第二十六話 紗良と冬の始まり
「私、ちょっと考えたんだけど――」
紗良は、言いながら食べかけのパンを皿に置いた。彼女の横では、カイルがヴォルフを膝に乗せている。
ヴォルフは、カイルが作った木製の小さなスプーンを上機嫌で握りしめながらそれをブンブンと振りまわしてテーブルを叩いていた。時折、カイルがヴォルフのスプーンとテーブルの間に手を差し込み、ヴォルフに笑顔で首を横に振って彼にダメですよと呟く。
ヴォルフは、しかし、カイルの笑顔に、キャッキャと笑顔を返しながらより激しくテーブルを打ち付け始めた――。
「何だよ、真剣な顔して考えって。今度は、何を悩んでんだ? ――もしかして、この間の満月の夜にアレックスが現れなかったことか?」
ジョバンニが、深皿をテーブルに置きながら言った。彼が置いた皿からは仄かに湯気が立っている。
「うっ。そうね。それも、気になるけど......。違うのよ。私が今考えていたことは、薪のことよ」
紗良の言葉に、カイルは表情を暗くした。
「予想より、薪、集まらなかったっす。四人で冬を越すのにはまだ十分じゃないっす」
「そう。薪、足りないのよ。それで、私考えたんだけど、冬の間、私たち一緒の部屋で過ごすってのはどうかしら?」
紗良の提案に、ジョバンニが眉を顰めた。
「一緒の部屋で過ごすって、もうほぼ俺らずっと居間で過ごしてきただろう。今だって一緒に飯食ってるし、最近は、外も寒いしヴォルフだって、ここで遊ぶ時間の方が長いだろ」
「そうなんだけど、あの、私が言いたいのは、夜も一緒の部屋でみんなで過ごさないかってことなのよ」
「夜もっすか? 夜一緒にみんなで寝るっすか?」
紗良は、頷きながら、
「居間、結構広いでしょ? ヴォルフのサークルだって、とてつもなく広く作ってあるし――。
だから、ヴォルフのサークルをもう少し小さくして、このテーブルももっと隅に移動すれば、そこの壁際に私たちのベッドを置いたとしても、何とかなるんじゃないかって――。
私の世界では、ご飯を食べる場所と寝る場所が同じ部屋にあることが、結構あったのよ。
一人暮らしの人は、そういう間取りのアパートに住んでいることが多かったと思うわ。
私が住んでいた部屋もそうだったの。厨房と、ご飯を食べるテーブル、ベッドが同じ部屋にあったの。ワンルームって言うのよ」
紗良の言葉に、ジョバンニが驚きながら、
「お前、厨房にベッドを置いて寝ていたのか? 紗良、お前、そこまで――」
絶句したジョバンニ。カイルも心配そうな表情を浮かべている。ヴォルフは、楽しそうにキャッキャとカイルの手をスプーンで叩いていた。
「え? そんな大事じゃないわよ。私が住んでいた日本っていう所は島国で、もともと土地がここほど大きくないから、そういう風に工夫して生きていたのよ。
私の生活環境が極端に悪かったとか、そういうのじゃないの。
それに、私が住んでいた場所は特に人が密集していて、大抵の人は、そんな感じで暮らしていたのよ」
紗良は、慌てた様子で口早に答えた。カイルは、まだ暗い表情を浮かべている。
「そんなに小さな島に暮らしてたっすか」
ジョバンニの顔からも同情の色が滲み出ていた。
「――なんか、あなた達の顔を見ていると、日本が小さすぎてとんでもない国として認識されていそうだけど――。
まあ、とにかく、小さいなりに色々工夫して私たちは、暮らしていたのよ。
で、それと比べてもこの大広間、私たちの居間は、十分に広いの。だから、あなた達が良ければ、ここで冬の間でも一緒に、どうかなって――」
紗良の言葉に、先ほどまでの同情がまるでなかったかのようにジョバンニが、口を尖らせた。
「えー。俺は無理。だって、紗良いびきうるせえじゃん」
「うそ?! 私まだいびきかいているの? そっか、せっかく冬の準備と節約で痩せてきて、じいじの服も卒業できたのに――そっか、いびきはまだ――」
紗良は、しゅんとしながら俯いた。彼女は紺色のワンピースを身に着けていた。紗良は、ようやくカイルが当初用意していたワンピースを着ることができていた。
「――紗良さん、そんなにいびきしてないっす。ジョバンニさんの方がいびきかいてるっす」
カイルが、ジョバンニに胡乱な目をしながら言った。
「多分、紗良さんが飲まない分のお酒を毎日飲んでるからっす」
カイルの言葉に紗良は、驚きを隠せないっといった表情で、
「え? ジョバンニ、そんなに飲んでるの? もしかして、私が作った果実酒に手をつけた訳じゃないわよね?! あれは、とっておきなのよ! あなた、それに、まだ冬は始まってないわよ! すんごく寒くなったら、くいってやろうと思って楽しみにしているんだから、やめてよね――
はっ、もしかして、あなた、一人で隠れて酒を飲むためにわたしたちと一緒に寝ることを拒否したんじゃ。しかも、なに?! 私のいびきをだしにして、酷い人ね!」
紗良は、腕を組んで目を吊り上げた。ジョバンニは、肩を竦めながら、
「仕方ねぇだろ。お前ら、寝るのクッソ早いし、一人で部屋でやることったら、酒飲むことくらいしかねぇんだよ」
「だったら、一緒に寝るっす。俺も、実は、一人で部屋にいて退屈だったっす。みんなで、一緒の部屋で寝れば俺、いつでもジョバンニさんが退屈しないように話し相手になるっす」
「えー。お前らといてもなぁ。酒飲むなとかうるせえんだろ?」
ジョバンニは、横目で紗良を見た。
「酒は、あれよ。ちゃんと春までもつように飲めれば、そんなにうるさく言わないわよ。
それに、別に、私だって、一生飲まないわけじゃないし?
まあ、ジョバンニと一緒に飲むってのも良いし、私の果実酒も分けてあげなくもないし」
紗良の言葉にカイルは、「じゃ、決まりっすね。良かったー。これで、薪問題は解決っす! ずっと、悩んでたっす。これで、冬を越せるっす」
カイルは笑顔で手をパンっと叩いた。カイルを見上げていたヴォルフも、つられて手をパチンと叩く。
「あ、ヴォルフ! 今、手を叩いた?! うそ、初めてじゃない? すっごーい」
紗良は、嬉しそうに手を叩いた。カイルも何度もヴォルフに手を叩いて見せている。
ヴォルフは、二人の様子に興奮して手を叩きながら、体を弾ませた。
三人を眺めながらジョバンニは、
「夜、マジでつまんねえからな。ひと冬くらいなら、やってみるか。それに、酒も堂々と飲めることになったしな」
テーブルの皿を手にしたジョバンニは、残っていたスープを一気に飲み干し、
「俺、羊だから――冬に強いから、薪、そもそも要らねえんだけどな」
小さく呟いて、ニヤリと口角をあげた――。
こうして、紗良たちはなんとか冬支度を終えることができた。
しかし、その翌日。びっしょびしょに濡れた男性が、大きく穴の開いたボートとともに浜辺に打ち上げられた――。




