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第二十三話 紗良は作る、冬を乗り切るためのおんぶ紐

「よしっ! 冬の孤島サバイバルに向けての準備よ!」


 居間の丸テーブルに座っていた紗良は、四角い布を掲げた。


「それ、お前の枕の――」


 ジョバンニが訝し気な表情で言った。彼は、ヴォルフを膝にのせている。ヴォルフは、ジョバンニの膝の上で布製のおもちゃを握り締めながらキャッキャと体を弾ませていた――。


「そうよ。これは私の枕を覆っていた布よ。これがなくてもとりあえずは眠れるし。それに、これが一番頑丈だったのよ」


 紗良は言いながら布の両端を引っ張った。伸縮性に乏しいその生地はしかし、結構な厚みがあり、紗良が勢いよく引っ張ってもびくともしなかった。


「頑丈な布って、何に使うんだよ。獣のヴォルフのおもちゃとかか?」


 ジョバンニの言葉に紗良は目を伏せながら首を振った。


「おもちゃも、たくさん作ってあげたいけど――。優先順位がね。それは、また今度余裕ができたら作るわ。今回は、これでヴォルフをおんぶする道具を作るのよ」


 紗良は、筒状になっていた布を小型ナイフできれいに切り開いた。平らになった長方形の下の部分に丸い穴を二つ開ける。


「この穴に、ヴォルフの足を通すのよ」


 紗良は、布に開けた穴とヴォルフの太ももの太さを見比べた。首を傾げながらヴォルフの前まで移動した紗良は、それからヴォルフの足をやさしく握った。


「はぁあー、もっちもちぃ。さいっこう。この太ももの皺も――。全部が可愛いのよね」


 幸せと何度もヴォルフの足を握りながら、紗良は恍惚とした表情を浮かべた。


「――で、その穴にヴォルフの足を入れてどうするんだよ?」


 作業を忘れてヴォルフと遊び始めた紗良に、ジョバンニが急かすようにして尋ねてきた。


「そうそう、それでね。この二つの穴の上のところ――、この長四角(ながしかく)の上の部分、ここね。この両端の二つの角にそれぞれ紐をつけるのよ」


 紗良は、手に持っていた布を開くと該当する角二つをそれぞれ指差しながら、ジョバンニに説明した。立ち上がってテーブルに戻る。


 また、彼女はテーブルの上の紐を二本手に取って「これを縫い付けるの」と、ジョバンニに見せ、それらの先端を布の上部の両角にそれぞれ縫い付けはじめた。


「で、この足穴が開いている方の下の角二つには、今度は短い紐を輪っかにした、これを縫い付けて――、上の紐を通せるようにして」


 紗良は、「できたわ」と、完成したものをジョバンニに掲げてみせた。


 ジョバンニは、まだ理解ができないといった表情をしている。紗良は、見ててと笑顔を見せながら、完成したものを床に広げた。


 ヴォルフを抱きながら立ち上がったジョバンニは、不思議そうな表情をしながら紗良の隣に座った。紗良は、ジョバンニの腕からヴォルフを抱き寄せると、出来上がった布の上にヴォルフを仰向けに寝かせた。


 きゃっきゃと足をばたつかせている彼を何とか宥めながら、二つ穴にそれぞれヴォルフの足を通した。


 ヴォルフに背中を向けた紗良は、ジョバンニに、

「ヴォルフをその布ごと持ち上げて、私の背中に背負わせてくれる?」


 ジョバンニは、困惑した様子ながらも紗良の言う通りにヴォルフを布ごと前かがみになっている紗良の背中に乗せた。


 ジョバンニにヴォルフを背負わせてもらった紗良は、肩から垂れてきた二本の紐を自身の胸元で交差させた。両方の紐の端を小さな輪っかにそれぞれ通した紗良は、その紐を自身のウエスト部分で蝶々結びにした。


「――これが、おんぶ紐よ。これで、ヴォルフをおんぶしながら両手で作業ができるようになるの。ヴォルフが寝ていようが、起きていようが関係なく作業に集中できるわ。

これから、冬に向けて色々と準備しないといけないでしょう? ヴォルフはちょっとかわいそうだけど、冬まで時間が惜しいのよ。彼を背負いながら冬に向けて少しでも働きたいの」


 紗良はどうかしら? と両手を広げた。ジョバンニは、へぇと感心した様子で紗良を眺めた。


「これは、便利だな。俺もこれでヴォルフをおんぶできるのか?」


 ジョバンニは尋ねながら興味津々といった様子で背負われているヴォルフを眺めている。


「ええ、そうね。この紐、結構長めに作ったから、あなたでもカイルでも大丈夫だと思うわ。やってみる?」


 紗良の言葉に、ジョバンニは大きく頷いた――。




「――うわ。すっげ、結構安定してるな。おんぶしているのに、後ろに手を添えなくてもいいのがすっごい楽だな。それに、ヴォルフがいると背中があったけぇ。これは、冬、病みつきになるぞ」


 ジョバンニは、ヴォルフをおんぶしながら楽しそうに室内を歩き回った。紗良は、二人の様子を眺めながら、

「あとはヴォルフの後頭部を支える背当てを作るだけね」


「後頭部?」


 紗良の言葉にジョバンニが振り向きながら尋ねた。


「そうよ。ヴォルフが熟睡した時に頭がガクンって後ろに倒れるのを防ぎたいの。ヴォルフの頭を支えるものをつけ加えたいのよ。そのためには、何か硬い薄いものが必要ね。厚紙とかあればいいんだけど――」


 紗良の言葉に、ちょうど居間に入って来たカイルが答えた。


「厚い紙っすか? 硬い頑丈な紙ならなんでもいいっすか?」


 背後から聞こえた声に振り向きながら、紗良は、笑みを浮かべた。


「大きくても小さくても、頑丈そうなものなら、なんでも大歓迎よ」


「わかったっす。すぐに持ってくるっす」


 カイルは、手にしていた盆をテーブルの上に置くとすぐに踵を返した。




「――これっす」


 カイルは、緑がかった長方形の厚紙を紗良に差し出した。


 厚紙を受け取った紗良は、

「これ、すっごい硬い。これくらいなら十分にヴォルフの頭を支えてくれるわ。結構ザラついているけど――、布で覆っちゃえば平気ね。カイル、これにするわ。いいものをありがとう」


 紗良の笑顔に、カイルは満面の笑みで頷きながら、

「何枚必要っすか?」


「えっと、三枚かな。重ねた方が強度が増すし、長く持ちそうだし――」


「三枚っすね。じゃあ、これ全部どうぞ」


 カイルは、はいと残りの紙も紗良に手渡した。


 紗良はカイルから厚紙を受け取ると、それをまじまじと観察しながら、

「ねえ、カイル。この厚紙ってまだあるの? 私、良いこと思いついちゃった。これ、小さく切ってトランプっていう遊び道具を作りたいわ」


「遊び道具っすか?」


 カイルは、紗良の言葉に首を傾げながら尋ねた。紗良は、無邪気な笑顔を浮かべながら楽しそうに答える。


「そうそう、遊ぶもの。冬は、ここ相当寒くて、厳しくなるって話じゃない? 私たち、ずっと塔に閉じこもっちゃうのに、私たちの娯楽ってここには何にもないから。だから、この厚紙を使って私たちが遊べるものを作りたいなって――、あ、トランプの他に絵カルタも良いわね!」


 ぱあッと顔を明るくして楽しそうに話す紗良に、カイルは表情を暗くしながら口を開いた。


「紗良さん、それはちょっと駄目っす。この紙も冬まで取っておかないといけないっす」


 紗良は、カイルの表情と言葉に困惑しながら尋ねた。


「え? この厚紙? これ、冬に必要になるの? 何に使うの? 暖炉の燃料とか?」


 紗良の言葉に、カイルはブンブンと首を横に振りながら答えた。


「違うっす、拭くっす」


「拭く?」


 紗良が首を傾げていると、カイルは、おずおずと自身の尻を指さした。


「お尻を拭くっす。それ、便所の棚に入っていたやつっす」


「え? うそ」


 紗良は、驚愕の表情でカイルを見た。ヴォルフを背負いながら二人の会話を聞いていたジョバンニも目を見開いている。


 驚きのあまり固まっている紗良とジョバンニに、カイルは申し訳なさそうな表情をしながら、

「お尻を拭く紙も、今度の船で運ばれてくる分で終わりっす。その量じゃ、四人で冬を越せないっす。この厚紙は、侍婆様(さむらいばあさま)がじいじと一緒に作った、昔のお尻拭くやつっす。これだと、島にある材料で作れるっす。あと、じいじがお尻に使っていたのは、葉っぱっす」


「はっぱ――」


 紗良が呟いた。


「そうっす。葉っぱの方がお尻痛くないって、じいじ喜んで使ってたっす。俺も、厚紙より葉っぱの方が好きっす。それに、葉っぱは、じいじが薬草と一緒に育てていたから、塔の裏でたくさん採れるっす。あ、でも葉っぱ、冬には枯れちゃうから――」


 カイルは、斜め上を見ながら難しい顔をしていた。


 紗良は、呆然としながら「はっぱと、厚紙――」と、再び呟いた。


 不意に顔を上げたジョバンニが思い出したように、

「カイル、ケツ拭くいつもの柔らかい紙って、最後の配達でどれくらい届くんだ?」


 真剣な表情で尋ねるジョバンニに、カイルは屈託のない笑顔で答えた。


「船のじいちゃん、毎回、木箱に一箱(ひとはこ)分持ってきてくれるっす。それで大体、三人で、一月(ひとつき)分っす」


一箱(ひとはこ)。三人で一か月分、一人で――」


 ごくりと息を飲んだジョバンニ。ゆっくりと首を動かしたジョバンニは、紗良と視線を交わした。


 紗良は、彼の表情を見て驚愕しながら、

「だめよ! みんなできっちり分け合うのよ! 一人で、柔らかいおしり拭きを全部独占しようなんて! 絶対にダメ! わ、私のお尻だって、すっごくか弱いのに、それなのに、私も厚紙や葉っぱで我慢するんだから、ジョバンニだって――絶対だめよ!」


 ここに、紗良とジョバンニの柔らかい上等なお尻拭き紙争奪戦が始まった――。

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この聖戦だけは負けられない! (╹▽╹)
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