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第3話 親友と





「というわけで親友! どうしたらいいと思う!?」


 放課後。校庭の端にある東屋で。私はお茶会に誘ったもう一人の『親友』に問いかけた。ちなみにお茶会だけれども私と『親友』二人きり。同じく親友であるメイも(学院内なのでメイドとしての立場を考慮して)話し声が聞こえない距離で待機している。


「どうしたらいい、と言われてもね」


 のんびりまったりとティーカップを傾けているのは金髪碧眼の超絶美少女――いや美人さん。落ち着いた雰囲気なので(私と同い年のはずなのに)大人のお姉さん的なイメージがプンプン漂っているのだ。


 彼女の名前はエリナ・サイライン。サイライン侯爵家のご令嬢だ。今学園に通っている生徒の中では私と家格が近いし、なにより“前世の記憶持ち同士”ということで良好な関係を築いている。


 そんなエリナはやれやれといった様子でティーカップをソーサーに戻した。


「リリー。そもそもキミが何の話をしているか分からないのだけれども?」


「む、そこは親友としての超パワーで察して欲しいわね」


「そんな奇特なことができるのはキミだけだよ」


「私に対してどんなイメージを持っているのかしら? いくら私でも人の心を読んだりとかはできないのだけど?」


「自分にできないことを他人に要求するのは止めた方がいいね」


 何という正論。ぐうの音も出ない。


「ぐう」


 負け惜しみで唸っておく私。

 いやしかし、そんなことを言うエリナ本人は心が読めるような気がするのだ。いつもナイスなタイミングでナイスな助言をしてくれたりするし。実はそういう魔法の使い手でしたー原作ゲームの隠し要素でしたーって展開はない?


「ないね」


「やっぱり読んでない!?」


「貴族のたしなみ(・・・・)として表情を読んでいるだけさ。あと単にキミが分かり易いだけだよ」


 分かり易いと言われてしまうと(ちょっと自覚があるので)ぐうの音も出なくなってしまう私である。


「ぐぅ」


 もはや意固地な唸り声を上げてから私は簡潔に詳細に面白おかしく王子殿下とのエンカウントを説明した。私の小話が素晴らしすぎたのかエリナは額に手をやって俯いている。少し震えているのは感動で泣いているに違いない。ふっ、これが職業・百合小説家の実力よ!


「キミという人間は……」


 深々と(まるで先ほどのメイのように)ため息をつくエリナだった。その瞳に浮かぶのは圧倒的な呆れ。あれおかしいな? ここは悲劇の運命に囚われかけている親友を心配して号泣する場面じゃないのかしら?


「とりあえず一言言わせてもらえば……チョロすぎないかい親友?」


「真顔でなんてこと言うの親友」


 私はチョロくない! まだ落ちてない! まだ! ぎりっぎり!


「リリー。キミも知っての通りここは乙女ゲームの世界だ。いいや、すでに多くの点で原作ゲームとはかけ離れた展開になっているけれど……」


「うん、そうね。本来なら私はもう第二王子と婚約しているはずだし、エリナも騎士団長の息子と婚約しているはずだもの」


 私はまだ誰とも婚約していないし、親から結婚を強要されることもないだろう。そしてエリナ。彼女は本当なら騎士団長の息子と婚約しているはずなのに、実際は宰相の息子と婚約している。『攻略対象と婚約』という点は共通しているけれど、それ以外は家格や政治的な派閥などまるで違うお相手だ。そう簡単に婚約者が変わるとは思えないのに……。


 エリナの婚約相手が変わった理由は知らない。原作とは政治バランスが変わったのかもしれないし、親同士の仲が悪くなったのかもしれない。……私としては意外と腹黒なエリナが裏で“何か”したんじゃないかと疑っているのだけど、証拠があるわけではないので沈黙は金。下手なことを言うと報復が恐い。エリナって親友相手には容赦しないんだもの。


「逆に言えば、」


 エリナが珍しく真剣な声を出した。彼女はどこか超然としているのが普通だからね。


「これだけ原作と運命(ルート)が変わっているのに、変わらないこともある。簡単に言えばヒロインが登場して以降。騎士団長の息子や宰相の息子の婚約者が変わり、それぞれの婚約者との仲も原作とは変化しているというのに……原作通り、攻略対象たちはヒロインに首ったけだ」


 エリナが視線を横に向けたので私も追うと、少し離れた場所で作り物のように整った顔つきの人たち(いや乙女ゲームの世界なのだから正真正銘『作り物』なのかもしれないけれど)を見つけることができた。


 王太子。宰相の息子。騎士団長の息子。魔導師団長の養子。いつも通りのメンバーがピンク髪の美少女ヒロインを取り囲んで談笑している。


 男四人に女一人。となれば男同士が牽制したりケンカになりそうなものなのだけど。不思議なことに野郎連中も仲よさそうに見える。

 いやこの国の将来を担う重要人物たちなのだから表面上仲良くしているだけ……と考えたものの、そんな深謀遠慮ができるのなら人目も憚らず一般庶民の女に言い寄ったりしないか。


「ずいぶんと仲が良さそうね。あれは、あれかしら? 「ケンカをしたらヒロインに嫌われてしまう!」的な考えで仲良くやっているのかしらね?」


「女々しいことだが、そんなところだろうね。男なら殴り合いをしてでも好きな女を奪い取ってみせろと思うのだけど」


 意外と血気盛ん(?)なエリナさまだった。あなたやはり宰相の息子ではなく騎士団長の息子(脳筋)の方が婚約者としてふさわしいのでは?


 エリナが呆れたように肩をすくめる。


「ともかく、だ。原作とは婚約者も異なり、婚約者の女性との仲も変化しているというのに攻略対象たちはヒロインに“落とされて”しまった。これはゲーム補正みたいなものがあると考えた方が自然かもしれないね」


 たしか原作における宰相の息子は、婚約者との仲がうまくいかずにその心の隙間を埋めるように――という感じでヒロインに引き寄せられたはずだ。


 しかし、親友としての贔屓目があるとしても、婚約者となったエリナと宰相の息子との仲は良好だったはず。原作とは違って心のこもった贈り物をしているみたいだし、パーティーでも必ずエリナをエスコートして最初のダンスを踊っている。(これはヒロインが登場してからも変わっていない。まぁ貴族が集まる夜会で庶民(ヒロイン)をエスコートするようなバカは王太子だけで充分だろう)


「ゲーム補正があるのなら、第二王子もヒロインに落とされるのかしらね?」


 自分で言っておいて何だけど、それはちょっと嫌かもしれない。……うん、第二王子と少し話しただけでこれである。チョロすぎるぞ私。やはり恋愛経験絶無ガールにイケメン相手は荷が重いか……。


「それだけならいいけどね。下手をすればリリーと第二王子が婚約。直後に婚約破棄されてしまうなんて展開もあるかもしれないよ。『第二王子の婚約者である悪役令嬢』というつじつまを合わせるためにね」


「……私もそれを危惧していてね、こうして相談に来た次第なのですはい」


「といっても詰んでいないかな? 第二王子から婚約の打診が来れば断れないし、話を聞く限りでは第二王子はキミを『落とす気』満々じゃないか」


「そのやる気はヒロインちゃんに向けてくれませんかねー」


「それは直接第二王子に言った方がいいね」


「いやいや無理でしょ。なにその自意識過剰? 「あなた程度ではわたくしにふさわしくないわ! あの庶民の女がお似合いよ!」なぁんて口にしたら不敬罪不可避じゃないの」


「悪役令嬢としては正しい言動だと思うけどね」


「そもそも悪役令嬢のつもりはないんだけどなー」


 思わずテーブルに上半身を投げ出し、前世の口調に戻ってしまう私だった。いかんいかん、親友の前だとついつい気を抜いてしまう。


 しかしこの体勢は思ったより楽だったのでこのままエリナとのやり取りを継続する私である。


「そもそもなんで殿下はあんなに積極的なのかしら? もうヒロインは登場しているじゃない。会話したのだって今日が初めてのはずなのに……」


「キミは外見だけならヒロインに匹敵する美少女だからね」


「いや『だけ』とは何よ『だけ』とは。私これでも女子力アップにいそしんだ結果、礼儀作法の先生から「仕草だけは完璧ですね。中身はとにかく」と褒められて――あ、なぜか泣きたくなってきたわ。しくしくしく」


 ふむ、とエリナは悩むように小さく唸った。


「そうだね。他の可能性となると……まずは初めての出会いを思い出してみればいいんじゃないのかな?」


「はじめて?」


 第二王子との初対面は……いつだろう? 挨拶もしたことはないし、会話も今日が初めてのはず。もしかして今日が『初対面』ということになるのでは?


「キミにとってはそうかもしれないけどね。殿下にとっては9歳の時じゃないのかな」


「9歳?」


 となると、私が池ポチャした日だろうか? しかしあの日も殿下に挨拶する前に池に落とされた(・・・・・)のだけど。


 ふむ、とエリナが小さく喉を鳴らした。


「巷間に広まっている物語としては。狂った王弟は第二王子であるエドワード殿下を亡き者にしようとした。迫る凶刃。そんなときに身を挺して殿下の盾となり、結果として池に突き落とされた(・・・・・・・)のがリリー・ユリスト公爵令嬢だ。その勇気。その忠心。その無償なる愛。当時9歳だった第二王子が惚れてしまっても不思議ではないかな」


「……止めてくださいお願いします」


 顔を隠すようにテーブルに突っ伏す私。


「エリナには話したでしょう? あれはそんなカッコイイお話じゃないのよ。振り回されるナイフが恐くて、逃げようとしてつまずいた結果として殿下の前に躍り出る格好になっただけで。むしろ殿下を守らずに避難しようとした私は貴族失格だと思うのよ」


「だが、周囲はそう見なかった。リリー・ユリストは身を挺して殿下を庇い、池に落ち、トラウマを負った。それさえなければ王城での社交にも積極的に参加でき、今頃は王太子か第二王子の婚約者に選ばれていただろうに、と」


 私は池ポチャ&心停止がトラウマになって王城が恐くなった、ということになっているからね。王城で開催される煌びやかなパーティーにも参加できないのだ。実際は破滅フラグ回避のための言い訳なのだけどね。


 ちなみに精神状態というのは魔法の結果に大きく影響を与えるようで、この世界では前世に比べて早期から心に関する研究が進み、(前世における中世的な世界観の割には)心的外傷(トラウマ)に対する理解もある。

 だからこそ私は王城を避けることができたし、お父様も過保護になってしまったのだと思う。


 まぁ心の病には回復魔法が効かないので、理解はあっても完治するのが難しいのが現状だけど。


「でも、そういうことなら一応は納得できるかしら。……殿下が私を忠臣だの立派な貴族令嬢だのと勘違いしているなら、素の私を見せ続ければ夢から覚めるかしらね?」


「……可能性は否定しないけどね」


 なんだか歯切れの悪いエリナだけど、私としては可能性があるならそれに賭けるしかない。


 さてどうするかと私がテーブルに上半身を転がしたまま悩んでいると――



「――何か悩み事かな、リリー嬢?」



 今。一番聞きたくない声が降ってきた。

 錆びたブリキのおもちゃのようにギギギと首を向ける。すると、そこには太陽よりもなお眩しいイケメンが。ちょっと眩しすぎるのでサングラス掛けていいですかダメですよね。


 先ほどの宣言通り、メイは殿下を通してしまったらしい。有言実行とは素晴らしいメイドさんですねぇちくしょうめ。


 と、私はここで『きゅぴーん!』と来た。今の私はとてもだらしない格好。このまま突き進めば殿下も夢から覚める! はず!


「……殿下、ご機嫌麗しゅう。同じ日に二度も殿下にお目にかかれました幸運、我らが神に感謝いたしますわ」


 テーブルに上半身を投げ出したまま微笑んだ私である。とんでもない無礼だけど構うものか。「うわ、やりやがったよこいつ」とはエリナの呟き。彼女も素が出ると口調が前世のものになってしまうみたい。


 公爵令嬢以前に年頃の乙女としてダメダメな姿勢の私をみて、しかし殿下は笑いをこらえていた。おかしい、なぜだか好印象を与えた気がする。


「……そりゃあ悶えたり土下座したりするキミを見ても幻滅しなかったという特殊性癖(殿下)なのだから、その程度の痴態で幻滅はしないだろうさ」


 痴態とか言わないでくださいエリナさん。今さらながら恥ずかしくなってきたわ。


 殿下はひとしきり笑ったあとイケメンスマイル(とても眩しい)を私に向けてきた。


「友人にしか見せないような姿を私にも見せてくれるとは。これからも二人きりの時はそうしてくれると嬉しいよ」


 嬉しいとかやはり特殊性癖すぎません?

 というか二人きりになるつもり満々ですかー。


「……殿下からのご要望ですもの、善処いたしますわ」


「楽しみにしていよう。しかし、殿下という呼び方は少し堅苦しいな。私たちは友人となったのだし、そのような姿もさらしてくれる仲になったのだからそろそろ名前で呼んでくれてもいいのではないかな?」


「…………」


 名前を知らない。なんてことはない。第二王子の名前を知らない貴族がいたらビックリだ。


 貴族が堅苦しい呼び方を止めてどうするの、とか、出会って一日で仲が進展しすぎじゃないですか、とか。諸々のツッコミをゴクンと飲み干して私は殿下の名前を口にした。


「……エドワード殿下」


 これでも清純な乙女なので異性の名前を呼ぶのはちょっとドキドキしてしまう。相手が絶世のイケメンなら尚更だ。

 だというのに殿下は容赦なく私の心臓を追い詰めてきた。


「殿下というのも堅苦しいな。エドワードでいいよ」


 何という無茶ぶり。不敬罪まっしぐらである。いやしかし他ならぬ殿下が要望しているのだし、断る方が不敬罪か……?


 でも、呼ぶわけにはいかないよなぁ。

 だって呼び捨てですよ? もしも家族以外で王子殿下の名前を呼び捨てることが許される存在がいるとすれば……。それは、間違いなく、婚約者か配偶者だけだろう。


 しかし口をつぐんだ私である。だって「あはは~そんなの許されるのは婚約者だけじゃないですか~」と口にしたら「そうか、なら婚約者になろうか」と返ってくる未来が見えたもの。

 かといって上手い断り文句が思い浮かぶわけでもなく。


 万事休す。

 万策尽きた。


 仕方ないので私は渋々、渋々殿下の名前を呼んだ。


「エドワード、……様」


「うん、まぁ、今のところはそれで満足しておこうか。これからはそう呼ぶようにしてくれ」


 優しく微笑む殿下に悪魔の尻尾が生えていた。気がした。


「……それは、もしかして、」


「あぁ。他の人がいる場面でもだ」


 何それ周りの人が絶対勘違いするじゃん。「そういう仲なんですね」と気を遣うじゃん。将棋で言えば王手飛車取り。けれど殿下の申し出を断れるはずもなく……。


「…………、……御心のままーにー」


 力なくテーブルに突っ伏した私である。そんな私を存分に楽しんでから殿下は踵を返した。

 もちろん向かったのはヒロインたちが談笑しているところ――ではなく、反対側だった。どうやらヒロインは無視して校舎に戻るらしい。攻略対象らしからぬ行動である。


 そんな彼の後ろ姿を見送っていると、エリナがやれやれと肩をすくめた。


「殿下はずいぶんと積極的だね」


「あ、あはは……そう見えますかねー?」


「うん。まるで獲物を狙うライオンと哀れなナマケモノを見ているようだったよ」


「もしかしなくてもナマケモノは私かな? 私なのかな? だらしないって言いたいのかこのやろう」


 私の抗議はまるっと無視してエリナは本日何回目かのため息をついた。


「あれだけの痴態を見せても瞳の奥に宿る“熱”に変化はなし。どうやら第二王子は本気みたいだね」


 え、(自称)表情を読んでいるあなたが言うと説得力抜群なんですけど?

 愕然とする私にエリナは慈愛たっぷりの目を向けてきた。


「親友、もう諦めたら?」


「……見捨てないでくださいよ、親友」


 私の懇願は虚しく青い空に溶けていった。






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