↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/12

借金返済に、プレゼントを!

「瀬川先輩! おはようございまーす!」


「あ、ああ。おはよう」


 バイト先に着くや否や、莉子が元気よく挨拶をしてきた。それだけならいつも通りなのだが、今日はやけにテンションが高い。


 莉子のきらきらとした瞳が悠真を射抜く。


「先輩! 今日何の日でしょうか!」


「え? 十一月十六日……? あ、幼稚園記念日?」


「……はえ? な、なんですかそれ!?」


「いや明治九年に日本初の官立幼稚園が……」


「ち、が、い、ま、す! もっと身近な記念日です!」


 もっと身近な記念日? 国際寛容デーだろうか? いやそんなメジャーじゃないからな……。


 全く思い当たらない中、莉子がわざとらしく大きなため息をついた。


「先輩、覚えてくれてないんですね。今日、私誕生日なんですけど」


「……あ」


 やってしまった。莉子が頬を膨らませ、冷たい眼差しを向けてくる。仮にもバイト先の先輩に向けていいものじゃない。


「あ。じゃないです! いいですよーだ。先輩にとって私はその程度の女だったんですね」


「いや……ちが」


「言い訳は聞きたくありません!」


 そう言うと、莉子はそっぽを向いてタイムカードを押しに行った。……背中ってあんなに怒れるものなのか。


「悠真くん! 忙しいから早く入って! 今日キッチンでしょ!」


「あ、は、はい!」


 珍しく玲奈の切羽詰まった声に、キッチンに飛び込む。


 ……今日怒られてばっかだな。




◇◇◇




「本田さん、お願いします」


「フライヤーとサイド入れ」


「はい!」


 本田さんは悠真にキッチンの基礎を叩き込んだ人だ。口数は少ないが、指示は的確でホールに立っていても助かることは多い。


 フライヤーに食材を沈める。油が弾ける音を背に、冷蔵庫から野菜を取り出してサラダを盛り付ける。


「瀬川、三番のポテト上がるぞ」


「はい!」


 タイマーが鳴った。サラダを提供口に置き、すぐさまフライヤーへ向かう。


 ……忙しい。だが、不思議と嫌いじゃない。


「三卓の料理です! お願いします!」


「はーい。莉子ちゃん、この料理提供お願い」


 その名前に悠真の手が一瞬止まってしまう。顔を上げると、カウンター越しに莉子と目が合う。


 しかし、すぐにブスッと唇を尖らせ、玲奈の方に顔を向けてしまう。


「はい! 提供行ってきます!」


「お願いね」


 ……これは、やってしまったなあ。


「瀬川。手」


「あ、す、すいません!」


 本田さんの鋭い声に、思わず皿を落としそうになってしまう。


 今は仕事中だ。目の前のことに集中しないと。




◇◇◇




 ピークを越え、ようやく店内が落ち着きを取り戻した頃。


「お疲れさまでしたー!」


 シフトを終えた莉子が、キッチンの前を通りかかった。


「あ、小宮山さん。お疲れさま」


「……お疲れさまでした」


 ……冷たい。


 いつもなら、こちらが聞いてもいない学校での出来事を話してくるというのに。今日は目すら合わせてくれない。


「小宮山さん、あのさ」


「なんですか?」


「その、今日は……」


「……別に、いいですから」


 莉子はそう言い残して、足早に更衣室のある休憩室の方へと向かっていった。


 ……参ったな。


「瀬川」


「はい?」


 振り返ると、本田さんがこちらを見ていた。


「何かあったのか」


「……えっと、実は今日、小宮山さんの誕生日で……。俺、それをすっかり忘れてて。シフト入った時からずっと怒られてるんです」


「……なるほどな」


 本田さんは腕を組み、しばらく黙り込んだ。


「プレゼントでも用意できればいいんですけど、今はあまりお金も使えなくて……」


「瀬川」


「はい」


「……お前、ここがどこだかわかってんのか」


 ……え?


 ここがどこかって、そんなの決まってるじゃないか。


「……キッチンですけど」


「……お前、意外とポンコツだよな」


「なっ、ちょ、本田さん!?」


 本田さんは悠真の声を背に、ひらひらと手を振って洗い場へ向かっていった。


 ポンコツって、そんなにポンコツだったか……? 


 いや、そもそもここがキッチンなのは間違っていない。


 キッチン。料理を作る場所。


 料理を……。


「……あ」


 そういうことか。


 思わず洗い場に目を向ける。本田さんは何事もなかったかのように食器を洗っていた。


「本田さん! ありがとうございます!」


「……仕事しろ」


 相変わらず愛想のない返事だった。


 けれど、その背中が少しだけ頼もしく見えた。


 ……料理なら、俺にもできる。高価なプレゼントは買えない。だけど、自分の手で何かを作ることならできる。


 問題は、何を作るかだ。


 ……そういえばあの子、前に学校の調理実習で……。


「悠真くん、何ニヤニヤしてるの?」


「うわっ! 橘先輩!?」


「……いっつも驚いてるわね」


 振り返ると、玲奈が呆れたように笑っていた。


「勘弁してください……。って、それより。あの、橘先輩。ちょっと相談があるんですけど」


「ん? どうしたの?」


「お店の食材、ちょっとだけ使っていいですか? 店長今いないので誰に確認すればいいのか分からなくて……」


「……へえ?」


 玲奈の口元が、ゆっくりと吊り上がった。何となく嫌な予感がする。


「な、なんですか」


「いやあ? なに、手料理でも作るの?」


「まあ、そんなところです。今日、小宮山さんが誕生日なのを忘れちゃって……」


「あー、なるほどね。それで莉子ちゃん、あんなに拗ねてたんだ」


 玲奈はうんうんと言いながら、腕を組んで頷いた。


「今日で廃棄になる食材なら、まかないに使っていいって前に店長が言ってたわよ。そこから選べば?」


「橘先輩……ありがとうございます!」


「ただし!」


 玲奈の大きな声に肩をビクリと跳ねさせてしまう。


「た、ただし?」


「あんまり、女の子傷つけちゃダメよ」


「……はい、気をつけます」


「……ん。早く作ってあげなさい。莉子ちゃんまだ帰ってないわよ」


 そう言うと玲奈は再びホールに戻って行った。いつもより声のトーンが低かったな。やはり今日は怒らせてばっかりだ。


 いや、それよりも今は莉子のことだ。


 まずはライス。炊いた米はその日のうちに使い切る決まりだから問題ない。あとは卵とケチャップ……よかった、たまたまある。


「瀬川」


「あれ? 本田さん? どうしました?」


「これ、使っていいぞ」


 そう言うと本田さんはずいっと袋を差し出した。中には、一口大に切られた鶏肉が入っている。


「え? でもこれって……」


「……焼きすぎただけだ。店長には俺から言っておく」


「本田さん……!」


「締め作業の邪魔はするなよ」


 この人こんなにかっこよかったか?


 いや、早く作らなくては。


 熱したフライパンに鶏肉を入れる。焼き目がついたところでライスを加え、ケチャップを絡めていく。


 水分が飛び、香ばしい匂いが立ち上った。


 ケチャップが綺麗に混ざったら、大きめのお皿の真ん中に盛り付ける。


 あとはこの料理のメイン。溶き卵を熱したフライパンに流し込み、手早くかき混ぜる。半熟になったところで火を止め、ケチャップライスの上に滑らせる。


 あとはケチャップで彩れば、完成だ。


 ……せっかくだし、文字でも書いてみるか。


「……あ」


 しまった。思ったより難しい。……いや、書き直している暇はない。早くしないと帰ってしまう。


 出来上がった料理を手に、休憩室へ向かう。


 莉子は私服に着替え、椅子に座って手鏡を覗きながら前髪を整えていた。


「小宮山さん」


「……なんですか」


 莉子は手鏡を閉じ、チラッとだけ悠真の方を見る。


 ……まだ怒ってるよな。それでも、今渡さないと。


「これ、よかったら食べて欲しい。遅れてごめんね。お誕生日おめでとう」


「……なんでオムライスなんですか?」


「……この前、調理実習でオムライス大好きなのに失敗して悔しいって話してたから、好きかなって思って」


「ふーん……。覚えててくれたんですね。それで、これなんて書いてあるんですか?」


 莉子がオムライスの上のケチャップを指差す。そこには文字を成していないケチャップがかかっている。


「……誕生日おめでとうって書こうとしたんだけど、画数多くて失敗した」


「……ぷっ」


「……え?」


「あははっ! なんですかこれ! 全然読めないじゃないですか!」


 莉子がお腹を抱えて笑いだした。いつも見る小宮山莉子だ。


「いやだから失敗したって……」


「あーおかしい。もう、そういうことされたら、許しちゃうじゃないですか」


「小宮山さん……ごめんね」


「いいんですよ。それに、先輩なら何かしてくれるって思ったから待ってたんですから!」


 にへらと眩しい笑顔で莉子が笑う。本当に、この子はよく笑う子だ。


「じゃ、冷める前に! いただきまーす!」


 手を合わせると、従業員用のスプーンを取って大きく頬張る。


 何回が咀嚼し飲み込むと、大袈裟なくらいに頬を抑えて目を細めた。


「美味しい! ありがとうございます瀬川先輩!」


「……うん。沢山食べてね」


「はーい!」


 再び莉子は食べ進めた。一口食べるごとに、本当に幸せそうな顔をする。


 ……どうやら、今日一番のプレゼントを貰ったのは俺の方だったらしい。




【借金返済まで、あと350日】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。