初恋成就
レオン様との約束の日の朝。
今朝はまだ日が昇り切っていない時間に目を覚ましてしまった。
目が冴えてしまって、それ以上眠ることができなかったのだ。
それなのに!
私は約束の時間が近づいているにもかかわらず、まだ2階にある自室の鏡台の前にいた。
「もう!どうしてきれいにまとまってくれないのよ!せっかくお母さんから可愛い髪飾りを借りたのに…」
私のふわふわとした癖毛が言うことを聞いてくれない。
「アンナ?もう支度は…できてないわね。」
なかなか部屋から出てこない私を心配してか、母が部屋に入ってきた。
母はしょうがないわね。なんて言いながらヘアセットを手伝ってくれる。
服は新しく買ってもらったワンピースにした。
スカートの裾と手首の部分に付いたふわふわのファーと胸元の大きなリボンがお気に入りだ。
靴は唯一持っていたヒールのある赤いパンプスを履くことにした。
お母さんには履き慣れた靴のほうがいいって言われたけれど…
このワンピースにはこの靴が一番似合ってるんだもの…ここで妥協はできない。
最後に鏡の前でくるりと一周し、全身を姿見で確認する。
変じゃないかな…?
「騎士様来たわよ!」
先に一階へ様子を見に降りて行った母から私に声がかかる。
もうそんな時間なの!?
私は慌ててマフラーの入った紙袋を抱えると、自室を飛び出して階段を駆け下りる。
いよいよこの時が来てしまった。
私の心臓がドクンと跳ねる。
「騎士様!お待たせしましたっ。」
慌てているせいか、息が弾んでしまう。
「落ち着けって。てか、レオンって呼べっていっただろう?」
そんな私にレオン様から難易度の高い要求が飛んでくる。
レオン様は小首をかしげ、私の言葉を待つ。
「れ、レオン様…?」
私は赤くなる顔を隠すこともできず、何とか声を絞り出した。
「様もいらないが、今はいいか。行くぞ。」
レオン様はそういうと私の手を取り歩き出した。
「いってらっしゃーい。頑張るのよ~。」
手を引かれるがままに歩き出した私の背に、のんきな母の声がかかる。
「お母さん!?」
私は思わず声を上げる。
隣でレオン様は母に向かって頭を小さく下げていた。
レオン様のことで頭がいっぱいで母がいたことをすっかり忘れてしまっていた。
先ほどの会話を聞かれていたかと思うと恥ずかしい。
家に帰ったら何と言われることやら…。
花屋を出て数分歩いただろうか?
「あ、あの、今日はどこへ?」
私は勇気を出してずっと気になっていた疑問をレオン様へ投げかけた。
「ん?あぁ、今日はあそこの角に見える店でお茶しようと思ってな。俺も聞いただけで行ったことはないが、ザッハトルテがおいしいって評判らしいぞ。」
意外とあっさり返答をもらえたことに拍子抜けする。
なんでこんな状況になっているのかわからないが、私とお茶を飲んでくれるらしい。
「え、えと、ありがとうございます!」
レオン様が私のために時間を使ってくれることが嬉しくて、ついお礼が口をついて出た。
私の唐突なお礼の言葉に驚いた様子のレオン様は、
「何のお礼だよ!」
と言って、笑っている。
こんな楽しい時間なら永遠に続けばいいのに…
私はそんなことを考えながら、レオン様とゆったり歩いた。
――――
お店に付いた私たちは、窓辺の席に案内された。
人気の店と聞いていたが時間が早いせいかほとんど客はいなかった。
店内には音楽が流れていて、それが心がほどけるような雰囲気を作り出していた。
席に着いた私たちは早速、名物のケーキと紅茶を注文した。
頼んだケーキはすぐにテーブルへと届けられた。
「うまいな。」
「おいしいですね。」
私とレオン様の声が重なる。
食後、紅茶が運ばれてくるまでしばらく沈黙が流れた。
しかし、この店の雰囲気のおかげか、沈黙も心地よく感じる。
食後の紅茶を一口飲んだ後、
「そういえば。今日はいつもと雰囲気違うな。俺のため?」
と言って、レオン様が私の方を見た。
突然のことに私はむせそうになりながら、
「…へっ?え、あの…うー…はい。」
と、何とか返事を返した。
先ほどまでの落ち着いた雰囲気は一気に消え去り、私の顔が赤く染まる。
「んで?今日は俺に何か言うことない?」
レオン様は続けざまにそういうと、私の持ってきた紙袋に目をやった。
「あ…。」
レオン様の言いたいことはなんとなくわかる。
これはマフラーを渡すチャンスだ!
と意気込んだもののなかなか勇気が出ない。
「ん?どうした?」
黙り込んでしまった私にさらに追撃するレオン様。
私は意を決して持ってきた紙袋をレオン様に差し出した。
「あの!これレオン様のために作りました!……受け取って、いただけますか?」
「ありがとう。よく言えました。」
差し出した紙袋を受け取りながら、レオン様がふっと柔らかく笑う。
やっぱり、ばれてたんだ。
疑惑が確証に変わり、ますます体が熱くなる。
落ち着くために飲もうと手を伸ばした紅茶のカップが、私の手の震えによってカチャンと音を立てた。
「それで…?」
レオン様が私に問いかける。
「このマフラーなんで俺にくれたの?」
真剣なレオン様の瞳にとらえられた私はもう白旗を上げるほか無かった。
ここで伝えなくちゃ…!
もう会えないかもしれない…。
また黙り込む私を、今度はじっと見つめて待つレオン様。
「あ、あの、えっと…お慕いしております…」
最後の勇気をふり絞った私の声は思いのほか震えていて今にも泣きだしそうな声だった。
言ってしまった…。
これで私の初恋は終わるのね…。
俯く私の頬に、レオン様の大きな手が伸びてきた。
「こっち向けよ。」
そういうと、私の顔をグイッと持ち上げた。
「知ってる。お前分かりやすすぎるんだよ。」
レオン様が困ったように笑う。
知って…!?
いまなんて言われた?
私の頭はその言葉を理解するのに精一杯で、それ以上何も考えられなくなっていた。
「俺でいいなら付き合うか?」
ぱくぱくと口を開け閉めすることしかできない私の耳にとんでもない言葉が飛び込んでくる。
レオン様がいま「付き合う?」っていった!?
何が起こってるの!?
「はいっ」
私は目を白黒させながら、何とか返事を絞り出した。
私の返事を聞いたレオン様は、ほっとしたように息を吐いた。
「よかった。じゃあ俺たちこれから恋人、な?」
そう確認するレオン様に私はただただ首を縦に振るしかできなかった。
これは夢?幸せすぎてなんだか怖い。
でも、頬に感じる手のぬくもりは本物よね…?
私はレオン様の手から逃れると、自分の頬を思いっきりつねった。
「痛い…。」
夢じゃない!
私はようやくこの出来事を現実のものとして受け入れることができた。
「なにやってんだよ。頬が真っ赤じゃないか。」
レオン様はそんな私を呆れたように、でも微笑まし気に見つめる。
あぁなんて幸せなんだろう。
私はしばしの間、レオン様と笑いあっていた。
その後、私が落ち着くまで待ってくれたレオン様と一緒に店を出る。
「じゃぁ今日は帰るか。」
「もう帰るのですか?」
お店を出てすぐに帰ろうとするレオン様に私は不満げな声を上げてしまった。
もう少し一緒に居たいし、帰るのは少し寂しい…
「足、痛いんじゃないか?」
レオン様に指摘され、私はドキッとした。
履き慣れない靴に靴ずれを起こしてしまっていたのだ。
「実は…この靴履き慣れてなくて…。でも大丈夫です!ちょっとしか痛くないので!」
歩くたびにじくじく痛むが、そんなことよりも一緒に居たい。
「だめだ。痛い思いしてほしくない。」
何とかごまかそうとする私をレオン様が優しくたしなめる。
「俺のためにおしゃれしてくれたんでしょ?お礼に家まで連れて行ってあげる。」
「えと、あのそれは…。」
レオン様のあまあまなセリフに頭がパンクしそうになる。
「ほら、ちゃんとつかまっててね。家まですぐだから…」
そういうと、私はレオン様にひょいッとお姫様抱っこされてしまった。
えー!?何この状況!?
顔が思いのほか近い!
私はどうしたらいいのかわからず、ギュッとレオン様の首にしがみつきその肩に顔を埋めた。
しばらくすると、
「あらあら。まぁまぁ。うまくいったのね。ふふふ。」
と、嬉しそうに笑う母の声が聞こえた。
いつの間にか家についていたらしい。
それにしてもこの状況恥ずかしすぎる…!
「お、おかあさん!?これは、ちがっ」
混乱の中、謎の否定が口をついてでる。
「違わないだろ。ここでいいか?」
慌てる私を他所に、レオン様は冷静にそう返す。
そして、私をふわっと椅子に座らせてくれた。
「アンナさんとお付き合いさせていただくことになりました。ご挨拶はまた改めて…」
レオン様は私の母にそう言うと、頭を下げた。
「うちの娘かわいいでしょ?泣かせないでね?」
母はそう言って、レオン様の背中をたたく。
私は二人の会話をただただ見ていることしかできなかった。
なんだか置いて行かれた気分…
「次の非番の日には、ちょっと遠出するぞ。今度こそ、履き慣れた靴履いて来いよ」
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、レオン様が私を見て次のデートの話をし始める。
レオン様がこっちを向いてくれて、ちょっと嬉しい。
次のデートが楽しみだな。
私はにやける顔を抑えることができない。
「楽しみにしとけよ。じゃぁな!」
楽しそうに笑ったレオン様は私の頭をひと撫でして帰っていく。
「はい!待ってます!」
私はレオン様の背に元気よく返事する。
その声にこたえるかのように、レオン様は後ろ手に手を振り返してくれた。
こうして、私の初恋は見事成就することとなった。
春に始まった恋は、四季を巡り、冬の日に実を結んだ。
その後、この事実を知った父の反応が鬱陶しかったのは言うまでもない。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
反響がよければ、番外編を上げるかもしれません。
もしよろしければ最後に評価いただけますと幸いです。




