最終話:【世界】を識る者
予定変更で、この話を最終話に書き直しました。
ここは、スマートフォンアプリ【魔王城のアリア】の擬似世界だ。
そうはっきりと認識したのは、目の前で阿呆王子と脳内花畑が抱き合っているのを見た時。
前世彼女は、ゲームクリエイターだった……ということだけは覚えているが、どんな生き方をしてどうやって命を落としたのかまでは全くわからない。
ただ、彼女が最後に手がけたのがこの【魔王城のアリア】という作品だということ、この作品に関してだけは最初から最後まで関わっていたことは覚えている。
そして、だからこそこの作品の隠しも含めたシナリオ全てと、その発生条件、イベントなどの攻略情報も、瞬時に蘇ってきた。
主人公は男女を選べるシステムになっており、男性であれば【勇者】召喚された日本の高校生。
女性であればやがて【聖女】に選ばれる下位貴族の令嬢となり、多彩なキャラクターとの親密度を高めながら最終的には好感度の高いメンバーでパーティを組み、ラスボスである魔王を倒せばゲームクリアとなる。
とここまでが大まかなストーリーの流れなのだが、ただストーリーをクリアする以外にもやりこみ要素というものが多々あり、ただ普通にレベルをカンストさせて魔王瞬殺を目指すもよし、途中からできるようになるギルド利用でアイテムコレクターを目指すもよし、攻略対象を一切構わずにぼっちプレイを極めるもよし、とにかく普通のファンタジー系RPGでやれそうなことは大体網羅された、それなりに性能の高いアプリゲームである。
そして、男性であればハーレムプレイ、女性であれば逆ハーレムプレイも可能となる。
特に、自ら剣を携えて魔王討伐に向かう男主人公に対し、【聖女】としてひたすらパーティメンバーの支援に回る女主人公の場合、仲間となるメンバーの能力が重要になってくるため、おのずと能力の高い攻略対象者を一人でも多くパーティに入れるべく、複数の好感度を上げていくという股がけプレイをするプレイヤーが多かった。
勿論、一人に絞って攻略していくだけならさほど時間はかからないのだが、ある程度ストーリーが進まないと好感度も上がらない攻略対象もいるため、股がけとなるとストーリーを進めつつステータスも上げつつイベントも逃さない、というそれ相応の時間と労力が必要とされる。
そうやって苦労したプレイヤーへのご褒美のつもりなのか、それともクリエイター側の単なるお遊びか。
……実際に創る側にいた彼女には、それが後者であることはわかっているのだが。
とにかく、ハーレムもしくは逆ハーレムを完全達成したプレイヤーだけが見られる、隠しシナリオというものが存在していた。
それが、通称【魔族ルート】である。
瞬き二つ分の間にそんな膨大な情報を脳内で処理したクリスティアナは、三度目の瞬きで現在の状況を悟ってくらりと眩暈を起こした。
(シンシアって、女主人公のデフォルトネーム……!ってことは今この状況ってもしかして隠しルート発生フラグ!?)
やばい、と彼女は顔に出さずに戦慄した。
逆ハー非成立の場合、王太子の好感度が最も高ければこの婚約破棄イベントはさらりと地の文で流され、ストーリーはそのまま魔王の城へ攻め込むルートへと進む。
もし他の攻略対象の好感度が飛び抜けて高い場合は、そもそも婚約破棄イベントなど起きることもなく、やはりさらりと魔王との決戦へと進んでいく。
しかし頑張って完全逆ハーを完成させていた場合、この婚約破棄イベントで隠しルートへの分岐に関する選択肢が出てくる。
選択肢は簡単だ、イベントの最初に婚約破棄を宣言する王太子に寄り添って「嬉しい」と選べば隠しルート開通、そうでなければ通常ルートに戻る。
そしてこの世界のシンシアは、既に「嬉しい」という言葉を発したあとだ。
ここは現実の世界……ゲームの強制力などあるはずもないのだが、それでもシンシアが選んだのは隠しシナリオに繋がるルート……つまり、魔王ではなくクリスティアナがラスボスとなるルートなのだと、彼女は内心心穏やかではいられない。
魔族ルートには二人の隠し攻略対象者がいるのだが、途中までは共通のストーリーとなる。
このルートに分岐した場合、婚約破棄イベントで王太子に断罪される彼の元婚約者……クリスティアナが実は魔族だったことが判明し、追い詰められた彼女はヒロインを攫って魔王城へと帰還する。
攫われたヒロインは魔王城にある高い塔の最上階に閉じ込められ、その寂しさを紛らわせようと夜な夜な月を見上げながら歌を口ずさむ。
……そう、これがタイトルにある【魔王城のアリア】の真の意味であるのだが、それはさておき。
この魔族ルートで攻略対象となるのは、もう既にお分かりだろうがラスボスの魔王とあと一人。
自棄になったクリスティアナに呼び出され、会場からヒロインを攫って逃げる男。
彼は幼い頃に魔族領へと捨てられ、魔王が気まぐれに拾ってクリスティアナに下僕として与えたこの国の第一王子……ギルバートが、最後の攻略対象者である。
魔王の場合、ヒロインの切ない歌声に魅入られた彼は妹のやらかした不始末をつけると言い、ヒロインと協力して魔力を暴走させた妹を倒すことになる。
ギルバートの場合だと、世話役として食事を運んでくる彼を何度もめげずに説得し続けるヒロイン、その御蔭で心を取り戻した彼が自分を縛り付けていたクリスティアナを倒す、という展開となる。
その後はエンディングへと突入するのだが、あくまで乙女ゲーム要素はおまけと称していただけあって、どの攻略対象者を選んだとしても最後は『そして国は平和を取り戻し、聖女は幸せに暮らしました』で幕を閉じる。
しかし、クリア後にギャラリーを開くと、ちゃんと攻略済みの対象者の『クリアおめでとう』イラストが追加されており、全員攻略した暁にはご褒美スチルとして、全攻略対象者に囲まれるヒロインというイラストをゲットできるのだ。
それ故このルートを目指すプレイヤーは多かったらしいが……この魔王の妹、能力が半端なく高いこともあって、きゃっきゃうふふな逆ハーエンドを前に全滅→リトライを何度も繰り返す者が続出。
そのうち製作サイドにもクリア不可能だとの苦情が上げられたが、あくまでおまけ扱いのシナリオであるため関知しません、と返した記憶が彼女にも残っている。
つまりクリスティアナは、ヒロインによって魔族だとバラされたのだから、苦し紛れに彼女を攫って……下僕を呼び出して彼女を攫わせ、魔王城まで逃げ帰らなければならない、はずなのだが。
「……どうなさいました、我が君?やはりあの不埒者、生かしておくべきではなかったでしょうか?」
ガタゴトと揺れる馬車の中、とろけるような笑みを浮かべたジルベールがそんな不穏な台詞を口にする。
「生かして罪を自覚させるのだと、そう告げたのは貴方でしょう?ジル。今更撤回なんて無理だわ。王妃陛下も国王陛下もそれで構わないと仰ってくださったでしょう?」
「それはそうですが…………」
「あの国は、近い将来一度壊れるわ。その崩壊と共に、馬鹿王子も馬鹿娘もいなくなる。新たな国の礎となるべく、最後の王子と聖女が犠牲となるの」
ウィスタリア王国の歴史は、現国王と王妃で幕を下ろす。
最後の王子は自らが見出した聖女、その聖女を支えるべく名乗りを上げた側近数名と共に神に身を捧げ、今後永きに渡る国の守護を願うのだという。
それが単なる『失態を犯した王子とその取り巻き達の処刑』を隠すためのパフォーマンスであることを、国民達が知ることはない。
最後の王族である国王と王妃は自ら冠を脱ぎ、その後のことは他国と相談しながら決めていくとのことだ。
恐らくその相談には、魔王陛下も大いに関わってくるだろう。
(これで良かったのかしら?もっと前に、あの馬鹿王子の暴走が食い止められていたら……違う結末もあったのかもしれないけれど)
「ティア様がお気に病まれることなど、なにひとつございません。……貴女はこうして、私の腕の中にいてくださればいい。貴女がいてくれるなら、それだけで私は無敵になれますから」
「…………そうね」
人間ごときが、と蔑まれなかったわけじゃない。
幾度も地に膝をつき、命の危険も乗り越えて、彼はクリスティアナのためだけに強くなった。
そのひたむきな想いに、彼女が応えてからは更に強く。
背後から彼女を囲むその腕は、極上の檻。
その鳥籠に囚われ続けるだけの弱い小鳥ではないけれど、心配したのだと頬をこすりつけてくる美形のワンコを、邪魔だと突き放せないのはつまりそういうことで。
(そうして、悪役姫は隠しキャラと幸せに暮らしました。……これはハッピーエンド?それともバッドエンドかしら?)
ねぇ、シンシア?
口元に浮かんだ隠しきれない笑みは、正に悪役姫と呼んでもいいほど意地の悪いものだった。
駆け足で、しかも断罪だけのお話になってしまいましたが、また別のお話でこの設定を活かせるように頑張ってみます。
消化不良気味かもしれませんが、お読みいただいてありがとうございました。