第2話 邪神クジャラ
クジャラの牙城へ辿り着いた2人。血も涙もない悪辣な策略で村人達を恐怖に貶めた邪神は、自ら住まうその屋敷にも悪趣味な仕掛けを施していた。
門を潜って屋敷に立ち入る。辺りには妖怪が跋扈している。襲って来る妖怪達は振り払うものの、殆どの妖怪は不気味なだけで襲って来る事はなく徘徊してるだけだった。エノコロにとっては何でもない風景なのだが、ムエタには恐ろしく不気味に見えた。
徘徊している多くの妖怪達は何をして来る訳でもなく何となくこちらを向いている。
「何じゃ妖怪が怖いのか?神器を持っているのにか?」
「敵意を剥き出しに襲って来る妖怪はまだ怖くない。生気がなく徘徊している妖怪が怖い。行動に目的が見えて来ない」
お腹が空けば物を食べる。暑ければ涼しい所へ行く。想い人がいれば気を引くための行動をする。ムエタの世界では基本的に生き物には行動原理があり、その多くは分析によって理解できるものなのだ。
この異界における妖怪とは、魂が生暖かい風に乗って移動し続け、藁納豆の様な頭をした人間が屋敷の壁に頭を打ち付けており、目や耳や鼻が群れをなして同じ所を行ったり来たりしていたり、背中に人の顔を持つ小さな蜘蛛が意味をなさない言葉を発しながら一箇所に集まり合唱したりしている。
エノコロは腕を組む。
「多くの妖怪は人間ほど複雑な思考ができないだけじゃ。例えばお主は月の光が嫌だとする。人間なら月明かりがない所へ逃げるじゃろ?妖怪は月を壊そうとする。例えば水面に映った月に石を投げるのじゃ。人間なら壊せないと思うじゃろ?壊せると思っても、何度も試すうちにその方法では上手く行かないと気付くじゃろ?妖怪は気付かん。いつか壊れると思ってる。だから石を投げ込み続ける」
彼女はそう言いながら薄ら笑いを浮かべ右手でいきなり屋敷の壁を殴りだした。
「各々、それぞれ生きてる間に他をはかるための物差しを持つようになるのじゃ。わしもそう。お主もそう。特に人間は自分の物差しで他人をはかるから、それを基準に何かを羨んだり哀れんだりするのじゃ」
壁を殴り続ける拳に血が滲み出す。それでも構わず殴り続ける。
「ムエタも石を裸だから服を着せようとか、木は歩けなくて可哀想とか思わんじゃろ。本来、妖怪や神と言うのはだな、得てして相互理解などできぬ存在なのじゃ。わしらは半ば話せるからそう勘違いしてしまうだけでな。そういうんものなのじゃ」
壁に穴が空いた。エノコロは構わず穴を広げる様に殴り続ける。滴る血が痛ましい。
「ムエタ、何でわしは壁を殴ってると思う?」
「さ、さあ…」
「じゃろ?わしには人間の身で神器1つ握らされて邪神の本拠地にほいほいついて来る人間の気持ちが分からん。わしなら入り口の時点でゴネて逃げるぞ。同じじゃ」
そう言うとエノコロは壁を殴る手を止めて傷口を舐める。仮に姿形は似通っていて、心が通じ合った気がしていても、ずっと分かり合えない関係。それが人間と神様なのかもしれないとムエタは考えた。
左下の視界にいる昼咲が顔を近付ける。途中から見えない壁に切り取られた様に小さな四角形の囲いの中のみ映った。
『我慢してるけどめっちゃ手ぇ痛そう』
「本当に何で壁を殴ったんだろう」
エノコロに聞こえない様にポツリと呟く。
『痒い所があっても殴ったりぶつけたりして掻いたりはしないなあ』
昼咲は毛深い獣人だがエノコロは耳と尻尾以外は人間である。そんな掻き方するかな。なんて思ったが今はそれどころではないと気を引き締めて歩いた。
妖怪について理解を深めつつも長い廊下を歩く。長らく2人は無言だったがムエタは不思議に思った事を呟く。
「廊下どこまで続くんだろう。確かに外から見ても大きな館だったけど、奥行きこんなにあるのかな」
ムエタは尋ねるがエノコロは返事をしない。邪神のいる本拠地だ。気を張っているんだろう。そう思い彼女の後ろを歩き続ける。
しかしいつまで経ってもどこにも行き着かない。
「エノコロ?」
声をかけるとエノコロはピタリと歩みを止めた。そして目の前で液状化し、床の隙間に入って消える。
「?!」
辺りの光景が歪む。廊下がまるで迷宮の様に折れ曲がる。今まで真っ直ぐ歩いていると思っていた道は、迷路の様に入り組んでいたらしい。ムエタは神器を強く握りしめる。
妖怪には襲われないが、いつまでも続く廊下に段々とムエタは心細くなって来た。
「エノコロ…」
『大丈夫。ボクがついてるよ』
「でも君って直接助けてくれる訳じゃないよね」
『充分に助けてるけどな』
ドンっ。壁から飛び出して来た何かとぶつかった。エノコロだった。ムエタは思わず尻もちをついた。彼女はムエタの顔を見るなり肩を竦める。
「なんじゃ、ここにおったのか。こんな所で迷子になったら洒落にならんぞ」
そう言いながらエノコロは右手を差し出した。彼女の手を握って起き上がるムエタ。
「ごめん」
今度こそ迷わない様に彼女の後ろを歩く。しばらく歩くとすぐ隣の部屋にお供え物があった。ひな壇にお神酒やおつまみが置いてある。エノコロは気にする風でもなく通り過ぎる。ムエタはエノコロの肩を叩いてそれを指差した。
「あれ、食べてもいいかな。お腹が空いたし喉が渇いたんだ」
「あれば罠じゃろ」
エノコロはため息をついて肩を竦める。
『村の祭場で食べた供物でのたうち回ってたし、懲りたのかな』
昼咲は笑う。ムエタはイマイチ納得がいかなかった。
「どうして?」
「人を迷わせる事を目的とした張り巡らされてるのは体力を消耗させるためじゃろそれなら置いてある食べ物や飲み物は危険と考えるのが普通ではないか」
「そっか…」
喉の渇きと空腹を我慢しながらしばらく歩く事にした。
しばらく歩くと館の外に出た。どういう構造になっているかは謎だが、屋敷の外から2階に上がる様になっており、廊下は2階に上がるために屋敷をはみ出して大きくうねっている。
ムエタは廊下から落ちない様に慎重に歩く。半分ほど歩いた所でふとエノコロが立ち止まった。突然立ち止まるものでエノコロの尻尾に
顔をぶつける。
「急に立ちどまらないでよ」
「のうムエタ、あそこにあるアレ。アレ神器じゃないか?」
「どこ?」
エノコロはお屋敷のどこかを指を差すが彼女の言う神器らしい物はどこにも見当たらない。
「よく見ろほれ」
『ムエタ、危ない!』
叫ぶ昼咲。ムエタは覗き込む様な姿勢からひょいとその場を後ろに離れると後ろから彼を突き飛ばそうとしたエノコロが廊下から落ちる。
「うわーっ!」
ムエタは落ちていくエノコロを見ていた。
『よく避けられたね』
「壁を殴ってたはずの手に怪我はなかったし、供物が置いてあったらエノコロは多分我先にと食べてると思う」
最初から怪しんで偽エノコロを信用する演技をしていたのである。
『なるほどね』
偽エノコロをやっつけるとムエタは2階へ上がって本物のエノコロとの合流のために彼女を探す。クジャラと戦うための神器も欲しかったために多少の危険を承知で隈無く探す。
やがて1つだけ奇妙な扉があった。この屋敷の雰囲気とは似つかわしくない、洋風の扉がある。今までにない物なのでムエタはやや不用心ながら扉をペタペタと触る。
『あ、ムエタ。そこは…』
ガチャリ。ドアノブを捻ると中に入る事ができた。室内は狭くムエタでは理解できない良く分からないオブジェクトが散乱しており、黒光りする線があちこちに張り巡らされている。奥には不思議な形状の椅子に腰を掛けた獣人がいた。
「………」
昼咲である。青光りする箱の前で、つるつるのオニギリの様な物を手に握ったまま驚いた表情で目をパチパチさせている。
ムエタは困惑した。
「君、実在したんだ。何というか、俺の頭が変になったのかと思ってた」
「…その。あれじゃん。リア凸して来るのは違うじゃん」
視界に映っている時とは異なり目を背けながら低いテンションで指いじりしながら言う。
「ずっと思ってたんだけど、昼咲って結局何者なの?何でここにいるの?」
そう言うと昼咲はニコリと笑い、ダブルピースを決める。
「ボクは昼咲月見草。(ひるざき つきみそう)。可愛いオスケモだよ」
そう言って彼は立ち上がった。
座っている間は分かりづらかったがかなりの高身長であり、多少前屈みにならなければ部屋の天井に頭が着いてしまうほどだった。長く太い尻尾を揺らしながらムエタの方へ歩み寄る。その時、視界の左端にいた昼咲は消えた。
愛らしい見た目ではあるが床をズンズン言わせてやって来る物々しさには迫力がある。何も出来ずにポカンとしていると、彼はムエタの身体を抱っこして部屋の外に運ぶ。
「ほら急ぎなよ、エノコロが君を探してるよ」
「わ、ちょっ」
フィギュアでも置く様にそっと部屋の外にムエタを放す昼咲。再び入室しようにも鍵をかけられたらしく中へは入れなかった。ムエタは諦めてエノコロを探す事にした。
『ふう。酷い目に遭った』
視界の左端に昼咲が戻る。
しばらく歩いていると、廊下で嘔吐しているエノコロが見つかった。手にはちゃんと傷跡がある。ムエタはため息をつきながら彼女の背中をさする。
「さては供物を拾い食いしたな…」
「お、おお。次は本物か。拾い食いなんてしておらんぞ。同じ罠に2回も引っ掛かるマヌケなんぞそうおらん…おら…オエーッ!」
「もうそれだけ吐いてたら答えを言ってる様なもんだよ…」
「お腹がペコペコなのじゃ…。わし悪くないもん…」
子供の様な言い訳をするエノコロ。呪詛入りで結局吐くのなら食べても腹は満たされないのでは…なんて思いムエタは彼女に困惑しつつもちゃっかりと髪飾りと腕輪を見つけている事に気付いた。殆どの神格が戻ったためか数分後にはケロリとしていた。
道中、呪詛入りの供物を「どうせ治るから」と言って食べようとする彼女の食い意地にはさすがにムエタも呆れたが、嘔吐している所をクジャラに襲われたら危ないと諭して何とか止めた。
『そう言えばこの人、封印されるきっかけもお酒に毒を盛られたからだったね』
「百年の眠りから目覚めたばかりでお腹が空いてるからだと思うけど…さすがに日頃からこんなに食い意地は張ってないんじゃないかな…」
実力は本物だがここまで食べ物や酒への執着を見るとあまり強く否定できないムエタなのだった。
2階を先に進むと閉じた襖の部屋に行き着いた。行き止まりかと思えば襖が1人で勝手に開く。それを皮切りに前の部屋の襖も、その前の襖も、何重もの襖が開いた。入って来いと言わんばかりである。
奥から強い邪気を感じるムエタ。巨大な生き物の体内の中の様なジメッとした生暖かい空気。肌にひりつく殺気。彼が仮にエノコロと出会っていなくても、クジャラと対面すれば本当に彼が神なのか疑問に思った事だろう。
怖くて足が竦むムエタ。エノコロは振り向いた。
「ムエタ、ちょっと失礼するぞ」
そう言うと彼女はムエタにキスをする。
「!」
『わーお』
ムエタは顔を赤くしてあたふたする。何を言えば良いか分からなかったが、彼女の目的はすぐに身体に現れる。足の先から眩い光と共に彼の体がエノコロに変わってしまったのだ。
「な、何をしたの?」
「わしとお主が共にクジャラと戦えば当然奴の狙いはお主になる。お主を守りながら戦えばわしも不利じゃからな。だがこれで奴には見分けがつかん。まあ、見分けがつかん以上はお主をわしと同様に本気で殺しに来る事にはなるが」
「…勝てるかな」
「わしが着いておるじゃろ。安心せい」
エノコロはクジャラとの戦い方の作戦を簡潔に話した。エノコロが前に出てクジャラからの攻撃を誘い、ムエタがその隙に攻撃する。ムエタに攻撃が向かえばエノコロが攻撃に回る。逃げ役と攻撃役で分かれ、共倒れを避ける。概ねそんな作戦だ。
2人は覚悟を決めて襖の先に進む。多重の襖の間は一歩踏み出しただけで空間は縮み、あっという間に大広間に着いた。天井も高く、横幅は100m以上はある。
床に張り巡らされた畳に巨大な蛇の影が浮かぶ。それは部屋中をグルグルと回ると、中央から勢いよく飛び出した。その巨体でトグロを巻くと、邪悪な笑みを浮かべる。
「ククク。久しいな、エノコロ。随分と愛らしい姿じゃないか。それに増えたか?」
真っ黒な大蛇。それがクジャラだった。頭から背中に海藻の様な毛を生やしており、目は半分飛び出す様に生えており、眼がギョロリとこちらを向いた。あまりの禍々しい姿にムエタは気圧されそうになる。
エノコロは薄ら笑いを浮かべた。
「遊ぶ相手の身の丈に合わせてやるのが年長者の務めじゃろう?童の姿とは言え、わしが2人じゃ怖かったか??」
「いいや。丸呑みにするのだから、大きな獲物が1匹より小さくとも2匹の方が喉越しを二度楽しめて良い」
話を終えるや否やクジャラが飛び掛って来る。その図体からは想像もできない速さで、エノコロは素早く回避したがムエタはギリギリで回避した。その巨体は再び畳の中に消え、黒く丸い影になる。その影が畳の上で四方八方に飛び散る。すると天井から雨の様に蛇が降り注いだ。
エノコロがムエタの前に立つと傘の様な結界を張り、結界に当たって勢いを落とした蛇をムエタが斬る。蛇の降る豪雨の中、エノコロはムエタに聞こえる様な声で言う。
「今のお主の身体は人間のそれとは違う。人間の常識に囚われたままの戦い方では勝てぬぞ」
「そうは言っても…」
『感覚的にエノコロみたいな事ができるって事じゃないの?』
昼咲が言う。どうやって?理屈で分からない事はできない。ムエタはそう思った。
『本来、妖怪や神と言うのはだな、得てして相互理解などできぬ存在なのじゃ。わしらは半ば話せるからそう勘違いしてしまうだけでな』
ふと、ムエタはエノコロの言葉を思い出した。種族間の違いを理由にお互いを完全に理解できるものではない事は彼女も既知の通りだ。では何故彼女は自身に神器を託したのだろう。何故理解できない種族に自身の危機を顧みずに力を貸したのだろう。何故その力の振るい方を理解できると考えたのだろう。
エノコロと初めて会った時は、砂糖菓子だけ食べて自身は安全圏に逃げ出す様な印象だった。利害が一致して共に戦う様になった。それからは?
村長が殺しにかかった時、エノコロは自分を助けようとした。エノコロが苦しんでいる時、覆い被さって助けようとした。それからは助けたり助けられたりした。時にはくだらないじゃれ合いをしたりした。
そこには必ずしも合理的ではない言動があった。それはお互いに損得勘定だけでは説明ができない、友情を感じ取っていたからではないのか。『そういうもの』だと受け入れ、お互いに敬い、歩み寄ったからではないのか。
「分かったよエノコロ。君の想い、確かに受け止めた」
ムエタは剣の刀身をでこに当てる。人間のムエタを忘れ、エノコロに心を同期させ、流れに身を任せる。剣に眩い光が籠ると、大きく身体を捩って曲げて振るう。剣先から迸る輝きの軌跡は光の刃となってエノコロごと周囲の蛇に浴びせる。
「お、おお。使い方はあってるがさすがにちょっとビビったのじゃ…」
邪を払う力は神には無効だ。つまり人間の常識に囚われない神の戦い方とは、人間以上にお互いへの配慮のいらない攻めの姿勢である。
床に落ちた黒い斑点から黒い影の様な人間が生え、槍を持って2人に襲いかかる。ムエタとエノコロは尻尾の毛を毟って息を吹きかける。数の分だけの分身が現れてクジャラの影を切り刻んで行く。
影が再び畳の上に沈む。ゴオオオオという轟音と共に室内に黒い津波が起こる。2人は手を繋いで結界を張り、室内の荒波をやり過ごす。
やがて荒波は大蛇となって結界に巻き付き、2人を絞め殺そうとする。ムエタが剣をエノコロの前に差し出す。エノコロも剣を掴むと刀身が光を帯びて結界を貫き天井を突くほど伸びる。エノコロが剣で横薙ぎを入れる。エノコロが剣を手放すとムエタが剣を掴んで振るう。小さな結界の中で重力に囚われずバトンパスを繰り返しながら斬撃を加える様はまるで人魚の踊りの様である。
細切れにされて床の染みになるクジャラ。やがて影は一箇所に集まり大蛇の姿へ変わる。よほど切り刻まれたためか少し小さくなっていた。
力を使い過ぎたためかムエタの姿が元に戻る。
「エノコロ、まずい。姿が戻った」
「安心せい。奴にはもう抵抗の力は残っておらん」
身体を起こすのもやっとのクジャラが2人を睨みつける。
「お、おのれ…」
「みじめじゃのう。本調子でないわしを相手に、神格を持っていながら手も足も出んとは」
「神格…。そうか、その手があったか」
何やら良からぬ事を思い付き、ニヤリと笑うクジャラ。奴は雄叫びをあげると空間を歪ませ異世界から村の中央へ転移する。クジャラの叫び声に起きた村人達がぞろぞろとやって来る。
「皆の者よ、よく聞け。我こそはクジャラ。村の守り神であり豊穣神である。そやつらは邪神エノコロと、それに供するムエタ。村長を殺し、私を滅ぼさんとする者共よ」
村人達はクジャラとエノコロを見比べたり話し合ったりしている。まだ状況は掴めていない様だが、その視線は次第に厳しく突き刺さる様なものになる。エノコロは腕を組んだ。
「信仰心を集めて力を回復させるつもりじゃな」
「ど、どうすれば…」
「どうも出来ん。逃げた方が良いまであるな」
『寝てる所を私事で叩き起こす神なんていたら問答無用で邪神認定するけどね、ボクなら』
村人の1人がエノコロを指差した。
「お前が、お前がいなければ村から人柱が必要なくなるんだ!お前が俺達から大事な人を…」
その言葉に続いて1人1人が恨み言を言い出す。
「出てけよ!村から!」
「どれだけ私達を苦しめれば気が済むの?!」
「もう何も奪わないでくれ!」
「もう散々だ!」
「人殺し!」
「風邪引いたぞ!」
『そう言えば見張りの人いたなぁ』
クジャラは嗤う。
「ククク。さて邪神様、村から出て行ってもらえないか。それとも、まだ我々を苦しめたいのか」
村人達は暴言を吐くばかりか、近くの石を拾って投げ出す。エノコロは避けたり結界で防いだりしようとしない。彼女の耳はぺたりと寝て、尻尾は力なくうなだれている。
ムエタは彼女の前に立って石から守ろうとする。
「違う!皆、違うんだ!そいつが邪神なんだ!本当の豊穣神は、守り神は、エノコロ様なんだ!」
1人の投げた石がムエタの頭に当たる。彼は頭から血を流して膝をつく。エノコロはムエタを抱き締め、目に涙を溜めて首を横に振る。
「もう良い。もう良いのじゃ。そうと認められなければわしは守り神でもなんでもなく、邪神なのじゃ。自称する守り神なんて、滑稽じゃろう」
百年の眠りから目が覚めた時、彼女はあっさりと村を捨てようとした。初めは薄情な神様だとムエタは思っていた。でも実際は、自身の欲望のために邪神と手を組んだ村人から裏切られて百年も閉じ込められていた。そしてその百年の間、自身を邪神呼ばわりし、邪神を信仰して暮らしていた。
きっかけこそ利害の一致だが、散々な裏切りに遭いながらも彼女は守り神としてあろうとした。彼女が心に負った傷は深く、ずっと悲しんでいたのである。
「ムエタ。わしにはお主さえおれば良い。共にどこか、暮らせる所へ行こう。もうわしは疲れたのじゃ」
「駄目だ。こんなの絶対に間違ってる!でも、どうすれば…」
『クジャラへの信仰心、逆手に取れないかな』
「!」
昼咲の言葉に閃くムエタ。彼は立ち上がり、クジャラを指差した。
「そいつが豊穣神なら、どうしてこの村の土地は痩せている?!封印はあっさり解けた。封印の力が弱まっていたんだ。毎年、人柱で封印の力を強固にしていたなら起きないはずだ!」
それまで勢いが盛んだった村人達は初めて押される。土地は痩せていくばかり。人柱は毎年連れて行かれる。村の掟に従いながらも彼らも疑念を抱いていた。その人柱で押さえつけられていたエノコロの封印は実際にあっさり解けている。
村人達の信仰心が揺らいだ隙に更に畳み掛けるムエタ。
「村長は神との橋渡し役なんかじゃない、邪神と共謀して村を巣食う魔物だったんだ!若さと力を見返りに、村を裏切り続けていたんだ!!」
ムエタが叫ぶ。村人達の不満の矛先が徐々にクジャラへ向かい始める。
「出鱈目だ!エノコロさえいなくなれば土地を肥やす事に注力できる!お前達はただ、そいつらを追放するだけでより良い暮らしを得られるのだ!騙されるな!」
クジャラは焦る。
「村長っていつから村長だったか?」
「そう言えば、俺が子供の頃からずっと変わらんな」
「村長の古い知り合いから人柱に選ばれてたよね」
人混みをかき分けてイノセがムエタの元に駆け寄ってくる。
「ごめん、ムエタ。本当はずっと俺もおかしいって思ってた。今更でごめん。俺はお前の事を信じるよ」
「イノセ…」
「これ、返すよ。友情の証だもんな。また、前みたいに友達になれるかな…」
そう言って彼は首にかけていた勾玉を差し出す。ムエタは頷いてそれを受け取る。ムエタは勾玉をエノコロに見せた。
「知らない内に君のお世話になってたみたいだ」
エノコロは呆れた様な、しかし満更でもなさそうに笑う。
「是非もなし」
イノセを皮切りに1人、また1人とクジャラの元を離れてムエタ達の元へ集まる村人。信仰心が少しずつエノコロに流れて行く。
エノコロの姿が子供から大人へ変わって行く。ムエタは勾玉と剣を差し出す。
「村を守ってよ、神様」
「人間、どいつもこいつも身勝手過ぎるじゃろ」
そう言いながら苦笑して受け取る。
分が悪くなったクジャラは逃げようとする。エノコロは結界を張って退路を断つ。
「悪いなクジャラ。事情が変わった。わしはここの守り神にならねばならぬし、お主は村に仇をなした邪神として裁かねばならぬ。散々肥やしたその体を土に還すが良い」
「おのれ…、おのれ…!!」
やけになったクジャラはエノコロに飛び掛かる。村人を巻き添えにするのもお構いなしだ。彼女は落ち着いた様子で剣を一振りすると、クジャラの体は真っ二つに別れた。
その体は地に落ちるより早く暗闇に溶け、中から光るガラスの玉の様な物が飛び出して空へ浮かんで行く。
村人達は、その玉の数々にかつて人柱として捧げられて行った人々の面影を見た。それは、邪神の腹の中に囚われていた魂だった。
ムエタはその中の1つに見た母を見つけた。彼女は穏やかな笑みを浮かべ、ムエタに手を振っている。ムエタは目に涙を溜めて手を振った。彼女はエノコロに一礼すると天に昇って行った。
「お母さん…」
村人達は亡くなった人々を見送った。魂が見えなくなってもいつまでも空を眺め別れを惜しんでいた。
ムエタのこぼした涙が一粒地面に落ちる頃、エノコロはポンとムエタの肩に手を置く。
「…明日から忙しくなるな、ムエタ。わしは沢山食べるから、秋には沢山の供物を頼むぞ」
「もちろん。でも、また悪い人に騙されて封印されない様にね」
「わしに近づく悪い虫はお主が払えば良いのじゃ。わしが村を守るから、お主がわしを守れ」
「それ、子供の俺に頼む?姿も大人に戻ったんだししっかりしてよ」
「ちぇっ、そんな事を言われるのなら子供の姿のままでいれば良かったのう」
そんなやり取りをしてムエタは笑った。エノコロも笑う。
こうして邪神は打ち破られ、村に守り神が戻った。作物はよく実る様になり、村にも少しずつ活気が戻っていった。エノコロは良く村に顔を出しては食べたり飲んだり日向ぼっこしたりするので、変に人間臭い神様として親しまれた。あれからもエノコロはムエタの事が非常に気に入っている様で暇さえあればムエタにちょっかいを出しに行った。
良く笑い、時にトラブルに遭いながらも、何だかんだ村には笑いが絶えなかった。邪神の事と豊穣神のお話を絶やさず後世に語り継ぎながら、2人はいつまでも仲良く暮らしたと言う。
…画面左端の昼咲がこちらを向く。
「と言う訳でね、完走しましたけれども。えー…2人がいつまでも幸せでいてくれたら嬉しいと思います。いやー、本当最近の技術って凄いね。では次の配信で…」
その言葉を発する前にドアをノックする音が聞こえた。
「ご飯ができたのじゃ。早う来んか」
「もー配信中なのに…。ではまた次の配信でお会いしましょう!またねー」
画面に配信終了の表示がされた。
毎回タイトルが思い浮かばない。あまり凝ったタイトルにしたくないからシンプルにしたいんだけど、後から振り返って「あの作品なんてタイトルだったっけ?」ってならない様にする塩梅が難しい。




