第1話:華やかな夜会、最悪の余興
数ある作品の中から、本作を見つけてくださりありがとうございます。
桐谷ルナと申します。
本作は、理不尽に断罪された令嬢が、感情論ではなく「圧倒的な経済力と契約」で敵を完封し、世界の理さえも買い叩いていく物語です。
読者の皆様に、至高の「ざまぁ」とカタルシスをお届けすることを約束いたします。
「準備は、すべて整いましたわ」
どうぞ、女帝エリザベートの覇道の第一歩をお楽しみください。
シャンデリアの輝きが、王立アカデミーの卒業記念パーティー会場を昼間のように照らし出していた。
溢れる美酒、贅を尽くした料理、そして着飾った若き貴族たちの高笑い。
本来ならば、輝かしい未来を祝うはずのその場所で、音楽が唐突に止まった。
「――エリザベート・フォン・ローゼンベルク! 貴様との婚約を、今この場をもって破棄する!」
静寂を切り裂いたのは、この国の第一王子であり王太子、ジュリアン・ド・ラ・ヴァリエールの怒声だった。
会場の視線が一斉に一点へと集まる。
そこには、一人の少女が立っていた。
銀糸を紡いだような美しい髪に、冷徹な理性を宿した紫水晶の瞳。
公爵令嬢エリザベートは、手にしていた扇を優雅に閉じると、取り乱すこともなくジュリアンを見つめ返した。
「……あら。卒業記念の余興にしては、少々趣向が過ぎるのではなくて?」
「ふん、白々しい。貴様がリリアンに行った数々の嫌がらせ、もはや看過できん! 彼女の教科書を破り、階段から突き落とし、果てには暗殺者まで差し向けただろう!」
ジュリアンがその逞しい腕で抱き寄せたのは、桃色の髪を揺らし、怯えたように震える少女――リリアンだった。
平民出身でありながら、稀代の「聖女」として王立アカデミーに招かれた、この物語の「ヒロイン(笑)」である。
「ひどいです、エリザベート様……。私はただ、殿下のお役に立ちたかっただけなのに……っ」
リリアンの瞳から、真珠のような涙がこぼれ落ちる。
それを見た周囲の学生たちが、野卑な囁きを漏らし始めた。
「なんてことだ、あの『氷の令嬢』がそこまで……」
「聖女様を虐めるなんて、公爵令嬢の風上にも置けないな」
「やはり、感情のない女は恐ろしい」
昨日までエリザベートに媚びを売っていた者たちが、今は勝ち馬に乗るべく、一斉に彼女を指差している。
その光景を、エリザベートはただ冷ややかに眺めていた。
彼女の脳裏には、別の光景が浮かんでいたからだ。
この国の魔導防衛網の維持費、年間四千万ガルド。
王宮の地下に眠る精霊との契約更新、私の魔力で代行。
王太子の遊興費による赤字の補填、ローゼンベルク公爵家の私財。
――それらすべてを「当たり前」だと思っている、この愚か者たちの顔を。
「証拠は、あるのかしら?」
エリザベートが短く問うと、ジュリアンは勝ち誇ったように笑い、数人の学生を前に出させた。
「ああ、いくらでもある! ここにいる者たちが皆、貴様の悪行を目撃しているのだ。さらには、貴様が暗殺者に宛てたという手紙も押収してある!」
差し出されたのは、確かにエリザベートの筆跡を模した偽造文書。
お粗末な細工だ。筆圧も、インクの調合も、彼女の愛用品とは程遠い。
しかし、この場において「真実」など重要ではない。王太子が「黒」と言えば、それは「黒」になる。この国では、まだ。
「……そうですの。目撃証言と、その紙切れ一枚。それが殿下の仰る『完璧な証拠』なのですわね」
「これだけあれば十分だ! リリアンこそが真の聖女。慈愛に満ちた彼女こそが、この国の王妃に相応しい。貴様のような冷酷な女は、今すぐこの国から去るがいい!」
ジュリアンの宣言に、会場からは喝采が上がった。
リリアンはジュリアンの胸に顔を埋め、勝ち誇ったような歪んだ笑みを一瞬だけエリザベートに向けた。
エリザベートは、深いため息をついた。
それは絶望の溜息ではない。あまりにも計算外の、相手の「底知れぬ無能さ」に対する、憐れみの溜息だ。
「分かりましたわ、ジュリアン殿下。いえ、ジュリアン様」
彼女は一歩前へ出た。
その瞬間、彼女を中心に冷たいプレッシャーが広がり、会場の空気が凍りつく。
「婚約破棄、謹んで承ります。慰謝料も、領地の返上も、国外追放も、すべて受け入れましょう」
「ふん、潔いことだ。命が助かるだけありがたいと思え」
「ええ、心から感謝いたしますわ。……ただ、一点だけご確認を。私が去るということは、私の『私有財産』もすべて回収させていただくことになりますが、よろしいですね?」
ジュリアンは鼻で笑った。
「もちろんだ! 貴様の持ち物など、一つ残らず持ち出すがいい。汚らわしい!」
「……言質は取りましたわ」
エリザベートの唇が、美しい三日月を描く。
それは、獲物を罠にハメた捕食者の笑みだった。
「では、まず第一に。リリアン様、貴女の指に光っているその『精霊の加護の指輪』。それは我が公爵家が代々受け継ぎ、現在は私の魔力で維持しているものですの」
「え……? これは、殿下から賜ったもので……」
「ええ。ですが、その維持費と魔力供給の契約主は私ですわ。殿下が代金を支払われたことは一度もございません。……今、この瞬間に『契約解除』いたしますわね」
エリザベートがパチン、と指を鳴らした。
次の瞬間、リリアンの指輪から眩い光が失われ、ただの煤けた鉄の輪へと変貌した。
それと同時に、リリアンの肌から瑞々しさが消え、髪がバサバサと乾燥し始める。
「きゃっ!? な、何これ、指輪が……私の力が……っ!」
「おっと、まだお話の途中ですわよ。ジュリアン様」
動揺する王太子を見据え、エリザベートはさらに優雅に告げた。
「この王宮を包む『魔導障壁』。これも私の個人的な精霊契約によるものです。そして、皆様が今召し上がっている最高級のワイン。その流通ルートを独占している商会も、私の私物。……すべて、今夜限りで引き上げさせていただきます」
「な……何を馬鹿なことを! そんなことがたった一人の女にできるはずが――」
「できるかできないか。明日になれば、嫌でも分かりますわ。……この砂上の城が、どれほど脆いものであったのかを」
エリザベートは、これ以上ないほど完璧な淑女の礼を披露した。
「それでは皆様、どうぞお幸せに。暗闇の中でのパーティーが、退屈なものにならないようお祈りしておりますわ」
彼女が踵を返して歩き出す。
その背中に向けられた罵声は、もはや彼女の耳には届かない。
扉の外には、漆黒の馬車が既に待機していた。
御者台に座るセレーネが、静かに頭を下げる。
「お嬢様、準備はすべて整いました。隣国カエルス陛下より、歓迎の親書が届いております」
「ええ、行きましょう。……本当の『地獄』は、これからですもの」
エリザベートが馬車に乗り込んだ瞬間、王宮の大きな時計塔が不気味な音を立てて止まった。
魔法が、消え始めていた。
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皆様の応援が、エリザベートの「徹底的なざまぁ」の原動力になりますわ。
次話、王太子が絶望の朝を迎える第2話でお会いしましょう。
当面の間は1日3話を投稿予定です。
お楽しみにお待ちください。




