20. 記憶
フィリップの部屋で一眠りした後、アンナは自分の部屋へ戻った。
エヴァンとフィリップのおかげでケガはすっかり治っていた。
夕方――。
アンナはエリオットに会うため、グリフォネス魔法学校へと向かった。エリオットの寮の部屋をノックすると、彼が顔を出した。
「アンナ、会いに来てくれたの?」
「急にごめん! 話したいことが――」
アンナが話そうとしたその時、クリスがやってきた。
「おっ! アンナじゃん! みんなで共有ラウンジにいるから、二人も来なよ」
「すぐに行くよ」
エリオットはクリスに答えた。
「アンナも、変なジュースとか、もう無いから安心して」
クリスがそう言うと、アンナは少し恥ずかしそうに「……あれはもう二度と飲まないです……」と答えた。
クリスが去った後、エリオットはアンナに問いかけた。
「で、話って何?」
「実は――」
だが、そこにヘンリーがやってきた。
「エリオット! プレゼントがあるんだけど――って、アンナじゃん!」
「あ、こんにちは」
「プレゼントって何?」
エリオットはヘンリーに尋ねた。
「いや、あとでいいや!」
ヘンリーはそう言うと、その場から去っていった。
「はあ……」
アンナは思わずため息をついた。
「ごめん、とりあえず中に入って」
エリオットはそう言って、アンナを部屋に招き入れた。
「それで、どうしたの?」
「実は、昨晩襲われて……」
「え……!? ごめん、昨日はどうしても行けなくて」
「ううん、エリオットのせいじゃないの」
「ケガはもう大丈夫なのか?」
「うん。治療してもらって、もう大丈夫なんだけど……」
アンナは少し話しづらそうにしている。
「どうした?」
「襲ってきた人の顔が見えたんだけど……グリフォネス魔法学校のジェイムズだった」
エリオットは真剣な表情で話を聞いていたが、すぐに反応した。
「見間違いじゃないのか?」
「え……?」
「ジェイムズは俺の友人だけど、そんなことする奴じゃないよ」
「でも……」
「アンナがそう言うなら、ジェイムズとは話してみるよ」
「わ、わかった……」
「共有ラウンジにジェイムズもいるかもしれない。一緒に行ってみよう」
エリオットはそう言って、アンナと一緒に寮の共有ラウンジへ向かった。
共有ラウンジに入ると、ラウンジの隅で一人読書しているジェイムズが見えた。
エリオットとアンナは、ジェイムズの方へと向かって行った。
「ちょっといいか?」
エリオットがジェイムズに声をかけた。
「どうしましたか?」
ジェイムズは爽やかに答えた。
「実は、昨晩アンナが襲われたらしいんだ」
「そんな……最近ルミエールの学生が襲われてるとは聞きましたけど……」
「ジェイムズは、昨晩何してた?」
「昨晩ですか? 部屋で勉強してましたけど……どうかしたんですか?」
「アンナを襲った人物が、ジェイムズに見えたらしいんだ」
「そ、そんなことしないですよ!」
アンナは黙ったまま、共有ラウンジを出て行った。
「アンナ?」
エリオットはアンナの名前を呼んだが、困惑した様子だった。
共有ラウンジを出たアンナは、急いで駅へと向かった。
列車の中で胸に広がる悲しさを感じながら、アンナは駅で下車した。
ルミエールへ戻るつもりだったが、足を止め、代わりに近くの公園へと向かった。
静かな庭園にあるベンチに腰掛け、一人静かに考え事を始めた。
(たしかに、私の見間違いかもしれない……何の証拠もないし……)
アンナがうつむいていると、誰かが静かに隣に座ってきた。
「お前、こんなところで何してるんだ?」
「エヴァン……」
アンナは思わず涙がこぼれ始めた。
「ど、どうした!?」
突然の涙に、エヴァンは驚き、戸惑いながら彼女を見つめた。
「エリオットに、ジェイムズに襲われたことを話したら、見間違いじゃないかって言われて……」
「はあ!? それは最悪だな、あいつ!」
「そんなことないよ」
「いや、最低だろ! 彼女が言ったことを信じないなんて、ありえない!」
「ふふっ」
「な、なんだ?」
「なんでもない。けど、ありがと」
アンナが少し笑いながらエヴァンを見つめると、エヴァンは彼女をぎゅっと抱きしめた。
「えっ…」
「俺はお前の言ったこと、信じてるから」
エヴァンはアンナの頭を優しく撫でた。
「う、うん…」
しかし、その瞬間、誰かが声をかけてきた。
「アンナ?」
振り返ると、そこにはエリオットが立っていた。普段の優しい雰囲気とは異なり、顔には怒りの色が浮かんでいる。
「エリオット……」
「何してるんだ?」
エリオットが冷たく尋ねると、エヴァンが先に答えた。
「こいつが泣いてたから、慰めてたんだ。俺が勝手に抱きついただけだ」
「アンナ、行こう」
エリオットは強い口調で言いながら、アンナの手を取ってルミエールに向かって歩き出した。
「い、痛い…!」
エリオットが強く握りしめた手が痛み、アンナは思わず声をあげた。
「ご、ごめん……」
エリオットは立ち止まり、焦ったようにアンナの手を離す。
「アンナの言ったこと、すぐに信じてあげられなくてごめん」
「ううん。本当に見間違いかもしれないし……」
「アンナの言ったこと、信じてるから」
「うん……けど、何の証拠も無いし……」
「証拠なら……」
エリオットはアンナの目をじっと見つめる。その瞳に決意と不安が交錯しているのが分かる。
「本当はやりたくないけど、アンナの最近の記憶を覗いてもいいか?」
「記憶を……?」
「ここ最近のことだけだ」
「わ、わかった。いいよ」
エリオットは静かにアンナの額に自分の額を合わせ、目を閉じる。
そのまま数秒の静寂が流れ、エリオットはゆっくりと顔を離した。
目を開けたエリオットの顔には、怒りと焦り、そして何か決意のようなものが交じった表情が浮かんでいた。
「大丈夫……?」
「大丈夫。寮に、帰ろうか」
エリオットの声はいつもの優しさを含んでいるようで、それでもどこか重さを感じさせた。アンナは黙って頷き、二人はゆっくりと歩き出した。
寮に着き、二人はアンナの部屋に入った。
「アンナ、本当にごめん。ジェイムズのことは俺の方で何とかしておくから、安心して」
「ありがとう……」
エリオットはアンナをぎゅっと抱きしめ、そのまま質問した。
「アンナは、俺のことどう思ってる?」
アンナは一瞬答えに詰まった。
「……好きだよ」
「俺も、アンナのことが好きだ」
エリオットはそう言うと、アンナにそっとキスをした。彼の手がアンナの背中に触れ、彼女は一瞬ビクッと体を震わせた。
「怖い?」
「う、ううん。大丈夫……」
アンナがそう言うと、エリオットが優しく覆いかぶさるようにして、アンナはそのままベッドに背中から倒れていった。
しかし、アンナの震えに気づいたエリオットは、すぐに起き上がり、彼女の手を取った。
「ごめん、無理させたかもしれない。もう少し、時間をかけよう」
エリオットはアンナの頭を優しく撫で、立ち上がった。
「じゃあ、またね」
「おやすみ」
エリオットが部屋を出ていくと、アンナは静かにその場に残り、深く息をついた。