エンジェルナンバー
上着をそのまま羽織り着の身着のまま外に出ると、やっと一息つけた。
速水を思い出す場所から抜け出したい。
そこへ、最後に残っていた葉が、ひとひら、音もなく舞い落ちた。季節が終わるときは、いつもこんなふうに静かだ。
ふと、スマートフォンに視線を落とす。
「あれ……?」
履歴に並ぶ時間が、どこか引っかかった。
10:44。
10:44。
10:44。
どれも同じ、四十四分。
泣きながらスタジオを飛び出したあと、賢哉、間宮、桜——それぞれから届いたメッセージ。
用件はばらばらなのに、時間だけが重なっている。
まるで、どこかで呼吸を合わせていたみたいに。
——以心伝心。
そんな言葉が、胸の奥に浮かんでは消えた。
「44……」
ただの偶然で済ませるには、どこか引っかかる。答えを探すように、指が動いた。
——エンジェルナンバー。天使が、そばで見守っています。
「……天使?」
小さく呟く。
信じているわけではない。けれど、完全に否定することもできなかった。繰り返し目にする数字に意味があるなんて。
それでもこうして違和感に導かれるように、誰に教えられるでもなく、少しずつ自分の内側で、静かに腑に落ちていく。
偶然と呼ぶには、出来すぎている。もしかしたら今、見えない何かに導かれているのかもしれない。
——ツインに出会うと、人生は大きく揺れる。
どこかで目にした言葉が、ふとよみがえる。確かに、感情はジェットコースターのように揺れ続け、
涙に追いつかない日々だった。それでも、ジムでひたすら身体を動かし、少しずつ、日常へと意識を戻していく。
家族と過ごす時間。何も起きない、穏やかな時間。
それが、どれほど尊いものだったのか、ようやく思い出しはじめていた。
これならまた、普通の生活に戻れるかもしれない。
休日、ソファに並んで座る。テレビの光が、部屋をぼんやりと照らしている。
平凡で、ありふれていて、それでも確かに、幸せな時間だった。
「このアニメ、何年続いてるんだ?」
賢哉の声に、意識が現実へ戻る。
「この声で子ども役って、ちょっと無理あるよな」
懐かしい声が、画面の中で響いている。
「うん……そうだね」
何気ない会話。それだけのはずだった。
「でもさ、一度イメージついちゃうと変われないんだよな。病気とか、死なない限りは」
その言葉に、胸の奥がひやりとした。
「……ねえ、今の私に、そういう話しないで」
思わず、語気を強めた。
「最近、思ったことが……すぐ現実になる気がするの」
自分でも信じられないことを口にしている。けれど、否定しきれなかった。
大丈夫。そんなこと、起こるはずがない。
そう思おうとするほど、不安は消えなかった。
——どうか、何も起きませんように。
祈るように、心の中で繰り返す。けれど、その祈りは惜しくも届くことはなかった。
数日後、桜が田舎から届いたという食材のお裾分けにやってきた。
乱れた髪のまま出た私を見て少し戸惑っていたが、せっかくの好意を受け入れ部屋に招き入れた。
何でもない話を選ぶように、言葉を続けてくれていた。
「そういえば、あの声優さん亡くなったね」
——え?
時間が、一瞬止まった。
「一昨日の夜だって。突然死」
偶然。
そう思いたいのに、どこかで結びついてしまう。ただの一致だと、切り離せない。
日々、起きていることが、ひとつの流れの中にあるように感じてしまう。
怖い。
このままでは、何かを壊してしまう気がする。
自分の思考が、現実に触れてしまうような。
「……お願い、そういう話、今はしないで」
知らないうちに、声が震えていた。
——念なんて、あるはずがない。そう思いたいのに。
速水のことも、すべて、忘れてしまいたいのに。
けれど現実は、忘れるどころか、ますます輪郭を濃くしていく。
残っていた力が、少しずつ削られていく。人の思いだけで、何かが動くなんてありえない。
そんなことを信じるなんて、きっと、どこかおかしい。それでもこれ以上抱え込んだら、触れただけで崩れてしまう枯れ葉のように、自分が壊れてしまいそうだった。




