第1話 俺、桃太郎になる
俺の住む岡山県には、桃太郎にまつわるものが多い。
その中でも、吉備にあるダンジョンは有名だった。日本でも有数の大規模ダンジョンというわけではない。それでも地元では知らない人の方が少なく、休日になれば探索者だけでなく、観光目的の人間も訪れる。理由は単純で、ダンジョンの入口付近にある巨大な門が、吉備の観光名所になっているからだ。
その門は『鬼門』と呼ばれている。
巨大な2本の柱。その柱には、まるで石の中からこちらを覗き込むように、鬼の顔が彫り込まれている。しかも、その表情は怒りではない。苦しみ、悶え、逃げようとしているような――見る者によっては少し不気味に感じる、苦悶の表情だった。
ただ、俺は18歳になるまで、その門を一度もくぐったことがなかった。
ダンジョン自体には何度も入っている。
初めて入ったのは15歳のときだ。
この世界では、15歳になると保護者同伴でダンジョンに入り、ステータスとジョブを確認することができる。危険の少ない浅い階層で行われる、いわば成人前の通過儀礼みたいなものだ。
俺も母親に付き添われて吉備ダンジョンへ向かった。
そこで表示された俺のジョブは、
『刀士』
刀士と書いて『かたなし』。
本来は刀を作る人間を指す言葉だったらしいが、今では刀を使って戦う者を指すジョブ名として定着している。
珍しいジョブだった。
珍しいというだけなら、別に悪いことではない。
実際、刀士は弱いジョブではなかった。近接戦闘においては優秀な部類に入る。ただ、問題は情報が少ないことだった。
戦士や魔法使いなら、昔から多くの探索者が進んできた道だ。どんな装備を使えばいいのか。どんなスキルを取ればいいのか。どの階層でどう戦えば効率よく成長できるのか。
そういう情報が、いくらでも出てくる。
ただ、刀士には、それがなかった。
俺はそれでも、ダンジョンに通った。
といっても、学校がある日に何時間も潜るようなことはしない。休日に吉備ダンジョンの浅い階層へ入り、無理のない範囲でモンスターを倒す。それを趣味兼小遣い稼ぎとして続けただけだ。
装備も大したものじゃない。
腰に差しているのは、15歳のときに買ってもらった模造刀だ。
刀士になったと知った俺が、どうしても刀が欲しいと駄々をこねて、父親に買ってもらった。
あの頃はちょうどいい長さだったはずなのに、18歳になった今では少し短く感じる。それでも吉備ダンジョンの低層なら、これで十分だった。
防具も似たようなものだ。
胸や腹、関節といった急所を守るプロテクター。探索者向けの装備を扱う有名メーカーが販売している量産品で、特別高価なものではない。けれど、低層で趣味程度に探索するなら十分すぎる性能だった。
無理をしない。
装備をケチりすぎない。
危険を感じたら引き返す。
趣味で探索するなら、そのくらいでいいと思っていた。
それでも、3年も続ければ多少は成長する。
身体強化はLv.4。
気配感知はLv.2。
刀士のジョブスキルである刀術はLv.3。
身体強化Lv.4は、周囲を見てもかなり高い方だった。Lv.3までなら珍しくないが、Lv.4になると同年代ではほとんど見かけない。
だからといって、俺が自分を特別な人間だと思っていたわけじゃない。
ただ、せっかく刀士になったのだから、それなりにやってみようと思っただけだ。
そして18歳になった。
レベルは18。
これは少し意地になって上げた。
18歳なのだから、せめてレベルくらい18にしておきたい。そんなくだらない理由だった。
ただ、レベルは20を超えた辺りからは上がりにくくなるらしい。専業探索者でもなければ、そこまで必死になってレベルを上げる人間は多くない。
俺も大学へ進学することが決まっていた。
春からは東京へ行く。
ダンジョンに潜るのはあくまで趣味であり、専業探索者になるつもりはない。
大学では普通に勉強して、普通に就職して、普通に楽しく生きていく。
刀士という珍しいジョブを持っていること以外は、どこにでもいる大学生になるつもりである。
だから、高校最後の冬休み。
東京へ行く前に、地元で一つくらい有名な場所を見ておこうと思った。
吉備に住んでいるくせに、吉備の名所なんてほとんど見たことがない。我ながら地元民らしいと言えば地元民らしい。
そんなわけで、俺は吉備ダンジョンへ来ていた。
ダンジョンの入口で足を止める。
いつものように、入る前に周囲を確認する。
混雑具合。装備。持ち物。そして――ステータス。
探索に慣れてきたとはいえ、確認を怠るつもりはない。
俺はステータスを開いた。
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名前:高槻 桃矢
種族:人間 Lv.18
ジョブ:刀士 Lv.8
【ジョブスキル】
・刀術 Lv.3
【共通スキル】
・身体強化 Lv.4
・気配感知 Lv.2
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改めて見ると、やっぱり悪くない。
少なくとも、趣味で浅い階層を探索してきた人間としては頑張った方だろう。
これ以上を求めるなら、本格的に探索者として活動する必要がある。
俺には、そのつもりはなかった。
ステータスを閉じる。
模造刀の柄を軽く握ってみる。
少し短い。それでも今日は、これでいい。
どうせ最後の思い出作りだ。
俺はそのままダンジョンへ入った。
いつも通り、浅い階層を進む。
吉備ダンジョンは、いわゆる屋外型のダンジョンだ。入口から続くのは石造りの通路でも薄暗い洞窟でもなく、木々の生い茂った森だった。ところどころ木々が途切れて草地が広がり、その先にはまた別の森が続いている。ダンジョンという名前から想像する地下迷宮とは違うが、ここではこの景色が当たり前だった。
何度も来た場所だから、道にも迷わない。出てくる魔物も、ほとんどがゴブリンばかりでほんと少しレッサーウルフが出るなど、見慣れたものばかりだ。
危なげなく数体を倒し、ドロップ品である極小魔石を拾う。しばらく進んだところで、見慣れた景色が変わった。
大きな空間。
その先に、巨大な門が立っている。
「……これが鬼門か」
写真では何度も見た。
だが、実物はやっぱり違う。
巨大な2本の柱。その柱に刻まれた鬼の顔。
苦悶の表情を浮かべた鬼が、まるで門そのものに封じ込められているように見える。
観光客らしい人たちが、少し離れたところから写真を撮っていた。その周りを案内兼護衛の探索者たちが守りを固めている。こんなのもダンジョン内の観光業の一つである。
そしてここが吉備ダンジョンの有名な観光名所、鬼門。
俺は18年間、吉備で暮らしてきたし、吉備ダンジョンに何度も潜ってきた。
それなのに、この門をくぐったことは一度もない。
門の向こう側ももちろんダンジョンではある。
ただ、鬼門はダンジョンの端に近い場所にあり、その先にわざわざ進む探索者は少ない。観光名所としては有名でも、探索場所としては大した価値がないからだ。
だから今まで通る理由がなかった。
でも、今日は違う。
もうすぐ俺は、この町を離れる。
そう考えると、一度くらい通っておいてもいい気がした。
「……せっかくだし、行ってみるか」
俺は鬼門へ向かって歩いた。
そして、2本の柱の間を抜ける。
その瞬間だった。
『特殊条件を確認しました』
頭の中に、無機質な声が響いた。
「……え?」
聞き間違いかと思った。
しかし、次の瞬間には目の前に見慣れたステータス画面が浮かんでいた。
『ジョブ変更条件を達成しました』
意味が分からない。
俺は立ち止まった。
ジョブ変更?
何のことだ。
俺は別に、ジョブ変更なんて望んでいない。
そもそも、刀士から別のジョブへ変更する条件や方法なんて聞いたことがない。
なのに。
ステータス画面が書き換わっていく。
『ジョブが変更されました』
そこに表示された文字を見て、俺は思わず目を疑った。
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名前:高槻 桃矢
種族:人間 Lv.18
ジョブ:桃太郎 Lv.1[NEW]
【ジョブスキル】
・刀術 Lv.5
・三獣招来 Lv.1[NEW]
【共通スキル】
・身体強化 Lv.4
・気配感知 Lv.2
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「……桃太郎?」
意味が分からなかった。
俺は刀士だったはずだ。
なのに、どうして。
なぜ俺が。
――桃太郎?
ふと見上げると、鬼門の柱に刻まれた鬼の顔が、苦悶の表情を浮かべながら、俺を見下ろしていた。
俺の新しいジョブは、『桃太郎』だった。




