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レイモンド様とは月に一度顔合わせをすることになり、早速翌週にレイモンド様は我が家にやってきた。お土産にと花束をいただき、今まで花なんてもらったことのなかった私はちょっと嬉しかった。
「天気がいいので、庭を案内してもらえるかな」
その言葉に、急遽庭にテーブルセットが用意され、そこでお茶会をすることになった。
正直言って、あまり話は盛り上がらなかった。だけど花に囲まれて時々蝶も姿を見せ、困った時は飛んできた小鳥に視線を向けると何とかごまかしがきき、一時間ちょっとのお茶の時間は無難に終わった。
しかし庭でのお茶会がよくなかったのか風邪を引いてしまい、その日の夜から熱っぽくなり、数日間くしゃみ・鼻水と格闘することになった。薄手の服がよくなかったかも。次は気をつけることにしよう。
一月後、二回目の顔合わせも我が家で。
お土産にと渡された花は前回と色も種類も同じ。よほど好きなのか、手抜きなのかはわからない。花には罪がないので、ありがたくいただいた。
「天気がいいから、今回も庭でどうだろう」
と言われたけれど、
「前回風邪を引きまして…」
と言うと、
「そうか。それならやめておこうか…」
と部屋で過ごすことに反対はしなかった。だけど庭が気になるのかチラチラと外を眺め、相変わらず話は続かない。庭なら見るものが色々あってごまかせたけれど、部屋の中ではそうはいかない。振った話題も長続きせず、面白みのない自分が嫌になった。
その日も体調を崩し、ジュルジュルの鼻を抱えて大変だった。
くしゃみと共に噴き出す鼻水に、ビジャッと飛び散った瞬間を捕らえた変な形のダイヤモンドがごっそり取れた。実に加工しにくそう。鼻を拭うタイミングを間違えて鼻血が噴き出し、どんなに宝石が取れようともう悲劇でしかない。
あまりに鼻水が止まらないので、鼻に柔らかい綿をつめて鼻水が鼻の穴から出てくるのを防いだ。息がしにくくて唇がカッサカサになった。
この鼻風邪の症状は長引き、母が伯母に相談すると、割と評判のいい医者を教えてくれた。よく効く薬を処方してくれるのだとか。診察は週に二日だけで、往診はしないというので頑張って行くしかない。
予約が取れ、三日後その診療所に行くことにした。街のど真ん中だ。本当は外出したくないんだけど、治療のチャンスを逃すことはできない。
近くまで馬車で行き、馬が止められる場所から診療所まではちょっと距離があった。
鼻に綿を詰め、顔をストールで隠し、できるだけ地味な服を着て目立たないように気を配りながらお医者様の元を訪れた。風が強い日で、目から涙がボロボロ、鼻からも綿で吸いきれなかった鼻水が流れ落ちては固まり、つまんで摘み取ってハンカチの中に隠した。
予約の十分前に着いたけれど、既に待っている人が三人いて、時間になっても順番は来なかった。その後も一人患者が増えた。腰を痛そうにしているおばあさんだった。診てもらうためとはいえ、こんなにつらい時でも患者は診療所に通わなければいけない。嫌なら他に行けと言われればそれまでだし。みんな我慢してるんだと思うと、ちょっぴり切なかった。
次が自分の番だったので、準備すべく詰め物をとり、チーーンと深めに鼻をかんでおいた。ハンカチの中で固まったちょっと大きめの鼻水ダイヤは侍女のメリーが回収した。彼女はもはや鼻水ダイヤをつまむことにためらいはない。
三十分遅れでようやく診察室に入った。お医者様は若い男だった。勝手にじいさんだと思っていた私は、このじゅるじゅるな顔を見せるのに躊躇したものの、診てもらうために来たのだ。仕方がない。覚悟を決めよう。
目の前に現れた化粧もしてない赤鼻の女に、お医者様は恐そうな顔にうっすらと同情を浮かべた。
「ずいぶんひどそうだな。主な症状は鼻水、くしゃみと」
事前に書いた問診票を卓上に置き、一つ一つ確認していく。
「くちゃみは落ちついでぎまじだけど、くちゃんとするとはなみじゅがだぁっと」
いくつか質問に答え、鼻の穴も見せた。変な器具で広げられた鼻の穴に鏡で光を当てながら覘き込むと、
「じっとしてて」
助手に頭をしっかりと押さえつけられ、細い管を鼻に入れられた。手でシュパシュパと何やらボールのようなものをにぎにぎ握っているとじゅじゅじゅじゅと奥にたまった鼻水が吸われていく。すっきり感より痛い。思わず顔をしかめると、
「動かないように、鼻に傷がいくからな…、ずいぶん荒れてるな。鼻をほじる癖があるのか?」
喋れないので手で×を作った。乙女に鼻をほじる癖があるかなんて、よく聞けたものだ。
器具を使って無理に吸い取った鼻水は固まることなく鼻水のままだった。自分の鼻水でありながら、普通の鼻水。それが何だか不思議だった。
鼻の中の診察が終わった後も、鼻の入り口をいじり、じっくりと観察している。ちょっと面白がっているように見えるんだけど。…気のせい?
不審な目で見ている私に気が付き、さっと手を離すとそれで診察は終わりだった。
「薬、鼻に塗るのと、飲むのと、薬草茶も出しておくから。飲みきったらまた見せて。あと家はきれいに掃除して、ほこりをためないように。観葉植物とかあったら外に出して、匂いのきついものも控えて」
あとは薬が調合されるのを待った。
お医者様の言葉に、その場では黙っていた侍女のメリーが
「お部屋はピカピカにしてるのに」
とプリプリ怒っていた。
「ほこりやカビで鼻水が出ることもあるらしいから、注意されただけよ」
本で得た受け売りの知識で慰めると、
「わかってます! もっときれいにします!!」
と気合い充分。私の鼻水が自分達のせいだと思われるのが嫌なんだろう。忠心な侍女を持って幸せだ。
後で診察を終えたおばあさんの方が先に薬を処方されていた。
おばあさんは待合室で薬を飲み、ふう、と笑顔交じりの息をついた。あんなに痛そうにしていたのが嘘のように、穏やかな顔をしている。
「そんなに効くんですか」
「でなきゃ、痛いのにここまで来ないさ。どうせいつも同じ薬なんだから、薬だけ処方してもらえるとありがたいんだけどねえ」
「だめなんですか?」
「症状を見てからでないと出してくれないんだよ。理屈はわかるんだけどね、本当に動けない時もあるからね」
おばあさんは残りの薬を鞄に入れて帰っていった。
その日のうちに私の部屋はいつも以上に磨き上げられて、不要な物は片付けられた。その中には読みかけては積ん読の本も、もらった花束もあった。
お医者様の薬は実によく効いた。薬草だけでなく魔法薬も入っているようで、鼻水の量は治まっていき、三日もすると症状はずいぶん軽くなった。