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宝石の姫  作者: 河辺 螢
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 私の母方の家系では「宝石の姫」が生まれることがあった。

 思春期の頃から突然体の一部が宝石や貴金属に変わってしまう謎の現象。それも女性だけ。

 「呪い」の説もあるけれど、もたらされる物は恵みそのもの。


 祖母は真珠だった。

 母は金だった。

 姉はアクアマリンだった。

 そして私はダイヤモンド。

 それなのに、「せっかくダイヤなのに」とみんなに残念がられているのが私。



 祖母は喉のつまりを感じて咳をすると、口から真珠が出てくることがあった。大きさはまちまちで、白いものが多かったけれど、時には黒真珠が出てきたこともあった。

 無理に出そうとしても出るものではなく、出すまいと思っていても突然出てくるので、気を遣ったようだ。口から真珠を吐き出せばみんな驚いてしまうし、大きさによっては窒息しかけたこともあったからだ。

 祖母の口から生まれる真珠は巻きも色も最高級品で、高値で買い取ってもらえた。

 これだけの秘密を先方に伝えることなく結婚した祖母だったけれど、嫁ぎ先の領で起きた飢饉や災害からの復興にその力を役立てた。初めは自分の持ってきた真珠だと言っていたけれど、宝石箱にそれらしき真珠製品はなかった。それでもなお出てくる真珠に、やがて祖母が「宝石の姫」だということは祖父の知るところとなった。

 万が一にでも祖母から真珠が出てくるなんて事が世間に知られたら、真珠目的で祖母の身が危なくなるかもしれない。祖父は祖母を守ると誓いを立てたけれど、祖母は「宝石の姫」を守っているのだと思っていた。

 領の復興が進み、真珠に頼らなくてもよくなると、祖父は祖母の真珠には一切手をつけなかった。常に感謝の言葉を忘れることなく、数年後売った真珠を買い戻して作ったネックレスを祖母に送った祖父に、祖母は「宝石の姫」ではなく自分を愛してくれているのだと心から思えたのだそうだ。

 …いいわよねぇ。

 今では真珠は年に一度出るか出ないかだけど、今なお祖父母の仲はよく、家のことは子供達に任せ、穏やかに過ごしている。



 母は伸びた爪を切ると、指から離れた途端金に変わった。家にゆとりがある時は美しく伸ばして形よく切り、箱にしまっていた。しかし結婚三年目に父方の伯父が事業に失敗し、借金だけ残して夜逃げしてしまった。父が家を継ぐことになり、母は箱に入っていたものだけでなく伸びた先から爪を切って家を支えた。その時期は常に深爪で、大層痛かったと聞いた。

 父は懸命に働き、家は何とか持ち直し、伯父が仕切っていた時以上の業績を上げていった。

 父は母につらい思いはさせないと誓い、それ以降母が深爪になることはなかった。



 姉は最も美しい、理想的な「宝石の姫」だった。

 姉の涙は滴の形のアクアマリンになり、ポロリと落ちたその滴は美しかった。だけどこのことを知られてはいけないと、人前で泣くことを禁止された。

 丁度同じ頃、姉をライバル視していた令嬢の婚約者が一方的に姉のことを好きになり、姉が誘惑しただの、令嬢をいじめているだの言いふらされ、学校で孤立し、かなり精神的に追い詰められた。

 そんな時でも泣けなかった姉は笑顔をなくし、感情を表に出さないようになった。ついたあだ名は氷の令嬢。近寄る人を凍った視線で追い払うとまで言われ、そこそこ美人でありながら男っ気はなかった。

 そんな姉を笑わせようと、毎日話しかけ、面白いことを仕掛けてきたのが今の旦那様だ。どんなにつれなくされようと諦めることなく、笑顔を取り戻したいと頑張った。要するに姉に惚れていたのだ。

 姉が笑顔を取り戻し、二人は恋仲になった。

 ひゅーひゅー!

 旦那様は結婚後に姉の涙のことを聞いたけれど、宝石は全て姉のものとして美しいガラスの箱に収められている。今では嬉し涙で生まれた大粒のアクアマリンをため込んでいるそうだ。

 いいなあ…。

 幸せな恋愛結婚には憧れる。



 で、私はというと、できるものはダイヤモンド、なんだけど。

 本当に何でこうなってしまったのか。

 同じ親から生まれた姉妹で、似たような水分からできるのに、私は涙ではなく、鼻水がダイヤになってしまうのだ。


 ある日突然、くしゃみと共に鼻水が固まった衝撃。

 涙とは違い、鼻水は訓練で自由にはならなかった。

 泣いても出る。風邪を引いても出る。ちょっと寒くても出る。出てくる鼻水はたらりと長く不格好で、にょろりと長細い変な形は美しくなかった。

 こんなダイヤでも役に立つのか、父に任せたけれど、その歪な形に最初は職人の誰もが眉をひそめたと聞いた。だけど物は確かにダイヤで、しかも透明度が高い。研磨次第ですてきなネックレスや指輪に生まれ変わりはしたけれど、鼻水から作りました、なんてことがばれると絶対売れなくなるので、鼻水が垂れるところを見せてはいけない。


 口の中や爪、涙とは比較にならない印象の悪さ。

 「宝石の姫」の原材料が鼻水だなんて、絶対人に知られたくない。幻滅されるのは嫌。

 不格好な形をあざ笑いながらも宝石狙いで見知らぬ所に監禁され、朝から晩まで鼻水を出せと責め立てられる、毎日そんな夢にうなされ、元々人見知りで社交的じゃないのに、恥ずかしさと怖さで家から出られなくなった。


 学校に行くのもやめた。勉強は家庭教師で充分だった。

 幸い趣味は読書にお裁縫、編み物と家でできることばかり。引きこもりは得意分野で苦にはならなかったけれど、兄が卒業すれば家にお嫁さんを迎えることになり、小姑は邪魔になる。


 こんな私に出会いがある訳がなく、自力での恋愛は無理だろうと判断した父は、行き遅れになる前に私に婚約者をあてがうことにした。条件は、引きこもりがちな娘でも了承してくれること。「宝石の姫」であることは、相手が信用できると判断が付くまでは明かさないことにしていたので、そうは引き取り手は現れないだろうと覚悟していたのだけど、意外にも申し込みがあった。


 お相手はレイモンド・アッカー。アッカー子爵家の長男で、小さな領は宝石や貴金属の加工を得意としていた。つまり私の鼻水の加工先だ。父からも宝石が縁で知り合ったと言われたから、間違いないだろう。

 正直言って、可もなく不可もなくという人だった。好みのタイプというわけでもないけれど、嫌いというほどでもない。

 兄の学校の知り合いということもあって話は進み、時々お会いして問題なければレイモンド様の卒業後に結婚することになった。

 縁談って意外と簡単なもののようだ。


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