第二十三話 ご近所と村
カチャッと、タクヤは付けていたVRゴーグルを外す。
「久々のリアル……あっー! マジで夜になってるー!!」
タクヤがゲーム、『The battle begins on the farm』をやり終え、休息を挟む頃には鳴くカラスも居ない程、日は暮れていた。
「タクヤぁー! ご飯冷めてるわよー」
「あー、はーい。かーさん。今行くー」
二階の自室から、のっしのっしと踏みしめるようにタクヤは階段を下りて行った。
(肩凝ったな。ここ2日くらい? ゲームし過ぎた)
「集中して、声掛けられなかったからほっといたけど、まさかこんなに熱中するとは……」
食事をとっている和室に辿り着くと、母がため息をつきながら話し掛けてきた。
「それがさぁー、俺が仕切っているパーティ、めちゃくちゃ運が良いんだよ。アイテムも、レアものばっかり手に入るし? セルジュっていう超強力な回復魔法系魔法使いに、ちょっと頼りないけどたまに活躍する攻撃魔法系魔法使いと、何の役にも立たないほら、タケヒコ……じゃなかったタカヒロって高校時代に居たじゃん。アイツもパーティに居るんだ」
その頃タケヒコ(タカヒロ)は――、
「ぶえっくしゅん!! 何で俺、風呂入ってんのにくしゃみしたんだ?」
入浴中だった。陰口を言われていることには気付いていないらしい。
再びタクヤ家では――、
「ハイハイ、楽しんでる様ね。でも、何度も言うけど平日には働いてもらうからね」
「へいへい、わーったよ」
「たっだいまー」
「!」
タクヤの姉が、玄関口を開けて、颯爽と登場した。肩にはブランド物のバッグが――。タクヤが行き先を聞くと、姉は人差し指で口を縦にふさいだ後、言葉を発した。
「エージとのデート」
「!? なっ!」
「あんたは独り身だから、寂しくゲームでもしてなさい。あっは(笑)」
「姉ちゃん! 第一話で『これから得られる贅沢がある』とか言ってたのに、俺今んところ何にもゲームのアイデア費とかが俺に入ってこないんだけど!!」
「メタ発言は止めなさい。どっちがリアルか分からなくなるわよ。なぁんだ。もう何か買ったり食べたりしてるのかと思ってた」
「何だよ、それ!? かーさん! どういうコトか説明してくれよ」
「ああ、そのお金ね……。前言った通り、お父さんはギャンブルに使ったの。それで、お姉ちゃんはブランド品に使っちゃったの。それでね、私は株で失敗しちゃった」
「まさか全額……!」
「そのまさかよ」
「チキショー!! こんな家、出てってやるー!!」
「あっ! 待ちなさ……!」
「バタンッ!!」
タクヤは実家を飛び出した。真夏の夜空の下へ――。
――、
「えっ……うえっ……グスン」
タクヤは数百m走った後、当てがないので再び実家へ戻るコトとした。両目には零れ落ちる雫があり、月明かりがそれに反射しキラキラと輝いていた。
「何で俺だけ……うぅ……好きでビョーキなった訳じゃないのに……!」
ふと、タクヤは目前に広がる光景を見て、息を呑んだ。
「ここ……、ご近所さん(20m離れてる)。ゲームでは飲み屋だった……。こんなとこも再現してたんだ……!」
更に歩みを進める中で、何かに気付くタクヤ。
「ココも――、だ。田んぼや畑同じカタチしてる」
現実の世界を、ゲームの世界と照らし合わせてみていると、いつの間にか実家のすぐ近くまで帰ってきていた。
「あの離れに、買い物するところとかあって、プロフィール名とか役職とか決めて……」
遂には実家の母屋の目の前までタクヤは辿り着いていた。
「ここから、全てが始まったんだよな」
タクヤは心に何か感じるものがあり、しんみりと物思いに更けていた。
「始めの頃なんて、母屋も離れも燃やされてたんだっけ」
旅の始まりを思い起こし、意図せず表情が緩んできた。頬を伝っていたモノも今は乾ききっている。
「よし、タカヒロに電話だ!」
タクヤはタカヒロ(ゲーム内ではタケヒコ)に聞きたいことが見つかって、携帯電話を取り出した。
その頃タカヒロは――、
「ブーブーブー」
寝る寸前に、携帯が鳴っているのに気付いた。
「何だ、こんな時に……タクヤ?」
電話に出てみる。
「もしもし、タカヒロ? 起きてたか?」
「あいにく、もうそろそろ寝る前だ。何の用だ?」
「悪い、タカヒロ。あのさ……、始まりの村の母屋って、何するところなの?」
「あー、アレな。俺の記憶が正しければ確か宿屋だよ。コイン払ってHPとMPを回復させる場所」
「寝れるの?」
「そうだったかな。うーんそうだった様な………ふわあぁー。悪い、そろそろ寝る」
「ああ、こちらこそ悪い。じゃーな」
「おう」
「ピッ」
タクヤは携帯の電源を切って、んーと、伸びをした後、実家の母屋を見つめた。
「(帰るべき場所があるって、大切なコトなんだな……)次ログインするときは母屋にも入ってみるか」
一気に喜怒哀楽の波が押し寄せていたタクヤだったが、ゲームの中の世界と、自分の実家やご近所さんとを比べる中で、自分の知っている光景がゲームに、公の場に輩出したことが妙に誇らしくなり、いつの間にか平静を取り戻していた。
――、
タクヤは実家の玄関のドアを開ける。
「ただいま……」
「おかえり、タクヤ」
「おかえりー」
母、姉とただいまの返事を返してくれた。続いて、靴を脱ぎ玄関に上がろうとするタクヤに対して、母は言った。
「ゲームでもらったお金なんだけど、ごめんね。舞い上がっちゃって、タクヤのコトを考えてやれなかった」
「良いよお、もう。でも――、」
「?」
タクヤは、改まった感じで言う。
「絶対、あのゲーム完全クリアするから!」
「何よそれー?」
心配からくる緊張の糸が思わず途切れ、母は笑いながら返した。