第二十七話 島に打ち上げられたイケオジと凍えたリスザル
「ジョバンニ、あなた、あの人に見覚えある?」
紗良は、隣で棒立ちしているジョバンニに言った。紗良の背中でヴォルフがキャッキャと手足をばたつかせている。
カイルは、彼らと少し離れた所でしゃがみ込んでいた。カイルの目の前には、ぐったりとしている男性が砂の上に横たわっている。
――冬支度を終えた紗良たち四人は、残り少ない日差しを満喫しようと浜辺を散策していた。
海岸線沿いに彼らの先頭を歩いていたカイルが、荷物の受け取りに使われる船着き場の方を指さしながら、「あそこに、小さなボートがあるっす。じいちゃん、追加で荷物を持ってきてくれたのかもしれないっす」と、嬉しそうに声を上げた。
彼の指す方向を眺めながら、ジョバンニが訝し気に耳を露わにした。
「でも、あっちからじいちゃんの声聞こえないぞ。本当にじいちゃんか? それに、ボートの手前にも何かないか?」
すでに駆け出したカイルの背中に、小さく呟いたジョバンニ。
紗良は不安そうにしながらヴォルフのお尻をぽんぽんと叩いた――。
「――ジョバンニ、この人の顔知ってる? 暗殺者?」
紗良は、男性を遠巻きに見ながら再度ジョバンニに尋ねた。
カイルが男性の濡れている前髪をかき分けて顔を露わにした。
濃い金色の髪をした男性は、遠巻きから見ても判るほどに彫りの深い端正な顔立ちをしている。
紗良は、男性をもっとよく見ようと彼に数歩だけ近づいた。首を伸ばしながら、びくびくと男性を観察しながら、
「この人目を閉じているのに、イケメンだわ。年齢は――、私くらい? 体は――、かなり細身だけど、この人も国宝級のイケおじね。
この国って、イケメン以外存在しないのかしら。あ、でも船のじいちゃんは――、ま、色々いるのね」
良かったわと胸をなでおろした紗良。一通りの観察を終えた紗良は、後ろで黙っているジョバンニに振り向きながら再度尋ねた。
「ジョバンニ、もっとこっちに来なさいよ。ちゃんとみて。この人、暗殺者?」
ジョバンニは、紗良の言葉に首を横に振りながら、
「いやいやいや、知らんよ。こいつのことなんて、まったく知らねぇよ。――お前、なんで俺が、暗殺者の顔を知っていると思ってんだよ。
俺、そんな特技ねぇよ。そもそも暗殺者なんておいそれと自分の顔をさらすわきゃねえだろ?
それ、暗殺者じゃなくて、お尋ね者だろ。そもそも暗殺するくらいの凄腕の顔なんて誰もわかんねぇし、そんなすごいやつ、こんなところでのびてないだろ。
――でも、わざわざこんな辺鄙なところに来るなんて、碌な奴じゃねぇぞ。
――カイル、お前、あんまり近づくな、あぶねぇぞ」
紗良は、後ずさりしているジョバンニを見ながら、
「何を言っているのよ。あなただって、こんな辺鄙なところに来た碌でもねぇ奴だったじゃないの。
あなた、数か月前のことすら忘れたの? 私、あなたのことも暗殺者だって疑っていたわよ。
それに、あなた、この子の執事兼、護衛じゃなかったの? なんで、さっきから逃げる気満々なのよ。
あなたもあっちに行って、カイルみたいにそこのボートの中を確認してきなさいよ。
もしかしたら、めぼしいものがあるかも知れないわよ。食糧とか――」
紗良は、男性から少し離れた先にあるボートを指さした。動かないジョバンニに近づいた紗良は、ほらと肘でジョバンニを小突いた。
「なんだよ、めぼしいものって。お前、発想が盗賊だな。俺は、嫌だよ。まだ、死にたくねぇ。俺は、ヴォルフの護衛だからな。ヴォルフから離れねぇよ」
さっと紗良の背後にまわったジョバンニに、
「もういいわ。私が行く。もし、ボートに上等な果実酒とか、金塊とかが出てきても――、あなたには一切渡さないからね」
冷ややかな視線を投げた紗良は、スタスタとボートの方へと歩いていった。
「あんな小さなボートに金塊なんて積めるわきゃねぇだろ――。それに、勝手にヴォルフまで」
ジョバンニは、紗良の背中で楽しそうにキャッキャと揺れているヴォルフを見ながら肩を落とした――。
「え? うそ、これって――。おさるさん?」
紗良は、ボートのへりに手をかけながら目を見開いた。大きな穴以外何も見当たらないボートの隅には、小さなリスザルがぐったりとその体を横たえていた。とぼとぼと紗良の隣に来たジョバンニも、今は、まじまじとリスザルを見ている。
紗良は、どうしたものかとカイルを見遣った。カイルは、まだ男性の傍らにいる。男性が動く気配は、ない。
「ジョバンニ、この子って獣人のおさるさん? それとも、普通のおさるさん?」
ジョバンニは、紗良の質問に何とも言えない表情をしながら、
「今? 今。確かめないとだめ? カイルじゃだめ? こいつ、触るの? ちょっと嫌だなぁ。病気とか持ってないよな? 嫌だなぁ。急に起きて嚙まれたりしたら――。いや、でも――」
ぶつぶつ言いながら手を出したり引っ込めたりしているジョバンニ。彼の様子をしばらく見ていた紗良は、呆れた顔をしながら彼に言った。
「あなた、護衛でしょ? さっきから嫌だ嫌だって――。私には、魔力がないんだから、あなたしかいないのよ。この子が獣人じゃなかったら、そのまま元気になるまで、塔でお世話するだけだけど。
獣人だったら、なんでここに来たのかとか、あの男の人との関係だって気になるし――、ヴォルフに危害を加えるために来たって可能性だって十分にあるのよ。あなた、ヴォルフのためにちょっとは頑張りなさいよ。カイルだって、頑張ってるのに――」
紗良は、横目でカイルを見た。カイルは、男性を移動させようとどこからか大きな板を持ってきていた。彼は、男性の身体の下に板を滑り込ませようと男性の脚を両手で持ち上げているところだった。
ジョバンニは、不安そうにカイルを見守る紗良の横顔を見て、大きなため息を一つ吐くと、ようやくリスザルの腹に手を置いた。
「――獣人だな。しかもかなり魔力が減っている。弱ってるな。体も冷え切っているし――それと、こいつ女だ」
どうする? と目配せするジョバンニに、紗良はおんぶ紐を解きながら、
「ヴォルフをお願い。彼女は、私が運ぶわ」
紗良は、ジョバンニに背を向けた。ジョバンニは、ヴォルフを受け取りながら尋ねた。
「こいつらが誰かわからない以上、こいつらを一緒の部屋にしない方が良いと思うけど、どうする?」
「そうね。用心に越したことはないわね。当分は、ばらばらにしましょう。
そういえば、カイルが言っていたわ。塔から少し離れたところに小さな古い薪小屋があるって。
そこに一人と、あとは、どうしましょう。塔のどこかに鍵をかけて閉じ込める? ――とりあえずは、カイルと合流ね」
紗良が視線を移した先では、カイルが紗良たちに手を振っていた。カイルの足元には、木の板の上で未だ動かずにいる男性の姿があった――。




