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第四十二話 紗良と目覚めた番のちから

「この奥歯――つるピカ。新品じゃない! えーうそでしょ? すごくない?!」


 紗良は興奮しきりで、鏡に映る奥歯に目を輝かせていた。


「その銀色の塊、結局なんだったんだよ。虫歯って、どういういことだ?」


 紗良の方へと歩いてきたジョバンニが訝し気な表情で尋ねた。紗良は、鏡から目を離すと振り向きざまにはち切れんばかりの笑顔で答えた。


「この銀の塊はね、私の奥歯に埋まっていたのものなの。虫歯で歯に穴が開いちゃって、それをこれで埋めてた? 被せてたって感じかな。でも、見て! その奥歯にあったはずの虫歯が、綺麗さっぱりなくなってるのよ!」


「お前の世界では、これで虫歯を治していたのか――」


 ジョバンニは、紗良の銀歯をまじまじと見ながら言った。


「こっちの世界では、違うの? どうやって虫歯を治療しているの?」


 紗良が尋ねると、ジョバンニは、

「俺は、虫歯になったことがないから詳しくは分かんねぇけど、確か妹が虫歯になったときは、医者ん所で、にゅるっとしたもんを入れられたって言ってたな――。

でも、こんな銀色のもんじゃなかったぞ。先代の(つがい)様の治療薬だと思うけど、とにかくすぐに治ってた。虫歯の黒いのもなくなって、白かったぞ」


 こんなんじゃなかったと、銀歯を指さした。


 ジョバンニの言葉を受け、今度はカイルが話し始めた。


侍婆様(さむらいばあさま)の薬草にも虫歯に効くやつがあるっす。でも、じいじ、薬草では虫歯で開いた歯の穴までは元に戻せないって言ってたっす。

薬草で痛みは無くなっても、穴は開いたままだから色々と不便だってじいじ言ってたっす。だから、俺、虫歯にならないようにちゃんと毎日歯を磨いてるっす」


 にっこりと白い歯をみせるカイルに、紗良は笑顔で頷いた。二人の言葉に、しばらくあれこれと考えを巡らせた紗良は、それから、ぱあっと顔を明るくして言った。


「あ! わかった! 私も先々代と先代みたいに、医療繋がりの能力を得たってことだ!

薬草からの、高度な医療、安全な薬、そして――、魔法。

え、うそ、点と点が、繋がっちゃった! 納得だわ。みんなを健康にする恩恵繋がり!

しかも、私の能力って、薬すらも必要としないで怪我とか、病気とかを治せちゃうってことでしょ?! ってか、そもそも怪我とかなかったみたいに新品交換。

そんなすごすぎ能力を女神様からもらったってこと?!

治癒魔法――最っ高じゃない! お取り寄せ能力より断然よくない!? 一気にレベル上がったわよね! チート級よ! 最強の能力じゃない! これで、ヴォルフの待遇も――改善される!」


 やっほー! と浮かれて踊り回っている紗良に、ジョバンニが目を細めながら尋ねた。


「そんなすごい能力を女神様が紗良なんかに授けるか?」


 ジョバンニの言葉にぴたりと動きを止めた紗良が、眉を顰めながら、

「何よ、ジョバンニ、あなた私の能力を疑っているの? ――まあ、確かにね。私も、自分の身体の中に魔力が溢れるわ! うぉお! 力がみなぎる! って感覚は、皆無だけど、でも、ほらこの奥歯、つるっつるなのよ。何度も言うけど、私、自分の虫歯を治癒したの!」


 ほらと大きく口を開けてみせる紗良に、ジョバンニは何回も見たよと、顔を背けながら、

「じゃあ、他の怪我とか病気も治してみろよ。そしたら、お前の能力を認めてやるよ」


「他の怪我や病気ったって。ここにいるみんな、元気じゃない。私の虫歯だって、一本だけだったし――二人も虫歯ないんでしょ?」


 どうしろって言うのよと不満げに話す紗良に、カイルがおずおずと手を上げた。


「紗良さん、俺の指、治して欲しいっす」


「指? カイル、もしかして包丁で指切ったの? え、大丈夫? どこ?」


 紗良は、カイルの手を取った。カイルは、恥ずかしそうにしながら、

「指は切ってないっす。でも、さかむけがあるっす」


 カイルは、右手の人差し指を見せた。紗良は、カイルの指に顔を近づけて目を凝らした。


「あ、このさかむけね。わかったわ。これを治してみるのね。確かにね。さかむけって地味に痛いわよね。わかるわ。早く治したいわよね。了解。じゃあ、早速、みなさんに私の治癒魔法をご披露と参りましょうか」


 よしっ! と気合を入れた紗良は、カイルの指に手をかざした。


「ヒーールッ!!」


 三人は、カイルの指を覗き込んだ。


 変化はない。


「ヒーールッ!! 治癒! ちぃーーーーゆ! 回復! キューア! ヒーーーリング!! なおれ! ささくれ!! さかむけ!! なんでも、なっおーーーれっ!」


 はあとジョバンニは、大きなため息を吐いた。


「やっぱり、何も起こんねえじゃねえか。何が、最強魔法だよ」


「き、きっと、呪文がまちがってたのよ。それか、何か魔法を発動させるトリガー的な事が必要だったとか。

だって、だって、そうじゃないと、私の虫歯が治った説明がつかないじゃない。

それに、熱だって、出たのよ。むうんってしたし、めっちゃくちゃ苦しかったんだから」


 背中を丸めた紗良に、ジョバンニは、思いついたといった様子で、

「あ、あれじゃね? 熱を出したら一回だけ治癒魔法を使えるとか?」


「え? たったの一回しか魔法使えないってこと? だったら、たったの一回で大量の薬をお取り寄せした方が――断然いいじゃないの」


 がっくりと肩を落とす紗良。彼女をニヤニヤとしながら眺めるジョバンニ。


 カイルは、二人を見ながら、

「魔法、一回でも使えたんだから紗良さんは、すごいっす。また、今度熱出るまで、待てばいいっす」


 うさ耳をぴこんと出したカイルは、俯いている紗良の顔を覗き込んだ。柔らかな笑みを浮かべて、彼女を励ます。


 紗良は、カイルの耳を撫でながら、

「そうね。また、あの苦しい思いをしなくちゃいけないって思うと、結構厳しいところはあるけど、魔法を使えるならね。我慢よね」


 笑顔を見せた――。




「――え? 発熱するのって毎回じゃないんですか?」


 紗良は、驚きながらアーサーに尋ねた。彼らは、居間でテーブルを囲んでいる。


 熱も下がり体の不快感もなくなった紗良は、居間に下りてきて皆と昼食をとっていた。


 ご飯を食べながらアーサーに今朝の出来事を話していると、アーサーが首を傾げながら言った。


「婆様は、薬草をお取り寄せ――とやらをするのに、毎回熱を出すというようなことはなかったと思うのだが」


「え? じゃあ、侍婆様(さむらいばあさま)は、いつ熱を?」


「確か、新種の薬草を授かる時に、発熱していたようであったな。私が読んだ記録にもそのような内容のことが書かれておった」


「え? じゃあ、私の治癒魔法も虫歯だけだったら熱を出さなくても治せるってこと? じゃあ、今度発熱して、それで切り傷を治したら、今度は、切り傷も治せるって――そう言うこと?」


 ぶつぶつと言いながら考え込んでいる紗良に、ジョバンニが口を開いた。


「切り傷ったって、どうすんだよ。いろんな切り傷があるだろ。それを全部熱出してから、ひとつづつ治せるようになるって言ったら、お前、一生かかっても終わらねぇぞ」


「――私の能力、全然役に立たないじゃない」


 紗良は、再び肩を落とした。


 ――キャン


 サークルで寝ていた子狼(ヴォルフ)が目を覚ました。


 子狼(ヴォルフ)の鳴き声で反射的に振り返った紗良。子狼(ヴォルフ)は、紗良を見つけると嬉しそうにその目を見開いた。


 すくっと立ち上がり柵に駆け寄った子狼(ヴォルフ)は、勢いのまま、前足を伸ばして大きくジャンプした。


 軽々と柵を飛び越えた子狼(ヴォルフ)は、そのままダッシュで紗良に飛びついた。


「ヴォルフ、あなた、柵を――」


 飛び越えたの? と、紗良は驚きながら子狼(ヴォルフ)を見た。紗良の腕の中では、子狼(ヴォルフ)が、はっはっと口を開けて彼女に笑顔を見せている。


 ちぎれそうなほどブンブンと尻尾を振っている子狼(ヴォルフ)を見ながらアーサーが眉尻を下げた。


「ヴォルフのやつ、昨日はずっと、ぐずっておっての。紗良と離れていたのがよっぽど寂しかったようだ」


 アーサーの言葉を聞いた紗良は、やわらかな笑みを浮かべて言った。


「ヴォルフ、私もすっごく寂しかったわ。あなたと、あと少ししか過ごせないんじゃないかって思ったら、すっごく悲しかった。でも、もう大丈夫よ。私、元気になったから。まだまだ一緒にいられそうよ」


 子狼(ヴォルフ)の背を愛おしそうに撫で続けながら、

「あなたとこれからも一緒に過ごせるなら、それだけで十分ね。魔法なんて――いらないわね」


 ギュッと子狼(ヴォルフ)を抱きしめた。


 瞬間、紗良の腕の中で子狼(ヴォルフ)がぼんっと獣化を解いた。


 赤ちゃんヴォルフが、紗良の指をぎゅっと握りしめて、


「バッバ」


 ヴォルフが初めて自分の力で人に変身した瞬間だった――。

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