第四十九話 アーサーと幸せな夜更かし
パチパチと暖炉の薪がはぜている。ゆらゆらと室内を彷徨う暖炉の灯は、サークルの端まで届いていた。
サークルの中では、羊と黒兎がその体を横たえている。彼らに守られるようにして、子狼が二人の間で腹を出して寝ていた。
まるまるとしたお腹を上下させながら、子狼はその白いひげをぴくぴくと動かしている。ときおり薄くひらく瞳に、彼の無垢な寝顔に、紗良は愛おしそうにしてその目を細めた。
サークルの柵にもたれ掛かりながら彼らの様子をしばらく眺めていた紗良は、おもむろに立ち上がった。
長く伸びていく影を伴いテーブルの前まですり足できた紗良は、それからゆっくりと腰を下ろした。
「紗良も、夜更かしか?」
紗良が再びテーブルについたのを認めてアーサーが尋ねた。紗良の目の前に座っている彼は、蝋燭の灯を頼りに筆を走らせていた。
紗良は、アーサーの言葉に眉尻を下げながら頷いた。
「クリスマスのあの子達へのプレゼント、まだ終わりそうもないんです。今日と、明日は、夜更かし決定です。アーサーは、どれくらい進みました?」
紗良は、蝋燭越しにアーサーの手元を眺めた。彼の筆先には、はにかんだ笑顔を見せるカイルの姿があった。
「今、カイルへのプレゼントを描いておる。これが終わったら、ジョバンニの絵を描いて――、私も、今日と明日、夜更かし決定だ」
言い終えたアーサーは、顔をあげて紗良を見た。彼女に笑顔を向ける彼の目尻が、蝋燭の灯でより濃く際立った。彼の屈託のない笑顔にヴォルフの面影を見た紗良は、思わず「ふふふ」と笑みをこぼした。
「どうかしたか? 私の顔にまた墨でもついておるのか?」
頬を触りながら慌てた様子で尋ねるアーサーに紗良が微笑みながら首を横に振った。
「いいえ、違うんです。さっきのアーサーの顔、ヴォルフと瓜二つだなって思って――」
「私とか? でも、ヴォルフは、レイラに――」
「――ヴォルフ、お母さん似なんですよね。確かに、アーサーとヴォルフの目鼻立ちって全然違うから、血が繋がっているって言われてもすぐには信じられなかったけど、でも、最近、二人を見ているとやっぱり親子なんだなって思うことがたくさんあって」
紗良の言葉にアーサーは驚いたという反応を見せるも、すぐに「そうか」と噛みしめるようにしてその頬を緩ませた。
「私と、ヴォルフが――そんなに似ておるのか」
顔を綻ばせながら嬉しそうに呟くアーサーに、紗良は、温かな笑みを浮かべながらうんうんと頷いた。
「最近は特に。二人の仕草とか、ちょっとしたところが――すっごく似てて」
思い出しながらふふふと笑みを浮かべる紗良に、アーサーは、笑顔のまま、興味深そうにして尋ねた。
「例えば、どんなところが、どんな仕草が似ておるのだ?」
「えっと、まずヴォルフが狼に変身する時ですね。彼、狼になる時、ちょっとだけ頬を膨らませるんです」
「獣化する時か、それをその頬を、私も、膨らませているのか?」
「していますよ。毎回、こんな風に――」
紗良はきゅっと口をすぼめて頬を膨らませてみせた。
「アーサーの頬の膨らませ方、ヴォルフと一緒で、すっごく可愛らしいですよ」
いたずらにふふふと笑みを浮かべた紗良は、それからサークルの方を眺めた。
「獣化する時の癖、ジョバンニとカイルにもあるんです。カイルは、うさぎさんになる時、少し口を開けるんです。ほけって感じで口をまあるく開くの。
純粋で、勉強熱心で、でも時々あざとさを出してくる、結構策士なカイルお兄ちゃんが、変身する時だけ、ぽやって気の抜けた顔をするんです。それがもう本当に私のツボで――」
ふふふと思い出しながら笑顔を浮かべた紗良は、楽しそうに話し続けた。
「ジョバンニの癖は、彼、羊になる時に少し眉を、左だけなんですけど、左の眉をピクって動かすんです。
気難しいおじさんが、ピクリって眉を動かすみたいに、ちょっと偉そうに変身するんです。
ジョバンニ、ああ見えて甘えん坊で、寂しがり屋で、三人の中で一番の年長者のはずなのに誰よりも末っ子気質で、それなのに、変身する時だけ、気難しいおじさんみたいになるんです。なぜそこでおじさん出してくる? って、それがもう私の理解を超えてて――」
サークルから目を離そうとせずに、ずっと彼らを見守り続けている紗良に、アーサーは、尋ねた。
「そんなにあの子たちのことが好きか?」
アーサーの言葉に、紗良は、彼らを見つめながら答えた。
「大好きですよ。誰よりも。みんな、バッバの可愛い孫ですから。どれだけ見てても飽きないんです。一日中でも見ていられるわ。あ、でも、あんまり見過ぎると『じろじろみんなババア』ってジョバンニに逃げられるから、そこは、うまくやらないとですけどね」
ふふふと笑みを浮かべている紗良に、アーサーが言った。
「紗良は、今、幸せか?」
アーサーの言葉に、紗良はようやく視線を戻すと、アーサーをまっすぐと見つめて、
「最高に、幸せです」
綺麗に口角を上げた――。
「あーあ。また、こんなところで寝ちまって、ババアのくせに手がかかるぜ。また熱出しても、俺知らねえからな。明日のパーティーだってお前抜きでやるからな」
ジョバンニがぶつぶつと文句を言いながらテーブルに突っ伏している紗良にブランケットをかけた。
「風邪ひくなよ」と小さく呟いたジョバンニは、それから紗良の背中を少しだけ擦った。
目を瞑ったままの紗良の頬が緩んだ。紗良の鼻がひくひくと動いているのを見つけたジョバンニが、声を上げた。
「あ! 紗良、お前、起きてたのか!? 寝たふりかよ! なんだよ!」
布団返せとブランケットを取り上げるジョバンニに、紗良はへへへと照れくさそうにして笑った。
「紗良さん、起きたっすか? ちょうどよかった。朝ご飯持ってきたっす。みんなで食べるっす。紗良さん、テーブルかたしてくださいっす」
ヴォルフを背負いながら盆を手に居間へと入って来たカイルが、紗良を見て言った。
ニコニコとしながら部屋に入って来たカイルは、盆をテーブルに乗せた。隣に来たカイルに笑顔でおはようと言った紗良は、それからテーブルの上に散らばった毛糸をかき集めはじめた。
ジョバンニは、手にしていたブランケットをサークルの中へと勢いよくほおり投げた。
「もう、ジョバンニ、ほこりたつからやめて」
毛糸を手に眉を吊り上げる紗良に、ジョバンニは、またかよと愚痴をこぼしながら、彼女の前に座った。
テーブルを挟んで言い合いを始める二人。カイルは、二人の様子に苦笑しながらも食事の準備を手際よく進めていった。
カイルの背中では、ヴォルフが楽しそうに手足をばたつかせている。目をキラキラとさせてカイルの後頭部をぺちぺちと叩いていた。
彼らのやり取りを黙って眺めていたアーサーが小さく呟いた。
「――あの召喚は、正しかったのだな」
わいわいとしてテーブルを囲む紗良たちを柔らかな朝日が包み込んだ。
キラキラと光る彼らの姿を眺めながらアーサーは、
「私も――正しくあらねばなるまいな」
表情を引き締めて頷いた――。
次回更新は、7月3日となります (>人<;)




