↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/25

新たな始まり

この章「新たな始まり」は、野坂家が息子・敦の不登校という困難に直面しながらも、再起を目指して奮闘する姿を描いた物語です。家族それぞれが抱える葛藤や試練、そしてその中で見つける小さな希望や成長の瞬間が、時に厳しく、時に心温まる形で描かれています。


敦と夏帆が福岡から帰って来て、新学期がついに始まりました。敦賀に帰って来たとき、敦は「学校に行くよ」と言っていたが、新学期になると学校に通うことの恐怖が勝り、行くことができなくなります。しかし、新しい担任の谷山が無理をさせない提案をすることで、敦は少しずつ学校生活に戻っていくのでしょうか。また、大樹は、厳しい仕事を押し付けられたが、どうにか終わらせることができ、異動を命じられ、少しずつ好転し始めます。さらに、大樹の母、キク子が孫の将来を心配して陽生学園不登校教育フォーラムに参加したりと、目まぐるしく物語が展開します。大樹とひろみだけでなく、祖母のキク子までが家族の支えとなりながら子供たちの未来を見守る姿が、読者に深い感動と共感を呼び起こすでしょう。


不安や困難に直面するすべての人々に、再起と希望の力を伝えるこの章が、少しでも心の支えとなることを願っています。

(1)子供達の帰宅と期待


 8月23日(土)、夏の終わりながらも厳しい日差しが差し、朝方には少し涼しい風が吹く、ここちよい朝だった。今日は、敦と夏帆が福岡の実家から帰ってくる日で、大樹とひろみは珍しく二人とも休みである。


大樹の手元には、青春18きっぷが1日分余っている。ここで、大樹がひろみに「俺は福岡の実家にも一緒に行ってるし、夏帆を送りに行っているので、お前が迎えに行ったら?」と提案する。


ひろみはあまり公共の交通機関に詳しくないため、不安に感じながら少し黙っており、返事ができなかった。大樹が「俺が行くより、お母さんであるお前が行った方が喜ぶぞ!」とさらに言うと、ひろみが「どのように行けばいいの?」と聞く。大樹が「二人が乗った新幹線が14時頃に着くので、12時20分の新快速に乗って、新大阪で降りて、改札を出た後に入場券を買って、新幹線のホームに行けばいいよ」と答えると、ひろみは少し不安げな顔で「わかった!」と答える。


大樹が「新幹線から乗り換えの新快速までは時間があるから、新大阪駅で冷たいものでも喫茶店で食べな」と言うと、ひろみは苦笑いで「わかった」と答える。


11時50分に二人は早い昼食を済ませ、いつもとは違い大樹が運転席、ひろみが助手席に乗り込む。大樹はひろみに青春18きっぷを渡し、「この切符、自動改札使えないから、有人改札から出入りしてね」と言うと、ひろみは不安そうに「わかった」と答えて受け取る。敦賀駅に着くと、ひろみが車を降りるとき大樹が「行ってらっしゃい。気を付けてね」と言うと、ひろみが不安そうに小さな声で「行ってきます」と答えて車から降りる。


大樹は、ひろみの表情を見ながら思わず「大丈夫か…」と漏らし、家に帰った。


敦賀駅に着くと12時20分発の新快速が、強い太陽を受けながら止まっていたので、ひろみは乗り込んだ。ひろみは昨日までの仕事の疲れからか、電車の穏やかな揺れに包まれて心地よく夢の中に入って行った。どのくらい寝たのだろう、電車は「新大阪に到着します」との案内放送で目が覚めた。電車は緩やかに新大阪の駅に着き、改札を出て、入場券を買い新幹線のホームに向かう。


駅のホームなので日差しはないが、熱風がひろみに当たり、汗がにじみ出る。しばらくすると、新大阪で終点となる「さくら号」がホームに入ってきた。この列車こそが、敦と夏帆が乗った列車だった。列車の扉が開くと、二人が降りてきて、夏帆は大樹ではなくひろみが迎えに来たので、「お母さん!」と言い嬉しくて飛びついてきた。


ひろみが「お帰り」と言い、夏帆の頭を撫でる。その後、夏帆の洋服を見て驚き「あんた、パジャマで帰って来たの?九州に行くとき、パジャマって言ったやん」と言うと、夏帆が「忘れてた」と答える。敦はその様子をじっと見ていた。ひろみが「お帰り…楽しかった?」と聞くと、敦は照れ臭そうに「楽しかった」と答える。また、ひろみが敦のリュックを見ると異様にパンパンなのに気づき、「リュック、何が入っているの?」と聞くと、敦が「ばあちゃんが、列車の中で食べる弁当の他、今日の夜のおかずとして春巻きや卵焼きを作ってくれた」と答える。ひろみはニヤッと笑い「今日の夜は、ご飯作らなくていいよね」と答える。


すると、夏帆が「お父さんは来てないの?」と聞くと、ひろみが「今日は留守番してる」と答える。夏帆は、お父さんが来ないのは珍しいと感じながら「そうなの」と答える。


三人は、喫茶店で冷たい飲み物を飲んだ後、15時30分の新快速で敦賀に帰る。17時30分頃に新快速は敦賀駅に到着し、駅前に行くと大樹が車で迎えに来ていたので、車に乗り込む。大樹が「お帰り、楽しかったか?」と聞くと、夏帆が「うん、楽しかった」と答え、夏帆と敦のいろいろな思い出話をしながら自宅に着いた。


その後、大樹がご飯を仕込んでいたので、夕飯を18時に食べた。おかずは、大樹の母キク子が作った春巻きをオーブントースターで焼いたものと、卵焼き、きんぴらごぼうであった。

 野坂家の食卓には、久しぶりに4人が集まり、サクサクな春巻きや、フワフワな卵焼き、甘辛のきんぴらごぼうを食べながら、九州の思い出話に花が咲いた。

 夕飯の最後の方で、敦が「新学期からちゃんと学校行くよ、お爺ちゃんとお祖母ちゃんと約束したから」と嬉しそうに言った。大樹が「そうか、頑張れよ!!」とひろみが「そうか、お願いね」と微笑みながら期待を込めて答えた。


 しかし、不登校という病は、そう簡単にはいかなかった。


(2)落胆と提案


 8月27日(水)、今日も残暑が厳しく、ジリジリとセミの声が響き渡り、朝から暑い。敦も夏帆も、今日から新学期である。ひろみと大樹が話し合い、ひろみは休みを取って万全の体制を整えている。6時40分、通常の食卓ではご飯と味噌汁だけだが、今日はひろみが張り切り、だし巻き卵を作った。


大樹は口に入れると、ほどよくダシの香りがすると共に、ほんのり甘い味が口の中に広がる。大樹は「今日はサービスいいね」と笑いながら言うと、ひろみが得意げに「今日は新学期なので、ちょっと頑張ったのよ」と言う。大樹は「そうか」と答える。一方、敦や夏帆も少し笑いながら食べる。


7時過ぎ、夏帆が小学校に行った。大樹は心の中で、敦が今日学校に行けるかどうかを心配していたが、1学期の失敗の経験から、激励の声をかけるとプレッシャーを感じて行けなくなるのを恐れて、敦には声をかけることなく7時30分頃に会社へ向かった。


大樹が会社に行った後、敦が着替え始める。敦は学校に行くつもりで、カッターシャツまでは素早く着替えたが、学校に行くと何を言われるかわからない恐怖が頭から足に流れるような状況になり、ズボンを履くことができない。


7時50分過ぎ、ひろみがヤバいと感じて「早くズボン履いて、学校、遅れるよ」と言う。敦は学校に行きたいと努力するが、今度は腹痛が襲ってくるので、トイレに向かう。恐怖から、学校に行きたいが、腹痛が収まらない。何でこうなるのかと情けなく思う。


ひろみが「学校遅れるよ」とドアを叩く。敦が「腹痛が収まらない」と答える。ひろみが「今日から学校行くと言ったやん。約束を破るの?」と声を荒げる。敦が「学校に行きたいけど、腹痛が収まらないから仕方ないだろう」と答える。押し問答が続き、ひろみは「なんでなの」とぼやきながら学校に行かせるのを諦めた。


9時過ぎ、ひろみは敦賀南中学に電話した。すると、新しく担任になった谷山が電話に出た。ひろみが「敦のことですが、現在トイレにこもっていて、どうしても学校に行けそうもありません。どう対応していいかわからないので、相談しました」と言うと、谷山は「わかりました。今日は休んでいいので、14時頃に敦君と共に学校に来れませんか」と聞く。ひろみは「わかりました。伺います」と答えて電話を切る。


ひろみはトイレの前に行き、「敦、今日は休みだが、14時頃に新しい担任の谷山先生が話したいみたいなので、学校へ一緒に行くよ」と言うと、敦はトイレから出てきた。


14時頃、敦とひろみは敦賀南中学に行き、いつものように第1カウンセリングルームに通される。敦は怒られると思い顔が強張っている。しばらくすると、学年主任の中崎と新しい担任の谷山が入って来た。


谷山が「新学期から担任になります谷山です。よろしくお願いします」とひろみに言い、「敦君よろしくね」と敦にも言う。ひろみは「よろしくお願いします」と答え、敦はバツが悪そうに黙っている。


谷山がにこやかに「いきなり学校に来て、教室に入るのは厳しいよね」と敦に聞く。敦が「はい」と答える。谷山が「提案ですが、明日から学校に来て、教室に入らずこのカウンセリングルームに通ってもらい、滞在時間を5分から始めるようにしませんか」と聞く。ひろみが「敦、どう思う」と聞くと、敦は強張った顔で「明日からここに来て、5分したら帰るならできそうです」と答える。


ひろみが安堵した顔で「歩いて行くのは厳しいので、車で送ってもいいですか」と聞くと、谷山が「無理をしない範囲で進めましょう。ところで、パートは大丈夫ですか」と聞く。ひろみが「パートの時間を30分ずらしたので対応できます」と答える。


谷山が「では、明日から進めましょうね、敦君」と言うと、敦が安堵した顔で「わかりました」と答える。野坂家では、明かりの見えないトンネルに入っていたが、かすかに出口の明かりが見えた感じだった。


17時40分に大樹が自宅に帰って来たとき、ひろみは敦賀南中学での話を報告し、「あなたは仕事が忙しいだろうから、しばらくは私が対応する」と言う。大樹は安堵して「わかった。何かあったら言ってね」と答え、しばらく敦のことはひろみに任すことにした。


(3)キク子の提案


8月28日(木)以降、敦はひろみの送り迎えがあるものの、次の日からはトイレにこもることなく、制服を着て学校に行くようになり、しばらくは5分の滞在時間で帰っていたが、9月の中旬には10分と少しずつ再起の道を歩き始めた。大樹は、敦に学校のことを触れると、また行かなくなることを恐れていたため、黙って見守っていた。


大樹も、夏休みを取得するまで仕事の目途が立たず途方に暮れ、課長の木田と喧嘩状態になったりしていたが、これでは駄目だと思い、ソフトのデバッグ機能を使いながら地道に内容を把握していった。この努力の結果から、プログラムの内容を把握しデータの移行計画を作成し、客先との打ち合わせ後にデータ移行作業を終えるところまで来た。大樹にとっても、2008年は公私ともに大きな試練という壁に当たっていたが、それを乗り越えようとしていた。


9月27日(土)に差し掛かったころ、実家のキク子から電話があった。キク子が大樹に「敦、どうなった?」と聞いてきたので、「中学の提案で、毎日学校のカウンセリングルームという別室に通い、滞在時間も少しずつ長くなっているよ」と答える。


キク子が「敦の不登校のことが、あれから頭に引っ掛かっていたのよ。ふと新聞を見ていたら、9月20日(日)に『不登校教育フォーラムの参加者募集』の案内があったので行ってきたのよ。それは、三重県と兵庫県で全寮制高校等を運営している陽生学園が主催するフォーラムで、一通り話を聞いた後、個人面談があったの。話を聞いてもらったら、不登校は学校に行きたくても恐怖から行けないみたいで、あまり無理をさせられないし、学校に復帰するのは難しいみたい。でも、この学校では多くの不登校経験の生徒が入学して改善して卒業しているみたいだから、あなたたちの心のよりどころとして思ってほしくて電話したのよ。調べてみてちょうだい」と言われたので、大樹が「わかった。ありがとう、調べてみるよ」と答えると、キク子は「いつでも相談してね」と答えた。


大樹は、このことをひろみに話し、インターネットで陽生学園を調査した内容は、次の通り。


学校法人 陽生学園の概要


三重県津市に本部があり、三重県伊賀市に第一高校と付属中学、津市に第二高校、兵庫県姫路市に第三高校がある。第一高校と付属中学は自宅から通う生徒がいるが、第二と第三高校は全寮制である。また、第一高校と第二高校及び附属中学は男女共学であるが、第三高校は男子校である。


学費


入学金(制服、学用品、寮費、寄付金、4月の学費):約90万円

毎月の月謝(学費、寮費、小遣い、修学旅行積立):約13万円

(補足)修学旅行後は卒業アルバム等の費用に変わる


その他(評判等)


お笑い芸人の益田の出身校であり、当時は手に負えない不良を更生させるためのスパルタ教育であったが、2000年頃から進学校にシフトし、卒業生には東大、京大、防大、早稲田等の有名大学への進学実績がある。口コミはいいことよりも悪いことが多かった。


大樹はしかめっ面で「さすがに、この月謝は払えないし、口コミの内容から進学させたら子供を殺してくださいというような感じだから、入れたくないよな」と話し、ひろみは「確かに、また、不登校の子を全寮制に入れるというのは考えられないよね。近くの学校に行けない子が全寮制はないよな」と答えた。


大樹は「そうだよな、不登校に全寮制は全く逆の話で、信じられない。スパルタ教育でもするんじゃないの。また、3年生までには教室に戻せないと、ここも考えないといけないのでどうにかしたいな」と言うと、ひろみが「今のやり方だったら、どうにかできるんじゃない」と答え、二人共、陽生学園には否定的であった。しかし、キク子のこの行動が敦を含む野坂家の行く末を変えることは知る由もなかった。


(4)好転の兆し


大樹は陽生学園の調査でさすがに厳しいと思ったが、敦はまだ中学2年生だし、ひろみに任せることで改善の兆しが見えていたため、仕事に集中していた。10月中旬、大樹は厳しいデータ移行作業を終了し、報告書を作成して客先に納品し落ち着いたころ、木田に会議室に呼ばれた。「野坂君、11月から3月まで古巣の科学技術部技術計算課に異動して客先の原子力機関の構造評価室に行き常駐で耐震解析をしてくれ」と言われた。大樹は「わかりました。11月1日からの件、了解しました」と心の中で性格が合わない木田から離れられると思い、心の中でガッツポーズをしながら答えた。


11月3日(月)から、大樹は構造評価室に常駐した。仕事の内容は未経験ではあるが、周りのメンバーとはコミュニケーションを密にしながら業務を進めていた。2月の下旬、客先の担当者から「来年度も野坂さんに仕事を依頼したい」と言われ、嬉しく感じていた。


2月23日(月)、大樹が耐震解析の報告書を作成していたとき、突然、所長代理の宮本が「昨年、お前が実施した科技大での作業を説明してほしいので、26日(木)に茨城の本社へ出張に一緒に行ってほしい」と言ってきた。大樹は顔をしかめながら「え…2月末までの報告書を作成中なので、もう少し後にできないか」と返した。しかし、宮本が「報告書は残業してでもいいので、明日中にできないか」と強引に迫ったので、大樹が「まあ、どうにか仕上げることができます」と答えると、宮本が「では、よろしく」と去って行った。大樹は「凄い強引だな」と思いながらも、報告書を完成させて客先に提出した。


2月26日(木)、大樹と宮本は昼前の特急に乗り、米原から新幹線に乗り換えた。敦賀はどんよりとした北陸らしい曇り空だったが、名古屋を過ぎると速やかな冬晴れが車窓から見える。大樹と宮本がたわいもない話をしていたら、突然、宮本が「少し早いが、内示ね」と言った。大樹は来年も構造評価室とおもっていたので驚き、「え…異動ですか?」と聞くと、「原子力関連機関の安全評価センター経年劣化研究室に出向してもらうから」と答えた。この部屋は、2007年4月まで大樹が出向していた国からの受託を受けて研究する部署である。大樹は配属先を聞いてさらに驚き、「前に突然の出向解除で、もう人を配属しないと言ってませんでしたか?」と聞くと、宮本が「課長の榊さんから是非とも野坂さんを強く要望し、研究者として育成したいと言われたので、本社と相談の上で決めたから、がんばってね」と言った。大樹は「わかりました。頑張ります」と答えた。大樹は、いいチャンスをつかんだと思い、とても嬉しかった。


一方、敦は学校での滞在時間が11月には1時間、12月には2時間、1月には3時間と伸びていき、3月にはクラスメートと給食を食べられるようになった。体育や美術など負担が少ない教科については、授業を受けるまで改善し、中学2年生を終了した。大樹とひろみは、これで3年生になったら教室に戻れるかなと期待するとともに、3年生の担任も谷上先生ならいいなと感じていた。


しかし、教師の人事異動で、谷上先生は杉津中学校に教頭として戻り、クラス替えもあるため、その期待は木端微塵に打ち砕かれることとなった。

本章「新たな始まり」をお読みいただき、ありがとうございました。この章では、野坂家が息子・敦の不登校という大きな困難に直面しながらも、家族全員で協力し合い、再起を目指して奮闘する姿を描きました。


新しい担任の谷山先生の提案により、敦は徐々に学校に通えるようになりました。滞在時間を少しずつ延ばし、クラスメートとの給食や授業に参加できるようになるまでの成長は、彼自身の努力と家族の支えによるものでした。大樹もまた、仕事の厳しい状況に立ち向かいながら、新たな異動先での挑戦を通じて、少しずつ好転の兆しを見せています。さらに、キク子の積極的な行動や孫を思う気持ちが、家族全体に前向きな影響を与えました。


しかし、新年度を迎えるにあたり、まだ不安は残ります。敦の学校生活の安定や大樹の新たな職場での課題、そして家族全体の絆を再確認しながら、野坂家はこれからも共に歩んでいきます。この章が、読者の皆様にとって、困難な状況においても希望を見つけ出す力となることを願っています。


今後の物語でも、野坂家の奮闘と成長を引き続きお楽しみいただければ幸いです。最後に、この物語を支えてくださった皆様、そして読者の皆様に心から感謝申し上げます。ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。