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アゾットシリーズ  作者: 白笹 那智
アゾットⅡ -踊る水銀ー
34/46

燻る過去とお節介

 このアイランド・ワンにモノリスタワーよりも背の高い建造物は無く、清掃部隊ピンキー専用のコミュニティルームがある六三階においても、全ての建物は眼下に広がっている。


 それは朝においては朝霧に沈む白い海のようであり、昼においてはコンクリートの樹海であり、夜にはマザーアゾットの恩恵を受けて輝く光の海であった。


 コミュニティルームは壁の一面が大きなガラス窓になっており、そこから見える景色は絶景の一言に尽きる。


 夜空には神の瞳の様な月が眩い光を零している。星々は様々な宝石を散りばめたように色彩豊かに輝き、そこへダストの放つ翠色の淡い光が重なる。そして、それらの全てがアイランドの夜を抱きしめ、幻想的な風景を作り出していた。


 この夜景を夜ごと眺めるのは秋織真斗の楽しみであり、趣味であり、生きがいであり、日課である。だが、今宵の観客は別の人物であった。


 ふと、闇の中から氷とグラスが奏でる澄んだ音色が響く。夕闇を溶かし込んだような液体に夜空を透かす。喉を焼く灼熱感と鼻へ抜ける香りを味わいながら、眠れぬ身体に流し込む。


 煙草を咥え、火を点ける。華村は闇に慣れた瞳に刺さる炎の灯りに目を細めた。

 ナフサオイルの燃える匂いを感じながら煙を深く吸い込み、細く吐き出す。天井に埋め込まれている空気清浄機がそれを検知し、静謐な気配の流れるコミュニティルームに低いモーター音が重く響く。


 再びグラスを傾ける。しかし唇に触れたのは氷の冷たい感触のみだった。小さな黄昏は既に去り、薄いガラスで作られた世界にも、暗くて明るい夜空が広がっていた。

 小さく鼻を鳴らし、腰を浮かしかけた所で背後から何かを差し出される。


「吞み足りないでしょ? ちょっとなら付き合うよ」

「……ジムビームかよ。ま、寝酒には丁度良いか」


 華村の隣。少し離れてキャメロンが腰掛け、ソファーが少し沈み込む。

 キャメロンは自分のグラスに琥珀色を注ぎ、ビンを華村に手渡す。華村のグラスにも再び夕闇が訪れる。


 そのまま、しばらく二人は黙ってグラスを傾ける。氷が時折奏でる音色だけが二人の会話だった。


 やがて、二人のグラスがほぼ同時に空になる。


「ここで吞んでるなんて珍しいじゃん。普段はどっかに出かけちゃうのに」

「気分じゃなくってな」


 グラスに二杯目を注ぎながらキャメロンが問う。華村は闇を纏って隠れようかとするかのように、囁くような声で答えた。


「ハナのサードアーム、凄かったね。まるで黒い彗星だよ」


 なぜそれを知っているのか、と華村は思ったが、すぐ答えに行き着いた。試射場に設置されている監視カメラの映像でも見たのだろう。そして、そんな物を面白動画を探すようなノリで手に入れる事のできる人物にも心当たりがある。


「威力は申し分ないが、デカいし重いし反動凄いしで扱いずらい。専用弾はバカみたいな値段だし、多用はできねぇな」


 スナイパーにとって、機動力はもっとも重要な要素の一つに挙げられる。よくスナイパーに抱かれるイメージと言えば〝人目に付きにくい場所で待ち伏せし、一つの場所から動かない〟と言うものだが、それでは実践において使い物にならない。


 どれだけ必中の腕前を誇ろうとも、ターゲットが一つとは限らない。敵の反撃を避けるには攻撃後にすぐさま移動をしなければならず、また敵も同じ射線上にずっと留まっていてくれる訳では無い。次のスナイプポイントに素早く移る必要がある。


 華村のアーツ、黒輝魔弾(フライクーゲル)は必中必滅の能力だ。一度放たれれば、必ず死の花が咲く。だが、彼の相手の多くは人を超えた公害獣、ポリューションだ。故に人間のように急所に当たれば一撃で屠れるというものでは無く、必要に応じて陣地転換をする必要がある。


 華村は自身の能力を過信せず、基本に忠実に行動をする。機動戦闘が彼のスタイルだ。だが、新たに手にした専用サードアーム〝デア・ドゥンケル・リッター〟を使うのであれば、戦術を一から見直さなければならない。


 過大な重量と過激な反動は車上での使用を不可能にし、長大な銃身と少ない装弾数は取り回しを困難にさせる。およそ機動戦闘には向いておらず、携行兵器としてだけ見ても欠陥品と言わざるを得ない。


「でも、欲しかったんだね。決定的な〝攻撃力〟が」


 返答の代わりに華村は三杯目をグラスに注ぎ、大きく呷った。


「自分のスタイルを曲げてまでそんな物を欲しがったのは、やっぱり幹耶くんの影響かな?」


 首を曲げて、腰掛けているソファーの後方を見遣る。キャメロンの視線の先には大きな丸い平ソファーがあり、その上では秋織真斗が猫のように丸まって眠っている。そして、その隣では千寿幹耶が窮屈そうにソファーから落ちそうなギリギリの位置で寝息を立てている。ソファーの中央を占領された幹耶は無理な姿勢を強いられている。眉間に皺を寄せて、とても寝づらそうだ。

 おそらくは真斗に夜景観賞に付き合わされ、そのまま眠ってしまったのだろう。今朝の火災で気力と体力を相当に消耗したに違いない。


 狭い寝床で身を寄せ合う姿は子猫と子犬を思わせた。キャメロンは小さく微笑み、視線を戻す。それを待っていたかのように華村が口を開く。


「マザーアゾット強奪未遂から向こう、今まで種類の少なかったポリューションは急激にその多様性を増した。ユキが言うには〝人々がポリューションの存在を認識したから〟というが……。ともかく、脅威が増大したことは確かだ」


 華村は煙草に火をつけ、紫煙を吐き出す。再び低いモーター音が鳴り響く。


「ルーキーのアーツは強力だ。発動までの隙は大きいが、一撃で戦況をひっくり返せる力がある。今のピンキーには必要な力だ。だが、ルーキーは一人しか居ない。だから俺にも新しい力が必要だと思ったんだ」

「対抗心?」

「馬鹿を言うな。そんなんじゃねぇよ」


 悪戯っぽく目を細めるキャメロンに華村は舌打ちで応える。


「へぇ? じゃあなんで火力特化なんて注文を出したのさ。挙句、扱いきれずにアーツを暴走させかけて、その反動で過去のトラウマを燻らせている」

「……気が付いてたのかよ」

「当然さ。短い、とは言えない付き合いだからね」


 華村は短く溜息を漏らす。


「競うつもりが無いのは本当だ。不利をひっくり返せるジョーカーは一枚でも多い方が良いと思った。それだけだ」


 ふぅん、と呟き、キャメロンは背もたれに思い切り体を預けて天井を眺める。さらりと月明かりを受けた金髪が流れた。やがて、何かを決心したかのように勢いをつけて身体を戻す。


「聞かせてよ。昔の話」


 鮮やかな緑色の瞳をちらりと一瞥し、華村は眉を顰める。


「よせよ。面白くもねぇ話だ」


 ピンキー内部だけの話に留まらず、アンジュ同士において過去の詮索というものは特にタブーにあげられる。先天的なアンジュにとっても順風満帆な人生など望むべくもないし、後天的ともなれば、例外なくロクでもない人生を歩んでいる。安易に踏み込んで良い物ではない。


 それでも、キャメロンは華村に問いかける。知る事の責任を背負おうとしている。


「吐き出せば楽になる事もあるさ。それとも、寝酒の肴にするには高級すぎるかな?」


 渋面を張り付けたまま、華村は低く呻く。やがて諦める様に、あるいは何かを受け入れる様に視線を窓の外に投げ


「どこにでも転がっているような、本当に下らない話だ」


 そう静かに語り出す。


「まだポリューションが認知されてなくて、その呼び名も定まっていなかった時の話だ。ドイツのとある街に一人の青年兵士がいた。〝人々を守るため〟だなんてどこかで拾ったような理想を胸に抱いた、笑えないくらいの甘ちゃんだ」


 遠くの誰かを思い出すように、華村が言葉を紡ぐ。


「そいつは苦しんでいた。人々を守るために銃を手に取ったのに、銃口を向けるのは石油資源枯渇の混乱で暴徒と化した祖国の人々ばかりだった。守るべき者たちに向けて引き金を引く。その行為は青年の心を確実に蝕み続けた」


 カラン、と手の中のグラスが済んだ音色を奏でる。その残響が闇夜に溶けていく。


「そんな時だ。正体不明の怪物が人々を襲いながらそいつの居る街に接近している、という一報が入った」

「ポリューションかい?」


 キャメロンの言葉に華村は頷く。


「ああ。その時は悪い冗談だと思っていたが。まぁ、そいつにとっては何でも良かった。初めて〝人々を守る〟と言う理想を叶えられるチャンスだった。だが、下された命令は耳を疑うものだった」


 怪物の進路上には青年の居る街があり、その中間には小さな集落があった。当然、青年は救援に向かうものだとばかり考えていたが、下された命令は〝待機〟であった。


「もちろん納得などしなかった。だが命令は変わらない。機甲部隊の到着を待ち、十分に敵を引き付け包囲殲滅。可能であれば捕獲せよ、だ。怪物が実在する事が前提の様な作戦内容にも違和感があったが、そんな事よりも集落を見捨てるという事にそいつは腹を立てた」

「上層部はポリューションの存在を知っていたんだろうね」


 キャメロンの言葉に華村は頷く。


「だろうな。通常戦力では歯が立たない事を知ってたんだ。しかし、そいつには知る由もない。命令を無視して持ち場を離れ、自分がその怪物を倒してやろうと躍起になって飛び出した」


 その言葉に苦い物が混ざり始める。


「若さゆえの愚かさだ。自分はヒーローになれると思ってた。その無謀を止めようとしてくれた友人も巻き込んで車を走らせ、集落に辿り着いた。そこで見た物は地獄だ」


 忘れもしない。大木の様な姿をした黒い塊が、枝から果実の様に人間を垂らしながら、根の様な細い足を蠢かせて動き回っていた。身の毛もよだつ光景だった。


「そんな物を目にしても、自分には人々を助ける事ができるなどと思っていた。そして無謀にも〝それ〟に挑み、そして……。言うまでも無いな。あっさり敗北したよ。その時生き残れたのは、一緒に居た友人が俺を庇ってくれたからだ。だが、そいつはポリューションに捕まって、生きながらに体液を吸い上げられる事になった」


 声の端が震えている。華村は痛みを抑えるように、胸にグラスを押し付ける。


「〝俺を撃て〟。そいつはそう言った。かすれる声で〝殺してくれ〟と言った。生きながらに化け物に喰われるよりも、お前の手で終わらせてくれ、と、そう言ったんだ」

「……それで、撃てたのかい」


 無理やりに口端を歪め、華村が不器用に嗤う。


「撃ったさ。撃った、全弾撃ち尽くした。だけど、一発もあいつには当たらなかった。そしたらよ、あいつ。仕方なさそうに笑って、指で銃の形を作って……俺に向けて撃つ真似をして見せたんだ。それが最後だった。見る間に干からびて、干しブドウみたいになっちまったよ」


 その銃が本物であってくれたら、と口の中で華村は小さくつぶやく。


「そこから先は坂を転がり落ちる様な物だった。元々、手勢が少ない所に欠員が出たもんで街の防衛に穴が開いた。そこを突かれて街は餌場になった。機甲部隊が到着したころにはもう手が付けられなくてな、ゴーストタウンのできあがりだ」


 華村がそれを聞いたのはベットの上だった。幸運か不幸か、見逃されたのか意識せず逃げ出したのか。いずれにせよ彼は生き残り、そして何もかもに絶望し、しかし理想を捨てる事もできず、過ちを償うための力を欲した。その結果、その身に宿したのは〝全てを撃ち抜く力〟であった。


「当然の話だが、俺はもう軍には居られなくなってな。逃げ出すように国を出た。それからはアーツを持て余し、傭兵の真似事をしながら各地を転々として、何の因果かスピネルと事を構える事になった。そして真斗と戦った。あいつとの勝敗は付かなかったが、こちらの部隊は壊滅。またも行き場を失った俺は、隊長様に拾われたって訳だ」

「勝てなかったんだ? 最弱隊長様に」

「仕方ねぇだろ、死なねぇんだもんよ。負けを認めない不死者ほど厄介なものはねぇよ」

「違いない」


 仕方なさそうな表情でキャメロンは肩を震わせ、グラスを煽る。そして熱っぽい吐息と共に言葉を吐き出す。


「その友人の気持ち、おいらには解るな」

「……なんだって?」

「〝この下手くそめ。まぁ気にすんな〟って所かな。精一杯のメッセージだったと思うよ。きっとおいらでも同じような事をする」

「…………」


 夜空をゆったりと流れるダストの光を瞳に映しながら、華村は琥珀色が尽きるまで、ゆっくりとグラスを傾ける。そして「無茶言うぜ」と小さく言葉を零した。

「長々と垂れ流しちまったが、聞いて損したろ。くだらねぇ話さ」

「そんな事ないさ。話してくれて嬉しかったよ」


 微笑むキャメロンを見ようとせず、華村は窓の外に視線を投げたままつまらなそうに鼻を鳴らす。


「おいメロン、お前はどうなんだ。人に恥ずかしいところを曝け出させて、自分は何事も無くベットに帰れるなんて思っちゃいねぇよな?」


 ああ、と苦笑を漏らしながらキャメロンが首を傾ける。


「おいらのは、なんていうか。変人って思われちゃうかもなんだけど――」

「んあー?」


 突然、二人の背後で音が上がる。寝ぼけた猫の鳴き声かとも思ったが、それは半目で身体を揺らす真斗の呆けた声だった。


「あー、ハナとメロンー? ……なんか飲んでる。私も飲むー」

「やめとけ。お前、絶対悪酔いするタイプだろう」


 真斗は頬を膨らませ、しかし寝ぼけた半目のままで、まだ微妙に舟をこいでいる。


「ごめん、起しちゃったね。ほら立って。部屋まで運ぶよ」

「仕方ねぇな。幹耶も起きろ、こんな所で寝てると夏でも風邪ひくぞ」


 華村は荷物の様に真斗を担ぎ、幹耶を膝でつつく。ふらりと起き上がった幹耶の肩をキャメロンが支え、それぞれの部屋に向かって歩き出す。


「くそ。こいつ、ネイルを持ち歩いてるのか。超重ぇ」


 華村が毒づく。しかしその言葉とは裏腹に、先ほどまでの鬱屈した気持ちは霧散していた。


「おいらの話はまたの機会って事で」

「仕方ねぇ、ツケにしといてやるよ」

「すまないね。じゃ、また明日」


 そう言って遠ざかる相棒の背中に向けて、華村は呟く。


「ったく、お節介なメロン野郎め。……あんがとな」


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