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目覚ましい飛躍から想定外事象

4月8日(金)、敦と大樹は陽生学園第二高校に行き、入学式を終えました。敦は入寮し、大樹は後ろ髪を引かれる思いで敦賀に帰りました。


本章では、敦がどのように変わっていき、家族がどのように変わったかを描きたいと思います。入寮後の詳細はわからない部分もありますので、トピック的に書き進めていきます。


前回の後書きでは、次章を最終章にするとお伝えしましたが、物語の展開を考慮し、次章も続けて描いていくことにしました。引き続き、敦と家族の成長と絆をお楽しみください。

(1) それぞれの始まり


敦は入寮して、横の先輩に食堂やネクタイの結び方、風呂の入り方などの面倒を見てもらい、クラスでは新入生全員が自宅に帰りたい暗い雰囲気でしたが、担任の南田の計らいや学校行事を通じて、少しずつ友人も増え始めました。また、この学校は毎日のように小テストを実施しますが、先輩や仲良くなった同級生と自習室で一緒に勉強することで、ゴールデンウィークまでの平均点数が70点以上となり、大樹が送った西村京太郎の小説を毎日欠かさず読むことで、ゴールデンウィークまでに1000頁を読み終えました。


部活は、卓球部に仮入部しましたが、何か合わないように感じた敦は、車が大好きで絵を雑誌に応募すると抽選でステッカーをもらえるので、美術部に入ることを決めました。美術部の顧問は担任の南田であり、入りたいと相談したところ「お前いい体しているな…だから絵を書くのはもったいないので、陶芸するか」と言われ、陶芸に打ち込むのでした。


また、ひろみや大樹に、初めは毎日電話をかけてきましたが、1週間を過ぎたころから電話が来なくなり、大樹とひろみは敦の一人立ちを喜んでいました。


大樹は新しい職場や未経験の業務に戸惑い、四苦八苦していましたが、山中を含む職場の仲間のフォローにより、どうにか業務をこなしていました。一方、5月から止まっていた夢の原子炉である「高速増殖炉 わかさ」が7月まで稼働するため、規定の準備やトラブルの対応の準備で、毎日21時頃に帰宅する日々を過ごしクタクタになっていました。おまけに、4月28日に行われる訓練ではマスコミや監督官庁の職員が来るため戦々恐々としていました。


4月28日(水)、大樹は実際に緊急時対策室に入り、対応を行いましたが、これが初めてで戸惑うこともありましたが、廻りのフォローによりどうにか終わらせることができました。しかし、5月以降は全てのトラブルを報告するようになり、毎日のように緊急時対策室に入ることになり、帰りも21時過ぎという過酷な毎日を過ごしていました。


夏帆は入学後の状況もあまり良くありませんでした。部活は卓球部に入部しましたが、同級生は夏帆を含め2名だけで、クラスでも話す相手もなく孤立していました。遊び仲間は3年生の女子、2年生の男子の数人のグループで、良い子たちではありますが、親からネグレクトを受けていました。大樹は色目で見ることなく、土日に遊びに来た時などは昼食を振る舞い会話をしていましたが、その子たちも他の不良グループとつるむようになり、次第に夏帆から離れていきました。


また、教師から「何で、こんなのわからないんだ」と言われた後、宿題の提出をしなかったりと、問題行動も多く見られました。今思えば、よく不良になったり不登校にならなかったなと大樹もひろみも感心していました。本人曰く「私はお兄ちゃんのように、陽生学園第二高校に行きたくない」との思いで踏ん張っていたのでした。


唯一順調なのはひろみだけで、特に新しい生活を迎えることもなく、地元スーパーのグッパイの畜産部門でパートをしており、仲間たちとも仲良くしていました。一方、野坂家では車が1台しかないため、雨の日は車で送迎しなければならず、それだけが辛いと言っていました。


それぞれの新しい生活が始まり、いよいよ4月も終わりに差し掛かり、4月29日(木)に陽生学園第二高校では新入生が主体となる文化祭「ルーキーステージ」が開催されます。3人で行くとともに、敦は5月5日までは帰省するため、連れて帰ってくる計画を立てていました。


(2) 目覚ましい変化と成長


4月29日(木)、朝は10℃以下で相変わらず肌寒かったが、太陽が降り注ぐ朝だった。3人は朝食を済ませ、8時頃に車に乗り、陽生学園第二高校に向かった。ゴールデンウィーク初日でもあり、北陸道の下りは若干車が多かったが、野坂家は逆方向なのでスムーズに進んでいた。伊勢道に入ると、お伊勢参りの車で渋滞したが、どうにかこうにか10時過ぎに陽生学園第二高校に到着した。


案内役の生徒の誘導により、野坂家の3人は体育館に入り、空いている席に座る。体育館の前方では新入生の1ヶ月の様子が映像で流れていた。3人はそれを見ながら、敦は元気でやっているのかな…と思っていたが、敦の姿が映ったとき、その顔が楽しそうだったので、ほっとした。10時30分になりルーキーステージが始まり、寮対抗の歌合戦や催し物があり、新入生が1ヶ月で変わったんだな…と感じるのだった。次に表彰式があり、敦は1000頁読書の完結やデイリーテスト平均70点以上で表彰されたので、大樹やひろみは嬉しく感じた。


その後、昼食を食べた後、親たちは各教室に向かう。野坂家の3人は1年4組に行き、1ヶ月の状況と帰省時の説明を受けた。廊下には生徒の姿があり、入れ替わりで生徒が教室に入り、ホームルームが始まる。多くの生徒が、久しぶりに帰れるということでワクワクしているのが伝わってきた。ホームルームが終わると、敦が野坂家のところに来たので、3人で「お帰り」と迎えて、家に向かうのだった。帰りの車では、敦が学校での状況をいきいきと話していた。大樹は送り出したときは不安そうな目をしていたが、今は自信をつけ、やる気に満ちた良い目をしていたことに驚くとともに、約2年間、敦に対し何をしてもダメだったのに、約1ヶ月での変化に驚き、仕事もこの子のために頑張らないとな…と思うのだった。


ゴールデンウィークは、福井市に出かけたり、自宅でバーベキューをしたりと楽しみ、その他の時間、敦は腹一杯ゲームをして、あっという間に5月5日の帰校日になった。家族で学校に送る予定だったが、16時までに陽生学園第二高校に着けばいいので、ついでに伊勢神宮に行った後に送り届けた。大樹もひろみも学校に帰るかな…と若干心配したが、学校に送り届けたときに、同級生らしき生徒とすれ違ったときに、嬉しそうに手を振っていたので、心配無用だった。


敦は帰省するたびに背が伸び、体つきもがっちりしていき、家で過ごした後は、ぐずらずに帰校するようになり、目つきも変わっていった。10月に入ると、突然ひろみに敦から電話があり「陶芸の作品が受賞したので、10月31日に、津市総合文化センターの表彰式に来てほしい」とのことだった。大樹は地区の体育部員でその日は行事があったが、敦の晴れ舞台なので、途中まで参加して表彰式に行くことにし、4人で行った。


表彰式の後、南田から「せっかく遠くから来られたので、17時までに帰ってくればいいので、喫茶店でお茶でもどうですか」と言われたが、敦は「みんなと一緒に学校に帰る」と答えたので、喫茶店には行かず自宅に向かった。大樹もひろみも、敦が自立し始めたことに喜びを感じていた。


その後も、定期テストの点数が上がったり、部活に真面目に取り組むなど、学校でも評判になるようになっていた。


(3)離婚の危機


2011年1月、敦は正月休暇を終えて陽生学園第二高校に帰校し、平穏な日々を過ごしていたが、1月の終わり頃から、夜中に携帯電話のEメールで誰かとやり取りをするようになった。また、食事も手抜きが多くなってきたため、大樹が「最近、手抜きが多いんじゃないか?」と言うと、ひろみは「そんなことない」と答える。


2月に入り、車のガソリンがなに気づき、大樹がひろみに「ガソリン入れに行きたいから、ガソリン代ちょうだい」と聞くと、ひろみは「明日になったら、まとまったお金が入るから、待って」と答える。


大樹が「どういうことだ…」と問い詰めると、ひろみは「いいから、明日まで待って」と頑なに言う。大樹が「もう、ガソリンないのよ…どうするの」と聞くと、ひろみは「いいから、明日まで待って」と頑なに答える。大樹はおかしいと思いながら、クレジットカードを使い、ガソリンを入れに行った。給油後、1枚目のカードを渡すと「お客様、使えません」と言われたので、2枚目を渡すとそれが使えた。おかしいな…と思い家に帰り、両者のカードの明細をインターネットで取り寄せると、1枚目が約80万円、2枚目が約60万円使われていた。大樹はひろみに「お前、俺のカード、使ってないか?」と聞くが、ひろみは「使ってない」と答えた。大樹は、2月7日(月)、代休を取得していたので、カード会社に電話することにした。


2月7日(月)、大樹がカード会社に連絡すると、カードを使用した電話番号を教えてくれた。確認した結果、それはひろみの携帯電話番号だった。それをカード会社に伝えると、カード会社は「奥様の利用分は撤回できない」と頑なに答える。大樹は「妻には暗証番号も教えていないし、入浴と就寝以外は肌身離さず持っているので、それで使えるのは納得できない」と食い下がると、担当者は「消費生活センターを通してください」と答えた。


その後、消費生活センターに電話して16時から予約を取るとともに、大樹はひろみを問い詰め、全ての貯金通帳を渡すように言った。中身を確認すると、通帳にはお金が入っておらず、家賃も3ヶ月滞納していることがわかり、大樹は怒り心頭して「どういうことだ…」と問いただすが、ひろみは黙ったままだった。大樹は「16時から消費生活センターに行くので、着いてきてもらう。嫌なら離婚する」と言い、2人で消費生活センターへ行くことになった。


消費生活センターでわかったことは、敦が居なくなった寂しさから、ひろみがサクラメント詐欺に手を出し、景品商法にも手を出していたということだった。その後もひろみは反省せずにサクラメントを続けていたため、実家と義理実家を含めて話し合い、3月に義理実家へ帰すことになり、別居することになった。消費生活センター対応は、途中から大樹一人で行った。大樹は、若いときにもひろみが詐欺にひっかかったり、何に使ったか不明なことがあったため、家族を守るために離婚を決意するのであった。


(4)敦の状況悪化


敦はというと、寮では面倒を見ていた横の先輩が12月で退学になり、横のブースは誰もいなくなった。おまけに、仲の良かった同級生で同じ寮の同じ部屋の友人が、やんちゃな同級生から殴られるなどのいじめを受けていたのを見ても、可哀そうで助けることができなかった。そのいじめた同級生が敦にもちょっかいを出してきたため、殴り合いの喧嘩になった。この件は、教諭を含めた当事者間の話し合いでどうにか解決し、3月に帰省してきたときは、戦う目に変わったとともに、特進クラスに入り、寮も変わりたいとの思いからかなり勉強したようで、1年生の3月の期末テストでは英語が学年1位、社会科が学年3位などの好成績を出したが、特進クラスに行くこともできず腐り始めていた。


さらに、自宅に帰省しても、ひろみはおらず、大樹が消費生活センターの対応に追われるため、敦との会話をする余裕がなかった。福岡から大樹の両親であるキク子や功が、帰省時にはわざわざ敦賀に来て、面倒を見ていたが、敦の心の隙間を埋めることができなくなってきた。このことから、2年生になるとクラスで仲の悪いクラスメイトと喧嘩して呼び出されたり、寮内の掃除を邪魔してきた3年生に対してキレてしまい、ほうきの柄で腹を強く突いて、そのあとに殴ったりして夜中に呼び出されたり、やんちゃな同級生の理不尽な命令にキレて、シャーペンを投げて授業中に喧嘩したりする問題行動が多くなった。


5月に自宅謹慎処分、6月の後半に進路変更処分という事実上の退学処分となった。


(5)敦の転校


5月の敦の謹慎から、大樹は先が見えない状況に途方に暮れていた。ひろみの消費生活センター対応や敦の謹慎もあり、家庭内では大樹と敦がぶつかり合うことが多くなり、敦もイライラから夏帆に当たることが多くなっていた。夏帆は「こんな家嫌だ…」と思うと同時に、学校での状況も良くないため、死にたいと思い校舎から飛び降りようと考えることもあったが、敦が謹慎になると祖父の功や祖母のキク子が来てフォローしてくれたことで、ギリギリで思いとどまっていた。


しかし、敦はキク子ともぶつかることが多く、やりきれない思いを爆発させることも多かった。6月の終わりに学校から呼び出され、大樹とキク子、敦の3人で行ったときに「進路変更処分」を言い渡され途方に暮れた。


敦は、大樹と話しながら転校先を考えていた。大樹は「敦賀の西福寺高校か、福岡の筑紫野産業高校がいいのではないか」と提案したが、敦は「もう1回、寮生活がしたいので、陽生学園第三高校がいい」と言い張る。大樹は陽生学園第二高校に電話をかけて「第三高校に転校できないか」と相談し、6月27日(月)に陽生学園第三高校から電話があり、「7月1日(金)にこちらに来てもらい、学校見学と試験を受けてください」と言われ、暗雲から光が差し始めたのだった。


7月1日(金)、大樹と敦は陽生学園第三高校に向かった。陽生学園第三高校は兵庫県姫路市にある男子校で、中国自動車道の福崎ICから約10km走ったところに門があり、中国道の高架下をくぐった後、小高い丘の上にオレンジ色の校舎が建っており、その対面に「陽生道場」と書かれた体育館があり、丘を下ったところに3つの寮があり、周りは山に囲まれていた。


二人が陽生学園第三高校に着くと、案内役の55歳位の男性が近づいてきて「陽生学園第三高校 教頭の梅谷です。今日は午前中に寮の案内と試験を受けますので、よろしくお願いします」と言われ、二人は挨拶して、3つの寮の案内をしてもらった。3つの寮の責任者は校長と2人の教頭であること、敦が入学したら「明光学寮」と言うことの説明を受け、その後、試験と親子面接を受けて、山崎IC近くで遅い昼食を取り、自宅に戻った。


7月3日(月)、陽生学園第三高校への転校が決まり、7月7日(金)の10時30分に陽生学園第三高校に行くことになった。大樹と敦の他、功とキク子も同行することになった。


7月7日(金)、8時頃に4人は陽生学園第三高校に向かった。道中、敦は前夜眠れなかったのだろう、助手席で眠っていた。10時30分に陽生学園第三高校に着くと、梅谷ではなく担任になる桧山が挨拶をしてきた。若い教師であるが、しっかりとしている感じであり、寮に案内してもらい、4人で荷物を片付けた後、敦は教室に入り紹介されるとのことで、敦と別れた。


大樹は、陽生学園第二高校に入学したときは後ろ髪を引かれたが、今回は安堵するのであった。陽生学園第三高校から帰る途中、山崎の道の駅で食事をしているときに、消費生活センターから電話があり、2社のカード会社と話がまとまり、支払いが帳消しになるとの連絡が入った。ひろみの対応も終焉を迎えた。


功とキク子はそれを聞いて、7月8日(土)に福岡に帰っていったが、7月9日(月)、大樹が会社に行こうとしたとき、立ち上がれなくなり、会社を休むのであった。大樹は、敦がうまく学校になじめることを願うとともに、ひろみとの離婚に関する話し合いだけが課題となった。

本章では、家族それぞれの新しい生活の始まりから、苦難や変化、成長を描いてきました。


敦は、陽生学園第二高校に入学し、寮生活を送りながら多くの困難に直面しました。いじめや喧嘩に巻き込まれながらも、勉強に励み、優れた成績を収めましたが、結局、特進クラスに進むことができず、不安と怒りを募らせていました。そして、家庭ではひろみの消費生活センター対応や、大樹との衝突が続きました。家庭内の緊張が高まり、夏帆はその影響を受け、孤立感を深めることもありました。


ひろみの消費生活センター対応は最終的に解決し、敦は陽生学園第三高校に転校することが決まりました。新しい環境での再スタートに期待と不安が交錯する中、大樹も家族のために奮闘しています。


次章では、新しい環境での敦の成長と、家族の絆をさらに深めていくエピソードを描きます。どのような困難を乗り越え、新しい未来を切り開いていくのか、どうぞご期待ください。


そして、次章が最終章となります。これまで物語をお読みいただき、ありがとうございます。最後までお楽しみいただければ幸いです。

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