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アゾットシリーズ  作者: 白笹 那智
アゾット ー女神創造計画ー
17/46

小麦レンガと襲撃者

 朝日が昇り、薄い靄に包まれた街が目を覚まして動き始める頃。四つの疲れた顔がモノリスタワー六十三階のコミュニティルームに並んでいた。真斗(まと)(せつ)(りん)、そして()(れん)幹耶(みきや)だ。


「さて早速だけど、今日の見回り任務は中止だよ」最初に口を開いたのは雪鱗だった。「昨日ハナから送られてきたものだけど、まずはこれを見てほしいな」


 雪鱗から映像ファイルが送られてくる。その状況に真斗は唇を尖らせた。


「私隊長なのに、なんでこういう情報はお雪に行っちゃうのかな。私隊長なのに」

 二回言った。真斗にとってはよほど大事な事らしい。


「さてねぇ。誰かさんはいつも肝心な時に死んでるからじゃないかなー?」悪戯(いたずら)っぽく目を細めて雪鱗が言う。

「ぐぬぬ……」真斗は握りこぶしを作り悔しがるそぶりを見せるが、すぐに大きくため息をついてうつむいた。「……そうね」


 へへっ、と投げやりな笑いを漏らしながら真斗は映像ファイルを展開する。そしてすぐにその表情が凍りついた。


「これはまた……いやはや。驚いたな」火蓮も目を見開いている。

 映像に映って居たのは薄暗い部屋。そしてその部屋にずらりと並べられていたのは、何かの液体が溜められた大きな球状の容器のようなもの。赤黒い染みの広がった壁。漫画やゲームでしか見たことのないような、現実離れしすぎた映像に幹耶も言葉を失う。


 そして極めつけは、全面がガラス張りの檻に閉じ込められた、瓶詰めにされたようなポリューションの姿だった。


「これ……バルミダの?」ぞっとするほど低い声で真斗が呟く、

「そう。昨日ハナとメロンが見つけたみたい。〝あたりを引いたせいで帰れねぇ〟ってぼやいていたよ」雪鱗が眠そうに頬杖をつきながら言う。「部屋に残されていた資料からも、ポリューションを生み出す実験を実際に行っていたのは疑いようもない。昨晩、この報告を受けて上層部はアイランド内のバルミダ機関に所属していた関係者、または係わりがあった人物全員から事情聴取をしようって決めてね。私たちはそのお手伝いってわけ」


「おいユキ、この容器に詰まっている黒っぽい液体はなんだ?」火蓮が言う。

「詳しくは分析中だけど、微量ながらアゾットが検出されたよ。ポリューションから採取された黒い粗製アゾットみたいだね」


「なんだってそんな……」幹耶が呻く。

「さぁねぇ……。ダスト中毒になるのをのんびり待っていられないから、それを注入したりするんじゃない? ほぼ同質だし」雪鱗が爪をいじりながら言う。


「そんな事より!」真斗がテーブルを激しく叩き、絞り出すような声で言う。「プロフェッサー……。いや、磯島(いそじま)の奴はどこにいるか解っているの?」

「目下捜索中だよ。おそらく点在している研究施設のどこかに居るとは思うんだけど」

 やっぱりそう来たか、とでも言いたそうな様子で(せつ)(りん)が肩を(すく)めた。幹耶(みきや)は隣に座っている雪鱗に小声で問いかける。


「あの、どうしてここで磯島さんが出てくるのですか」

「ん? ああ、プロフェッサー磯島は元バルミダの主任研究員だからね。今回の一件じゃ最重要参考人なんだよ」


「なるほど……。人の命をおもちゃのように扱っている、かも知れない磯島さんが許せないってところですかね」

「簡単に言えばそうだろうね。積年の恨みもあるだろうし」


「さて、私たちは私たちの仕事をしよう。ほらほら、行動開始だお前ら。朝めしを食っている時間はないぞ」


 手を叩いて()(れん)が合図をし、四人はそれぞれの面持ちで駐車場へと向かっていった。



 小麦粉で作ったレンガを食べやすい大きさに切り分けました。

 そんなキャッチフレーズがお似合いな支給品の携帯糧食(りょうしょく)(かじ)りながら幹耶は窓の外を眺めている。あいにくと曇り模様だがダストの美しい(みどり)色は相変わらずで、これはこれで味があると思った。味がないのは手にしている食料のほうだ。


 生産性、携帯性、保存性、そして栄養を重視して作られたこの携帯糧食はどうやら味と言う概念(がいねん)を忘れてしまっているようだ。幹耶以外の三人は渋い顔で無理やり口の中にその小麦レンガを詰め込み、水で押し流す。


「相変わらず食事の大切さを思い出せてくれる代物ね……」いくらか機嫌を戻した真斗が、別の理由で気を悪くしたように顔をしかめる。「アンジュは体力勝負だから機能面では確かに最高の食料なんだけれど、こう、もう少しなんとかならないかしらね」


「砕いてミルクにいれたら、少しはマシかな?」

「味に続いて携帯性と保存性まで失ったら、この小麦レンガに価値なんかねぇよ」雪鱗の言葉に火蓮が突っ込む。「ていうか、ルーキーはよく涼しい顔して食っていられるな。あたしでもこれはキツイぞ」


「横流し品でよく出回るんですよ。外じゃこれも大切な食料ですし、むしろ栄養面はばっちりなのでご馳走の部類に入ります。軽くて日持ちして栄養も優れている。素晴らしいじゃないですか」

「「「文句いってごめんなさい」」」

三人の声がぴたりと重なった。


「と、ところでもうしばらくで合流地点につくぞ。あたしたちの仕事は、万が一戦闘状態が発生した場合の援護だ。目的の研究施設は外周部に点在、一八カ所ある。環状道路を駆けずり回る事になるかもな。まずは先行している警備(ガー)部隊()と合流して――」


 そこで()(れん)の言葉を遮るように緊急の通信がはいった。四人は通信の許可を選択し、同時に萩村(はぎむら)の声を聴いた。


『どうも雲雀(ひばり)でーす。各地の研究施設に先行した警備部隊と調査(チェイ)部隊(サー)が、所属不明の武装集団に攻撃を受けていますー』

 相変わらず間延びしているが、その穏やかでない内容に四人は表情を鋭いものに変える。


『はーちゃん、まずは状況を正確に、簡潔に』

つい先ほどまでとは別人のような鋭い表情の真斗が萩村に続きを促す。


『はいー。ついさっき、バルミダ機関の関係者確保に向かった警備部隊と調査部隊が、各地の研究所、あるいはそこに向かう道中で攻撃を受けましたー。待ち伏せですかねぇ? 現在も戦闘は継続中ですー』緊張感のない萩村の声が脳内に響く。『敵の数は不明。一か所あたりおそらく数人程度。強武装。戦闘用ドローン多数』


『強武装にドローンね……。ナチュラルキラーかな?』(せつ)(りん)が言う。

『そうですねぇ。なんとも言えませんが、他に攻撃を仕掛けてきそうなのも、最近では居ないですしねー』


「ふん、テロ組織と繋がっているとはね……。どこまで下衆(げす)野郎なのよ、あいつ」

 吐き捨てるように真斗が(つぶや)く。あいつとはもちろんプロフェッサー、磯島の事だろう。このはかったようなタイミングでの襲撃。この二つの組織、つまりバルミダ機関とナチュラルキラーが無関係だとは真斗には思えなかった。


『ひとまず状況は理解した。本部はなんと?』

『とりあえず真斗さんたちは予定通り、先行部隊と合流してくださいー。追って本部の指示を伝えますねー』

『了解だ』

 ()(れん)がペダルを踏み込み、高機動装甲車が速度を上げる。いつもよりも加速の悪いエンジンに舌打ちしながらも、ハイウェイを走る一般車を次々に追い抜いて行く。


「情報が駄々漏れじゃねぇか。大丈夫かこの組織」

 面倒くさそうに火蓮が言う。

「情報漏洩どころじゃないですよ。事情聴取が決まったのは数時間前なんですよね? それで待ち伏せを受けたとなると……」

 幹耶が腕を組んで唸る。


「完全に先読みされている、と?」

 指で金平糖を弄びながら雪鱗が口を挟む。

「それどころか、巧く言えませんが。操られているような気配すらありますね」

 幹耶はため息と共に自分の手のひら見遣る。

見えない糸で全身を絡め取られているような錯覚に襲われる。姿の見えない誰かに状況を支配されている、そう思った。


「しかしナチュラルキラーと手を組んでいたとなると……」真斗が頭の後ろで手を組んで考え込む。「そうなると最近急に増えたテロ事件は、バルミダが支援をしていたってことかな?」

「それはどうだろうな。存在しないはずの研究機関が武器弾薬にかかわればどうしたって目立つ」

 それは火蓮の言うとおりだ。バルミダ機関はあくまで非武装組織。その身に(まと)うのは化学薬品の香りで、硝煙(しょうえん)の匂いとは縁遠い存在だ。武器弾薬の調達はもちろん、ドローンなどという最新鋭の兵器を提供することは難しいし、ましてや監視の目が厳しいアイランド内へ大量のテロリストを引き入れる事など不可能だろう。


「第一、今回の件でバルミダが怪しいって例の情報を流してきたのは、他ならぬナチュラルキラーだったんだよ」(せつ)(りん)金平(こんぺい)(とう)を口に放り込む。「情報を流して私たちをおびき出したって所かな」

「じゃあ、二つの組織は無関係? いや、利用しあっているのかな……」

 真斗が誰に言うでもなく声を落とす。


「それはまだ解らんが、急激に増加したポリューションの発生がバルミダ機関の実地実験だったとしたら、テロ事件は良い目くらましになっていたな。スピネルはテロのせいでポリューションが増えたと思っていたし、同時期に多発したせいでどちらの捜査もおざなりになった」


「そもそも、バルミダ機関の人たちは何がしたいんですか? ポリューションを人工的に作り出して、それでおしまいって事でもないですよね」

 とうに壊滅したはずの組織が人間を怪物へと変貌(へんぼう)させる悪魔の技術を研究している。そしてその先に何を狙っているのか。幹耶達は圧倒的な異常性を前に忘れてしまっていたが、全ての行動には理由がある。一連の事件も何か明確な目的があるに違いなかった。


「そうだな……、研究者って人種は何者よりも欲深く、そしてある意味では最も無欲だ。特に危険の付きまとうアイランドに来ているような連中はな。ポリューションを生み出す実験そのものが目的って事も十分に考えらえるぞ」火蓮は片手でハンドルを握りながら器用に煙草を咥える。「ナチュラルキラーの方なら更に話は簡単だ。アイランドにダメージを与えるのが目的だろう。そう考えればバルミダと手を組むのは悪くない手段だと思う」


 アゾットは人類を滅ぼす悪性ウィルスだと断じ、自らを世界の免疫細胞と嘯きテロ活動を繰り返すナチュラルキラー。

 しかし目的はあっても決定打を持たない彼らが、もし仮にダストから引き起こされる公害を自在に操れる技術の一端でも引き換えに協力を要求されれば、全力で答えるだろう。それはアイランド壊滅を、ひいてはアゾット撲滅(ぼくめつ)を叶えるのに十分有用な武器になる。


「ポリューションは一度生み出されれば自然に消滅することはまず無い。必ず誰かが除去しなければならない……。だからテロに隠れて外で実験を繰り返し、生み出した物は私たちに処理させていたって事かな」ため息をつきながら真斗が言う。「しかしそれでも解らないわね。完成させたとして、その先に待っているのはアイランドの危機。研究の場が危うくなるだけよ。どうしてここまでやる? 何を望んでいる?」

「ナチュラルキラーが、わざわざ核心に迫るような情報を流して来たというのも、違和感がありますね」

 後部座席から幹耶が言う。


「罠だとしたら、各地の研究所跡に少人数で調査に向かっていた昨日の時点で仕掛けてくるはずだよな。しかしそうはしなかった」火蓮は深く煙草を吸う。「結果としてあたしたちは情報を得て、バルミダ機関の関与を確信した。奴らに何もメリットは無いはずなんだ。いや、捜査が進むのはむしろマイナスのはずだが……」

「案外、なにかバルミダ機関側に腹の立つことをされたナチュラルキラーが意趣返しのつもりでリークしたのかもね。そうすればこちらの行動も予測しやすいし、実際にこうして襲撃を受けている」

 (せつ)(りん)は冗談のつもりで言ったのだろう。欧米風の大げさな笑い声をあげる。


「流石にないな。昨日の一件からポリューションの発生を本格的に警戒してどの部隊も重装備。私たち清掃(スイー)部隊(パー)が応援に行っているのもそのためだ」()(れん)はバベルに表示されたナビを確認しながら言う。「最初から襲撃するつもりだったのなら、なぜ自分の首を絞めるような真似をする? しかし、実際に奴らは襲撃をしてきた。何が狙いだ……?」


「なんにしても、まだ嫌な予感がするわね……」ぽつりと真斗(まと)が呟いた。「ナチュラルキラーは〝私たちが絶対に食いつくような情報〟をわざわざ晒した。そして確信を得るまで待った。おびき寄せるだけなら他にいくらでもやりようがあるはずなのに。だからこそ警戒してほぼ全部隊で事にあたるような事態になっているんだけど……。それって、もう全部バレても問題ないって事じゃないの? 何か大きな事を狙っているのかも」

「デカい一撃を用意してあるって事か? 考えたくないが、理解はできる意見だ」火蓮が煙草を灰皿に放り込む。「気になるのは、バルミダ機関の連中がどう動くかだな。ショッピングモールの件を見るに、研究はほぼ完成しているだろう。この先に何がある? ああくそ、堂々巡りだな」


「どう考えても踊らされているね」雪鱗が楽しそうに目を細めて窓の外を眺める。「とりあえずナチュラルキラーへの武器提供の件に関しては、考えたくないけれど……まぁそういう事だろうねぇ」

「ああ、多分間違いないだろうな。もし勘違いで済むなら神様に毎日ウォンカチョコレートをお供えしても良いって気分だ」


「うん? 何よ二人して。一体何がそういう事なの?」

 訳知り顔で(うなず)きあう雪鱗と火蓮に真斗が疑問を投げかける。


「簡単な消去法だ。最新鋭の武器をガードが堅いアイランドへ大量に引き入れる。多分メンテナンス要員もセットだろう、生半可な組織では無理だ。厳しい監視の目を掻い潜ってそんな事ができる奴らは限られている」


「つまり……どういう事?」

「察しが悪いな真斗。つまり、どこかの国家が関与しているんだろう。だとしたらこの件には正直に言って関わりたくない。あちらさんの本気度次第だが、命がいくらあっても足りない」

 確かにそれならば辻褄(つじつま)が合うかも知れない。アイランド・ワンではアゾットの軍事利用が盛んに研究されている関係で、軍事関係者の出入りがとにかく多い。いずこかの国家がナチュラルキラーに手を貸しているのであれば、武器とドローン、そのメンテナンス要員は当然として、アイランドに出入りする自国の軍人や軍部と係わりの深い民間(P)軍事(M)会社(C)の人間にテロリストを紛れ込ませることも簡単だ。


「――いや、でもそれっておかしくないですか? 一体何のメリットがあるって言うんですか。事を成してもその先にあるのはアイランドの危機だって、さっき(せつ)(りん)さんも言っていたはずです」

 幹耶(みきや)が口をはさむ。


「多分ねぇ、いずれ起きる戦争の下準備だと思うよ」

 雪鱗が事もなげにそんなことを言う。


「せ、戦争ですか?」幹耶は眉をひそめる。「なんだってそんな……」

「現在、世界の軍事バランスはあり得ないほどに均衡しているけど、それはアゾットの謎が解明されて量産体制が整うまでの話だよ。補給線もろくに構築できない今は、まともな軍事行動ができないからね。〝動かせないなら、あっても無くても同じこと〟と言う訳さ」


 現在の世界情勢は、簡単に言えば〝後出しじゃんけん〟だ。

 戦争はあらゆる資源を激しく消耗する。その消耗も、新たな石油資源が得られない現状では回復が見込めない。首尾よく攻撃に成功し、他国の資源を奪った所で話は同じだ。どのような建前を整えたところで〝世界の危機にさらなる混乱をもたらした反徒(はんと)〟のレッテルを貼られ、世界中から袋叩きにあうのは目に見えている。そのため、どの国もうかつに仕掛ける事ができないのだ。先に仕掛けた方が必ず痛い目に合う。


「でも、戦争と今回の件がどう繋がると言うのですか? テロ組織を支援することとは関係ないと思いますが」

 幹耶がそういうと、雪鱗は「そうだねぇ」と言いながら金平(こんぺい)(とう)を一粒口に放り込む。


「ポリューションを生み出すバルミダ機関の研究成果を欲しがったんじゃないか……って私は思っているんだけども」

「敵国の内部にポリューションを発生させて混乱させるって事ですか? でもポリューションはダストが無ければ発生しないんですよね」

 幹耶が首をかしげる。ダストはアゾット結晶で電力などのエネルギーを増幅させたときに副産物的に生み出されるものだ。ゆえに、増幅された電力のみを受け取っている〝外〟にダストの光は存在しない。


「そうだね。でもだからこそ重要だと思う。いずれ戦場の主役はアゾット結晶を組み込んだ永久電池を使用する兵器になるよ。もしかしたら、庶民生活にまで永久電池が使われる時代が来るかもしれない。でも、永久電池には弱点がある」

「ダストの発生、ですか?」

「その通り。まぁマザーアゾットのダスト排出量が桁違いなだけで、小さな結晶からはそこまで生み出されないけどね」


「しかし、アイランドの外でも小規模ながらアゾット結晶による電力の増幅は行われていますが……、ダストを目にしたことはないですよ?」

「酸素や窒素が目に見えないのと同じだね。濃度が濃くなれば目に見えるだけ、まだダストは解りやすいと思うけど」(せつ)(りん)(みどり)色の川が流れる大空に視線を向ける。「ガソリンエンジンを回せば排気ガスが出るように、アゾットを使えば(わず)かでも。しかし必ずダストが生まれる。自然に減少しないダストはいずれ世界に充満するだろうね。ではもし、ダストから生まれるポリューションを自在に発生させる技術を持っていたら?」

「――永久電池の……いや、軍事行動や都市機能を制限させられる?」


「それどころか、使うタイミングを間違えなければ世界そのものを窒息(ちっそく)させられるかもね。アゾットは夢の力だよ、うっかり頼りすぎるくらいに」雪鱗は肩越しに幹耶(みきや)見遣(みや)り、にやりと笑って見せる。その冷たい笑顔に、なぜか幹耶は背筋が凍る感覚を覚えた。「もし自国以外の全てにアゾットの使用を制限させることができたら、それはどれだけの力になるんだろうね。まるでズルして無敵モードだよ」


 世界は石油資源を失い、経済や生活の基盤を急速にアゾット結晶に切り替えている。その流れをいまさら止めることはできない。傾きながら全力疾走しているようなものだ、小さな躓き一つで盛大に転んでみせるだろう。それは、もしかしたら今度こそ致命傷になるかもしれない。


「まぁ万一、バルミダ機関の技術がどこかの国渡ってもおいそれと使うわけにはいかないし、そんな企みが上手くいくほど世の中甘くないよ」雪鱗がからからと笑う。「何の証拠もない妄想だし、あまり詰めて論じても意味はないかもね」

「戦争、か……本当に手に余る話ですね。真斗(まと)さんはどう思い――」

 幹耶は先ほどから押し黙っている真斗に顔を向ける。


 真斗は専用サードアーム〝ネイル〟を真剣な面持ちで分解清掃していた。完全に一人の世界に引きこもっている。


「……。ん? なになに?」

「話を聞いておきなさいよ!」

 思わず幹耶は叫んだ。すぐ隣でこれだけ真面目な話し合いをしていて、その全てを無視していられる人間が居ようとは。しかも真斗は隊長のはずだ。


「あっはは。無理無理、真斗はこういうの本当に苦手だからね。」雪鱗が楽しそうに笑う。「それより()(れん)――、気が付いてる?」

「ああ……、嫌な気配だ。おい真斗、ネイルを急いで組み立てろ」


『あー、みなさーん。監視衛星がそちらの後方に、高速で接近する不審な車両を捕らえましたー。こちらの呼びかけには一切反応しませんー。恐らくはナチュラルさんですねぇ。視認範囲までおよそ八十秒ですー』

 萩村(はぎむら)の声を聴きながら火蓮は顔をしかめる。


「ちっ、やっぱりこちらにも来たか。ルーキー! 真斗! 後方注意!」

 急いでネイルを組み立てた真斗が後ろを見遣(みや)ると、高速で接近してくる二台の軍用(ハンヴ)車両(ィー)が目に映った。スピネルで使用しているものとは型が違う。車体上部には機銃が据え付けられていた。


()(れん)。後方、敵車両二。打撃力高いわよ」真斗(まと)が楽しそうに鼻歌を歌いながら、座席の下をまさぐってアサルトライフルを二丁取り出した。そして一方を幹耶(みきや)に押し付ける。「私は右ね。接近を防いでお雪の消耗を抑えるわよ」


 車体上部のハッチをあけ、真斗が銃弾を放つ。射程外からの威嚇射撃であったが、それでも敵車両は警戒し速度を緩めた。幹耶もそれに続きもう一方の車両に攻撃加えていく。


『見た目が可愛くないからあんまり好きじゃないけど、結構良い銃じゃない。AK―5Cだっけ?』

『グリーンの耐腐食塗装とか、シンプルで無骨なデザインとか最高じゃないですか。っていうか、可愛い銃ってどんなのですか』

『パラソルの形とか?』

『……KGBなら持っているかもですね』


 二人がバベルの思念通信でそんな呑気な会話をしているところに、反撃の銃弾が飛んできた。しかしその弾丸は車体に届くことなく、不可視の防壁に阻まれるように次々と弾かれる。


『これは!? 銃弾がそれて……いや弾かれている?』弾倉を交換しながら幹耶が言う。

『お雪の《不貫(ホワイ)(トスケ)(イル)》よ。鉄壁の防御なんだけど、攻撃を受けるたびにお雪の体力が消耗していくから相手に密着されないようにね』


 なるほど、そういうタイプかと幹耶は一人頷く。

 アンジュの特殊能力、アーツの発動には何かしらの対価が必要な場合が多い。幹耶であれば発動のたびに大きく体力と時間を消耗し、(せつ)(りん)は不可視の防壁が攻撃を受けると激しく体力を消耗するといった具合だろう。もしかしたら発動中は常に消耗しているかもしれない。それならばあの大食いも……いや、やはり常軌(じょうき)(いっ)しているか。


 三台の車が壮絶な銃撃戦を繰り広げながらハイウェイを駆け抜けていく。しかしそれも長くは続かない。先に音を上げたのは真斗のほうだった。


『距離の取り方が巧い……。有効打にならない。反撃重いし! お雪、大丈夫?』

 敵車両は絶妙な距離関係を保ち、有効射程距離の差を利用して一方的に真斗達に攻撃を加えてきていた。


金平(こんぺい)(とう)たっぷり持ってきてるから、まだまだ平気だよー。それにしても(らち)が開かないね。このままじゃジリ貧だよ』

『弾もそこまで持ってきて無ぇしな……。何か決め手があれば良いんだが』

 しかしその決め手は敵方から飛んできた。後方を向いている真斗たちからむかって右側の車両で機銃を撃っていた男がその手を止め、車内から四角い箱の横に筒のような物が付いた何かを重そうに引きずり出した。


『げっ!? やばい!』真斗が声をあげると同時に、白煙を上げて筒の中から何かが打ち出される。『対戦車ミサイルー!!』


 叫びながら真斗(まと)幹耶(みきや)の首根っこを掴んで車内に飛び込んだ。 直後、車体は――正確には(せつ)(りん)のホワイトスケイルが激しい爆炎に包まれる。(わず)かながら防ぎきれずに侵入した熱波で幹耶は前髪を焦がした。


『大丈夫か! 損害は!?』

『幹耶くんの前髪がチリチリに!』

『……大丈夫そうだな』()(れん)はほっと胸をなでおろす。しかし事態は確実に悪化していた。『本格的にまずいな、何発も撃たれたらユキがもたない』

『うん、今のは効いたわー……』


 突如、大気を切り裂く鋭いモーター音を響かせながら漆黒のオープンカーがハイウェイに合流し、幹耶たちの乗る高機動装甲車のやや左側百メートルほど前方に割り込んだ。


『まさか、新手!?』

 焦げた前髪を払いながら幹耶が絶望に顔を歪ませる。だがそれは杞憂だった。

 漆黒のオープンカーから聞き覚えのある炸裂音が響き、二発目の対戦車ミサイルを放とうとしていた男の持つ発射装置の砲身を正面から貫いた。直後、敵の乗るハンヴィーは爆炎に包まれ、燃え盛る鉄くずに成り果てた。


『ウルトラ上手に焼けました……っと。よう、苦戦しているみたいだな。手伝うぜ』

『ハナ! んもう遅いのよ!』

 思いがけない援軍に真斗は表情を輝かせる。


『こっちは火力不足だ。ハナ、悪いがもう片方も頼む』

『火蓮がいて火力不足とはな』

『はっ。あたしのアーツはああいうのには向かないんだよ』

 火蓮は吐き捨てるように、しかしにやりと笑いながら言い返す。


『よーし、もう片方は任せて。おいらのアーツは鏡越しでも……』キャメロンが残された敵車両に狙いを定め、ファニーボムで爆弾を生み出そうとした。しかし敵車両は減速し、(きびす)を返して撤退する。『……賢明な判断だね』


 見せ場を失ったキャメロンは()ねたように呟き、バベルの思念通信は笑い声で埋め尽くされた。


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