこもどれだけもつか……。私は家族がいるから行けないけど」

「え、結婚してたんですか?」

「してない! オヤジがいるんだよ。足が悪くてね。置いてけないからさ」

 マティルダさんも、そうだったのか。

「じつは俺の母さんも、足が……」

「そうだったのかい。お互い大変だね。いや、大変なんて言っちゃいけないね。生きてるだけでもありがたいモンさ。せめてもう少し食べ物が安きゃいいんだけどね」


 少しじゃダメだ。

 タマゴのパンは1リラでなければ。

 考えただけで空腹が募る。


 マティルダさんは、ふと、遠くを見た。

「マウリツィオも、アルトゥーロも、どっか行っちまった。冒険者と言えば聞こえはいいが、結局はその日暮らしの自由人だからね。稼げるところで稼ぐだけさ」

 そうか。

 あの二人はもういないのか……。

「そういえば、ジェラルドさんは?」

「さあね。この混乱に乗じてどっかの領地をせしめようとしてる、なんて、キナ臭い噂なら聞いたけど……」

「領地を!?」

「元貴族だからね。いや、いまも貴族だったかも。とにかく、なにが起きてもおかしかないよ。こうなっちまった以上はね」


 そう。

 なにが起きてもおかしくはない。

 あとは、それがいつ起きるかでしかない。

 残酷なことに逃げ場もない。


「マティルダさん、もし……もし誰かが街に攻めてきたら、どうします?」

「どうって? 戦うしかないよ」

「街に残るんですか?」

「言っただろ。オヤジがいるって。見捨ててはいけないよ」


 ああ……。

 そう遠くない未来、死んで欲しくない人が、確実に死んでしまう。


 いや、人の心配をしている場合ではない。

 俺たちだって……。


 *


 そのうち街へ顔を出すのも億劫になってきた。

 公認ギルドはろくな仕事をくれなくなったし、闇ギルドの連中は堂々とそこらを闊歩している。

 街で買い物をするくらいなら、廃墟でカエデさんの手伝いをしているほうがマシだ。


 まだ暑いある夜――。


 俺たちはテーブルで食事をとっていた。


 誰も神に感謝を捧げない。

 食事をとるのは、ただ生きるために。


 パスタと味噌汁。それと紐みたいな芋。

 すぐになくなってしまわないよう、ゆっくり食べる。少しずつかじる。味わって飲み込む。


 そして俺たちは、ドォンという地響きのような音を聞いた。

 轟音ではない。

 ただ、遠くから響いてくるような音だった。

 落雷かとも思った。


「ちっと見てくるにゃ」

 この廃墟には、見張り用の石塔がついている。

 カエデさんは軽妙な動作で、するっと部屋を出て行ってしまった。


 俺も食事どころではない。

「いまのは……」

「私たちも行きましょう」

「はい、母さん」


 *


 石塔からは、街の様子がよく見えた。

 いや、夜だから全体は見えないが。

 無数の白い光が、街の周囲に集まっていた。俺の勘違いでなければ、おそらく機械人形だろう。

 鐘が乱暴に打ち鳴らされた。

 かと思うと、火の手もあがり始めた。


 街が燃えている。


「ついに始まりましたね……」

「はい……」

 街なんてどうでもいい。

 守る必要はない。

 そう思っていたはずなのに、それでもやはり哀しい気持ちになった。


 街の住民たちは、どうなっているだろうか。

 兵士は勝てるだろうか。


 いや、勝てたところで……。


 機械人形とは別の動きもあった。

 松明を手にした集団が、山のほうからぞろぞろと街へ向かっていたのだ。

 魔族だろう。

 機械人形の動きに呼応して、人類への攻撃を開始したのだ。


「失礼! 誰かいるか!?」

 階下から声がした。

 魔族はこの廃墟も見逃さなかった。


 *


「静まりなさい。私は西の森の魔女。この人間たちは、私を世話するための下僕どもです」

 母さんはそう説明した。


 武器を手に、もはや尻尾を隠そうともしない魔族たちは、次々と膝をついた。

「失礼いたしました。かの高名なる緑の魔女でございましたか。かすかに魔力の気配がしたため、よもやとは思いましたが」

「やむをえず体を失ってしまったため、ここで療養していました。それより、何事です?」

「お喜びください。ついに浄化が始まりました。我ら魔族の宿願が果たされます。人間による支配が終わるのです」

「それは結構……。私は戦えませんが、皆の健闘をまじなうことといたしましょう」

「おお、心強い。ぜひ世界に呪いの歌を響かせましょう。お休みのところお邪魔いたしました」

 満足したのか、彼らはぞろぞろと去っていった。


 *


 広間に戻るころには、味噌汁もさめていた。

「母さん……」

「もうその呼び方はおやめなさい。表向き、主従という関係にしなければ。これよりは先生マエストロとお呼びなさい」

「はい、母さ……先生……」

 たぶん慣れない。

 カエデさんも「めんどくせーにゃ」とご立腹だ。


「これからどうなってしまうのでしょうか?」

「どうもこうも……。以前、説明した通り、人間と魔族の立場が入れ替わるのです。ただ……」

 母さんは目を細めた。

 考えているときの顔だ。

「ただ?」

「王都が、この状況を黙って見過ごすとは思えません。彼らはこうなることを知っている。なんらかの手を打ってくるでしょう」

「どうなるんですか?」

「前回の戦争は七年続きました。それが十年になるのか、十五年になるのか……。いたずらに持ちこたえることになるでしょうね。あるいは……」

「人類が勝利する?」

 俺の言葉に、母さんはつまらないジョークでも聞かされたような顔になった。

「ええ。その通り。その可能性もゼロではありません。人類は魔法の才に恵まれませんでしたが、代わりに科学の研究を進めてきました。もし魔族が、神の力だけを頼りに行動するならば……。歴史上はじめて、神は敗北を味わうことになるでしょう」


 もし魔族が勝利した場合、タマゴのパンはいくらになるのだろう?

 人類が勝利した場合は?


 なにも分からない。

 ただ、こんな俺にも分かることは、この戦争が長引けば長引くほど、モノの値段もつりあがっていくだろうということ。


 どっちが勝ってもいい。

 早く終わって欲しい。

 七年も戦争して欲しくない。


(第一章 完)

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