第28話:密室の独占欲
第28話:密室の独占欲
家の夜は、決して静かではない。
それは、太陽が沈み、リビングの明かりが消えた後に始まる、11人のメイドたちによる健太の争奪戦の幕開けであった。
屋敷の至る所に設置された監視カメラの映像を、志保は自分の研究室の巨大モニターで分析していた。
「ふむ……結衣の行動が少し早すぎる。まだ健太の脳内物質は、前回の私の栄養剤の影響下にあるはず。」
「しかし、あの冷徹な支配の言葉は、健太の心拍数を有意に上昇させている……興味深いデータだ。」
志保はタブレットに、複雑なグラフを書き込んでいく。
「莉奈は厨房で健太の夜食を作っているが、あのシチューの成分には、明らかに狂気が混ざっている。」
「このままでは健太の健康が心配だ。……いや、健太が私に依存するようになるなら、それでもいいのか……?」
志保は自問自答しながら、眼鏡のブリッジを押し上げた。
一方、健太の部屋のドアの前では、遥が重い鉄アレイを持ち上げていた。
「ハッ! ……フッ! ……ハッ!」
彼女の筋肉が、愛という名の重圧を物語っていた。
汗が彼女の顔を伝い、床に落ちる。
「誰も……絶対に、健太の部屋には入れさせない。」
「結衣さんも、絵里さんも……みんな、体力で健太を守るという発想がない。」
「健太を守るためには、この肉体が必要なの!」
彼女は鉄アレイを床に置き、廊下の壁に体を強く打ち付けた。
その衝撃で、廊下の額縁が少し揺れた。
部屋の中で、健太はベッドの上に座り、深いため息をついた。
部屋のドアが音もなく開き、結衣が冷たい表情で入ってきた。
「健太様、今夜はわたくしがお相手をいたしますわ。」
結衣はそう言うと、部屋の鍵を静かに閉めた。
「え、でも、さっき遥がドアの前に立っていたんだけど……。」
「あの方は少し筋肉を動かしすぎて疲れているようですわ。それに、廊下で少し騒がしくしていたので、眠れるようにしてあげました。」
結衣はそう言って、優雅に微笑んだ。
「結衣……遥をどうしたんだ?」
「少し、健太様のために眠っていただいただけでございます。ご心配は不要ですわ。」
健太は、結衣の「眠っていただいた」という言葉の裏にある不気味さに震えた。
「健太様、わたくしの支配からは、決して逃げられません。」
結衣が健太の体に寄り添おうとしたその時。
部屋の窓から、舞が音もなく侵入してきた。
彼女は黒いメイド服に身を包み、その存在感は完全に消し去られていた。
「結衣さん。少しやりすぎです。」
舞はそう言うと、結衣と健太の間に立ちふさがった。
「舞……貴女こそ、いつ天井裏にでも隠れていたのですか?」
二人のメイドの殺気が、部屋の温度を急激に下げた。
「結衣さんの独占欲は、健太様の心を壊しかねない。」
「私は健太様を見守る影。健太様の心に害をなすものは、私が排除します。」
「わたくしの愛は、害などではございません。わたくしの支配こそが、健太様の安らぎですわ。」
健太はベッドの隅で、二人の冷ややかな視線に震えた。
莉奈は厨房で、健太のためのビーフシチューを作っていた。
「健太様……今夜も私の料理で、私のものになってくださいね……。」
シチューがグツグツと音を立てる音が、不気味に響く。
彼女はビーフシチューの鍋に向かって、自分の愛情のすべてを詰め込むように、スプーンで何回も混ぜた。
「莉奈の料理が一番なの……志保の栄養剤なんて必要ないの……。」
彼女はビーフシチューの中に、自分の髪の毛を一筋、静かに落とした。
その髪の毛がシチューの中に沈んでいくのを、莉奈はうっとりとした表情で見つめた。
「これで、健太様と莉奈は、永遠に一つになれるんだ……。」
佐藤家の夜は、まだ始まったばかりだった。
それぞれのメイドが、それぞれの愛の形で健太を包み込もうとしていた。
その愛はあまりに重く、健太の心を少しずつ、しかし確実に壊しかけていた。




