第1部9
「やっと着いた…」
俺たちの眼前にはコルン大洞穴が広がっている。
それはまるで大口を開けて獲物を待つ生き物の様だった。
「ふう…ここがコルン大洞穴ね」
悪路で揺られ過ぎたのか、クラリスは少し疲れているようだ。
「少し休む?」
「いえ、先を急ぎましょう」
まあ、こう返ってくることは予想できた。
クラリスは無理をしてでも頑張るタイプだ。
だから、ひとりで災いについて調べている間は、きっと無理し続けていたのではないかと思う。
それはとても孤独で、常に使命として背負い続けていたのではないか。
そして、今もなお。
「魔法使いでも少しは体力を付けた方がいい!訓練するか!」
バッシュが大きな声でそう叫んだ。
「じゃあ、あなたも魔法の練習してみる?」
クラリスほほえみながら片手に火を浮かべる。
「まあまあ二人とも…とりあえず蛍石はもってるかな?」
「ああ、もってるぞ」
蛍石は光の魔力が宿った石で辺りが暗くなればなるほど輝きが強くなる魔具だ。
「では、さっさとこの洞窟を抜けてしまおう」
ふんと鼻を鳴らしバッシュが歩き始めた。
「ちょっと待って。隊列をどうするか決めよう。クラリスが真ん中なのは確定として、俺とバッシュ。どっちが先頭の方がいいと思う?」
「どっちがいいのかしら」
クラリスは基本的にソロで活動しているせいか少し戸惑っていたが
「ハルトに決まっているだろう」
バッシュが即答した。
「タールスライムが出現する以上俺は盾程度にしかならず、
もし俺が先頭の場合、狭い通路で前から来られたら急な後退が出来ず、悪ければ全滅。
一方、後ろからタールスライムが来た場合は前方向に走り抜ける事が出来る。
挟み撃ちを警戒するような場合でもハルトが先行し道や部屋を確認する。そのたびに俺と隊列を入れ替えていては時間がかかる。
だから、ここでは魔法が使え、近接戦も可能なハルトが適任だ」
た、隊長!
やっぱりこの人、隊長だった!
「へえ。隊長というのは嘘ではなかったようね」
「そんな騙りなど、騎士の恥だ!」
バッシュに対するクラリスの好感度がグングンあがっているように見える。
だからなんだという話だが、ちょっともやもやする。
だが、本当にバッシュの意外な一面だったからときめくのもわかる。
というか、俺もときめいた。
俺、クラリス、バッシュの順で洞窟に入る。
風の音がどこからこだまして、不気味な声のようにも聞こえる。
湿度が高くぬるい空気も相まって、あまり居心地がいいとは言えない。
キャンプ地としている場所まで、三時間程度だ。注意しながら先に進もう。
ぬちゃ。
足に嫌な感触が伝わってくる。
「ハルト!」
クラリスが俺を呼ぶ。
「分かってるよ。グリーンスライムだ。魔法は温存しておきたいから武器で…うわあああああああ」
喋っている最中にグリーンスライムに引っ張られた。
俺が踏んだ時は、ほとんど水たまりのような形をしていたが、
形を変えて立ち上がると、それなりに大型で2メートルくらいの山が出来上がった。
伸びたデロデロの触手によって俺は、あっという間に体を縛り上げられて身動きできない状態になってしまった。
「まったく…」
クラリスはやれやれといった様子で、風魔法を飛ばし俺を絡めつけていた部分を切断してくれた。
触手がちぎれたはずみで、俺は床に顔から叩きつけられた。
「ハルトはあまり幸運ではないようだな」
そう笑いながらバッシュは走りだした。
すばやく抜刀、そして高く飛び上がり、空中で一回転。
あっさりと真っ二つに断裂したスライムの間からはバッシュの背中が見えた。
消滅したグリーンスライムからは、手のひらくらいの大きさの緑色の宝石が落ちた。
「それなりの魔晶だね。これは高く売れるかも」
「ハルト聞いてもいいかしら? あなたは数字に強いし、お金のことをいつも気にしているし、もしかして商人なの?」
「いや、違うよ! 冒険者!剣と魔法の腕一本で食ってる勇敢な冒険者だよ!」
けっして悲しきエコノミックアニマルなんぞでは断じてない。
魔晶、とはモンスターを倒すと手に入る魔力が込められた宝石である。
魔晶単体で使用することは出来ないが、これらは分解、抽出、加工を経て魔具の原料にもできる。魔力を持たない職人だけが魔具を作成する場合は、魔晶を用いられている。
世の中に出回っている魔具のほとんどは魔晶から魔力を抽出されたものだ。
逆に魔導士が魔力を込めて作るのは、武器や防具など戦闘に関するものが多い。
例えば火属性の剣であれば、見た目は変わらないが高熱の刃なんて地味なものよりも、刃の部分からバアーッと火が出てほしい。
なんていうオーダーメイドをする人間が多い(実際は見た目やデザインではなく、自分の能力にあった機能的なオーダーがほとんど)。
命を預ける大事なものだから当たり前といえば当たり前だ。
「そういえばバッシュ。騎士団が魔晶拾った場合はどうしてるの?」
「原則として王国騎士団の財務部に全て納品するのが騎士の義務だ。そこから得た金は、人件費、人員募集や装備品などに充てられる」
「大規模な集団戦とかあったら、ちょろっとくすねる奴とか居ないの?」
「そんな奴はそもそも騎士にならん。というかそんな発想を持っている時点で本当に商人ではないのか疑わしいぞ」
え?何俺ってそんなに意地汚いの?金の亡者?
別に商人でも良くない?なんで?冒険者名乗るのが気に入らないの?
そんな疑問を抱きながら、歩いているとあっという間にキャンプ予定地に着いたので
俺はとぼとぼ寝床の準備を始めたのであった。




