遊び人、勇者を名乗る
遊び人レオルの冒険がはじまる!
職業――【遊び人】
それが、俺――レオル・アーヴェインに与えられた職業だった。
この世界では、十五歳になると神殿で職業を授かる。
戦士なら剣や斧を扱うことに長け、魔法使いなら強力な魔法を覚え、僧侶なら傷ついた者を癒やす力を得る。
中には、勇者や剣聖といった希少な上位職を授かる者だっている。
職業は、その人間がこれからどう生きていくかを左右するほど重要なものだ。
そんな中で、俺が授かったのが――
「なんで遊び人なんだよ……」
森の中で一人、俺は何度目になるか分からない愚痴をこぼした。
別に、まったく戦えないわけじゃない。
腰には剣を差しているし、多少なら魔法も使える。身体能力だって一般人よりはずっと高い。
剣も使える。
体術も使える。
魔法も少し使える。
そう聞けば、意外と悪くない職業に思えるかもしれない。
だが、遊び人には致命的な問題があった。
「グルルルル……!」
茂みの向こうから、一匹のフォレストウルフが姿を現した。
ちょうどいい。
俺は剣を抜き、正面からフォレストウルフと向き合う。
「今日は普通に戦わせてくれよ……!」
地面を蹴る。
フォレストウルフも牙を剥き、こちらへ飛びかかってきた。
まずは横へかわして、すれ違いざまに剣で斬る。
頭の中で動きを組み立て、そのとおりに身体を動かそうとした――その瞬間。
俺の足が軽快なステップを踏み始めた。
「くそ、なんでだよ!?」
右へ一歩。
左へ二歩。
くるりと一回転。
俺は森の中で華麗に踊った。
剣を持ったままポーズを決める。
「決まった」
フォレストウルフまで足を止めている。
やめろ。
そんな目で俺を見るな。
俺だって好きで踊ってるんじゃない。
これが遊び人という職業の厄介なところだった。
本人が剣で攻撃しようとしても、突然踊り始める。
魔法を使おうとしたら、歌い出すこともある。
敵を殴ろうとして、その場で寝たことまであった。
しかも、いつ何が起こるかは俺自身にも分からない。
踊り終わると、身体の自由が戻った。
「今度こそ!」
再び迫ってきたフォレストウルフの牙を剣で受け流し、その胴体へ斬撃を叩き込む。
「ギャンッ!」
今度は普通に攻撃できた。
フォレストウルフが地面へ転がる。
「そう!それでいいんだよ!俺!最初からそれをやらせてくれ!」
遊び人だって、毎回ふざけた行動をするわけじゃない。
普通に戦える時は普通に戦える。
問題は、それを自分で選べないことだった。
遊び人という職業の性のせいだ。
「グルルル……!」
まだ倒しきれていない。
フォレストウルフが立ち上がる。
俺は剣を構え直した。
次の一撃で終わらせる。
そう思って踏み込もうとした瞬間――俺の手が勝手に地面へ伸びた。
「……ん?」
拾ったのは、小さな石だった。
どこにでも落ちている、ただの小石。
そして俺の身体は、その小石をフォレストウルフへ投げつけた。
コツン。
「…………」
「…………」
フォレストウルフと目が合った。
どう見ても効いていない。
「いや、今のは違うんだ」
誰に言い訳してるんだ、俺は。
フォレストウルフが怒ったように吠えた。
「今度こそ!ちゃんとやるから!」
剣を握り直す。
今度は身体が勝手なことをしなかった。
踏み込み、一閃。
フォレストウルフの身体が地面へ倒れ、そのまま動かなくなった。
「はぁ……」
剣を鞘へ戻す。
「こんなので、どうやって勇者みたいになれっていうんだよ」
昔から勇者に憧れていた。
強大な魔獣を倒し、人々を救い、仲間たちと共に魔王へ立ち向かう。
子供の頃に聞いた勇者たちの冒険譚は、今でも覚えている。
いつか自分も、そんな冒険者になりたいと思っていた。
それなのに授かった職業は遊び人。
世の中というのは、なかなか思いどおりにはいかないらしい。
「せめて戦士だったらなぁ……」
倒したフォレストウルフへ近づく。
魔獣を倒すと、まれにその魔力が結晶化してアイテムを残すことがある。
もっとも、フォレストウルフ程度の魔獣では大した物は期待できない。
毛皮か、牙か。
運が良ければ魔石。
その程度だ。
ただ――遊び人にも、一つだけ他の職業より明確に優れている部分がある。
運が異常に高い。
「ん?」
フォレストウルフの身体が光となって消えたあと。
地面に、小さな銀色の指輪が残されていた。
「……なんだ、これ?」
少なくとも、フォレストウルフが普通に落とすような物には見えない。
拾ってみても、何のアイテムなのか分からなかった。
「ギルドで鑑定してもらうか」
冒険者ギルド––––
「申し訳ありません。詳しいことまでは分かりませんでした」
「え?」
町の冒険者ギルド。
受付の女性から返ってきた言葉に、俺は思わず聞き返した。
カウンターには、森で拾った銀色の指輪が置かれている。
「鑑定できないんですか?」
「まったく分からないわけではありません。ただ、かなり珍しい魔道具のようで……こちらの鑑定設備では名称と大まかな効果までしか確認できませんでした」
「大まかな効果?」
受付嬢が鑑定結果の紙をこちらへ向けた。
俺はそこに書かれた文字を読む。
「【職業偽装の指輪】……?」
「はい。装備者の職業表示を偽装する魔道具のようです」
「職業表示を……偽装?」
「実際の職業そのものが変化するわけではありません。あくまで、鑑定された際に表示される職業を別のものへ偽装するだけです。ただし――」
受付嬢は少し困惑したように指輪を見る。
「少なくとも、当ギルドの鑑定では偽装を見破ることができませんでした」
「…………」
俺は指輪を見る。
もう一度、鑑定結果を見る。
そして自分の職業を思い出す。
遊び人。
「表示する職業は……選べるんですか?」
「そのようです。ただ、一度設定すると簡単には変更できない可能性があります。詳しい仕様まではこちらでも――」
「勇者」
「はい?」
「勇者にします」
「えっ?」
即答だった。
だって勇者だぞ。
勇者。
子供の頃からずっと憧れていた職業だ。
せめて職業名くらい勇者を名乗らせてくれてもいいじゃないか。
もちろん、この指輪を使ったところで本当に勇者になれるわけじゃない。
俺の職業は遊び人のまま。
使える能力だって変わらない。
そんなことは分かっている。
それでも――
勇者を名乗れる。
「……よし」
俺は指輪をはめた。
頭の中で表示する職業を思い浮かべる。
【勇者】
指輪が一瞬だけ淡く光り、すぐに元へ戻った。
「もう一度、鑑定してもらっていいですか?」
「は、はい」
受付嬢が鑑定用の魔道具を使う。
しばらくして、その表情が固まった。
「……勇者」
「おおっ!」
「本当に勇者と表示されています……」
「やった!」
思わず拳を握った。
すごい。
俺の職業欄に勇者と表示されている。
偽物だけど。
中身は遊び人だけど。
それでも、鑑定結果だけを見れば勇者だ。
「これなら俺も今日から――」
そこまで言って、気づいた。
受付嬢と目が合う。
「…………」
「…………」
俺はレオル・アーヴェイン。
この町で生まれ育った。
当然、昔から俺を知っている人間も多い。
そして十五歳の時。
俺が神殿で【遊び人】を授かったことも――
「みんな知ってるじゃん……」
「そうですね」
受付嬢が静かにうなずいた。
「意味ねえ!」
ここで突然勇者を名乗ったところで、
『お前、遊び人だっただろ』
で終わる。
せっかくの激レアアイテムが台無しだ。
「……待てよ」
俺は考えた。
この町では無理だ。
だったら――俺を誰も知らない場所へ行けばいい。
「王都だ」
王国最大の都市。
冒険者も大勢集まる王都なら、田舎町の遊び人レオル・アーヴェインを知っている者なんてほとんどいない。
そこで新しく冒険者登録すればいい。
職業は勇者。
そして名前も――
「レオルじゃ駄目だな」
職業を偽装するのに、本名をそのまま使う必要もない。
どうせなら勇者らしい名前にしよう。
強そうで。
格好よくて。
聞いただけで「こいつ絶対勇者だ」と思われるような名前。
しばらく悩んだ末、俺は一つの名前を思いついた。
「……ユウ」
ユウ。
悪くない。
問題は名字だ。
「勇者っぽい名字……光……輝く……シャイニング……」
ユウ・シャイニング。
「…………」
格好いい。
少なくとも、その時の俺は本気でそう思った。
俺は拳を握りしめる。
「決めた!」
誰も俺を知らない王都へ行く。
そして勇者として冒険者になる。
本当の職業が遊び人だということは、絶対に秘密だ。
「今日から俺は――ユウ・シャイニングだ!」
こうして。
遊び人レオル・アーヴェインは故郷を離れ――
偽勇者ユウ・シャイニングとして、新たな冒険を始めることになった。
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