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サイドストーリー(追放側視点)

吹き荒れる吹雪が、容赦なく肌を刺す。

ここは大陸の最北端に位置する『凍てつく絶望の地』、ガラン魔石鉱山。重罪人や莫大な借金を抱えた奴隷たちが、死ぬまで過酷な労働を強いられる生ける地獄だ。

太陽の光すら分厚い雪雲に遮られ、常に薄暗いこの場所で、俺、ガイルは今日も冷たい岩肌に向かってツルハシを振り下ろしていた。


「……っ、ぐあ……!」


鈍い音と共に岩盤にツルハシが弾き返され、その衝撃が左腕から全身へと走る。ひび割れ、血の滲んだ左手からツルハシが滑り落ち、俺は無様にぬかるんだ地面に膝をついた。

右腕でバランスを取ろうとするが、当然ながらそこには何もない。Aランクダンジョン『奈落の顎』の深層で、あの凶悪なミミックに肩の根元から食いちぎられたからだ。

失われたはずの右腕が、寒さのせいで幻肢痛を引き起こし、ズキズキと脳を直接焼くような激痛を放っている。ミミックの呪毒を浴びた顔の右半分は醜く焼け爛れ、冷たい風が吹きつけるたびに針で刺されたような痛みに苛まれた。


「おい、新入り! 何を休んでやがる! サボる暇があるなら手を動かせ!」


背後から怒声が飛んできたかと思うと、直後に背中に焼け付くような痛みが走った。

看守が振るった革の鞭が、俺の薄汚れた囚人服を引き裂き、背中の肉をえぐったのだ。


「ぎゃあああっ!?」

「うるせえ! 叫ぶ元気があるなら掘れ! てめえらは金貨一万枚っていうとんでもない借金を背負った奴隷なんだぞ! 一日銅貨三枚のノルマもこなせねえゴミは、今日の飯抜きだ!」


俺は雪と泥が混じった地面に這いつくばりながら、必死に看守のブーツにすがりついた。


「ま、待ってくれ……! 俺は、俺はかつて勇者と呼ばれた男だ! 国から選ばれた特別な存在なんだぞ! こんな扱いは間違っている! 頼む、王都のギルドに連絡して——」


ドゴォッ!


言い終わる前に、看守の分厚いブーツが俺の顔面を容赦なく蹴り上げた。

口の中に鉄の味が広がり、歯が数本折れて雪の上に散らばる。俺は痛みに呻きながら、雪泥の中を転がった。


「寝言は寝て言え、この片腕の障害者め。てめえみたいな醜いポンコツのどこが勇者だ。借金まみれのクズのくせに、いつまでも過去の妄想にすがってんじゃねえよ。さっさと起きてツルハシを持て!」

「あ……あう……」


もはや反抗する気力すら湧かなかった。

俺は全身の痛みに耐えながら、泥まみれの左手で再び重いツルハシを握りしめ、ふらつく足で岩壁に向かうしかなかった。少しでも手を止めれば、再び容赦のない鞭の雨が降ってくるからだ。


かつて、俺は大陸最強の冒険者パーティ『光の軌跡』のリーダーとして、数え切れないほどの賞賛と羨望の眼差しを一身に浴びていた。

王都の高級宿では一番豪華なスイートルームに泊まり、夜な夜な最高級のワインと美食を堪能し、取り巻きたちから「さすがはガイル様」「圧倒的な幸運値を持つ選ばれし勇者」と持て囃されていた。俺の進む道には常に栄光が約束されており、手に入らないものなど何一つないと思っていた。

それがどうして、こんな地獄のような場所で、ただの石ころ以下の奴隷として泥水をすすっているのか。


理由は、俺自身が一番よくわかっていた。

あの日、ダンジョンの深層で、俺は自分たちの唯一の命綱であった鑑定士、レオンを追放した。

あいつの『ゴミ引きスキル』のせいで俺の幸運値が打ち消されていると思い込み、あいつを寄生虫だと罵倒し、身ぐるみ剥がして奈落の底へと突き落としたのだ。

だが、現実は全く違っていた。深層の宝箱はすべて致死率九十九パーセントの即死罠ばかりであり、レオンは自分の命を懸けてそれらを解除し、安全なアイテムだけを俺たちに渡してくれていたのだ。

俺の『圧倒的な幸運値』などというものは、レオンの血の滲むような献身の上で成り立っていた、ただの滑稽な幻想に過ぎなかった。


それを知らずに、俺は警告者を失った状態で、欲望のままに極彩色の宝箱を開けた。

結果として、俺は右腕を失い、呪毒で顔を焼かれ、勇者としてのすべてを失った。


カアァン、カアァン……。


力なくツルハシを振るう音が、虚しく吹雪の中に吸い込まれていく。

数時間の地獄のような労働が終わり、ようやく休憩の合図の鐘が鳴り響いた。俺はツルハシを投げ捨て、引きずるような足取りで奴隷たちの収容所へと向かった。


収容所といっても、隙間風が吹き込む粗末な木造の小屋に、藁が敷かれているだけの豚小屋のような場所だ。小屋の中には、鉱山特有の粉塵の匂いと、汗と排泄物が混ざった強烈な悪臭が充満している。

俺が小屋の隅にある自分たちの割り当てられたスペースに戻ると、そこには目を覆いたくなるような惨状が広がっていた。


「あ……う、うぁ……」


藁の上に寝転がり、自分の排泄物にまみれながら虚ろな目で天井を見つめているのは、かつて鉄壁の防御を誇った重戦士のゴードンだ。

ミミックの爆発で全身の骨を粉砕された彼は、高位の治癒魔法を受ける金もなく放置された結果、骨が歪な形で癒着してしまい、自力で立ち上がることすらできなくなっていた。かつては丸太のように太かった腕は枯れ木のように細くなり、もはや人間の尊厳など欠片も残っていない。俺が近づくと、彼は涎を垂らしながら、餌をねだる犬のように口をパクパクと動かした。


そして、そのゴードンの隣で、壁のシミに向かってブツブツと狂ったようにつぶやき続けている老婆のような女がいる。


「ちがう、ちがうの……私の魔力は最高なのよ。だから、だからあの宝箱は私のもので……ガイル様、早くあけて、早くあけてよぉ……ふふ、ふふふ……」


白髪交じりのパサパサの髪を振り乱し、焦点の合わない目で虚空を睨みつけているのは、かつての美しき天才魔導士エレンだった。

ミミックの呪毒ガスを大量に吸い込んだ彼女は、脳の神経を破壊され、完全に正気を失っていた。毎日毎日、あのダンジョンの深層で宝箱を開ける瞬間の幻覚を見続けては、同じ言葉を繰り返している。かつて男たちを魅了した艶やかな面影は完全に消え失せ、今では誰も近づこうとしない不気味な狂人でしかなかった。


「……配給だ。食え」


俺は小屋の入り口で配られた、カビの生えた硬い黒パンと、具材の全く入っていない泥水のようなスープを、二人の前に無造作に置いた。

ゴードンは這いずるようにしてスープの器に顔を突っ込み、豚のように音を立てて啜り始める。エレンはパンを石ころだと思い込んでいるのか、自分の服の袖で必死にそれを磨き続けていた。


この惨状を見るたびに、俺の心は刃物でえぐられるような後悔に苛まれる。

俺がリーダーとして、あいつらを導いた結果がこれだ。

栄光の『光の軌跡』は、ただのゴミの掃き溜めと成り果てた。

もし、あの日レオンを追放していなかったら。

もし、レオンの忠告に一度でも耳を傾けていたら。

俺の右腕はまだあり、ゴードンは笑いながら酒を飲み、エレンは美しく着飾っていたはずだ。

すべては俺の傲慢さが招いた自業自得だった。俺が自分の手で、この地獄の蓋を開けてしまったのだ。


「う、うぅぅ……」


俺はカビの生えた黒パンをかじりながら、声を殺して泣いた。

パンは石のように硬く、味など全くしない。涙と一緒に飲み込むと、喉の奥がザラザラと傷つくのがわかった。


その時、小屋の入り口付近にある看守の詰め所から、暖炉の火に当たりながら酒を飲んでいる看守たちの話し声が聞こえてきた。


「おい、今日の王都の新聞、見たか? またあのSランク冒険者、レオン様がとんでもない偉業を成し遂げたらしいぞ」

「ああ、見出しがデカデカと載ってたな。未踏破だった神話級ダンジョン『天翔ける竜の巣』を、たった二人で完全攻略したってやつだろ? しかも、最深部で暴星竜を無傷で討伐したって話じゃないか」

「まったくとんでもねえ強さだぜ。あの【真理の神眼】っていうスキル、どんな凶悪な罠も呪いも見抜いて、安全な宝だけを正確に手に入れられるらしい。今じゃ各国の王族から国賓として招待されまくってるって噂だぞ」


その名前を聞いた瞬間、俺の心臓が早鐘のように激しく打ち始めた。

レオン。

かつて俺が『不運を呼ぶ寄生虫』と見下し、ボロ布をまとわせて追放したあの男。


「それに、隣にいるあの銀髪の剣士のねーちゃん、セリア様って言ったか? 絶世の美女で、しかもレオン様に心底惚れ込んでるらしいじゃねえか。富も名声も最高の女も手に入れて、まさにこの世の春ってやつだな」

「へっ、それに比べてうちの鉱山にいる自称『元・勇者』様の惨めなことよ。聞いて呆れるぜ。あんな無能がレオン様と同じ時代を生きてるってだけで、世界に対する冒涜だわな」


看守たちの下劣な笑い声が、俺の鼓膜を容赦なく破壊していく。

ああ、やめてくれ。聞きたくない。

だが、その事実は、俺の脳裏に鮮明なビジョンとなってこびりついて離れなかった。


漆黒の外套をなびかせ、圧倒的な力と知恵で迷宮を踏破していくレオンの姿。

その隣で、彼に絶対の忠誠と愛情を誓う、女神のように美しい銀髪の剣士。

数え切れないほどの財宝、王家からの勲章、世界中の人々からの熱狂的な歓声。


それらはすべて、俺が欲してやまなかったものだ。

俺が手に入れるはずだった、勇者としての輝かしい未来の姿だ。

だが、現実はどうだ。

俺は凍てつく泥水の中で這いつくばり、片腕を失い、顔は焼け爛れ、一生返しきれない借金のためにツルハシを振るう奴隷だ。


(違う……違う! あそこにいるのは俺のはずだったんだ!)


心の中で血の涙を流しながら叫ぶ。

レオンが持っているあの神眼の力は、本来なら俺たち『光の軌跡』を最強のパーティにするためのものだったのだ。あいつが俺のそばにいれば、俺はどんな罠にも引っかかることなく、すべての富を独占できたはずなのだ。

あいつさえいれば。あいつさえ、俺を見捨てなければ。


(いや、違う……見捨てたのは、俺だ……)


狂いそうな自己正当化の波が引いた後、残るのはどこまでも冷たくて真っ暗な、真実という名の絶望だけだった。

俺が、あいつの顔を踏みつけたのだ。

俺が、あいつの装備を剥ぎ取り、魔物の餌として奈落の底へ蹴り落としたのだ。

俺が自分の手で、神が与えてくれた最大の『幸運』を、ゴミのように捨て去ったのだ。


「あ、あああ……レオン……レオン……」


俺は泥だらけの床に額をこすりつけ、誰に届くこともない謝罪の言葉を紡いだ。

王都のギルドで最後に会った時の、レオンの氷のように冷たい瞳が脳裏に蘇る。

『俺にとってもう、お前たちは路傍の石ころ以下の存在でしかない』

あの時の彼の言葉には、憎しみすら含まれていなかった。

ただ純粋な無関心。俺という存在が、彼の人生においてもはや一ミリの価値もないという絶対的な事実。


俺がここでどれだけ後悔し、血の涙を流して謝罪したところで、あの高みへと昇り詰めた彼には届かない。

彼は今頃、美しい剣士と共に温かい暖炉の前で最高級のワインを傾け、俺のことなど一秒たりとも思い出すことなく、幸福の絶頂を味わっているのだろう。

そして俺は、その彼が手に入れた光り輝く栄光の噂を、地の底の暗闇の中で聞きながら、死ぬまで泥水をすすり続けるのだ。


「おい、てめえら! 休憩は終わりだ! さっさと外に出ろ! 夜番の採掘が始まるぞ!」


小屋の扉が乱暴に蹴り開けられ、看守たちが鞭を鳴らしながら入ってきた。


「ひっ……!」


鞭の音に反応して、ゴードンがビクンと体を震わせて粗相をし、エレンが頭を抱えて悲鳴を上げる。

俺は痛む体を無理やり引きずり起こし、左手だけで立ち上がった。


「もたもたするな、このポンコツが! 借金が金貨一万枚あるってことを忘れるなよ! てめえらは死ぬまで、いや、死んで骨になってもここから出られねえんだからな!」


看守の罵声と同時に、背中に再び鞭が叩き込まれた。

痛みに悲鳴を上げながら、俺は猛吹雪が吹き荒れる外へと引きずり出されていく。


(助けてくれ、レオン……俺が悪かった……俺を、俺を許してくれぇぇっ……!)


心の中でどれだけ叫んでも、奇跡は起きない。

俺の圧倒的幸運値は、とうの昔に完全に枯渇している。

ここにあるのは、傲慢さと強欲さが生み出した、絶対的な因果応報の地獄だけだ。


真っ暗な鉱山の底へ向かう俺の足取りは、鉛のように重かった。

俺の人生は、あの『奈落の顎』の深層で宝箱を開けた瞬間に、完全に終わっていたのだ。

残されたのは、世界最高の英雄となったかつての仲間の栄光を耳にするたびに、自分の選択の愚かさを呪い、後悔の業火に焼かれながら朽ち果てていく、という終わりのない拷問だけ。


「レオン……ああ、レオン……」


凍てつく吹雪の中、俺は狂ったように何度もその名前をつぶやきながら、冷たい岩壁に向かって、ただひたすらに、ただ無様に、絶望のツルハシを振り下ろし続けた。

誰も俺を救わない。誰も俺を憐れまない。

理不尽な追放を強いた愚か者に用意された結末は、死よりも恐ろしい、永遠に続く後悔と泥沼の底での贖罪だけだった。

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