千寿幹耶と秋織真斗
焼け爛れた死体へ、飛び散った血液が光の粒子となって集まっていく。死体は徐々に血色を取り戻し、皮膚の火傷もビデオの逆再生のように回復してゆく。
やがて死体は淡い桃色の光を纏って一人の少女へと復元され、秋織真斗が目を開く。
「――っかは! あー、何度やってもキツイわね、自爆っていうのは……。うぁ、耐火性のある服なのに、こっちもボロボロだぁ」
限界の所で水中から引き揚げられたように真斗は荒く息をつき、未だ再生しきらない足を撫でながら呟く。
「……何度見ても気持ちわりぃなぁ。B級スプラッタ映画みてぇだ」
不意に投げかけられた、予想していなかった声に真斗の表情が凍りつく。
「あんた、あの至近距離から爆発を受けて、何で無傷なのよ!? いくら小型の物とはいえ……」
「はっ! この俺が何年もくそ気持ちわりぃお前らを研究して、何の成果も生み出していないと思っていたのかぁ?」そう言って磯島は光る黒い石をはめ込んだ腕輪を掲げてみせる。「これはなぁ、天白の《不貫白楯》を研究して作った斥力場発生装置、〝イージス〟だぁ」
「斥、力?」
「あぁ? 解らないのかぁ? ようするにバリアみたいなもんだよぉ」
「バリアって……」真斗は小さく舌打ちをしながらバベル操る。『まだ足が治らない、幹耶くん援護を。……ん? 幹耶くん!?』
戸惑う表情を隠さず、真斗は何度も幹耶に呼びかける。
「んんー? 何を企んでいるのか知らんが、無駄な事は止めるんだなぁ。お前の攻撃ではこの防壁は貫けない。しかし近寄るのは怖いなぁ。お前なんかに背を向けるのも癪だが、今回はマザーアゾットだけで勘弁してやるかぁ」
磯島がマザーアゾットを見遣り、にたりと笑う。
そこへ、磯島が手にした無線機から焦ったような声が響いてきた。バベルはアイランド以外ではまだ実用化されていないので、磯島とその部隊の連絡には通常の無線機を使用しているようだった。
「〈プロフェッサー! ハヴォックの、戦闘ヘリのコントロールが何者かに奪われました! 現在、地上のポリューションを攻撃しています!〉」
「〈あぁ!? 何してる! ほかのヘリで撃ち落とせぇ!〉」
「〈だ、ダメです、全機コントロールを奪われています!〉」
「(……あぁ!? ありえるかそんな事!〉」
『はろはろー、真斗さーん』茫然としていた真斗の脳内にのんびりとした萩村の声が響く。『お元気ですかー?』
『はーちゃん!? まさか、ヘリのハッキングを?』
『これで懲役も、もう少し減刑してもらえますかねー?』
『いやー。軍用兵器のAIをハッキングして乗っ取るなんて、超危険人物じゃない?』
『う……。防壁を突破される方が悪いんですよぅ……。と、とにかくポリューションのほうは任せてくださいー。ただ全域のカバーは難しいですー。もう少し戦力が欲しいところですが……』
『そういう事なら俺も手を貸そう。なぁに、自分の居場所くらいは自分で守るさ』真斗と萩村の通信へ、いぶし銀な男性の声が割り込んだ。『もうポリューションには関わらないつもりだったんだがな。まぁこれはお前ら常連客へのサービスだ。〝鋼の海王〟の力、久しぶりに見せてやる』
『ダンナ! やっぱりイケメンね、見た目ごついけれど!』
『うるせぇ! 一言余計だ最弱隊長め』
モノリスタワーを囲んでいた赤い点が次々に消滅し、その隙間に青い点が滑り込んで円が逆転した。それは磯島の目論見が完全に崩壊した事を示している。加えて空の脅威が加護へと転じ、スピネル実働部隊の足を止めるものは何もなかった。
「ぐっ……! くそ、くそっ! あの実験動物どもがぁ!」磯島が醜く顔を歪めて激しく床を踏みつける。「〈作業中止、撤退だ! 全員輸送ヘリに乗り込め! 死体と怪我人も積み込め! ヘリに積んだイージスを起動させて合流地点まで急げ!〉」
真斗は追いすがるように立ち上がろうとするが、足に力が入らずに床に身体を放り出す羽目になった。その間に磯島は巻き上げられるワイヤーにつかまり輸送ヘリに乗り込んでしまう。
真斗はぼろきれのような足を引きずりながら、追いすがるように手を伸ばす。しかし当然届くはずもなく、輸送ヘリはみるみる小さくなっていく。しかし――
黒い一筋の光が、大型輸送ヘリのエンジンを打ち抜き、炎が上がる。磯島の絶望したような声が残された無線機から響く。
「〈な!? なぜだ、なぜ抜ける! イージスは鉄壁のはずだ、どうしてこんな――〉」
真斗ははっとして、そしてにやりと笑う。落ちていた無線機を手に取り、スイッチを押す。
「〈磯島―? 言い忘れてたけど、お雪は定期健診を一度もまじめに受けたことが無いんですって。そのデータをもとに作られたものが、欠陥品なのは当然よねぇ?〉」
「〈あ、あぁぁぁぁ!? あんのアマ! 最後の最後でこんな……。くそぉぉぉー!!〉」
再び黒い光の軌跡を描く弾丸が無情に放たれる。華村の持つ狙撃のアーツ《黒輝魔弾》だ。
大型輸送ヘリ、ヘイローには二つのエンジンがある。その残されたもう一方を必中の魔弾が貫いた。断末魔のような唸り声をあげて大空の怪物が炎をあげながら高度を下げていく。
追い打ちとばかりに、キャメロンの《ファニーボム》がテイルローターを吹き飛ばす。ヘイローは姿勢制御もままならずに、激しく回転しながら墜落し――爆発炎上した。
吹き荒ぶ強風の中で、真斗は目を細めてその遠い篝火を見つめていた。どうしようもなく憎い相手だったが、いざこうなると胸に小さな穴が開いたような感覚に襲われた。真斗は私も甘いものだなと、自嘲し薄く微笑んだ。
「失敗しましたか……。プロフェッサー」
不意に真斗の背後から声が流れる。
「あら幹耶くん。こっちは終わったわよ。それよりさっきはどうしたの? 何度呼んでも――」
その言葉の続きを真斗は言う事ができなかった。振り向いた真斗の薄い胸に、刃が突き立てられたからだ。
ずるりと冷たい金属が胸を貫く、身の毛もよだつ感触が背中まで抜ける。
血液が器官を駆け上がり、真斗の喉でごぼり、と音を立てた。
「な、どうし……」
「……真斗さん。マザーアゾットは、破壊します」
困惑した表情を浮かべる真斗に、幹耶はどこか悲痛そうな面持ちでそう告げた。
「な、にを言って」
「《断剣》」幹耶は真斗の胸から剣を引き抜き、流れるような動作で喉元を切り裂いた。「あなた方の言うところの〝テロリスト〟ですよ」
剣についた血のりを服の裾で拭い、吹き上がる鮮血を背に幹耶はマザーアゾットへ向き直る。
超高度を誇るマザーアゾットを破壊するために作られた専用サードアーム〝剥離白虎〟を構える。イメージの重ねやすさ考慮し、その見た目は幹耶の好み通りに無駄な装飾のない実にシンプルなものだ。
意識を向けただけで剥離白虎の刀身が淡く光る。流石はアーツの発現を補助するサードアームと言った所だろうか、ガルムのコア程度ならば既に切断できるくらいの力はある。しかしそれとは比べ物にならないほどの巨大さと密度を持つマザーアゾットを両断するためにはまだ足りない。幹耶は細く息を吐き意識を集中させる。これが終わったらピンキーのメンバーともお別れだなと、言う考えが一瞬脳裏に過ったが、要らぬ感傷だと切り捨てた。
不意に背後から湧き上がった気配を感じ、反射的に剥離白虎で防御姿勢を取る。そのおかげで、真斗の湾曲したネイルの刃は目の前数センチの所で食い止められた。
「随分、復元が早いですね。ショッピングモールの時は様子見でもしていましたか?」
動揺を押し殺して幹耶が言う。
「幹耶くんが綺麗に斬ってくれたからよ。傷の状態で復元の速度も変わるわ」真斗の首についた一筋の傷跡は淡い桃色に光っており、その光が消えると同時に傷跡もまた消えていった。「それより、一体どうやって? 誰がどう細工をしたって、清掃部隊に潜り込むのはそう簡単ではないはずよ」
そう問いかける真斗の表情には、自分が騙されていた事を告げられた直後だというのに一片の感情の乱れもなかった。しかしそれは取りたてて不思議な事でもない。アンジュにとって嘘や裏切りとは幾度となく経験してきた、いわば良くあることだ。ましてや、昨日今日に仲間に加わったばかりの幹耶が裏切り者だったからと言って、それで真斗の心が乱される事はなかった。
「いえ、簡単な話ですよ」幹耶は剥離白虎を押し出し、目の前から刃を遠ざけ、後方に飛び退る。「人は嘘をつくときに、一人だけどうしても騙せない人間がいます。真斗さんはそれが誰だか解りますか?」
「な、なによ。謎かけってわけ?」
急な質問に真斗がたじろぐ。
「それは〝自分自身〟ですよ」
「……自分?」
「そう。まず、スピネルに潜入するにあたって一番問題だったのは入隊前に義務付けられている〝脳波検査〟です。限定的とはいえ、深層心理にまで潜り込むこの検査を突破するのは容易な事ではありませんでした。そこで取った行動が、記憶の改竄です」
「記憶の改竄って、そんな事ができるわけ」怪訝そうは表情で真斗が言う。しかし一つの可能性に思い当たって言葉を詰まらせた。「そういえば、ナチュラルキラーには一人いたわね……。人の認識や記憶を操る幻惑のアーツを持つ《迷い(ミス)の(トブ)森》が」
「そうです。彼女に記憶を弄ってもらいました。バベルの起動を切っ掛けにして元通りになるように細工をしてね。まぁ、どのような障害が出るのか解らないので多用はできない奥の手です」幹耶の黒い髪が風に踊る。「おかげで無事に脳波検査をパスし、スピネルに潜り込む事ができました。アイランドの混乱と人手不足のおかげで楽でしたよ。記憶を改竄した時の影響が脳に残っていて、アイランドに入った時の〝バベル酔い〟が酷かったですけれどね」
ふと思う。なぜ自分はご丁寧に説明などをしているのだ。答える義務も必要もないというのに。幹耶は自分自身にそう問いかけ、答えを出せずに困惑した。
裏切りに対する後ろめたさからだろうか。
否だ。裏切りや騙し討ちなど、気が付かないほうが悪いのだ。
ならば目の前の少女に対するこの焦りにも似た胸の焼け付きはどうだ。これは一体何だというのだ。
まさか、罪悪感だとでもいうのか。
「じゃあ、経歴も全部が嘘ということかしら」
鈴のなるような声に意識を引き戻された幹耶は、視線を真斗に合わせる。
「大体が本当の事ですよ。私は幼いころにアンジュ狩りで両親を失い、孤児院の皮をかぶった檻に押し込まれ、ただ出荷(、、)を待つ身でした。その孤児院を襲い子供たちを奪ったのがナチュラルキラーだったという話です」
テロリスト等の武装集団がアンジュ狩りをすることは良くある事だ。戦闘向けのアーツを持つアンジュなら貴重な戦力となるし、従わない時や役に立ちそうの無いアーツの場合は殺してアゾット結晶を売却すれば、多額の活動資金を得る事ができる。
「そう……。幹耶くんも苦労しているわね。という事は、今回の顛末も最初から全て知っていたのかしら」
「まだ私を名前で呼んでくれるのですね」幹耶は薄く笑う。「私に与えられた情報はごくわずかです。近々、アイランドで大きな混乱が起こる事。その混乱に乗じて誰かがマザーアゾットの奪取を画策している事。それくらいです。ポリューションをはじめ、アイランドの事はほとんど聞かされていませんでした。私に課せされた使命はマザーアゾット奪取に失敗した場合、それを破壊する事でアイランドを崩壊させる――というものです」
「そのために、清掃部隊に?」どこか苦しそうな表情で真斗が言う。
「この混乱でスピネルの実働部隊は大きくその数を減少させるはずです。その場合、マザーアゾットの警護には高い戦闘能力を持つ清掃部隊が充てられる、とナチュラルキラーの幹部連中は踏んだようです。まさか、早速こんなチャンスに恵まれるとは思っていませんでしたけれどね」
「要するに幹耶くんは保険って所かしら。どういう形であれ、アイランドからマザーアゾットが失われれば、ナチュラルキラーの目的はひとまず達成できるものね」真斗は大げさにため息をついて見せる。「ねぇ幹耶くん。あなた、どう考えても捨て駒よ」
幹耶は何も言わない。
「最初からこういう計画だったのか、それとも何かしら予想外の事が起きてこうなったのかまでは解らないけれど、既にほかのナチュラルキラーはアイランドの外。モノリスタワー周辺も制圧されつつある。目論見は失敗に終わった。でもまぁここまでは良いのよ。最後の一押しが幹耶くんの役目みたいだから。でも」
真斗は幹耶をまっすぐに見据えて言う。
「ことを済ませた後に、どうやって逃げるつもりだったの?」
「そ、れは……」
喉を詰まらせたかのように幹耶は言いよどむ。
「話を聞く限りその作戦は矛盾だらけよ。幹耶くんの行動を援護するでもない。撤退を支援するでもない。計画が失敗したときの為にだなんて無茶な役割を押し付けられて、それでもこうして自分の仕事をこなそうとする。もしかして幹耶くん――最初から死ぬ気なんじゃない?」
幹耶は固く口を閉ざしたまま目をそらす。真斗はその行動を肯定と受け取り、小さく溜息をついた。
「せっかくだから、もう少し質問しても良いかしら」
真斗のその言葉に、幹耶は「どうぞ」と硬い声で答える。
「アゾット結晶を悪性のウィルス呼ばわりしてその根絶を掲げるナチュラルキラー。その標的にはもちろんアンジュも含まれる。だと言うのに、幹耶くんはなぜそんな奴らに加担するの? 最終的には自分も標的になると解っていて、どうして自分から居場所を失わせるような事をするの」
真斗の言葉に幹耶は黙り込み、真斗はただ静かに返答を待つ。やがて、ぽつりと幹耶が呟いた。
「実のところ、上手く言葉にできるほど考えがまとまっていないんです。ただそうですね……許せない、と言うのが一番近いでしょうか」
「許せない?」
「私が憎いのはアゾット結晶そのものです。こんなものがあるから、人類は欲望を捨てきれない。争いを止められない」幹耶は苦しそうな表情で言い募る。「アゾット結晶に頼らずとも、自給自足で暮らしている人はいくらでも居ます。日の出と共に目覚め、日が沈むと共に眠り、牛や馬に荷車を引かせ、家畜を飼い畑を耕す。自然と生き自然と死す。それで良いじゃないですか。だと言うのにアゾット結晶なんてものがあるせいで、未だに人は争いをやめられない」
「だから、アゾット結晶は全てなくなれば良いと思っているの?」ネイルを持つ手に力がこもる。「仮に全てのマザーアゾットを破壊したところで、炎が消えても煙や臭いがすぐには消えないように、世界中に散らばったアゾット結晶の全てが無くなるわけではないわ。アンジュだって居なくなる訳じゃない。世の中はあっという間に混乱と混沌の坩堝に成り果てるわよ」
「けれど、いずれアゾットを巡る争いは無くなる。アンジュもマザーアゾットによる電力増幅が行われてから生まれ始めた、と聞いています。ならばその全てを破壊すれば新たなアンジュも生まれなくなるはずです」
「馬鹿な事を!!」真斗が鋭い目つきで声を荒げる。「いずれアゾットを巡る争いは無くなる? そんな保証がどこにあるって言うの! もしアゾット結晶を量産する技術が確立されたら? 全てのマザーアゾットが失われても、アンジュが生まれ続けたら? 幹耶くんが言っているのは全て都合の良い妄想よ! 臭い物には蓋をして、醜い物からは目を逸らして、周りを巻き込んで破滅の道を突き進む。自己満足で傍迷惑なただの自殺だわ!」
「だったら!!」幹耶は剥離白虎を力任せに押し出し、真斗を飛び退かせた。「だったらどうしろというのですか! 私だってこんな力欲しくは無かった! でも仕方が無かった、こんな体に生まれついてしまった! 私にアゾットなんてものが宿っていたがゆえに、周りからは疎まれ、蔑まされ、あげく両親まで殺されて捕まって家畜扱いされてまた捕まって使い捨ての道具として扱われて――」
「甘っっっっっっったれるな―――――!!」
大気を激しく振るわせる真斗の叫びに、幹耶は目を見開いて言葉を詰まらせる。
「うだうだとうっさーい! 悲劇のヒロインかっていうのよ! 知らないみたいだから教えてあげるけどね、先天的だろうが後天的だろうが、アンジュなんて誰も似たような人生よ! お雪も火蓮もハナもメロンも、ダンナだってみんなそう! 私だって《不滅の(ルキャ)蝋燭》なんて妙なアーツのせいで酷い人生よ!」怒り心頭といった様子で真斗が叫ぶ。「死なないだけで特に力のないこんなアーツ、地獄そのものよ!? 何度も何度も痛めつけられて嬲られておもちゃにされて、飢えても渇いても死なないし死ねないし! そのくせ痛みや苦しみだけは普通にあるなんて、酷い能力よ! こんなもの、神様からの嫌がらせとしか思えないわ!」
「痛み……あるんですか? 私はてっきり――」
幹耶は戸惑った。首を千切られ爆炎に身を焼かれ、それでも決然と立ち上がる真斗を見て、きっと痛みや苦しみは感じていないのだと勝手に思い込んでいたからだ。
「生きたまま大型ポリューションに飲み込まれて窒息死したときは、本当に最悪だったわよ。生き返るそばからまた死んで……。暑いし臭いし苦しいし、死ねる人間をあれほど羨ましく思った事はないわね」疲れきった様な表情で真斗が言う。「死ぬたびに生き返られなかったらという恐怖に襲われて、生き返ったら生き返ったで、後何回死ぬ羽目になるんだろうと絶望して。それでも、死の瞬間にだけ生きているって実感を得ている自分も大嫌いで……。」
「そ、それならなぜ戦いの場に身を置くのですか。他にやりようはいくらでも……」
「それくらい私だって考えたわよ。でもそれって、生きているって本当に言えるの? 呼吸して、ご飯を食べて、眠って、朝日を迎えて……確かにそれも良いでしょう。でも私には、それができなかった。確かに震えて膝を追っていた時期もあったわ」真斗は何かを懐かしむように遠い目をする。「昔、アンジュ狩りにあった私は、孤児院とは名ばかりの朽ちた倉庫のような場所に、多くの似たような境遇の子供たちと一緒に軟禁されててね、ろくに水も食料もなくて餓死しかけてた。そんな時にとある研究所に売り飛ばされて、磯島の奴にあちこち刺されて裂かれて焼かれて割られて……。一通り調べつくしたと見るや、今度はスピネルに引き渡されてポリューションと戦う日々」
そんな悲惨な過去を、真斗はまるで遠い思い出を語るように言い募る。
「逃げようと思えば、きっといくらでもチャンスはあったと思うわ。でも得体のしれない危険に怯えながらもアイランドで幸せそうに暮らす人たちと、多少の差別はあれど、彼らとの共存を実現しているアンジュ達を見ているうちに思ったの。〝私の命はアイランドに捧げよう。アイランドを守る事でアンジュの価値を認めさせて、その地位を向上させよう〟って」
「……それが真斗さんの戦う理由、でしたね」
幹耶はアイランドの夜景を眺めながら交わした会話を思い出す。
「そうよ!」真斗が薄い胸を張って宣言する。「世界を変えるとか、救おうだとか、大きい事を言うつもりはないわ。争いは無くならないだろうし、誰も彼も救えるほど世の中優しくないのは嫌というほど解ってる。でもね、だからこそ! アンジュの有用性を世に示し続けて、アンジュは脅威ではないと知らしめないといけない。そしていつか、アンジュを世の中に受け入れさせる!」
真斗の気迫に気圧されたかのように幹耶は一歩後ずさる。
「小さな炎を生み出すのがやっとのアンジュですら、火事が起きればお前が犯人だと橋の上から吊るされるような世の中で、そんな夢物語が――」
「できる。いや、やるわ!」真斗は揺るぎない瞳でまっすぐに幹耶を見据える。「大それた事を言っているのは解ってる。それでも、私はそれを目指すわ。世界を巻き込んでやる!」
呆然とただ黙って真斗の話を聞いていた幹耶は、やがてゆっくりと頭を振る。
「解らない。全く解らないですよ真斗さん。アンジュを世界に認めさせて、それでどうなるというのですか」
真斗は一瞬、きょとんとしたような表情になり、そしてニヤリとした笑みを浮かべ、高らかに言い放つ。
「私が寂しくない!」
「…………はっ?」
幹耶は自分の耳を疑った。今、目の前の少女はなんと言った? アイランドはこれからも多くの犠牲を生み出し続けるであろう事は疑いようもない。そんな街を守り、多数の命を巻き込んで世界にアンジュを認めさせ、その存在を守る。その理由が――寂しいから?
「アゾット結晶の研究が進めば、私の不死の秘密も解るかもしれない。その時に私はようやく死ねるでしょうね。でも、それは何年後かしら。百年? 千年? それを待つ間、同類が迫害され続けるなんて悔しいし、寂しいじゃない。私の人生はきっと長くなる。それなら、少しでもみんな仲良く、楽しく過ごしたいじゃない」
絶句する、とはまさしくこういう事を言うのだろう。幹耶は言葉を忘れてしまったかの様に呆然と立ち尽くし、真斗の言葉を反芻する。そして
「……はっ。はは、ははは。あっはははは! ふっ、くっくあはははは!」
身体をくの字に折って、心から笑った。冷え切っていた魂が溶け出すような気がした。
なるほど――、実にアンジュらしい。
力のイメージを現実に上書きするほど、一つの理想を全とするアンジュ。目の前の少女が持つ魂のありようは、まさにアンジュのそれだった。
自分はどうだろう。
半端な理想。半端な執着。
自らの命でさえ他人に委ねたこの魂に、世界を巻き込むほどの理想を宿すことは果たしてできるのだろうか。
解らない。いくら考えても、きっと答えは出ない。
自分はどう生きたいのか、何を目指したいのか、どんな道を切り開きたいのか、まるで解らない。
ならば――、今できることを、やるしかないのだろう。
たとえそれが愚かな過ちであっても、曲げられないものはある。曲がるくらいなら、折れたほうがまだましだ。
「まぁ、とは言っても私一人にできる事なんてたかが知れているわ。だから」真斗はネイルを腰のケースにしまい、こちらへ来いと言う様に幹耶に手を伸ばす。「改めて、幹耶くんをスピネルの清掃部隊《ピンキー》の隊員に――」
「お断りします」
ひゅう、と二人の間を風が吹き抜ける音がした。
「……いやー。そこは私の手を取って感動のラスト! って場面じゃないかしらねー……」真斗は苦笑いをしながら言い、そして表情を改めこういった。「やっぱり、アイランドが許せないのかしら」
「あの夜、私は貴方に言いましたね。アイランドを好きになれそうにない――と。その気持ちは今も変わりません。それに、意地もあります」
金と物で人を集め、飼いならし、実験動物として使い捨てる。生き残れるかどうかは運でしかない。アイランドのそのありようは、幹耶にとって許し難いものだった。
「それだってあなたのエゴよ。誰もが自分で人生を切り開けるほど、気概にあふれた人達ばかりじゃないわ」
「アイランドが、人々から選択肢を奪っているだけです」
「いやもう、なんて言うかさ。幹耶くんって本当に破滅思想よね」嘆息しながら真斗が言う。「一度世界が崩壊すれば、次は今よりもっと良い世界になる……みたいに思っているんでしょう。無計画で短絡的過ぎるわよ。他人の命でギャンブルすんな」
破滅思想――。確かにそう言われれば、今の世界が最低で、それが壊れれば次はもっと優しい世界が待っている、と心のどこかで盲目的に信じていたのかも知れない。そう幹耶は思う。
「よし解った、勝負しましょう」
唐突に真斗がそんな事を言う。
「長々と議論してもキリがないわ。生き方だもの、曲げられない時もある。それに、お雪あたりがそろそろ来そうな気もするしね……。彼女は私みたいに甘くないわよ? 問答無用で首を刎ねるわ。だからその前に後腐れなく、一発勝負で決めましょう」
「……勝負、ですか? どのように」
「じゃあこうしましょう。一回私が死ぬか、幹耶くんが戦闘不能になるかで勝敗をつけましょうか。幹耶くんが私に勝てたら、マザーアゾットへの攻撃を見逃すわ。逃走の手助けだってしてあげましょう。でも私が勝ったら」
「勝ったら仲間に……ですか?」
「下僕になりなさい」
「下僕!?」
予想外の格下げだ。思わず声を上げる幹耶に真斗はカラカラと笑う。
「それが嫌なら本気でやりなさい、トレーニングの時とは違うわよ」
「私も、あの時とは違いますよ」
そういって幹耶は青白く光る刀身を持つ剣を突き出す。
「サードアームみたいね……。上等よ」
そう言って真斗は片方だけ口角をあげ、腰を落として再びネイルを構える。
睨みあったまま二人は動かない。
耳朶を叩く強風と、暖かな日差し。そして未だ戦闘が継続しているのだろう、遠くで打ち鳴らされる断続的な爆発音が二人を包む。
なぜ真斗が〝最弱〟といわれるのか、戦闘訓練で手毬のように転がされた幹耶にはまるで理解できなかった。
線の細い見た目からは想像もできないほどの膂力、変幻自在な動きを支える強靭なバネ、衝撃を受け流すしなやかな肢体。どれをとっても一流だ。その高い戦闘能力を、幹耶は文字通り身体で体感した。
幹耶は真斗との戦闘訓練をことあるごとに思い返し、分析し、解析し、考察した。その結果、真斗が〝最弱〟と呼ばれる一つの理由に思い至った。
真斗には、絶望的なまでに〝決定打がない〟。
思い返してみれば、真斗は一切の駆け引きをせずに、まさに猪突猛進と言った様子で幹耶に休むことなく幹耶に攻撃を加え続けた。攻撃の大半は急所狙い、一瞬でも早く勝負を決したい気持ちの表れだ。幹耶が全身に傷を作ることになったのは、その気迫におされてまともに正面から立ち向かった結果だ。
なぜ真斗はそのような行動に出たのか。幹耶はそれを考え続け、一つの答えにたどり着いた。
真斗には、そうするしかなかったからだ。
確かに真斗の身体能力は驚異的だが、それはあくまでも人間が相手の場合だ。規格外の相手、たとえばポリューションなどが相手の場合、その優位性は失われる。
ショッピングモールでの戦いを思い返してもそうだ。真斗は終始ガルムを圧倒したが、脚部を切り裂いて決定的なチャンスを作り出したのはあくまでも幹耶で、とどめを刺したのも結局は幹耶だ。対等か、それ以上の敵に対する決定力が真斗にはない。
たとえ相手が人間であっても、特殊な能力を持ち、真斗と同様に身体能力の高いアンジュであるならば同じことだ。一度でもアーツの発動を許せば、ただ身体能力が高いだけの真斗に勝ち目はない。確かに真斗は不死ではあるが、それは死なないというだけであって勝利できるというわけではない。動きや攻撃手段を封じられればただの人形と変わらない。
それ故に、真斗は突撃をする必要がある。戦闘の流れを自ら作り出し、その流れに乗って一秒でも早く勝敗を決するために。
繰り返しになるが、真斗の戦闘能力自体は一流だ。初見の相手なら幹耶のようになすすべなく倒されてしまうだろう。しかし、一度でも相対したものならば話は別だ。
戦いの駆け引きを知らず、相手を倒すことだけを考えまっすぐに突き進む。真斗の作り出す流れに呑み込まれず、冷静になりさえすればこれほど動きを読みやすい相手もいない。
唯一警戒しなければならないとすれば、真斗がその手に持つサードアーム〝ネイル〟から放たれるソニックショットだ。
風圧と衝撃波による単純な広範囲荷重攻撃。一度放たれれば防ぐのは難しい。しかし、ただでさえ問題だらけの欠陥兵器。その弱点は多い。
まずソニックショットがその威力を存分に発揮するためには、通常の弾丸とは違い相手に接近する必要がある。可能であれば密着状態が望ましい。
次に、反動が大きすぎる。攻撃の為には足を止めて構えなければならず、半端な態勢では骨や筋肉が耐えようとも肉体そのものが吹き飛ばされる。
そして、その威力ゆえに銃身が耐えられないであろうこと。あれだけの破壊力、サードアームだから放てているようなものの、本来ならハンドガン程度でどうにかできる代物ではない。いくらネイルといえどもそう何発も放てはしまい。
確かに真斗は強い。しかし怖くはない。心構えさえあれば敗北はない。
それが、真斗が〝最弱〟と呼ばれる理由だ。
先に動いたのはやはり真斗だった。引き絞られた矢のように幹耶に一直線に飛び掛かり、右手に持つ螺旋状の刃を持つネイルを鋭く突き出した。
しかし幹耶は慌てた様子もなく、身を引きながら煙を払うかのような軽さで剣を振るい、それを迎え撃つ。
真斗のネイルと幹耶の剥離白虎がぶつかり合い、激しい衝撃が生み出される――はずだった。しかし、そうはならなかった。
幹耶の剣がネイルをするりとすり抜けた。次の瞬間、螺旋状の刃を持つネイルは中ほどから斜めに両断され、ずり落ちた銃身が床に落ち、重い音を鳴らす。
「なっ……!? くっ!」
予想外の展開に真斗は動揺の色を隠さなかった。しかしその攻勢を緩めることなくその場で身体を回転させ、左手に持つネイルの湾曲した刃を幹耶に向けて上段から繰り出す。
対する幹耶は下段から剥離白虎を振り上げ、真斗の左手首をネイルごと切り飛ばした。傷口から激しく鮮血が噴き出し、ネイルを握りしめたまま切り飛ばされた左手は、うず高く積もった瓦礫の中に消えた。
両方のネイルと左手首を失い、細い呻き声をあげて真斗は床に座り込む。傷は早くも復元を初め、淡く桃色に光る傷口に光の粒子が集っていく。その真斗の首筋に、幹耶はそっと刃を添えた。
「勝負あり、ですね」
幹耶は真斗を見下ろしてそう言う。その凍りついたような無表情に対し、真斗は額に冷や汗を浮かべながらにやりと笑って見せた。
「まだよ。私は、〝一回死ぬまで〟って言ったはずよ」
「……その必要はないはずです。ネイルを失った貴方は、不死身なだけのただの少女だ」
「約束は約束でしょう?」
「…………」
いくらかの逡巡の後、幹耶は刃を振り上げ、振り下ろす。しかし、その刃は真斗の首筋に食い込む直前でピタリと止められた。
その刃を止めたのは真斗の先ほどの言葉だ。繰り返される痛みや苦しみ、これで最後かもしれないという恐怖、後どれだけ死ねばいいのだという絶望……。それらの言葉が、幹耶の腕を押しとどめていた。
「相変わらず、肝心な所で思いきれないのねぇ。みーくん」
真斗の口から発せられた、あまりにも懐かしい呼び名に幹耶は目を見開く。それは孤児院の皮をかぶったあの檻に押し込められていたころ、仲の良かった少女が自分を呼ぶときに使っていたあだ名だった。
特に珍しいものではないが、今まで彼をそう呼ぶものは居なかったし、そう呼ばれていたことを知る者は誰も居ないはずだった。ただ一人、あの日に連れ去られて行った、太陽のような笑顔を持つ桃髪の少女以外は。
「な、んで。まさか……?」
「さっきのうじうじした幹耶くんを見て、ようやく思い出したわ。外見だけはすっかり大人っぽくなっちゃっているのだもの、中々気が付けなかったけれどね。その蒼い瞳と経歴を聞いて〝もしかして〟とは思っていたのだけれど」
真斗は照れたように頬を掻く。
「ああ、あの時の私のあだ名はなんだったかしらね? 幹耶くんは覚えて――」
「……光の聖天使、アウラファルリス・マトリエ――」
「あっ! あぁ思い出した! いや、忘れて最後まで言わないで! それ私の黒歴史! ブラックヒストリー!!」
顔を真っ赤にした真斗が、復元し終えた両手を前に突き出して激しく振りまわず。
「どうして、貴方はあの時のまま……。もうあれから何年も経っているのに……」
言葉を詰まらせる幹耶に真斗は肩をすくめる。
「外見の話? 簡単な話よ。私のアーツ発動の代償は〝未来〟よ」
「……だから、あの時と変わらない外見のままという事ですか?」
「そう。初めて死んだその日から身体は成長を止め、ずっと変わらないまま。けれどお腹は空くし眠くもなるし疲れもするし。まったく、これも神様の嫌がらせかしらね。まぁ赤ちゃんの時に発動しなくて良かったわ。ってそうか、だからこそ私の外見は変わっていないのに、それと気が付けなかったのね」
「ええ。似ているな、とは思っていたの、ですが……」
困ったように苦笑いをする目の前の少女に、幹耶は畏怖の念さえ覚え始めていた。
秋織真斗はただの不死ではない。数多の権力者が追い求め、ついに手に入れられなかった〝不老不死〟そのものだ。神話や伝承の中でしか存在しない超常の者が、目の前に居る。
真斗は、自分について調べつくしたから磯島にアイランドに送り込まれたと、そう言っていた。だがその真意は、実践の中であらゆる形の〝死〟を真斗に与え、不老不死についてのデータを収集するという物ではなかったのか――と幹耶は思った。
呆然とする幹耶の左肩に、突然螺旋状の刃が突きたてられた。僅かに食い込んだ切っ先から一筋の血が流れる。
ゆっくりと立ち上がった真斗が、螺旋状の刃を持つネイルで幹耶の肩を突いたのだ。
「えっ――」
「隙だらけよ。約束は約束、でしょう?」
そう言って、真斗はネイルの引き金を引いた。その中に装填されているのは、ソニックショットの弾丸だ。
トレーニングの時と状況が違うのは剥離白虎を持つ幹耶だけではない。シミュレーターでは再現しきれないが故に放てなかったソニックショットが、今ならば撃てる。
放たれた暴風が幹耶を襲いその身体を吹き飛ばす。直撃を受けた幹耶の左肩はその小さな傷口を無理やりに押し広げられ――
左肩から先を、引きちぎられた。
「がっ! ぐあっあああぁぁ! あぁぁっうっがぁぁぁ!」
吹き飛ばされ床に全身を叩きつけられた痛みと、それ以上の左肩の激痛に幹耶は悶絶する。
とめどなく溢れ出す血液であたりはあっという間に血の海になり、その上を転げまわる幹耶の全身もまた、真っ赤に染まった。
湿っぽい音を立てて幹耶の左腕が遠くに落着する。そして幹耶のサードアームである剥離白虎は鉄塊が倒れるような重い音を響かせて床に転がった。
未だ苦しそうな呻き声をあげる幹耶に、真斗はゆっくりと歩み寄る。
「文句なしの戦闘不能ね。勝負あり、よ」
生臭い匂いを放つ血だまりに真斗は躊躇することなく座り込み、自身の血液で全身を濡らした幹耶の身体を抱き寄せるようにして引き起こして、その頭を自分の膝の上に乗せた。
「よ、ようしゃ……なさ、すぎでしょう……」息も絶え絶えに、呆れた様な苦笑いで幹耶が言う。「でも、どうして……。ネイルは、確かに」
「私のアーツ、忘れた訳ではないでしょう? その私のサードアームだもの。復元くらい普通にするわよ。衣服だってサードアーム繊維を織り込んだ特別性よ」
「め、滅茶苦茶だ。そんなの……」
ああ、思い出した。昔からこういう人だった。昔から、破天荒で滅茶苦茶な人だった。
いつも明るくて、朗らかに笑って、そのくせ実は泣き虫で、でもいつも夢を語って、そして笑顔をくれた。たまに破天荒すぎる所があるのは困りものだったが、それでも自分にとっては、まるで太陽だった。
自分だって苦しいくせに。
自分だって悲しいくせに。
泣くなと言って背中を支え。それでも涙が溢れるときは一緒に泣いて。
掃き溜めのような世界の中で唯一の光で、未来への希望そのものだった。
その思い出があったからこそ、私は今の今まで刃を自らの胸に突き立てることなく、ここまで歩いてきたのだ。
「これで正式に私の下僕ね。で、でもみーくんが望むなら、もう少しまともな扱いをしても良いわよ? あっ、でも友達までだからね! そこから先とかまだ早いんだからね!?」
彼女はいつも眩しかった。自らの境遇に深く落ち込み、膝を抱えていた自分を照らしてくれた。彼女自身だって、相当に酷い境遇の中を生き抜いてきたのだろうに。あの時は解らなかったが、きっとそんな彼女に憧れていたのだと思う。だからこそ、あの時、彼女が連れ去られてしまったあの日から、私はどれだけ絶望し、世界を恨み、不甲斐ない自分自身を責め続けてきたか……。
「またあの時みたいに仲良くしましょうよ。きっと楽しいわよ? 今はお雪に火蓮やハナにメロンも居るし、後は島外に出張してるみんなも帰ってくれば、もっと賑やかになるわよ」
ああ、でも、そうか。
生きて、生きていたんだ……。
いつかまた会えるなんて、夢物語だと思っていたのに――
「そうねぇ。あの日から今日までの事を語り合いましょうよ。まぁきっとろくでもない話になりそうだけどねぇ。思えば、あの時はお互いの名前も知らないで……ってあれ? もしもし? みーくーん」
今解った。いや、ずっと前から解ってはいたんだ。自分の弱さを境遇のせいにして、不平不満を叫びながら暴れまわって、達観したつもりで世界を語って。そんな世界、自分の目に映る範囲の話でしかないというのに。
自分のような不幸な人間をこれ以上生み出さないようにと言いながら、本当は全て壊れれば良いと思っていた、何もかもなくなれば良いと思っていた。
アイランドにしてもそうだ。あの時失われてしまった太陽とそっくりな少女が笑って、怒って、いじけて、楽しそうに生きている。私にはそれが許せなかった。許容できなかった。ただただ悔しかったのだ。
秋織真斗はあの時の少女ではない、そう思っていた。だからこそ、アイランドは掴み損ねた未来の幻をいやおうなしに押し付ける悪魔のように思えた。
しかしそうではなかった。未来は繋がっていた。
歪んだ理想を掲げながら散々人を殺めておいて、まったく自分勝手な事だとは思うけれど……。このような終わり方ができるのならば、そう悪くは無い人生だったと、そう思える気がする。少なくとも、こんなクズの死に方としては上等過ぎだ。
「あれっ? これってやばいかも、出血多量って奴!? あああぁぁぁどうしよう、私だったらすぐ治るのに! お、お雪!? 早く来てお雪ー! ヘルプミー!」
……いやほんと。変わってないなぁ、この人……。




