手加減
ファウスト視点
ジェイの容態は安定期に入ったと言っていい。しかしダメージが大きすぎた。
完全に元の体調に戻るまでにはもうしばらくかかりそうだ。
フューリーの体にはほとんど変化がない。強化された箇所も見当たらないし、俺たちにあったような猛烈な眠気や空腹感もなかった。
あるいは元々個としてのポテンシャルが高いフューリーと成長する因子の相性が悪かったのかもしれない。念のため、もう一度打ち込んでみたが結果は変わらなかった。成長限界に達していると考えるのが自然だろう。
「お疲れマンデイ。ジェイはもう大丈夫だろう」
「うん」
マンデイは本当によくやってくれた。ジェイの不安を取り除き、苦痛に対していつも適切な援助をしていたようだ。
痛みや苦しみという感覚を後天的に獲得したマンデイは、他の生物よりもそれらについて考える機会が多かったのだと思う。どのようにすれば緩和することが出来るのかをしっかり考察して行動に反映できる。将来、俺が老いて体が動かなくなったら、マンデイに面倒をみて欲しいものだ。
嫌われないようにしないとな……。ちゃんと介護してもらえるように。
「ファウスト」
「なんだ?」
「組手がしたい」
「なんで?」
「体が鈍った。動かしたい」
そりゃそうだ。ずっとジェイに付きっきりだったからな。
「じゃあ久しぶりにするか」
「うん。トンファーを使いたい」
「いいよ。スーツは有り? 無し?」
「無し」
「じゃあ農園に行こうか」
「うん」
トンファーをクルクル回したり柔軟をしながら、準備をするマンデイ。
俺は木剣でいいか。トンファー対策に二刀流なんてのもいいかもしれないが、素の筋力で負けてるから両手で受けないと弾かれそうだ。
なんか久しぶりだなぁ、組手。
元々、成長するマンデイの体を効果的に動かすためにはじめたんだ。
実力が拮抗してた頃はほぼ毎日してたな。懐かしい。
俺とマンデイの差。
身体能力で完敗しているのは要因の一つとしてあるだろう。が、それ以上に記憶力の良さや冷静さといった部分で、いつの間にか、埋まることのない差をつけられてしまった。
マンデイは俺の癖、追い詰められた時にする動き、詰めの動作、焦った時の表情、そういうのを完璧に記憶、観察していて、その場に最も適した動きを即座に判断する。俺が一番嫌がる択を押しつけ続けるのだ。
これならどうだとトリッキーなことをしても、すぐさま反応しアジャストしてくる。
スーツ有りの組手でもおなじことだ。
主に速度をメインに上げる俺のスーツと、パワーアシストのあるマンデイのスーツ。性能が違うからもちろんお互い立ち回りも変わってくるわけだが、内容はほぼ変わらない。
捕まったら終わりの俺、追い詰めるマンデイ。反撃はほとんど防がれ、回避され、いなされ、気がつくと農園の端っこに追いやられている。
「準備できた」
とマンデイ。
あれれ~? おかしいなぁ。すっごくマジな顔してるような気がするんだけど。
「なぁマンデイ。手加減はしろよ」
ニッコリと笑うマンデイ。
返事の代わりに、マンデイは地面を蹴る。
もしかして、置いていったことを怒ってるのかな?
そりゃマズイ。
左手のトンファーをクルリと返して、下から振り上げてくる。
反射的に木剣で防ぐ。だがインパクトの瞬間、このまま体勢を崩されたら蹴りが来ると気が付き、衝撃を吸収するように後ろに一歩ステップ。
我ながら良い動き。
あれ? マンデイは?
視界の端にマンデイの黒髪が入ってくる。
下か!
足払い。避けられない。
風魔法を即時展開、俺とマンデイの間で破裂させて無理矢理に距離をとる。
「おい、マンデイ。加減しろ」
「運動にならない」
ごもっとも。
ならこうしよう。
電気の魔法を発動させ、魔力を込めていく。
マンデイはなんの躊躇もなく突っ込んできた。そりゃそうだ。俺が教えたんだもん。して欲しくないことは、潰すに限ると。
俺は電気の玉を宙に浮かせながらも魔力を込め続ける。
とにかくマンデイの攻撃を回避。一発でももらったらコンビネーションがくる。そうなれば負け確定。
一手誤れば詰む緊張感。
まったく隙のないマンデイの攻撃をどうやって回避し続けるか。
気合しかない。
受けきれない分は電気の玉から小出しに放電して防ぐ。
ノリで造ったトンファーだが、こうやって相手にしているとなかなかに辛い。間合い外だと安心しているとトンファーを回してリーチを稼がれる。なんとか防ぐと、まってましたとばかりに蹴り。
木剣や電気でマンデイの打撃から身を守る。すると半回転されながら懐に潜られて、裏拳気味の肘が飛んでくる。
距離を取るためにバックステップから風魔法を破裂させるが、スライディングで回避しながら詰められる。
あぁ懐かしいなぁ。
こうやって選択肢が一つずつ削られていくんだ。何をしても無駄。ゆっくりと心が折れていく。
やぁ、久しぶり、俺のトラウマ。
が、なんとか魔法が完成した。
《電気魔法・機雷》
主に一対一の戦闘、及び味方のフォロー用に開発した補助的な魔法。
仕組みは簡単。魔力でコーティングした電気の玉をいくつか空中に留めておく。そして任意のタイミングで敵にぶつける。以上、それだけ。
敵が俺に集中したら魔法が飛んできて、魔法に気を取られたら俺に殴られるという算段だ。シンプルながら性悪な魔法である。
「ファウストは魔法が上手」
「そりゃどうも」
風魔法で自由自在に空飛べるくらいにはうまいよ。
電気の魔法を溜めながら小出しに発動させて、他の属性の魔法も同時進行で使用する、なんて変態的な動きを出来る奴なんてそうそういないだろう。
「もっと褒めてくれ、褒められると伸びるタイプなんだ」
「じゃあマンデイも」
へ?
いまなんつった?
マンデイが地面を蹴る。
一番近い《機雷》を飛ばすが、いとも簡単に弾かれてしまった。視界の外、背後からぶつけないと簡単に対処されるてしまう。
ん?
今回は素直に距離を詰めてきてくれた。モーションも大きい。一回防いでから、反撃してみるか。
背後から《機雷》を当てて怯ませてから、ビックブローを入れよう。それとも――
気がつくと、トンファーが目のまえにある。
な……、投げた?
慌てて躱そうと上半身を振る。そこには、満面の笑みのマンデイが。
世界がスローモーションに。
あぁ、走馬灯。
トンファーをもっていない方の手を伸ばしてくる。
フラッシュだ。フラッシュが来る。目を瞑れ。
間に合わなかったか。
なにも見えん。
だが諦めんぞ。父親の威厳だ。
俺はまっすぐ上に跳躍し、《機雷》を集め、広範囲に放電。
当たれ!
手応えは……、ない。
マンデイが地面を蹴る音が聞こえる。ヒュンヒュンというトンファーが風を切る音。
頭だけは守ろうと防御を固める。
が、衝撃があったのは腹。そりゃそうだ。守られてるところを殴るアホはいない。
痛い、そして息ができない。
体が地面に衝突するまえに、フッと、抱えられた。
「マンデイの勝ち」
クソ、まだ目がよく見えん。
俺はなんとか時間をかけて息を整る。
「マ、マンデイ、いくつか言いたいことがある」
「なに」
「トンファーは投げる物ではありません。魔法を使うのは反則です。蹴る時は手加減しましょう。以上」
「トンファーは投げた方がいい場面もある。ファウストも魔法を使った。手加減してた」
「トンファーの件は納得しました。確かにそうかもしれません。ですが今回はマンデイの運動不足解消が目的の組手ですので、僕が使ったからといって自分も使うというのはどうでしょうか。蹴りはもっと手加減してください。死ぬかと思いました」
「うん」
「ということで、この勝負は引き分けです。むしろマンデイの反則負けです」
ようやく目が見えるようになると、そこには天使のように微笑むマンデイがいた。
「もう一回やってもいい」
と、マンデイ。
「やりません」
即答する俺。
こんなの何度もやってられるか。
やっぱ力の差は変わらないな。
マンデイとやってると選択肢が削られてくるんだ。リングサイドにジリジリ追い詰められるみたいに逃げ場がなくなっていく。
味方だからいいものの、これが敵だと考えるとゾッとする。生死をかけた戦いでこんなのと出くわしたら、たまったもんじゃない。まぁ、そんな時に逃げるための飛行能力だったりするんだけどね。
「これからどうする」
とマンデイ。
「創造系のお仕事だな。まずはジェイのスーツ。ドローンの改良もしたい。いままでのは脆すぎたし、速度もいま一つだったから。今回は耐久性があって速度を出せるやつがいい。ドローンというより《鷹》の子機みたいな感じで考えてる。戦闘補助をするような性能だろうね。最後にデ・マウ対策のボディリングを完成させる」
「そう」
「補助してくれる?」
「うん」
腹の痛みも治ったことだし、早速、作業にとりかかる。休む暇はない。タイム・イズ・マネーだ。
成長する因子と発電機の発明以来、創造系のお仕事の負担が一気に軽減された。
以前の創造は、例えるなら絵を描く作業に近かった。デッサンをして下地を塗る。大まかな配色から細部へ、最後に仕上げのハイライト。そのすべての過程で俺の手がいった。
だが、二つの大いなる発明により、発明の作業は一変した。
工程として一番近いのは料理だと思う。
例えばハンバーグを作りたい。
付け合せのニンジンのグラッセとマッシュポテト。味噌汁も欲しい。サラダもあれば完璧だ。冷蔵庫をのぞいて足りない食品を確認、買いそろえる。出掛けるまえに炊飯ジャーのスイッチを入れておくことは忘れない。帰ってきたらしっかり手を洗ってついでにうがい。
さぁ料理のはじまりだ。
サラダとニンジンのグラッセ、マッシュポテト用のジャガイモ、ハンバーグのタネに仕込む玉ねぎと野菜をカット、サラダは冷蔵庫で冷やしておいて、ニンジンとポテトを茹でる。おなじ鍋で茹でて時間の短縮に。
茹でてる時間にヨガをしてもいいし瞑想をしてみてもいいけど、もし暇ならパン粉をふやかしておいたり、卵を混ぜておけばグッド。ポテトはボウルに移して潰す。ニンジンはそのままバターと砂糖でグラッセ。器に移しておく。
今度は必要な物を混ぜたタネを形成、焼く。もちろん肉汁はソースに使える。捨てるのは勿体ない。お好みでチーズを乗せて、ニンジンのグラッセとマッシュポテトを添えて皿に盛る。サラダは冷蔵庫から出すだけ。
おっと味噌汁を忘れてた。鍋がまだ温かいからお湯はすぐに沸く。まち時間に豆腐をカットしておいて、乾燥ワカメ、出汁の元、味噌をちょいちょいちょい。はい完成。
このように料理というのはいくつもの作業を同時進行で行える。自分で火をおこす必要はないし、冷蔵庫に入れておけば悪くなる心配をすることもない。それにコンロは大抵二つか三つあるし、鍋やフライパンだって一つじゃない。
ハンバーグと付け合せ、サラダと味噌汁とご飯をそれぞれに一つずつ作る非効率な人なんて、まずいないだろう。
成長する因子や発電機はいくつかあるコンロであり、冷蔵庫であり、多機能な鍋である。
簡便になるのは良いことだ。
が、物事には必ず別の側面がある。
「創造系のお仕事をしている時はダメだな」
「どうして」
「色々考えちゃう」
「なにを」
「このまえヨキに色々言われたじゃん。あれとかさ」
「気にしないでいい」
「……」
「……」
味方の身の安全を考えるのは悪いことだろうか。
自らの行いを省みても、度が過ぎてるなんて思わない。注意しすぎるくらい注意しているくらいが丁度いい。出来れば攻めたくない。確実な場所から仕留めたい。こういう考えのどこが間違っているのかわからん。
「俺さ」
「うん」
「こっちの世界に再構成されるまえ、引きこもりだったんだ。戦ったこともないし誰かを殺したこともない。経験したのは心の痛みくらいなもので、肉体的な痛みをした経験もほとんどなかった」
「うん」
「たぶん成長率の上昇か成長する因子の影響だろうけど、こっちに来てからは危ない時でもどこか冷静だし、次々にアイデアが湧いてくる。でも本質は変わってない。このまえ竜騎士を一人落としたんだけど、落下する直前に乗り手を助けてしまった。この人が死ぬんだと思ったら心がスッと冷えた。気がついたら飛んでた」
「うん」
「……」
「……」
甘えるな。わかってる。死の山を越えていく。それもわかってる。全部理解しているつもりだ。
「マンデイ」
「なに」
「言いたいことがあるなら我慢するな」
「どうして」
「どれだけ一緒にいると思ってるんだよ」
「……」
「マンデイがなに言っても怒らないから」
「いつか乗り越える。綺麗ごとだけじゃ済まないことがある」
「そうだな」
「あと、みんなのまえでそれを言ってはいけない、士気を下げる」
「気を付ける」
「……」
「……」
いつか乗り越えなくちゃいけない壁。
たぶん、この戦いで訪れる。自分とおなじように譲れないものがあって、思考し、行動し、喜び、悲しむ相手の命を絶つ。
味方の死もあるかもしれない。
その時、俺は。
「なぁマンデイ」
「なに」
「死ぬなよ」
「ファウストも」
今回、完成したのはドローンだけ。名称はそのまま《子機》にすることにした。性能が高い分、重量もあるし魔力の消費量も多いから、完全上位互換というわけにはいかないが、使う機会はあるだろう。特に戦闘メインになるような局面では役に立ちそうだ。
基本的にドローンとスーツの技術の応用だから、そう苦労しないで済んだ。
ボディリングとジェイのスーツはまだまだ改良の余地がある。決戦までにはなんとか完成させたい。
戦略も練らなくちゃ。
拠点を襲って、援軍の質を下げつつ、敵の注意を分散させる。
最初は暗殺を考えていたが、デ・マウの索敵範囲や、魔法の効果範囲を考えるとなかなかに苦しいものがある。
総力戦になるとしたら舞台は王城か不干渉地帯の近辺のどちらかになるだろうが、どちらで戦うかが今後を大きく左右することになる。俺とデ・マウの綱引きだ。
向こうはスタンピードが怖いはずだし、移動による兵の消耗を考えたら、ホームで戦いたいはずだ。そして、事情はこっちもおなじ。
スタンピードを効果的に使いたいし、あんな守りをガチガチに固められた場所ではやりたくない。
たぶんこの綱引きで、勝負の趨勢が決まる。
なにか決定打がいるな。敵を誘き出すための策が。
「ファウスト君!」
「マクレリアさん?」
なんだ? スゲー焦ってんな。
「すぐに戻ってきて。マグちゃんが帰ってきた」
「え?」
「ヨキ君たちが危ない」
「なんですって!」




