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アゾットシリーズ  作者: 白笹 那智
アゾットⅡ -踊る水銀ー
27/46

黒輝魔弾と暗黒騎士

 アゾット結晶に関連する、あらゆる研究が行われるアイランド。


 桃色のマザーアゾットを頂くアイランド・ワンでは特に軍事利用における研究が盛んであり、世界各国の兵器試作工場が至る所にある。

 そんな兵器試作工場群の一つに華村は居た。作業場全体が見渡せる高所に設置された、壁の一面が強固な防弾ガラスで作られた応接間で煙草をふかしている。


 視界のあちこちで野心的な試作兵器が製造されている。一つずつが戦車砲かと思えるような巨大な銃身を持つガトリング砲。粗製アゾットを使用した光学兵器の試作機。金属で作られた人の腕の様な物まである。


 あれはなんだ。まさかロボットか、と華村が目を細めた所で、背後で扉が開く音がした。


「待たせたかな、善次」


 現れたのは癖のあるボサボサの栗毛、眼鏡に無精ひげ。そしてよれよれのネルシャツに色褪せたジーンズと言った格好の男だった。鉄と火と、熱と油で満ちたこの工場には似つかわしくない男だが、それもさもありなん。彼の担当は製造では無く、設計だ。


「一時間程な。まぁ別に構わんさ。ここからの眺めは見ていて飽きない」

「そりゃ良かった」


 栗毛の男が細い顎を上げて笑う。


「ノイビーベルク以来だな。何年ぶりだ?」

「さぁ? 時間の流れにはあまり興味が無いんだ」


 くつくつと華村が喉を鳴らす。


「変わらないなヨハン。その悪魔に憑かれたリーガンみてぇなツラも相変わらずだ。またロクに眠っていないんじゃねぇか?」

「眠ってなんかいられないよ!」


 眼の下の濃い隈を感じさせないほどの明るい笑顔でヨハンが叫ぶ。


「聞いてくれ! ついに粗製アゾット結晶を使った、超容量バッテリーが開発されたんだ! コスト面や製造難度等の問題は山積みだが、足踏みしていた兵器開発に新たな光が差し込むのは間違いない!!」


 粗製アゾット。それはダストの影響を受け、世界に絶望した人間がポリューションに成り果てる際、その体内に生成される黒く濁ったアゾット結晶の呼び名だ。


 通常のアゾット結晶とは違い無尽蔵にエネルギーを増幅できるわけではなく、またその出力も不安定。ゆえにエネルギー源として期待されながらも、その扱いの難しさから実用には至っていなかった。


「盛った馬かお前は。興奮しすぎだ。しかし粗製アゾット……か。ついにあんなものを必要とする世の中になっちまったんだな」

「なんだい善次。人類の大発明じゃないか、もっと喜ばないと」


 神妙な面持ちの華村に、ヨハンが子供の様な笑顔を向ける。


「粗製アゾットの正体、知ってんだろ? あれは言ってみれば、報われない魂だ。ゴミみたいに捨てられるよりはマシとはいえ、人間が魂の再利用をする世界なんてぞっとしねぇな」


 通常兵器によるポリューションの除去は困難であり、それを成す場合にはポリューションの体内にある粗製アゾットを破壊する必要がある。そのため、粗製アゾットはしばしば〝ポリューションコア〟と呼称される。


 不定形の肉体を持ち、弾や刃を物ともしない公害獣。しかし、その難敵もポリューションコアを破壊すれば塵になり、風に消える。

それはつまり、人間でいうところの脳であり、心臓であり、魂であるのではないのか、と華村は考えていた。


「はぁ? 魂? おいおい、ロマンチストは女性を口説く時だけにしておくれよ」

「うるせぇ。お前も技術者の端くれなら、どでかいロマンの一つくらい語って見せろ」


 そう言って華村は笑い、それを受けるヨハンも肩を竦めて苦笑いを返す。


「まぁ善次の心配している事も解っているつもりだよ。粗製アゾットの需要が生まれれば……当然、それを供給しようとする流れが生まれる」


 華村は答えず、ただ低く唸った。


 需要が生まれれば供給のラインが作り出される。それは当然の事であるが、問題なのは粗製アゾットを入手するには、現状ではポリューションから手に入れるしかないという事だ。

 そして、ポリューションとは人類の変わり果てた姿。つまり、粗製アゾットの原料は人間と言える。粗製アゾットを効率的に手に入れようとすれば、必然的に一つの手段を取らざるを得ない。それはつまり――


「人為的なポリューションの製造、か。考えたくもないが……」

「そうかい? 僕には一つ心当たりがあるよ」


 ヨハンが言う事には、華村もまた思い当る事がある。

 アイランドを震撼させたマザーアゾット強奪未遂事件。その際に起きたポリューションの大量発生だ。


 事件の内容を見るに、ポリューションの大量発生も計画の一部だったと考えられる。そうであるなら、当然それは人為的に引き起こされたという事である。つまり〝人を意図的に化物へと作り替える技術が既に存在する〟と言う事だ。


 それだけでも十分過ぎるほど悪夢だというのに、そこへ来ての粗製アゾット需要の発生である。


 表沙汰になっていない悪魔の技術。そして生み出された需要。


 もし、その技術が広く流出するようなことがあれば、人類は最悪な形で共食いを始める事になるだろう。

 夢のエネルギーという、悪魔の甘露を求めて。


「まぁ立ち話もなんだし、そろそろ行こうか」


 ヨハンが言い、華村が頷く。

 こんな世界の片隅であれこれと思い悩んでいても、気まぐれな神様が飴玉をくれるわけじゃない。手の届かない想像に恐怖するよりも、今は他にするべきことがある。


「ところで善次。この応接間は平気だけど、工場は基本火気厳禁だよ?」

「解っているさ。爆発と炎には縁が深いが、まだ俺の常識は灰になっちゃいない」


 そうかい、とヨハンが満足そうに頷き、親指で外を示す。

 工場を出てハンヴィーに乗り込み、二人が連れ立ってやってきたのは工場から少し離れた所にある試作兵器の実験施設だった。


 そこは呆れるほど巨大なドーム状の施設で、市街地戦闘を想定した実験場や、人口の森林、草原、荒野、湿地等のあらゆる戦場を想定した設備を内包していた。


 二人は巨大な砂山に鋼板で作られたターゲットが置かれただけの、巨大だが簡素な砂漠風の試射場に入る。その端にある大きな倉庫に前に立ち、ヨハンがシャッター横に取り付けられたコンソールを操作すると、空が捻じれているのではないかと思えるほどの騒音を発しながら入口が開き始めた。


「おいおい、公園の便所よりボロいじゃねぇか。セキュリティとか大丈夫なのか」

「心配しなくても、善次のは重機でも使わないと運び出せないから大丈夫だよ」


 そういう事じゃ無いんだが、と呟きながらヨハンの後に続いて華村も倉庫へと足を踏み入れる。


「さて、早速だがご対面だよ」


 砂ぼこりの舞う中に、重厚な長方形の箱がある。随分と巨大だが、それは携行火器の収納ケースだった。

 ヨハンがケースを開ける。そこにはマズルブレーキが取り付けられた、太く長い銃身を備える一丁の黒いライフルが収められていた。


「……もはや、銃と言うよりは砲だな」


 冗談のような巨大さを誇る狙撃銃を眺め、華村が言葉を零す。


「三十二㎜弾を使用する重装弾(ペイロード)狙撃(ライ)(フル)暗黒(デアドゥンケル)騎士(リッター)〟だ。弾種は弾芯にサードアーム鋼を使用した強装薬使用のAP強化弾と、粗製アゾット結晶を使用する高性能炸薬を充填したAPHE。どっちも高価だけど、特にAPHEは一発でエンゲージリングが買える値段だ。無駄撃ちはしないでよ?」

「デア・ドゥンケル・リッター……か」


 噛みしめる様に、華村がライフルの名を繰り返す。


「ある意味、凄いネーミングセンスだよね。まだ今なら変更も――」

「カッコいいじゃねぇか。これで行こう」

「……ま、持ち主が気に入っているなら何よりだ」


 そう言って、ヨハンが渋い笑顔を作る。


「ところで、軟目標用のHEは無いのか?」

「非装甲キラーの相方が居るじゃないか。イエス様でも月までぶっ飛ばせるだろう?」


 くつくつとヨハンが喉を鳴らす音が響く。


 ため息をつき、華村は改めてペイロードライフルを見つめる。まず、眼を引くのはその巨大さだ。一度放てば、恐竜ですら一撃で屠れそうなほどの威容である。


 次いで特徴的なのはその色合いだ。


 黒い。ただ黒い。


まるでそこだけ空間を切り取ったかのような漆黒。触れればそのまま指が埋まってしまうのではないかと思うほどの暗黒を体現していた。


「驚きの黒さでしょう。善次の血液を使用してサードアーム鉱を生成し、銃として造り上げたら自然とこの色になった。つくづく不思議な物質だね」


 ヨハンが漆黒の銃身を指で撫でる。


 サードアーム鉱とは、微弱ながらもアゾット結晶と同様の働きをするアンジュの〝血液〟を素材に混ぜ込み、各種金属と合わせて作られた特殊合金である。

 アゾット研究に行き詰まったとある科学者の思いつきで作られた合金であったが、驚くべき硬度と柔軟性を併せ持ち、かつ血液提供者のアゾット結晶と反応してそのアーツの発動を助け、あるいは威力を増強すると言う特殊な効果を持っていた。サードアーム鋼を用い、アンジュの持つアーツに合わせて作られた専用武器はそのまま〝サードアーム〟と呼称されている。


 しかしそんなサードアーム鋼にも、とある欠点がある。

 内容は単純。とにかく重いのだ。


 比重は鉄の十倍に迫り、ナイフ程度の大きさでも常人には思うように操る事ができない。最高の硬度と靱性を併せ持ちながら、汎用性が低いと言う扱いに困る金属である。現状では薄いサードアーム鋼を車両や設備の装甲の一部に用いる程度だ。


 だが、血液提供者のアンジュにはその重さをまるで感じさせない、という特性も持ち合わせている。故に、現状ではサードアーム鋼を用いる武器やプロテクターはアンジュ専用装備となっている。


「とにかく、試し打ちがしたいな」


 そう言って華村が黒い銃を抱えて倉庫の外へ出ると、土煙を上げながら駆け抜けていく不思議な物体が目に入った。

 それは尻尾の無い銀色のサソリ、としか表現しようのない形をしていた。大型ワンボックスカーほどの大きさであり、六本ある脚にはそれぞれに車輪が取り付けられ、サソリなら爪のあるべき前足は大型のガトリングガンになっている。


「市街地戦闘を想定して試作されたタンクドローンだよ。さっき話した超容量バッテリーのテスト機でもある」


 まじまじと不思議車両を眺める華村に、背中からヨハンの声が掛かる。


「って事は無人機なのか、あのサソリもどき」


 華村の言葉に、何故か誇らしげにヨハンが応える。


「そうだとも。だから装甲を厚く、武装を多く、バッテリーも大型の物が積める。計算では四十八日間の連続稼働が可能だ。実用化にこぎつければ、地上戦闘はこいつが牛耳る事になるだろうね」


 あのサソリもどきが地上を席巻する様を思い描き、華村は表情を曇らせる。凶悪な無人兵器が人間を殺戮して回るなど、まるでB級SF映画の世界ではないか。


「試射の的はあいつにするか」

「ムリムリ。いくら善次のフライクーゲルとそのデア・ドゥンケル・リッターでも、最新の複合多層装甲は抜けないよ」

「そんな頑丈そうには見えないけどな」

「まぁ、そりゃ戦車なんかに比べれば装甲も薄いけどさ。それでも銃でどうにかできる代物じゃないよ」


 空を飛びたがる子供をなだめるような口調でヨハンが言う。肩を竦める華村の視線の先で、例のタンクドローンがドリフト気味に機体を横滑りさせながら停止した。すると、どこからか青いつなぎを着た整備員がワラワラと湧き出て、あっという間に大きな機体を取り囲んだ。


「……ま、大切にされてるみてぇだし、俺はその辺の屑鉄で我慢しとくか」


 言いながら射撃スペースまで歩き、華村は一キロほどの距離にある鋼鉄製ターゲットの一つに目を向ける。


「あれを狙うつもり? 善次の注文通りに剛性と速射性を重視しているから、代わりに精度は酷いもんだよ?」

「この眼で見えていれば外さねぇよ。弾が届くなら、星だって撃ち落として見せるさ」


 相当の反動が予想されるため、伏射での射撃を選んだ。華村はマットの上に腹ばいになり、ターゲットにサイトを重ねる。引き金に指をかけ、漆黒の銃身から仄かに光が立ち上る。


「ん? うわ、光んのかよ。幹耶の剥離白虎と同じだな。スナイパーとしては目立つのは避けたいんだが」

「今更じゃない? 善次のフライクーゲルは射線がハッキリ見えちゃうから、どうせ一発撃ったら位置を変えるんだし」

「ま、そりゃそうだがなぁ」


 自嘲気味な笑みを浮かべて、華村は改めてスコープを覗き込む。それとほぼ同時に、遠くで男たちの悲鳴が上がった。先ほどのサソリもどきのタンクドローンがテストをしていた方角だ。


 引き金に掛かる指を外し、顔を上げてそちらを見遣る。ヨハンも眼鏡の内側で目を凝らしている。


「おい、整備中だぞ!! なぜ動かすんだ!?」


 タンクドローンを取り囲んでいた、青いつなぎを着た男の一人が声を張り上げる。


「こ、コントロールが効きません! 勝手に動いて……!?」


 少し離れた位置に立つ、タブレット端末を持つ若い男が困惑したような声を上げた。


「なんかのエラーか? くそっ、緊急停止!」

「駄目です! 停止信号、受け付けません!!」

「まさか、システムにウィルスでも仕込まれたか? 乗っ取りなんて事は……」

「地球が二つに割れるよりあり得ねぇよ!」


 男たちが口々に言い争いを始めた。その間も小刻みに動いていたタンクドローンに更なる異変が起こる。


 再び悲鳴が湧き上がった。突如タンクドローンがぐるり、と高速回転し、周囲に居た男たちを弾き飛ばした。

 金属の巨体に吹き飛ばされ、男たちはうめき声を上げる。その耳に、引き攣った声が届く。

 声の主は、コントロールパネルであるタブレット端末を持った若い男だった。


「ひっ……!? なっ、なな、やめっ……」

 若い男には、タンクドローンの前足に取り付けられたガトリングガンの銃口が向けられていた。

 金属の噛み合う高い音が鳴り、やがて低い駆動音を上げながらガトリングガンが動き始める。


「おいマズいぞ!! 本体の停止ボタンを――」


 しかし誰かが叫ぶその言葉が最後まで発せられる事は無く、轟いた無数の銃声にかき消される事となった。若い男の身体は瞬く間に散り散りになり、後に残されたのは、湿った砂地に広がる赤黒い染みだけだった。


 そこから先は、まさに地獄。


 タンクドローンは、周囲に居た男たちをガトリングガンで薙ぎ払い始めたのだ。

 なすすべなく地面にぶちまけられる男たち。バラバラになった男たちの血肉で、茶色い砂地に赤黒い華が咲き乱れる。


「な、んて事だ……」


 言葉を失い、茫然と立ちすくむヨハン。華村はその横を通り過ぎ、射撃場を抜けて地面に伏せ、デア・ドゥンケル・リッターの銃口をタンクドローンに向ける。

 巻き上がった砂煙は風に流れつつある。後二秒ほどで機体が目視できるはずだ。


 漆黒の銃身が光を放ち、暗黒騎士がその剣身を覗かせる。

 轟く銃声は死告鳥の鳴き声。放たれるは必中必滅の魔弾。

 華村はフライクーゲルを放つべく、引き金に掛けた指に力を込める。


「駄目だ善次!」


 死の銃弾が放たれようとしたまさにその時、横合いから銃身を握るヨハンに狙撃を阻止された。


「ヨハン! 何をする!!」

「あれが見えないのか!?」


 ヨハンが指で指し示す先には、タンクドローンに取り付いたまま取り残された男性が居た。恐らくはタンクドローンの本体にあるという、強制停止装置を作動させようとして身動きが取れなくなったのだろう。


「見えているさ。だがそれがどうした? 今はあのサソリもどきを破壊するのが最優先だろう」

「本気で言っているのか!? ここをヴィネンデンにするつもりか! 乱射魔を友人に持った覚えは無いぞ!」


 声を荒げてヨハンが華村に詰め寄る。


「死体が一つ増えるだけだ。今更変わりないだろう」

「……善次。本気で言っているのかい? いつからだ。いつから、そんな冷血な男になっちゃったんだい」


 眉根を寄せるヨハンから華村は顔をそむける。


「お前の言いたい事は解った。しかし、サソリもどきの処理はどうするつもりだ」

「実験段階の自立兵器が暴走することは稀にある事だよ。対応策もきちんとある」


 ヨハンが言い終わるが早いか、三台のジープが駆けつけてタンクドローンを遠巻きに取り囲み、上部に取り付けられた銃の様な物から即座に何かを射出した。

 それは強粘着性のトリモチの様な捕獲兵器だった。次から次へとトリモチを浴びせられ、タンクドローンは六つの脚とガトリングガンを封じられる。


「ほらみろ。善次は性急過ぎるんだ」


 しかし華村の暗い表情は晴れない。拭いきれない嫌な予感が胸中を支配していた。

 そして、その予感は現実のものとなる。


 タンクドローンの背中から、筒状で二十センチほどの何かが無数に打ち出された。それらは空中でくるりと縦に回転し、狙いを定め、それぞれが周囲を取り囲むジープに殺到する。


「ワスプミサイル!?」


 それは射出後に自動で目標を設定し追尾する、対人または対非装甲車両用マイクロミサイルだ。絶望に彩られたヨハンの表情は、三台のジープが噴き上げる爆炎に照らされる事となった。


 再びタンクドローンからワスプミサイルが射出される。その目標は、タンクドローン自身であった。

 爆炎を上げ、炎上するタンクドローン。しかしその複合多層装甲を貫くことは無く、動きを阻害していたトリモチと、背中に張り付いていた男性のみが焼き払われた。


 揺らめく炎の中で、タンクドローンがカメラのレンズを華村に向ける。そして、ゆっくりと動き出し、ついに砂煙をあげて駆けだした。


「……今度は俺たちの番、ってか? 上等だぜ」


 犬歯をむき出しにして華村が呟く。銃身を握ったまま硬直しているヨハンを払いのけ、再びデア・ドゥンケル・リッターを構える。


「む、無理だ。銃なんかであの複合多層装甲は貫けない! 逃げよう!」

「逃げる? その必要はないさ」


 タンクドローンは真っ直ぐに突き進んでくる。ガトリングガンに不具合でも起きたのか、華村たちは轢殺する事にしたようだ。


 漆黒の銃身が光を放ち、その銃口から轟音と共に黒く光る銃弾が放たれる。

 それは銃弾と言うよりは、もはや地を走る黒い彗星であった。向かって来るタンクドローンに命中し、黒い輝きが周囲に飛び散る。


 黒い彗星と鋼鉄のサソリがせめぎ合い、怪物の唸り声のような金属の軋む音が周囲に響く。


 やがてバキン、という何かが割れる音と共に、黒い彗星が鋼鉄のサソリを貫いた。電気系統がショートする火花を散らしながら慣性のままにゆるゆると進み、やがて崩れ落ちたタンクドローンは、紅い炎を上げて爆散した。


「良い銃じゃねぇか。気に入ったぜ」


 吹き荒れる爆風に頬を焦がしながら、華村が小さくつぶやく。


「ま、さか。複合多層装甲を貫徹するどころか、突き抜けるなんて……。善次、君は……」


 何が起きたか解らないと言う様にヨハンが呟く。


「なぁ。あのジープ、無人なのか?」


 華村の問いに、ヨハンは力なく首を振る。


「……あの時撃っていれば犠牲は一人で済んだ、って言いたいのかい?」

「目的優先、それが俺の居る清掃部隊の方針だ。一人の犠牲が百人を救う事もある」


 唇を噛み、ヨハンが呻く。


「そんなのおかしいよ。結果だけを見ればそれが最適なのかも知れない。けれど、人の命は数で量るもんじゃない」

「そうだな。お前は正しいよ、ヨハン」


 立ち上がり、左腕でデア・ドゥンケル・リッターを抱えたまま華村は髪を掻き上げる。


「だが、正しいだけでは誰も救えない。人が正しくあろうとも、この世はとっくに狂っている。俺はそれを知ってアンジュになった」

「…………」


 俯いたまま、ヨハンは何も言わない。言えない。唇の端から一筋の紅い煌めきが流れる。


「ヨハン。お前はそこに居て欲しい。正しい位置から、正しく人を見つめて欲しい。歪みはいつか俺が全て撃ち抜く。その先はお前たちの世界だ」


 そう言って歩き去る華村に、ヨハンがようやく声を絞り出す。


「そ、れは……、駄目、だよ。そんなの、寂しいじゃないか」


 その言葉に、しかし華村は軽い笑い声を返した。


「その心配には及ばない。うちの隊長は酷い寂しがり屋でな、頼んだって一人になんてしちゃくれねぇよ」


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