表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/52

第四十四話 紗良と手編みの靴下とじいじの蔵

「ヴォルフ、バッバは、これから大事な大事なお仕事をしてくるから、あなたはその(あいだ)ちょっとだけサークルにいてくれる?」


 紗良は、腕の中の赤ちゃんヴォルフに柔らかな笑顔を見せた。紗良と視線があったヴォルフは、ふにゃりと笑い「バッバ」と口を開いた。


 指をくわえながら何度も「バッバ」と紗良のことを呼ぶヴォルフ。彼の可愛らしい上目遣いに、その声に、紗良は頬をゆるゆるに緩ませた。


「くっ。これは――可愛すぎるでしょ。あなたのバッバ攻撃、破壊力抜群。それに、バッバとあなたが口を開く(たび)に漂ってくるこの香り。甘い! 甘すぎるわ! ああ、口臭すらも(かぐわ)しいなんて」


 立ち止まりヴォルフを抱きしめながら天を仰ぐ紗良に、ジョバンニは、

「おい変態。早くしろ。雪が降っちまうぞ」

 居間の扉から顔を出した。彼は、半纏を羽織っている。


 紗良は、彼の言葉にはいはいと言いながら足早にサークルに入ると、ヴォルフを布団の上に座らせた。


 布団の上できょとんとしているヴォルフの頭を撫でながら紗良は、

「じゃあ、おりこうさんしててね」と、笑みを浮かべた。紗良が顔を上げた先には、銀狼(アーサー)が綺麗な姿勢でお座りをしていた。


「アーサー、ヴォルフとのお留守番、よろしくお願いします」


 紗良の言葉に、銀狼(アーサー)はコクリと頷いた。


『うむ。ヴォルフのことは任せなさい。紗良も気をつけて行ってくるのだぞ。まだ雪が降っていないとはいえ、蔵までは森を抜けねばならぬからの。怪我のないように』


「はい。気をつけて行ってきます! 昼食までには戻ってきますね」


 紗良は、銀狼(アーサー)に力強く頷くと、それから二人に行ってきますと笑顔で手を振って居間を後にした――。




「これが、じいじの蔵――」


 紗良はこじんまりとした石造りの建物を見ながら言った。


――先日、ジョバンニにも換毛期があると知った紗良は、その抜け毛をジョバンニが大切に保管しているとの情報をおさるさんから入手し、その毛が欲しいとジョバンニに纏わりついていた。


 紗良の要求を頑なに拒み続けていたジョバンニであったが、それを見兼ねたアーサーが、

『私とヴォルフの毛だけでは、人数分の靴下を作れぬそうだ。ジョバンニ、よかったらおぬしも抜け毛を提供してはくれぬか』と、捨て犬のような上目遣いで彼に懇願した。


 それまでどれだけ紗良が頼んでも、駄目だの一点張りだったジョバンニは、アーサーが頼んだ途端、

『アーサーさんの頼みとあらば、靴下でも、手袋でも、ジャケットでも、何なりと――抜け毛と言わず、すべてを差し上げます! この(わたくし)ジョバンニが、陛下のために、ひと肌脱がせていただきます!』と、声高らかに自室へと駆けて行った。


 数時間後、ジョバンニは満面の笑みでカイルとともに大量の羊毛を手に居間へと入って来た。


 以降、彼は獣化していない――。



「さっさと、蔵の中をあさって、俺の糸を作る道具と――ヴォルフの思い出アルバムだかの紙を持って塔に帰るぞ。もたもたしてたら、凍え死ぬ」


 ジョバンニが腕を擦りながら言った。すたすたと蔵の扉へと向かう彼の背中に紗良は「寒い、寒いってうるさいわね」と、文句を言った。


「仕方ねえだろ。俺の毛、全部なくなったんだから。冬につるつるとか、まじ、ありえねぇよ」


 ジョバンニは、ぶるっと体を震わせた。


 紗良は、不満げな表情でジョバンニを見ながら言った。


「つるっつるにするって言ったのは、自分でしょ? 私は、抜け毛が欲しいって言っただけよ。しかも、今、ここにアーサーがいないからって、あなた、素に戻ってぐちぐちと。

いたのよねぇ、あっちの世界でも。上司の前でだけ良い顔をするやつ。あー、思い出しちゃったわ。

あいつ、上司をこれでもかって、こっちまで恥ずかしくなるほど褒め称えて、持ち上げまくるくせに、派遣とかパートのおばちゃん相手には、ゴミを見るくらいに見下してきて、自分が出来ない仕事を、えらっそうに命令してくるの。

さらに最悪なのが、そいつ、私達がした仕事を自分の手柄みたいに上司に言うのよ。

自分のコミュニケーションスキルで下々(しもじも)の者たちをまとめあげました。この私の(たぐい)まれなる能力とくとご覧あれみたいに言うのよ。スキルなしの口だけ星人。あーあ、あっちの世界でも影の存在があればなー。おさるさんが会社を見張ってくれてたらなぁ」


「お前、今度は、あっちの世界の何を思い出したんだよ。俺の話からすっかり変わってるだろ。とりあえず、なんでもいいから、早く蔵のなかに入ろうぜ。カイル早く鍵開けてくれ、マジで寒い」


 ジョバンニがカイルに言うと、カイルはちょっと待っててくださいと鍵の束を取り出した。カチャリと鍵を開けて、重い扉を開いた――。




「へぇ。結構広いな。氷室ほどじゃないけど、ここも適度な室温って感じだな」


 蔵を見渡しながらジョバンニが感心した様子で言った。紗良も興味津々と辺りを見回している。


 カイルは、勝手知ったる様子で蔵の隅に歩いていくと紗良とジョバンニを手招きしながら「じいじの毛糸作りの道具、この箱の中に入ってるっす」と、木箱を指さした。


 紗良が、カイルに駆け寄る。彼女は、木箱を笑顔で覗き込みながら言った。


「これが、糸を紡ぐ道具なのね。へぇ。もっと大きな機械みたいのを想像していたけど、これで充分なんだ――あ、このでっかいブラシ。これ、犬の毛をとかすスリッカーみたい。でも、すっごくおっきいわね」


 紗良の手元に視線を向けながら、カイルが紗良に答える。


「これでジョバンニさんの毛をとかすっす。それで、この棒に――」


「おい、これ、食いもんか?」


 不意に尋ねたジョバンニに紗良は、え? と振り返った。ジョバンニは、いくつにも積み上げられた麻袋を指さしている。


「それは――。一応食べ物っす。じいじが食べてたっす。でも、ぐちゃぐちゃしててそんなに美味しくないっす」


「でも、こんなにあるじゃん。雪が降る前に何個か持ってこうぜ。食糧なんてどれだけあっても損はしないだろ。ちょっとくらいまずくても、餓死するよりはましだろ」


 ジョバンニの言葉にカイルはそうっすねとだけ答えた。気の乗らない表情をしているカイル。紗良は、カイルの態度に首を傾げながらも麻袋の方へと歩いて行った。


 ジョバンニの隣できつく縛られた麻袋の紐を解いた紗良は、中を覗き込んだ。


「あ! これ、お米じゃない!」


 紗良は、歓喜した。紗良の言葉にカイルは、おずおずとしながら口を開いた。


「紗良さんも、お粥、好きっすか?」


 カイルの言葉に、紗良はきょとんとしながら答えた。


「お粥? 私は、ちょっと苦手かな。病気の時は、仕方なく食べていたけど、でも――、え、待って。カイル、このお米っていっつもお粥にして食べてたの? だからべちょべちょって」


「そうっす。じいじ、そのお米をお粥にしてパンの代わりに食べてたっす。消化に良いからって、でも、俺、それ全然味しないし、ぐちょぐちょしてて」


「え? じいじ、お粥の他にはこのお米で何も作ってないの?」


「作ってなかったっす」


「え? お米、普通に炊くとかもなかったの?」


 紗良が尋ねると、カイルは首を傾げながら

「お米をたくっすか? なんすか? じいじ、いっつもスープ作るみたいにお鍋に水入れて、お米入れてちょっと塩を入れて煮込んでただけっす」


「え? うそでしょ? ちんぴらとかお味噌とか作るのに? え? 信じられない。ちんぴらにお塩振ったり、めんつゆつけたりするのに? そこは、結構高度な技を使うのに? ずっとお粥? まじで? カイル、あなた、ずっとじいじとお味噌汁にパンを合わせて食べていたの?」


 信じられないといった表情で紗良がカイルに尋ねると、カイルは、肩を竦ませながら頷いた。


「じいじは、お粥と味噌汁だったっす。でも、俺は、お粥と味噌汁だと、お腹たぷたぷになるっす。お便所、何回も行くことになるっす。だからいっつもパンと一緒に味噌汁を食べてたっす」


 カイルの言葉に呆然としたままの紗良。二人の会話にしびれを切らしたジョバンニが口を開いた。


「で、結局、これ、うまいのか? うまくないのか?」


 ジョバンニの言葉に紗良は、はっとして、

「うまい! うますぎるのよ! これ、全部塔に持ち帰りましょう! 雪が降る前に何往復もするわよ! このお米はね、お粥だけじゃないの! いろんな料理に変身するの! 可能性は無限大よ!」


 ジョバンニの肩を揺さぶりながら紗良は興奮して答えた。


 その後、渋るカイルにお米の可能性を熱く語った紗良は、何とか彼の首を縦に振らせることに成功した。


 しかし、毛糸を作る道具や紙の束など、塔で必要な荷物も持ち帰らなければいけない彼らに、それほどの余力はなく、結局、米は一袋分だけ持ち帰ることにした。


 その日の晩、紗良の主導のもと、深鍋で炊かれたホカホカの白米は、ちんぴらと味噌汁とともに食卓に並んだ。


 白米の美味しさにぐちゃぐちしないっすと、目をきらきらさせるカイル。


 ちんぴらをご飯の上に乗せてちんぴら丼をかっこむジョバンニ。


 ちんぴらのだしがきいたつゆを、たらりと白米に垂らしてそれを嬉しそうに頬張るアーサー。


 それぞれが美味しそうに白米を食べる姿に、紗良は満足気に頷いた。


 満腹となった彼らが、次の日の仕事をすべて取りやめて米の調達をしに行こうと約束をしたその夜、大きな雷とともに雪が降り出した。


 休むことなく振り続けたその雪は、一晩で島の全てを分厚く覆い隠してしまった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ