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夏休みに入る前日、終業式の日を迎えていた。
大輝は『込田純一』の身体に違和感を感じなくなっている。全校集会の間中、後ろにいた生徒から蹴りを入れられていたのだが、それにも慣れ始めていた。
『ドッジボールしようぜ』
式を午前中で終え、生徒達が帰ってゆく最中のことだった。白井大輔は純一の腕を掴んで、無理やり校庭に連れて行った。
取り巻きのクラスメイト等合わせ、向こう側には十人はいる。皆がニヤニヤと純一を見て、事の成り行きを見守っている。
『夏休みに入る前によ。タップリ遊んどこうぜぇ』
そう言うと、白井大輔は全力でもって、純一にボールを投げつけた。
ボールは鈍い音を立てながら、純一の腕に当たった。
『ホラ、次お前投げろよ』
そう言うと、大輔はボールを仲間に渡す。
仲間内でボールを渡しあって、彼らは純一に向かって思い切りボールを投げた。筋肉のない純一の腕では、素早いボールをしっかりと受け止めることもできない。
イタイ。イタイ。イタイ……。
ボールが純一に当たるたびに、彼らは腹を抱えて笑っていた。大輔が投げたボールが純一の顔面に入ると、ドッと笑いが湧いた。
純一の中で、大輝が思った。
(どうして……)
気付けば、鼻血を流していた。
(どうして……!)
それは、悲しみと共に日々感じていたことだった。
純一の中には無かったもの。
それを、大輝は持っていた。
「どうしてッ‼︎」
純一が――大輝が発した叫び声に、一瞬で笑い声は失せた。
「どうして……」
震える声で、大輝は続けた。「どうして、こんなリフジンにいじめられなきゃぁならない……」
笑っていた大輔の顔が、スゥッと真顔になった。
『あぁ?』
恐い目で睨みながら、大輔は大輝の元へと歩み寄って来た。『なんだって?』
「ど、どうして、僕ばっかりいじめられなきゃならないんだって、い、言ったん」
言い終わらないうちに、大輔は大輝を殴った。
歯がガチンと鳴る音がして、大輝は地面に突っ伏していた。
『お前、調子にノンなよ?』
クスクスと、取り巻きが笑う。
大輝は急いで、立ち上がった。
純一の顔で、必死に大輔を睨みながら言った。「イヤだ」
『はぁ? ゴミタァ、お前何言って……』
「イヤだ! もうイヤだ!」
顎ががくがくと震えて、声が震えた。堰を切ったように、ぼろぼろと涙が溢れた。
「もうイヤだ! こんなの! こんないじめられて、どうしようも無くって、ぼくは何もしてないのにっ! こんなことで死ぬなんてイヤだっ!」
大輔は奇妙なものを見るような目で、純一を見ていた。
「こんなミジメな思いをして死ぬなんて、絶対にイヤだ! ぼくが死ぬくらいなら……」
大輝は地面を蹴った。そして、腕を身体の正面で十字にすると、決死の思いで飛び込んだ。
二人はもつれ、地面に転がる。彼は共に地面に転がる大輔を確認すると、四つん這いになって近付き、馬乗りになった。
「殺してやるっ!」
必死になって、大輔の喉に手を伸ばす。が、大輔の方が力も体格も優っていた。すぐに胸を押され、逆に乗っかられてしまう。
『お前が死ね!』
「イヤだ! ぼくは死にたくないっ!」
大輝はもがいた。彼は、怒っていた。悲しさよりも、怒りが勝った。目の前にいるのがかつての父親である事も忘れ、本気でかかっていた。自分の非力さなど、頭には無かった。刺し違えてでも、という覚悟が、彼にはあった。
鼻血と涙にまみれた凄まじい形相で、大輔を睨んだ。
すると、辺りがセピア色に染まっていった。そして、大輔の姿が、ほろほろと崩れた。
見えない炎に、燃やされているようだった。大輔も、取り巻きの生徒たちも、後ろの校舎も。灰のように風に吹かれて、頼りなく崩れていった。




