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第4話 もう遅い〜俺は新たな仲間と至高へ至る〜

王都の中心に位置する巨大な建造物、冒険者ギルド本部。その重厚なオーク材の扉がゆっくりと押し開かれた瞬間、喧騒に包まれていた一階の巨大なホールが、水を打ったように静まり返った。

数百人の冒険者たちの視線が、入り口に立つ二人の男女に釘付けになる。

一人は、星空を切り取ったかのような深い漆黒の外套を羽織り、腰に美しい装飾の短剣を帯びた黒髪の青年、俺だ。そしてもう一人は、俺の半歩後ろを歩く、透き通るような銀髪とアメジストの瞳を持つ絶世の美女、セリア。彼女の纏う純白の軽鎧と、腰に帯びた白銀の長剣が、彼女の持つ高貴な美しさをさらに引き立てていた。


俺たちがホールの中心を歩き出すと、冒険者たちが慌てて道を空け、ざわめきがさざ波のように広がっていった。


「おい、見ろよ……あいつら、たった二人でAランクダンジョン『奈落の顎』から帰還したって本当か?」

「ああ、間違いない。しかも、未踏破だった最下層のボスまで討伐したらしいぞ。あの銀髪の女剣士、たった一振りで巨大なドラゴンを両断したって噂だ」

「なによりヤバいのは、あの黒髪の男だ。前まで勇者パーティで荷物持ちをしてた『ゴミ引きのレオン』だろ? なんであんな底知れない魔力を纏ってるんだ……!」


周囲の囁き声を背に受けながら、俺は受付カウンターへと真っ直ぐに進んだ。カウンターの奥から、白髭を蓄えた筋骨隆々のギルドマスター、ガストンが血相を変えて飛び出してきた。


「レオン! 報告は聞いているぞ! 本当に二人だけで『奈落の顎』の最下層をクリアしたというのは真実か!?」

「ああ。これがその証拠だ」


俺は腰のアイテム袋から、最下層のボスであった『エンシェント・アースドラゴン』の巨大な魔石を取り出し、ドンッとカウンターに置いた。純度百パーセントの魔力が渦巻くその魔石から放たれる波動に、周囲の冒険者たちが息を呑む音が聞こえた。

さらに俺は、道中の隠し部屋や深層の宝箱から手に入れたアイテムの数々を次々と並べていく。呪いのオーラを一切持たない純粋な古代の魔導書、傷一つないオリハルコンのインゴット、そして神話の時代に作られたとされるエリクサーの予備瓶。


「な、なんだこれは……! どれもこれも、王国の国宝級の品ばかりではないか!」

「深層にはミミックや呪いの武具が山のようにあったからな。俺の【真理の神眼】で安全なものだけを厳選して持ち帰ってきた。査定と買い取りを頼む」

「し、神眼だと……? お前の鑑定スキルは、そこまで異常な精度を持っていたのか。勇者ガイルの奴は、お前のスキルを『ゴミ引き』だの『不運を呼ぶ』だのと喚いていたが……あいつらは、とんでもない宝の山を自分から捨てていたということか……!」


ガストンは信じられないものを見るような目で俺を見つめ、そして深くため息をついた。

俺がどれだけ高位のアイテムを見つけ出しても、ガイルたちに渡せばどうせろくな使い方をしないか、自分たちの運の手柄にするだけだっただろう。俺はただ、あいつらが死なないように呪いの品を排除していただけだ。それがなくなった今、俺は誰に遠慮することもなく、この神眼の力を自分のため、そして隣にいるセリアのためにフル活用している。


「レオン様の御力は、世界そのものの真理を見通す至高の権能です。ガイルとかいう愚か者どもには、その価値を理解するだけの脳みそが備わっていなかったのでしょう」


セリアが冷ややかな声でそう言い放つ。彼女のアメジストの瞳には、俺に対する絶対的な心酔と、俺をかつて虐げた者たちへの底知れぬ軽蔑が宿っていた。

ガストンは額の汗を拭いながら、震える手で査定書を書き始めた。


「わ、わかった。ただちに本部預かりで査定させてもらう。これほどの偉業だ、レオン、お前たちのギルドランクは無条件でSランクに昇格だ。国からの報奨金も凄まじい額になるぞ」


Sランク。それは大陸全土でも数えるほどしか存在しない、冒険者としての最高到達点だ。かつてガイルたちに寄生虫と呼ばれ、泥水をすするような扱いを受けていた俺が、彼らを遥かに凌駕する高みへと到達した瞬間だった。

俺がギルドカードを受け取ろうと手を伸ばした、その時だった。


「ど、どいてくれ……! 道を、道を空けろぉぉっ!!」


ギルドの入り口の方から、悲痛で耳障りな叫び声が響き渡った。

同時に、鼻が曲がるほどの強烈な腐臭と、膿の臭いがホールに充満する。冒険者たちが顔をしかめて道を開けたその先に、信じられないほどボロボロになった三人の男女の姿があった。

いや、かつては栄光に満ちていた『光の軌跡』のメンバーだった残骸、と呼ぶべきか。


先頭を這いずるようにして歩いてくるのは、勇者ガイルだった。

かつて黄金の糸のように輝いていた金髪は抜け落ち、泥と血で汚れたボロ布を纏っている。彼の右肩からは腕が根本から消失しており、粗末な包帯がぐるぐると巻かれていたが、そこからはどす黒い血と膿が絶え間なく滲み出していた。美しいと持て囃されていた顔の右半分は、ミミックの呪毒を浴びた影響で酷く焼け爛れ、見る影もないほどに醜く歪んでいる。


ガイルの後ろには、車椅子に乗せられた重戦士のゴードンがいた。彼の屈強だった肉体は見る影もなく痩せ細り、両腕と両足には無数の添え木が当てられている。ミミックの爆発で全身の骨を粉砕されたのだろう、彼は涎を垂らしながら焦点の合わない目で 虚空こくうを見つめていた。

そして、その後ろで車椅子を押しているのは魔導士のエレンだったが、彼女もまた悲惨な状態だった。呪毒ガスを吸い込んだ後遺症で髪は白髪交じりになり、かつての高慢な態度は消え失せ、何かに怯えるように小刻みに震えながらブツブツと独り言を呟き続けている。


「おい、あれって……勇者パーティじゃないか?」

「なんてザマだ。Aランクダンジョンでミミックの罠に引っかかって、全滅しかけたって噂は本当だったのか」

「治癒院に担ぎ込まれたらしいが、高位の呪毒が回っていて、右腕の再生は不可能だったって話だぜ。しかも、治療費が払えなくて闇金に手を出したとか……」


周囲の冒険者たちの冷酷なヒソヒソ話が、ガイルの耳にも届いているはずだった。だが、今の彼にはそんなプライドを気にする余裕すら残されていないようだった。

ガイルの落ち窪んだ目が、ホールの中央に立つ俺の姿を捉えた。

その瞬間、彼の歪んだ顔に、まるで神仏にすがるような狂気じみた歓喜の色が浮かんだ。


「レ、レオン……!! レオォォォォンッ!!」


ガイルはバランスを崩して床に倒れ込みながらも、残された左腕と両足を使って、まるで芋虫のように俺の足元へと這い寄ってきた。そして、俺のブーツに汚れた顔を擦り付けるようにして、土下座の姿勢をとった。


「生きて……生きていたんだな! よかった、本当によかった! なあ、レオン! 俺が悪かった! 俺が全部間違っていたんだ!」


涙と鼻水、そして顔から滲む膿を床に撒き散らしながら、ガイルは必死に言葉を紡ぐ。その声は掠れ、かつての威厳など微塵も残っていなかった。


「お前が……お前が宝箱を開けるたびにゴミが出ていたんじゃない! お前が、俺たちのために凶悪な罠を見抜いて、安全なものだけを渡してくれていたんだな! なんで言ってくれなかったんだよ! お前がいなくなった途端、俺が開けた宝箱は全部、俺たちを殺す罠ばかりだったんだぞ!!」


身勝手な責任転嫁に、俺は思わず鼻で笑ってしまった。

なんで言ってくれなかっただと? 俺は何度も忠告した。だが、お前がそれを「手柄の横取りだ」と激怒して俺の顔を蹴り飛ばしたのだろう。都合の悪い記憶はすべて脳内から消去されているらしい。


「なぁ、レオン! 頼む、もう一度俺たちのパーティに戻ってきてくれ! お前がいないと、俺の圧倒的幸運値は機能しないんだ! お前が罠を排除して、俺がレアアイテムを引く! それでまた、最強のパーティとしてやり直せるはずだ!」


ガイルは残された左手で、俺の外套の裾を掴もうと手を伸ばした。


「俺は、俺はこんなところで終わる人間じゃないんだ! 治癒院への借金が膨れ上がって、このままじゃ俺たち全員、奴隷鉱山に送られちまう! 頼む、お前のそのスキルで、もう一度ダンジョンでお宝を見つけて、俺の借金を返してくれ! 俺たち、仲間だったじゃないか!!」


あまりにも見苦しい、自己愛と生存本能だけが煮詰まった懇願。

自分を奈落へ突き落とした相手に向かって「借金を返すために働いてくれ」と言い放つその神経の図太さには、怒りを通り越して感心すら覚える。


俺が口を開くよりも早く、空気を凍らせるような冷たい殺気がホールを支配した。


「——気安くレオン様に触れるな、下等な汚物め」


チャキッ、という鋭い金属音と共に、セリアが抜剣していた。

白銀の刃が、ガイルの首筋にミリ単位の隙間もなくピタリと当てられている。セリアの瞳からは一切の感情が消え失せ、ただ純粋な『殺意』だけが放たれていた。


「ひっ……!?」


「あなたのその薄汚い手で、レオン様の御衣に触れてみろ。その瞬間に、残った左腕も切り落とし、その豚のような首を胴体から切り離してやる」


セリアから放たれる圧倒的な強者の覇気に当てられ、ガイルは顔を青ざめさせ、ガチガチと歯を鳴らして震え始めた。彼の股間から生温かい液体が漏れ出し、石畳を濡らしていく。恐怖で失禁したのだ。


俺はセリアの肩にそっと手を置き、剣を下ろすように促した。そして、床に這いつくばる無様な元勇者を、氷のように冷たい眼差しで見下ろした。


「仲間、か。笑わせるなよ、ガイル。お前が俺の装備をひん剥いて、奈落の底へ突き落とした時、俺がどういう思いだったかわかるか? 俺はお前たちを恨んですらいない。ただ、心の底から『見限った』だけだ」


俺の静かで冷徹な声が、ギルド内に響き渡る。


「お前の『幸運値』など、最初から存在しない。お前が手に入れていた安全なアイテムは、すべて俺が身を削って罠を解体した結果だ。お前が深層でミミックに腕を食いちぎられたのも、運が悪かったからじゃない。お前のその傲慢さと強欲さが引き寄せた、必然の『絶望』だ」

「あ……ああ……ちがう、俺は……俺は勇者で……」


現実を直視できず、うわ言のように呟くガイルに、俺は最後のトドメを刺す。


「もう遅いんだよ、ガイル。俺はお前たちという足枷を外したおかげで、本当の力を手に入れることができた。俺にとってもう、お前たちは路傍の石ころ以下の存在でしかない。借金まみれで奴隷になるなら、せいぜいその残った片腕で死ぬまで泥でも掘り続けてろ。俺には一切関係のないことだ」


俺がそう言い放った直後、ギルドの入り口から武装した柄の悪い男たちが数人、怒鳴り込みながら入ってきた。闇金の取り立て屋たちだ。


「おい! いたぞ、あの片腕の借金持ちだ! ギルドに逃げ込みやがって!」

「てめえら三人で金貨一万枚の借金だ! 返せねえなら、約束通り北の魔石鉱山で一生強制労働してもらうからな! さっさと立て、このクズどもが!」


取り立て屋の男たちが、ガイルの襟首を掴んで乱暴に引きずり起こす。ゴードンの車椅子が蹴り倒され、エレンが悲鳴を上げて頭を抱え込んだ。


「や、やめろ! 離せ! 俺は勇者だぞ! 国から選ばれた特別な存在なんだ! こんな扱いが許されると——」

「うるせえ! お前みたいな障害者に勇者の価値なんかあるか! さっさと歩け!」


取り立て屋の容赦ない拳がガイルの腹にめり込み、彼は胃液を吐き出して悶絶した。

そのまま男たちに引きずられていくガイルは、床に爪を立てながら、血走った目で俺の方を振り返り、絶叫した。


「レオーーーーンッ!! 助けてくれ! 見捨てないでくれぇぇぇっ!! 俺が、俺が悪かったぁぁぁぁっ!!」


かつて俺が奈落へ落ちる時に上げた叫びと、全く同じ悲痛な絶叫。

だが、その叫び声が俺の心に響くことは、一ミリたりともなかった。

俺はガイルの方へ一瞥もくれることなく、ゆっくりと背を向けた。


「行こうか、セリア。あんなゴミに構っている時間はもったいない」

「はい、レオン様。私たちには、これから向かうべき輝かしい未来がありますものね」


セリアが花のように美しい微笑みを浮かべ、俺の腕にそっと自分の腕を絡ませてきた。彼女の温もりと、向けられる絶対的な信頼が、俺の心を心地よい優越感とカタルシスで満たしていく。


「ああ。これからは、誰かのためじゃない。俺たち自身のために、この力を使うんだ。世界中の未踏破ダンジョンにある、本当の宝を全部見つけ出してやろうぜ」


俺たちの背後で、ギルドの扉が重々しい音を立てて閉ざされた。

ガイルの無様な泣き叫ぶ声は、厚いオーク材の扉の向こう側へと完全に遮断され、もう二度と俺の耳に届くことはなかった。


ギルドの外に出ると、抜けるような青空が王都の上に広がっていた。

心地よい風が吹き抜け、俺の漆黒の外套とセリアの銀髪を揺らす。

理不尽な追放から始まり、奈落の底で死にかけた俺の物語。しかしそれは、不要なしがらみをすべて断ち切り、最強の力と最高の仲間を手に入れるための、完璧なプロローグでしかなかったのだ。


『——【真理の神眼】』


俺が右目に魔力を込めると、世界は再び、真理を映し出す鮮やかな色彩へと変化した。

視界の先、王都の遥か向こうにそびえ立つ未知の山脈に、まだ誰も見たことのない神話級のオーラが眠っているのがはっきりと見えた。


「さあ、次の冒険の始まりだ」


俺はセリアと顔を見合わせ、二人で力強く歩み出した。

底辺から這い上がった最強の鑑定士の、誰にも縛られない無双の旅が、今、ここから始まるのだ。

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