第13話:聖なる奇跡の価格破壊:癒やしのサブスクリプション
聖教国が放った「神罰の宣告」から一週間。
彼らが最初にとった行動は、帝国への「治癒魔法の提供停止」という経済・人道封鎖だった。
大陸全土に派遣されていた聖教国の治癒神官たちが一斉に引き揚げ、帝国内の病院や前線基地からは「奇跡」が失われた。
怪我に苦しむ兵士、病に伏せる老人。彼らを盾に、聖教国の大司教は高らかに宣言したのだ。
『魔女エリザベートを差し出せ。さもなくば、この国に癒やしの光は二度と注がれぬであろう!』
だが。
帝都の中央広場に集まった民衆の前に現れたエリザベートは、悲壮感など微塵も感じさせない、涼やかな微笑を浮かべていた。
「皆様、ご安心なさいな。……あの方々が仰る『奇跡』など、所詮は型落ちの旧式技術に過ぎませんわ」
エリザベートが指を鳴らすと、広場の各所に設置された奇妙な形の魔導端末――『エーテル・メディック』が一斉に起動した。
それは、彼女が帝国最高の魔導技師たちを使い、わずか数日で量産させた「簡易治癒陣設置デバイス」である。
「これは……? 触れるだけで、傷が塞がっていくぞ!?」
「教会の神官様に金貨三枚払って受けていた治癒魔法より、ずっと温かくて……早い!」
驚愕する民衆を前に、エリザベートは優雅に扇を広げた。
「聖教国の皆様は、治癒魔法のコストをこのように計算しておりましたわね?」
彼女の背後の空間に、巨大な魔導数式が展開される。
『祈祷費用 = (魔力 × 信仰心) ÷ 変換効率 + 寄進額』
「彼らは、効率の悪い祈りを通じて魔力を変換し、その過程で発生するロスを『神への捧げ物』と称して皆様の財布から補填させていました。……ですが、私の開発したこのデバイスは、大気中の余剰魔力を直接変換いたします。コストは銅貨一枚。……いえ、帝国民なら月額定額制で使い放題ですわ」
「バ、バカなっ!!」
視察に来ていた聖教国のスパイたちが、腰を抜かして叫んだ。
教会の治癒は、特権階級だけが受けられる高貴なものだった。それを、エリザベートは「街灯」や「水道」と同じレベルの公共サービスに叩き落としたのだ。
「そんなものが……そんな不浄な道具で、神の奇跡に勝てるはずがない! 罰が当たるぞ!」
「あら。罰が当たるのは、独占禁止法に抵触し、市場価格を不当に吊り上げていた、そちらの方ではなくて?」
エリザベートは、震えるスパイの足元に一通の書類――『聖教国・破産管財人選任通知書』を投げ捨てた。
「聖教国の運営資金の七割は、治癒魔法の独占による寄付金で成り立っていました。……ですが、今日、この瞬間をもって、全大陸の民衆は『無料、あるいは安価な治癒』を手に入れた。……さて、明日から誰が、貴方たちの古臭い祈りに金貨を払うとお思いかしら?」
その言葉は、刃よりも鋭く聖教国の急所を貫いた。
神の権威を支えていたのは、信仰心ではなく「医療の独占」という名の暴力だった。それが崩れた今、聖教国はただの「無駄にプライドが高いだけの失業者集団」へと成り下がったのである。
「陛下、カエルス様。……次の工程へ移りましょうか」
エリザベートは、隣で楽しげに事態を眺めていたカエルスに視線を向けた。
「ああ。……次は、あの大司教の座る『黄金の椅子』を、オークションに出すとしようか」
「ふふ、素敵ですわね。……あちらの国、固定資産税の滞納も酷いですから。まずは『大聖堂』の差し押さえから始めましょうかしら?」
エリザベートの瞳には、天界さえも競り落とさんとする、冷徹なまでの覇気が宿っていた。
その夜、広場の『エーテル・メディック』の前には、朝まで列が絶えなかった。
最後尾に一人、白銀の法衣の裾を隠すように並んだ者がいる。順番が来るまで、その者は一度も顔を上げなかった。
奇跡を月額制にしただけで、大司教様のお顔が紙のようになりましたわね。
独占していたものに価格がつくと、権威はただの原価になりますの。
次は聖騎士団。彼らの忠誠は、いくらで買われていたのかしら。




