黒弾と緑爆
古びたビルの前に、一台の黒いオープンカーが停まる。
極限まで軽量化されたボディにダブルエンジンモーターを積んだ、この時代にあっても速さを追い求める者たちの理想が形になったような姿だった。
「はぁ、やっとついたぜ。人使いが荒いよなぁまったく」
男が憤懣やるかたないと言った様子で吐き捨てる。男の名前は華村善次。細身ながら筋肉質な身体つきで、どこか野性的なものを感じさせる美丈夫だ。それなりに着飾れば女が放ってはおかないだろう。
「そう言わないでよ、ハナ。どこも最近の混乱で人手が足りないんだからさ」
別の男性が華村へ声をかける。こちらも細身な体型で、さらりとした金髪も相まって黙っていればどこかの王子にも見えようかと言う整った外見をしていた。名前はキャメロン・ホークという。
「昨日の病院占拠テロでは三七人やられたんだっけか? 仮にも正規部隊が情けないことだな。そういえば、ラッパ吹き共はどうなった?」
「迫撃砲の部隊には全員逃げられたみたいだね。まるで幽霊のようにいつの間にか消えていたってさ」
「監視衛星を振り切ったってか? 普通じゃねぇな」
「衛星が撮影可能範囲を出る空白の時間を狙われたみたいだね」
「ふん。鷹の目も当てにならねぇな。ド近眼のイエス様よりはましだと思っていたが」華村が胸ポケットから煙草を取り出し、火をつける。「ナチュラルキラーのアンジュ共は病院に居たのか?」
「いや、《迷いの森》や《断剣》と思われるアンジュの遺体は無かったそうだよ。仮にあったとしても顔が解らないから確認は難しいけれど」
「アイランド内に潜入しているって情報があったよな」
「確度の低い情報だけれどね。でも本当に潜入されていたら、それなりに厄介だね」
「確かに、他人の認識と記憶を操るミストブルームはすげぇ厄介だよな。同士討ちさせられる。でもあいつ、表に出てこねぇだろう。デュランダルのほうは……どうかな」
「溜めが必要な扱いにくいアーツのせいで、そこまで強いアンジュじゃなかったし、精神的にも弱いところがあったしね。劣勢になったり、動揺するとすぐにアーツが弱まってたね」
華村は小さくため息をつくと「ま、考えていても仕方ないか」と呟いて歩き出した。
「で、ここが報告にあった怪しいって場所か。どうみてもただの雑居ビルじゃねぇか」
「情報自体の信憑性があいまいで、罠の可能性もあるから気をつけろってさ」
「罠っていうか、ただのブラフじゃねぇのか?」
華村が裏口の鍵を拳銃で撃って破壊し、ドアを蹴り開ける。小さく舌打ちが響いた。
「なぁメロン。ここ、放置されてから何年だって?」
「もう少し慎重にだね……」キャメロンが腰に手を当ててため息をつく。「まぁハナらしいけどね。えっと確か……五年とか六年とか」
「そうかい」華村は靴底で磨かれた埃のない床を眺めて言う。「あぁ、めんどくせぇ。人が出入りしている形跡がありやがる」
「上と下、どっちに行こうか?」
「もちろん下だ。俺が何かを隠すなら地面より下でないと安心できないからな」
そういうと華村は拳銃を片手に階段を降りる。地下階は全部で三階だった。二人は上から順番に調べて回る。
「特にこれといって……と言うか、何もないね。はずれかな?」
地下三階に位置する空っぽな資料室でキャメロンがつぶやく。
「それならそれで別に良いんだが」華村が辺りを見回しながら言う。「なーんか違和感が……」
そういうと華村は部屋の外にでて、永久灯に照らされた廊下をじっと見つめる。
「……。そうか。他の階と比べて部屋が少ないんだ。部屋の大きさからして、もう一つか二つ無いとおかしい」
「なんだって?」キャメロンも廊下に出てきた。「確かに、少しおかしいね」
華村は廊下の突き当たりまで行き、壁を慎重に観察する。すると、床に白い粉が少量落ちているのを見つけた。
「これは……壁の一部か? なにかで擦れて削れた……?」華村はキャメロンを手招きで呼び寄せた。「メロン、ここの壁を吹き飛ばしてくれ」
「えぇ? 正気かいハナ」
「どうせ廃ビルだ。名目上は、だが。まぁ構う事ねぇよ」華村はそそくさと距離を取る。「ささ、おひとつドカンと」
「まったく……。後で怒られても知らないからね」
文句を言いながらキャメロンは目的の壁以外に損害を与えないよう、細心の注意を払って果実型の爆弾を作り出す。自由自在に爆弾を作り出す爆破のアーツ《ファニーボム》だ。
キャメロンも壁から距離を取り、爆破する。想像以上に重い爆発音と振動に冷や汗をかきながらも、土埃がやむのを待って成果を確認しに向かう。そこで二人が目にしたものは、爆破の衝撃で一部がめくれ上がった鉄製の扉だった。
「……悪趣味な」華村が呻くように言う。「予想していたとはいえ、いくらなんでもベタ過ぎるだろう」
「どうする? 応援が来るまで待つ?」
キャメロンの言葉に華村は少し考えて、首を横に振る。
「いや。もちろん応援は呼ぶが、待っているのもダルい。先に中を確認しよう。なーに、危険ならまとめて吹き飛ばせ」
「狙撃は正確無比なのに、それ以外は本当におおざっぱだよね」キャメロンが呆れたように嘆息する。「ま、嫌いじゃないけれど」




