三行半と辛い夏
前章では、敦賀南中学の校長である津島から「説明会に行くこと、修学旅行に行くこと、修学旅行後は教室に入ること」を約束する誓約書を書かなければならないという理不尽な要求を受け、敦は修学旅行を欠席するという結論に至ります。一方、修学旅行欠席は不登校の洗礼の一つに過ぎず、最大の課題は高校進学という大きな壁が待ち受けています。
本章では、夏休み前に行われた父親を交えた四者面談やその後の修羅場について描いていきます。
(1)四者面談
6月に修学旅行を欠席した後、敦の状況は、悪化した。修学旅行前までは、ひろみが休みの日は、午前中に車で送ってもらい、カウンセリングルーム登校をしていたが、それ以降は、午後からしか行かなくなっていた。
一方、大樹の状況は、今まで二人三脚で仕事をしていた小川の出向解除が決まり、新しく阿南が赴任した。阿南は、真摯的な一面があるが、頑固なところがあり、無理な命令を出したりすることも多かった。その他、経年劣化研究室だが8月の始めに敦賀半島の先端から市内敦賀中心にある敦賀支社への移転が決まった。更に、受託研究が始まり、福井科技大との共同研究の窓口となり福井市への外勤も多くなってきたことから、敦のことに関して関与する余裕がなくなって来たので、敦が昼からしか学校に行っていないことは知る由もなかった。
7月の中旬、大樹が帰宅したときに、ひろみが「学校から4者面談したいので、夕方でもいいので、来てくれないか」と聞いて来た。大樹の職場では金曜日が定時退勤だったので、「金曜日ならば定時に帰れるので、約束できるよ」と答える。
ひろみが「では、7月17日(金)で話しておくね」と聞くと、大樹は「では、よろしく」と答えた。
大樹は、通常は、三者面談であるが、四者面談ということは、三行半を下すということだよな・・・と感じていた。
7月17日(金)、17時過ぎ、夕方であるが、陽ざしが強く暑い日であった。大樹が会社から帰宅してすぐに、大樹とひろみ及び敦が敦賀南中学校に向かった。
夕方になり少し涼しくなっているが、日差しは強く、大樹は、覚悟を決めながら、2階階段を昇る。ひろみが少し前を歩き、インターフォンを鳴らすと上野が開錠した。
上野が「お忙しい中、申し訳ございません」と言いながら、第2カウンセリングルームに通す。
窓側に上野、反対側に大樹、ひろみ、敦が座り、机の上には琵琶湖学園高校と道長高校のパンフレットを置いた。窓の外には、夏の陽ざしが校舎を照らし、部活動をする生徒の声がかすかに聞こえてくる中、大樹は、これらの学校を紹介するのだろうと思いながら座った。
上野が「初めまして、敦君の担任をしています上野と申します」と挨拶すると、大樹が「敦の父親の野坂大樹と申します」と挨拶する。
すると、上野がひろみに向い「野坂さんとはいつも電話等で話しているので、今日は何を話しましょう」と言うので、大樹は、心の中で、無理やり、俺を読んどいて、話の題材を用意していないのか、失礼な奴だなとイラっとしながら、「今日は、息子の進路の話をするのではないですか?」と聞く。
上野が「はい、そうなんですか・・・」と素っ気ない返事をする。大樹は、三行半を下すならば、はっきり言えば言いのに、言いにくいのかな・・と感じながら、「息子がクラスで授業を受けずにカウンセリング登校しているのは知っています。一方、息子は、敦賀技術高校の機械科に行きたいとも言っていますが、2学期から教室復帰できたら行くことができますか」と聞くと、上野は「敦賀技術高校は近年レベルが上がり、凄く厳しいですが、夏休みに午前中に行っている補習に来ていただけたらと思います」と答える。
大樹が「補習を行けたら、少しでも可能性がありますか」と聞くと、上野は「それでも厳しいと思いますが、まずは、補習を受けていただけたら、行かないよりもマシだと思います」と答える。
大樹が「他に、市内のほうに、越前工業大学付属高校という私学があり、工業課があると思いますが、そこはどうですか」と聞くと、上野が「敦賀技術高校よりも可能性がありますが、近くの中学にも通えないのに、1時間30分かける福井の高校に通えると思いますか」と答えた。
大樹は「それでは、先生はどこの高校を紹介しようと思っているのですか」と少し上野の態度にイライラしながら聞いた。上野が「ここに、2つのパンフレットを用意しました。1つは道長高校で、通信制の高校で1ヶ月に1回通学すればいいです。もう一つは琵琶湖学園高校で、これは普通の全日制高校です」と答える。
大樹が「道長高校と琵琶湖高校は、何処にあるのですか」と聞くと、上野が「道長は、福井市内で、道長は彦根です」と答える。
大樹は、「先生、先程、越前工業大学付属高校の話した時、福井に通うのは厳しいならば、道長も厳しいのではないですか、それと彦根も同じ位時間がかかるならば、無理ではないですか」と少しあきれた口調と聞くと、上野は「琵琶湖は厳しいと思いますが、道長は月1回なので大丈夫じゃないですか」と答える。
大樹は、昨年に母キク子から教えられていた陽生学園のことを思い出し「琵琶湖高校は、全寮制とか寮がある学校ですか」と聞くと、上野が「ここは、電車で通うしかありません」と答える。
大樹は「最後に、三重県にある陽生学園という全寮制高校は知っていますか」と聞くと、上野は「知りません」と答えた。その後、上野は敦に「明日からでいいので、8時30分から補習しているので、来てね」と答えて、四者面談を終えた。
大樹は、敦とひろみに「学校は、当てにならないから、俺らで探すしかないよね。それと、敦、お前、明日から補習に行かないとね、それじゃないと、全寮制の陽生学園しか行くとこなくなるからね」と言うと、敦は怪訝そうな顔をしながら無視していた。
(2)流血
四者面談の後、自宅に帰り、大樹はひろみと敦に「今日のことで、学校には頼らない。学校はこっちで探す。ただ、ある程度の学力が必要だから、ひろみ、家庭教師のイドムに問い合わせてみて。敦、お前は補習に行け」と言った。
ひろみも危機感を感じ「明日、聞いてみる」と答えたが、敦は、補習に行かなければならないのは理解しているが、父親への不信感からやけ気味に「わかった」と答えた。
7月20日(月)、夏休みが始まり、3年生の補習も始まったが、敦は行けなかった。その日、上野からひろみに電話があり「敦賀技術高校のオープンスクールが7月28日(火)にありますが、どうしますか」との内容だった。ひろみが敦に聞くと「行く」と答えたので、出席するとひろみが上野に返事をした。そして、そのことを大樹に伝えていた。
7月28日(火)、ひろみは休暇を取って準備を整えていたが、敦は朝になるといつものように抵抗してオープンスクールを欠席した。
その夕方、17時40分頃に大樹が仕事から帰宅すると、家の中にはサバを焼いた香ばしい匂いが漂い、ひろみがキッチンで忙しく動き回っていた。大樹は居間にいる敦に「今日、どうだった?」と聞く。敦は顔が強張り、黙って見つめるだけだった。大樹がさらに詰め寄り「お前、行ってないだろう…」と声を荒げる。敦は息を呑み「具合が悪かったんだ…」と答えた。
敦は中学校に行っていない自分が高校のオープンスクールに行くと、周囲から陰で何を言われるかわからないという恐怖に苛まれていた。しかし、その恐怖を父に言い出すことができなかった。
大樹は、四者面談で高校進学という現実を突きつけられ焦っており「お前、現実をちゃんと見てるか?来年は受験だぞ。ところで、補習には行っているのか?」と問い詰めた。ひろみが「行ってない」と答えると、大樹は苛立ち「お前、高校に行けないぞ。高校に行かなかったら追い出すからな」と言うと、敦が涙目で「もううるさいな…それなら死んでやる!」と言い、ラジカセを頭に叩きつけて破壊した。
大樹は敦が頭から血を流しているのを見て冷静になり「敦、病院へ行くか」と提案。敦が「どうしてだ…」と尋ねると「頭を触ってみろ」と言う。敦が頭を触ると流血していることが分かり、「病院へ連れて行ってくれ」と叫ぶ。大樹が「死ぬ気がないなら病院へ行こう」と言い、敦が泣きながら懇願するとようやく外来診療窓口に電話して市民病院へ連れて行った。
結果的に敦は針で縫わずガーゼで止血し、大樹は医療費7000円を支払った。大樹と敦が病院に行っている間、夏帆は家の雰囲気に幼い心が悲鳴をあげ「もう、こんな家嫌だ!」と大声で泣き、ひろみが宥めるのであった。
大樹は、居間にいる敦に「今日、どうだった?」と聞く。
敦は、ヤバいと感じ、顔が強張り、黙って見つめるだけであった。
大樹がさらに詰め寄る。「お前、行ってないだろう・・・」と声を荒げる。敦は、息を呑み、「しょうがないだろ・・具合悪いんだから・・・」と答える。
敦は、中学に行っていない自分が高校のオープンスクールに行くと、周囲から陰で何を言われるか分からないという恐怖に苛まれていた。その恐怖は、彼の心を締め付け、息苦しさを感じさせるほどだった。
しかし、父の詰問に対してその恐怖を言い出すことができなかった。
大樹は、四者面談で、高校進学という現実を突きつけられて焦っており、更に畳みかける「お前、現実をちゃんと見てるか?来年は受験だぞ。ところで、補習には行ってるのか?」と聞くと、ひろみが入って来て「行ってないよ」と答える。
大樹が苛立ちながら「お前、高校、行けね・・・ぞ。高校行かなかったら追い出すか・・・陽生に放り込むからな・・」と言うと、敦が涙目で、大樹が俺のことを理解してくれない苛立ちから「うるさいな・・それだったら、死んでやる」と答えた。閉ざされた心が爆発したかのように、ラジカセを頭に3回叩きつけて、破壊した。
大樹も熱くなって怒鳴ろうとしたとき、頭から血が滲んでいるのが見えて、少し冷静になり「敦、良かったな、明日には死ねるぞ・・・」と言うと、敦が「どうしてだ・・・」と聞いてくる。
大樹が「頭を触ってみろ」と言うと、敦が頭を触り流血していることを確認して、自らの死が直面することを恐れて「病院へ連れて行け」と叫ぶ。
大樹が「何でや、死ぬ奴をどうして、病院へ連れて行くの、ほっといたら、明日死ねるからよかったじゃん」と言うと、敦が「死にたくないから、病院へ連れて行ってください」と泣きつく。
大樹が「俺は、信用できない。お前、直ぐに死ぬというじゃん」と言うと、敦が「もう、死ぬと言わないから病院へ連れて行ってください」と懇願した。
夏の夕日が真っ赤に染まり、電気をつけていない家の中は、いつの間にか暗くなっていた。
大樹は、外来診療窓口に電話して、市民病院を紹介されて連れて行った。
夏敦は、針で縫うことなくガーゼで止血するだけであり、大樹は、医療費7000円を支払い、お互いに痛い出費であった。
大樹と敦が病院に行ったとき、夏帆は、殺伐とした家の雰囲気に幼い心が悲鳴をあげ「もう、こんな家嫌だ・・」と大声で泣き、ひろみが、それを宥めるのであった。
(3)溺れる者は藁をもつかむ
四者面談の後、大樹は敦賀技術高校を含む福井県の高校への進学が厳しいと思い始め、今まで敦への脅しに使っていた陽生学園への進学も視野に入れなければならないと感じていた。
7月29日(水)、大樹が会社から帰宅したとき、ひろみが「家庭教師のイドムから電話があり、7月31日(金)の19時に伺いたいと言ってきたので、約束したよ」と言う。大樹はニコッと笑い、救世主が来たと思いながら「わかった。是非ともお願いして」と答えた。
7月31日(金)、夕焼けが空を染め、ヒグラシの鳴き声が響き、涼しい風が吹き始めたとき、イドムの営業が訪ねてきた。名前は岡部、50歳位の中年男性だった。ひろみは岡部を中に招き入れ、大樹と敦を含めて打ち合わせに参加した。
岡部が一通り、イドムのマンツーマン指導について説明する。自宅で行う方式と塾のような場所で行う方式があり、入学金は3万円で、1回5千円であることを伝えた。
次に、岡部が敦のことについて聞いてきたので、ひろみが不登校であることや四者面談のことを話した。岡部は、上野と同様に敦賀技術高校は厳しく、進学できるのは越前工業大学付属くらいだと言った。そこで、大樹が「私の実家は福岡県太宰府市であり、そこに預けて高校に行かせるのはどうですか」と聞くと、岡部が「それはいいですね」と答えた。
大樹が「実家の近くには筑紫野産業高校という私立高校があります。敦は自動車が大好きなので、機械科に行けばやりがいがあるのではと思っています。この母校には機械科がありますので、どちらかに進学できたらと思います」と言った。
岡部は「その方向で進めましょう。ところで、いつから開始しますか」と聞いたので、大樹が「できるだけ早くがいいので、いつからできますか」と逆に聞く。岡部が「8月の終わりから開始できますので、入学金と授業料を先に納めてください。それから具体的な開始日を決めましょう」と答え、帰っていった。
次の日、大樹は筑紫野産業高校にホームページから早速問い合わせをするのであった。
大樹、ひろみ、敦は、四者面談に挑みましたが、敦の担任である上野が、話す内容を用意していないことへの不信感や、高校進学に関するアドバイスがなく、ただ夏休みに開催する補習に来てほしいことを言うだけだったため、大樹は敦賀南中学の対応に憤りを感じ、学校を頼ることはしないと決めました。
しかし、敦は敦賀技術高校のオープンスクールを欠席し、補習も行かなかったことから、大樹と口論になり、ラジカセを頭に打ちつけて流血するという修羅場になりました。一方で、家庭教師のイドムの営業と話したことで、大樹の母校である筑紫野産業高校に進学させるという希望の光が薄く照らされました。
次章では、大樹が筑紫野産業高校に出向き、敦のことに関して相談し、敦が少し前向きに進み始める状況を描いていきます。




