借金返済をお待ちください!
「瀬川くん……私と、付き合ってください!」
木々が赤く色づき始めた秋のころ、瀬川悠真は学校一の美少女、白石紬に誰もいない教室で告白されていた。
茶色のロングヘアから覗く紬の耳は赤く染まっており、悠真に差し出された手は小刻みに震えていた。
「えっと……まずは、ありがとう。その、俺のどこを好きになってくれたの?」
「まずは、ありがとう」というセリフの破壊力を悠真は知らなかった。その言葉が紬の耳に届いたとき肩はビクリと跳ねた。ゆっくりと上げた顔には、涙をこらえるような表情が浮かんでいた。
「えっ……私今、振られた……?」
「え!? な、なんでそうなった!?」
「まずはありがとうって告白断るときの常套句じゃん!」
「そうなの!?」
悠真が目を丸くして素っ頓狂な声を出した姿を見た紬は、色々な感情が込められているであろうため息を大きくついた。
「いや……知らないならいいの。えっと、どこが好きになったかだよね」
一度咳払いをした紬の頬はほんのり染まっているが、その視線は悠真の目から離れていなかった。
「この前の新人賞の時、私が構成に詰まってる時に瀬川くんが横からぼそってアドバイスくれたの。覚えてる?」
「……あ、ライバルの回想シーン入れたら? ってやつか」
「そう。私さ、文章は頑張って書けるんだけど発想力が全然なくて。瀬川くんは入学した時からすらすらアドバイス出せて、すごく尊敬してて……」
話すにつれて声が小さくなっていく。しかし夕日に照らされ二人しかいない空間において、その声は悠真の耳にはっきり届いた。
「俺も、白石さんの文章力は尊敬してるよ。……そっか。あの新人賞、一次審査通過してたよね」
「……うん。瀬川くんもね。一次だけどさ、審査通過したの初めてだから。すごく嬉しくて、瀬川くんのおかげって思ってたら、意識するようになったの」
そこまで言うと、紬は一歩悠真に近づいた。悠真の胸の辺りから顔を見上げる。
「改めて、瀬川くんのことが好きです。私と、付き合ってください」
再び放たれたその言葉に、悠真は喉を鳴らし目をつむる。
やがて悠真は目を開き、紬と視線を合わせた。
「ごめん、俺、白石さんとは付き合えない」
紬の目が細められ、顔を逸らす。わずかに見える長い下まつげは濡れていた。
「……そっか。作家になることに集中したいもんね」
「いや、そういうことじゃないんだ」
「……じゃあ、私の魅力がなかった?」
「白石さんは綺麗だよ」
「……え? じゃあ……何……?」
紬は背けていた顔を上げ、おそるおそる尋ねる。悠真は意を決して重々しく口を開く。
「……借金があるんだ」
「……あ、え? しゃ、借金……!?」
紬は想定外の言葉に声を裏返らせ、口を手で押さえた。
「ちなみにおいくら……? なのか、聞いてもいいですか……?」
「……八十万」
「八十万!?」
十八歳にはあまりにも大きな金額に、紬はぽかんと口を開けたまま固まっていた。
「色々聞きたいことがあるんだけど……とりあえずなんでそんな額に!?」
「それは……まあ、色々あって……」
紬の率直な疑問に、悠真は言葉を濁しながら肘をさすり、唇を噛み締める。
「そりゃ言いたくないよね……私、少しだけならお金あるから。返済手伝おうか?」
「いや、それはダメだよ」
先程言葉を濁したのが嘘のように、言葉を被せ気味に拒絶する。
「借金は自分でしたことなんだから。自分で尻拭いしないと」
「借金はするのにそこは真面目なんだね!?」
思わず声を張り上げた紬は、赤くなった頬を押さえながら息を整えた。
「と、とりあえず分かった。瀬川くんは借金があるんだね……。どれくらいに返せそうなの?」
「ざっと一年」
「長いね……」
その言葉を最後に、しばらく教室は静まり返った。
やがて、閉ざされていた紬の口が再び開かれた。
「でもね、瀬川くん。私、多分瀬川くんに借金があるって事を知ってても告白してたと思うよ」
「白石さん……」
「私が好きになったのは今の小説家を目指してる瀬川くん。過去に何があったとしても今の瀬川くんが消えるわけではないでしょ?」
胸の奥がじんわりと熱くなる。悠真は込み上げてきたものを押し戻すように、小さく息を吐いた。
僅かに震える唇を開く。
「……ありがとう、白石さん。でも、やっぱり俺の思いは変わらないよ。今付き合っても俺は、白石さんを幸せにできない」
「……」
「借金を返し終わるまでは誰とも付き合わない」
悠真は紬を真っ直ぐに見つめ、決意を込めて告げた。
紬は一度窓の外に目を向け、髪の毛に手ぐしを通す。そして、髪を耳にかけてから悠真の方に向き直った。
「分かった。とりあえず、嫌われてなくて安心した。まずは借金の返済、頑張ってね。無理はしちゃダメだよ」
「……うん、ありがとう」
「それから、恋人にはなれなかったけど! 小説家としてはライバルだから! 瀬川くんの技術、全部盗むから。覚悟してね」
紬の指が悠真の胸にトンとついた。小さな仕草だったが、悠真にはそれが紬からの宣戦布告のように思えた。
「もちろん。俺も、白石さんには負けない」
「よろしい」
にんまりと笑う紬の瞳は、告白する前よりも輝いて見えた。
ふと時計に目をやった悠真は、血の気が引くのを感じた。
「……あ、やばい! ごめんバイトの時間! また学校で!」
「え、あ、い、行ってらっしゃい!」
紬の言葉を背に、悠真は教室から出て階段を駆け下りた。
【借金返済まで、あと365日】




