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駄菓子屋でのひと夏の偏愛  作者: テツヤ
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吾郎との再会

 愛菜はおそるおそる駄菓子屋の店内に入る。普通に考えれば、客としてにせよ、ひやかしにせよ開店中の商店に外から入ることに緊張するほうがおかしい。

 しかし、愛菜には小学生の時に、この店に喜々として通っていた記憶が蘇っている。


『兄ちゃん! 兄ちゃん! どうせ、暇なんでしょう! 一緒にあそぼうぜ!』


 愛菜はこの店の菓子は好きだった。しかし、それはまるで変わりばえしない品揃えである。本当のお目当ては店主の『兄ちゃん』、飯山吾郎だ。愛菜は記憶の中の『兄ちゃん』を掘り起こす。忌まわしい、その姿を。


ピンポーン ピンポーン


 記憶の中ではない現実で、店内にチャイムが鳴った。そのとき、しまった!、と愛菜は思った。8年前には無かった(と思う)チャイムの音に、愛菜は今さらこの店に入った事を後悔した。このチャイムは店内に客が入ったときに、それを知らせるものであり、当然この音で店の主がすぐに現れる。


「いらっしゃーい!」


 愛菜が「どうしよう」と思う間も無く、奥のガラス戸を開けて男性が現れた。

 現れた男は30代も半ばといった感じで、服装は洒落っ気の無いジャージにジャンバーである。愛菜はその男の顔を見つめた。

(兄ちゃん・・だ)

 男は今では『兄ちゃん』と呼ぶ歳でもないが、愛菜は心の中でそう呼んだ。

 男はじっと愛菜のことを見つめてくる。愛菜は懐かしい気持ちもあるが、恐ろしい気持ちがこみあげてくる。この男は私のことがわからないかもしれない、長く会わなかったから、何より私の姿は子供のときからまるで変わっているから、きっとわからない。初めて来た一般人のふりをして、すぐに逃げ出そう・・。


「あら~、愛菜ちゃんじゃないか。久しぶりだなぁ~」


 この男は私のことを覚えていた!! 愛菜の身体に緊張が走る。


「あ・・わ、わ、私のコト覚えちゃって、・・てるんですかアナタ!?」

「そりゃあ、覚えてるさあ。愛菜ちゃんよくお店に来てたじゃないか。愛菜ちゃんこそ忘れたりしてないよねえ?」


 思わずどもってしまった愛菜に、吾郎はにこやかに返す。ただ、愛菜には”君を覚えてる”が意味深いみしんに感じられてしまう。


「よく、わかりましたよね? 私のこと」

「わかるも何も、同じ町内じゃないか。どうしたの? コッチへ帰ってきてるってことは、大学は夏休みなのかい?」


 私の小学校卒業後どころか、大学の進学まで知ってる?

 空白のはずの8年間にも、愛菜のことを見ていたかのような吾郎の言い方。ゾワッ、としてしまう愛菜。

 愛菜はこの店にはずっと来なかった。吾郎との”遊び”が途切れてから、この男を避けるかのように。『兄ちゃんは怒ってるかも』などと思ったこともあったが、結局、それっきりだ。

 成長した愛菜は遅まきながらも、吾郎と自分の行為の異常性を理解する。そして、愛菜は忌まわしい記憶を吾郎の存在と共に頭の隅に封じる。

 それならば、なぜこうして愛菜は吾郎の所まで来てしまったのか?、ということになる。愛菜がこの店の前まで来てしまったのは偶然。そして、この店に入ってしまったのは失恋による空虚なる心が原因な必然というとこなのか。

 ニコニコ笑う吾郎には、愛菜の心の内などわかるはずもない。しかし、この吾郎は8年前の、愛菜との行為は確実に覚えている。

 愛菜は、初潮もまだ来てなかった児童の頃に吾郎にされた行為を、昨日のことのように思い出している。そして愛菜は、目の前の吾郎を恐れた。吾郎がしてくれたその行為は、とても熱くて甘美なものだったから。


「あ~、でも、本当にキレイになったよね、愛菜ちゃん」


 そう言って、吾郎は愛菜の髪に触れようとした。

「・・・!!」

 愛菜はビュッ、と身を引いて吾郎のその手から逃れる。


「ああ、ゴメンゴメン。小学生の君と同じ感覚でさ。さすがに、いい娘さんになってオジさんに触られたくないよね」


 そういう意味じゃない、でもはずれでもない。そう、思った愛菜だが。

 しかし、かつての愛菜は、この手のひらが大好きだった。吾郎はよく愛菜の頭を撫でた。時には愛菜の髪がくしゃくしゃになるくらいに撫でてくれた。

 愛菜はそれがとにかくうれしくて、吾郎の言うことをなんでも聞いた。それが、とても恥ずかしいことでも、親にも言えないことであっても。それでいて、吾郎は愛菜が本当に嫌なことは求めなかった。

(もっとも今から考えると、いいように私の気持ちを誘導していた、ということだけど)

 吾郎は、未成長な愛菜の身体をどこまでも優しくでた。身も心も飼いならされた愛菜は、ある日吾郎にキスをせがんだことがある。幼い愛菜は、女の子にとって重要なファーストキスを求めたわけだ。親ほど歳の離れた吾郎にだ。

『ファーストキスは、君に本当に好きな男ができたときに捧げなよ』

 そんなことを言って、愛菜のことをさとした。愛菜は、そうなのか?と思いつつも、不満半分だったような気がする。


「愛菜ちゃんてすごくキレイな髪してるな。うん、本当に」

「・・? さっきキレイになったって言ったの髪のことですか?」


 吾郎が自分の髪をほめてくれた。確かに手入れは入念にしているが、そこだけなの?と愛菜は思った。


「いやそうじゃねえけどさ。好きな彼氏のために丹念にお手入れしたってのがわかるんだよ。薄化粧もしてるしよ」


 それはご明察、というところだった。そういうところは当の彼氏は気付きもしないことなのに、この男は察してしまうのか?

 この男には過去があるから気は許せない。そう愛菜は考えるのだが、愛菜は少しとろけさせられる気分だった。


「どうだい? テキトーに言ってみたんだけど、愛菜ちゃん彼氏できたんかい?」


 愛菜は吾郎に対して強がってやろうという気持ちになった。まるで、過去の二人のアレコレが無かったかのような口を聞くこの男に、今の自分を見せつけてやろうという気持ちに。


「そうですよ! 私にはカワイイ彼氏がいるんです! この髪だって、触れていいのは国男だけなんですからね!」


 そして、愛菜は”やってしまった”と思った。自分で開けてはならないスイッチを入れてしまったというところか。

 愛菜はついさっき、その国男に『サヨナラ』も何もなく振られたのだ。愛菜の目から不意に涙がこぼれだす。泣く気も起きない、と自分で思っていたはずなのに。


「ちょっと、愛菜ちゃん? 俺、まずいこと言っちゃったかい?」

「な、なんでもない! これは、泣いてるわけじゃ・・。 な、泣いてるわけじゃ・・」


 愛菜は悲しみで身が崩れそうになる。そして、すがったのがあろうことか吾郎だった。


「ふえええええええ~!」

「愛菜ちゃん!? いったいどうしたんだい?」


 愛菜は吾郎の胸に飛び込んで泣いてしまっていた。愛菜は、今ではさほど身長が変わらない吾郎の胸に抱きついて、情けない声で泣いている。あっけなく終わった恋の悲しみを『兄ちゃん』に受け止めてもらおうとしている。

 愛菜の髪に触れる手のひらがあった。愛菜の髪が乱れないように優しく撫でる吾郎の手のひらだった。




 泣き疲れた愛菜は駄菓子屋の奥の座敷で眠っている。

 その姿をそばに立つ吾郎が見つめている。

「愛菜ちゃんの寝顔を見るのは・・、もう8年ぶりってとこなのか」

 そして、その視線は、愛菜の成長した身体を舐めるように注がれる。女らしく膨らみを持った胸、大人びた胴まわりと腰付き。そして吾郎の視線は愛菜の尻、そして柔らかな曲線を持つ脚に移って彼女の成長を確かめる。

「まさか、愛菜ちゃんが、・・とときんが俺のとこに帰ってきてくれるなんてね」

 吾郎は愛菜に顔を寄せて、彼女の若い娘独特の香りを嗅ぐ。

「俺は君にずっと触れていたかった。子供の頃から大人になるまでずっと。中学生の君、高校生の君の成長を追いながら確かめていきたかったな」

 吾郎は悲しそうな顔をすると。

「あの頃、ちょうど君のお父さんが亡くなったわけだから。俺と遊んでるどころじゃなかったんだよね」

 吾郎はフッ、と笑うと座敷の黒電話のダイヤルを回す。

「もしもし・・、飯山商店です・・、実はお宅の愛菜ちゃんがうちでおやすみになってまして・・、いえ少しあったみたいで、ハイ」

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