油断大敵!
なぜにお揃いのTシャツ……。
色違いだけど、遊園地の同じキャラクターがプリントされたTシャツに私は絶句した。
確かに大きめサイズのTシャツは、まだ半乾きのショートパンツを上手に隠してくれるグッドサイズだけど。
それは確かにそうなんだけど……。
「お前らのチョイス、なんか変じゃね?」
さすがに桃坂先輩もそう突っ込んでいたが、買ってきてもらった手前、それ以上強く言うことなく、素直に袖を通していた。
わお。さすが桃坂先輩。私より可愛いキャラクターが似合ってますね。
てか、私に貸してくれてた桃坂先輩のTシャツほとんど乾いてたから、それ着たらいいんじゃないかな。
でも私が着て、脱いだものをもう一度着たら? とは、なんとなく言い出しにくい。
なんとなくもやもやした気分を晴らすべく、お揃いのTシャツを着たバカップル状態の私たちを見て、くすくす笑っていた佐藤先輩に、「こんなお揃い着てたら、さすがにもう桃坂先輩と二人だけじゃ歩けませんねー」と言ってやると、顔を引きつらせていた。
ふふふふふ。
これで残り時間は理子先輩と思う存分遊べる。
理子先輩の腕に手を絡ませて弾むような足取りで歩く私たちの後ろを、ゾンビのような顔で着いてくる男二人 (主に佐藤先輩) は放置して、私は残りの遊園地を満喫した。
帰りのバスに乗り込むと、途端に眠気が押し寄せた。
私があくびをすると、理子先輩が「もたれてもいいよ」と優しく言ってくれた。
バスの最後尾。
座っているのは窓際から桃坂先輩、佐藤先輩、私、理子先輩の順だ。
ふふ。羨ましかろう、佐藤先輩。でも代わってあげないんだからね。
佐藤先輩から放出される冷気も、眠気の前では役に立たない。
心の中でつぶやきながら、理子先輩の肩にもたれて目を瞑った。
疲れたな~。
眠りと現実の狭間で、今日一日あったいろんな場面が頭をよぎっていく。
午前中に乗りまくった絶叫コースターの数々。
ずぶぬれになったパレードや理子先輩と入ったお化け屋敷。
それから。
それから……。
佐藤先輩のことを応援したいと言った、優しい笑顔。
絶叫コースターに向かって走る時、何気に繋がれた手が意外に大きくて、まるで包みこまれているみたいだと思ったこと。
膝が笑って、思わずふらついた私を抱きとめてくれた硬い腕。
無造作にTシャツを脱いだ時の横顔が、見たことのない男の人のように見えたこと。
ベンチでごめんと謝った時の、静かな、いつもよりちょっと低い声。
フリーズした私に伸ばされた、意外にごつごつした手。
全部、全部、忘れる。
忘れてしまえ。
桃坂先輩が私に声をかけてくる前から、私は先輩のことを知っていた。
佐藤先輩のような目立つタイプではなかったけど、いつも明るくて元気でにぎやかで、気がつくと輪の中心で笑っている桃坂先輩のことを見かけると、つい目で追っていたりしていた。
だから突然、声をかけられたときは、一瞬だけ舞い上がってしまった。
でもすぐにそれが理子先輩繋がりなんだと分かって、やっぱりな、と納得した。
遠くで見ていた桃坂先輩が、近くで笑うようになって。
先輩のいろんな顔を見るたびに、ドキドキが止まらなくなる自分に気がついた。
きっと先輩は自分の笑顔が、どれほど人を惹きつけるのか、分かっていないんだ。
『私』が特別なわけじゃない。
楽しいことが大好きで、楽しいという気持ちを隠そうとしない先輩が、たまたま近くにいる私に笑顔を見せているだけのことなのに。
それなのに何度気持ちを持っていかれそうになっただろう。
だけど気持ちを持っていかれたら、負けだ。
私は桃坂先輩を嫌いになろうと決心した。
子供っぽくて、わがままで、自分勝手な先輩。
人の気持ちなんかお構いなしの自己中な先輩。
だから大嫌い。
先輩が私の近くにいるのは、佐藤先輩の恋を応援するためだけ。
もし、佐藤先輩と理子先輩が恋人同士になったら、桃坂先輩が私の近くにいる理由はなくなる。
桃坂先輩の近くにいるのは、『佐倉こころ』ではなく、『一之瀬理子の後輩』なのだということを、私は決して忘れてはいけない。
だから今日みたいに、桃坂先輩の行動でドキドキしちゃいけない。
ドキドキしたことなんか、忘れなきゃだめだ。
忘れる。
絶対に。
絶対……。
ZZZZZZ
「あ~、寝ちゃったね。ここちゃん」
理子の肩に頭をつけて、こころは爆睡していた。
「珍しくずいぶんはしゃいでたもんね」
理子が愛おしそうにこころの前髪を梳く。
「びしょぬれになっちゃったしね~」
佐藤がからかうように言うと、窓際に座った桃坂が「うるせー」と小さく毒づいた。
「でも一之瀬さんも疲れたでしょ?」
「そうだね。疲れたけど、私は大丈夫だよ」
「そう? でもここちゃんみたいにひと眠りすると、楽になるよ?」
「へ?」
佐藤はにっこり笑うと、熟睡しているこころのひざ裏にそっと手を入れた。
そしてそのままこころを桃坂の隣にスライドさせて、自身は今までこころがいた場所に座った。
余程疲れていたのか、こころは桃坂の肩に頭を乗せて気持ちよさそうに眠ったままだ。
「なんで?」
不思議そうに目を瞬かせる理子の頭を、佐藤はそっと自分の肩にもたれかけさせ微笑んだ。
「駅に着いたら起こすから」
寝ぼけたこころが「りこせんぱ~い」と抱きついた体の硬さに違和感を感じ、パニックに陥るまで、あと少し。
茜色に染まった空の下、バスは走り続ける。
~おしまい~
これでこころのお話はおしまいです。
ただ遊園地で遊ぶというお話ですが、楽しんで読んでいただけたでしょうか。
夏のきらきらした感じと、一瞬のどきどきを感じていただけたら幸いです。
ここまで読んでくださって本当にありがとうございました。