忌まわしき過去の場所
この小説のテーマは『偏愛』です。ただ、作者の偏愛という言葉の解釈が間違っています。純粋なのだが、歪んでいる愛くらいに取ってください。
(2119/7/31)性描写について問題ありとの指摘を運営より受けたため、問題と思われる個所について全年齢向けに改稿しました。当初、この小説のジャンルを現実世界恋愛と設定していましたが、内容的に考えてヒューマンドラマと設定しました。
大学一年生18歳の十時愛菜は大学の夏季休暇を使って、地元に帰省したところだった。故郷の駅に降りて、彼女が真っ先に向かう先は母校の山波高校。そこに愛菜が今、一番会いたい人がいる。
正確に言うと、多分いるだろうということなのだが。
親、兄弟よりも一番に会いたい相手というのは、愛菜が山波高校2年生のときから交際している彼氏、宇多田国男、一年後輩の男子生徒だ。一年下だから、今では山波高校3年生なのだが。
愛菜は母校の正門も前まで来て、そこから入ることをためらった。半年も前ならば、この学校の生徒の自分は毎日普通に学校に入ったのだが、彼氏に会いたいというだけの”不純”な理由で校内に入ることをはばかった。
(ヘンなの・・)
愛菜は国男の携帯電話にかければ、すぐに彼の声が聴けると思い、そうしようと自分の携帯を手に取る。
(どうなのかな・・)
しかし、愛菜は余計なことを考えたりして結局、彼にメールを送るという手段を取った。
「メールだと、すぐ読むとは限らないじゃん!」
メールを送って、それを後悔する愛菜。メールの内容は、忙しくなければ出来れば空いた時間に会いたいというもので、愛菜自身の、すぐに顔を見たいという本音を殺したものだったが。
「あ~、メールが来たわ。・・なんだ十時先輩からかよ」
愛菜のすぐ近くから懐かしい声が聞こえた。4か月かそこら会わないだけで忘れたりはしない。愛しい彼、国男の声だ。しかし、愛菜はその声の主から身を隠すようにした。『十時先輩からかよ』と非常に気のない声に不審を持ったからだが。
「十時先輩って・・、あの? 卒業した、お前の元カノ?」
「ああ・・、その元カノの十時先輩」
もう一人の男子生徒の声に答える国男の言葉には、明らかに自分が元カノ扱いされていた。
「なんで、別れた先輩からメールが来るのさ?」
「・・いや、俺がはっきりさせとかなかったんだよ。俺が一年坊のときに十時先輩に愛の告白してからの関係だし~。なんか気まずくてよ~」
愛菜は国男に対して強烈な怒りを感じた。とっくに気持ちが切れていたかのような国男の言い草。愛菜からしてみれば、卒業まで国男の態度にそれを感じなかったわけで。
(ブン殴ってやりたい!)
愛菜が振り向くと、その国男の後ろ姿がフェンス越しのすぐ近くに見えた。愛菜はくやしさに震えてフェンスの網を握りしめる。
「ちょっともったいねーよな。十時先輩ってカワイイもん」
「ああ、真面目そうな顔してけっこうムネもあんだぜ」
「ウホッ! でも十時先輩、結婚まで処女は捧げない、絶対!、だったんでしょ」
愛菜は今までに無い羞恥を味わった。自分と国男の二人だけの秘密が男同士の間で筒抜けになっている? 愛菜の脳裏で、羞恥の深紅と憤怒の白熱の色が爆発する。
「だからかな、最後までするのはダメだけど・・、ってことで先輩は俺に色々してくれたんだわ」
「マジかよ! どんなことをしてくれたんだよ!?」
「ああ・・、誰にも言うなよ・・」
国男は自分と愛菜との行為を赤裸々に語り続ける。愛菜からすればそれは国男のことが好きだったから、彼が喜ぶと思ってしたことなのに、男二人の間の猥談で、愛菜のことは淫らな好きモノ女として扱われている。この話は学校の男子たちの間で面白半分に伝播するのだろうか。
「しっかし、真面目そうな十時先輩のイメージが崩れたなぁ。でも、十時先輩って男性経験あったのかもな」
「う~ん、そうだとすると今のカノジョみたいにヤラせてくれたハズなんだがな。でも思い出すと十時先輩ってなんか慣れていた感じだったしな。誰かに手ほどきは受けていたのかなぁ・・」
愛菜は国男に気づかれないように、そっとその場を離れた。愛菜は産まれて初めて味わう失恋のことで、このときは涙もこぼれなかった。
愛菜は放心状態で地元の商店街を歩く。地方の町であり、大都会の物売りの華やかさなどそこにあるわけがない。
(私たちの2年近くの交際は、何が、どこで間違っていたんだろう・・? 国男は、一年生のときの国男はとっても純粋だった・・。年上の私が彼に淫らな遊びを教えてしまったの・・?)
愛菜はとりとめもない後悔の念と、悲しみと、やはりある怒りの感情が頭の中で回る。自分が向かう先は自宅であるはずなのだけれど、さまよい歩くばかりの愛菜は商店街の中を通っていた。
「この辺、数年ぶりかなあ。あまり変わってないかな・・?」
小学生の頃はよく遊びに来た、この商店街。愛菜が大きくなるにつれ足が遠のいたこの場所は、変わらずここにある。
「もともと半分シャッター街だったのにさ。見ない間に閉めてる店もあるわ」
つぶやいていた愛菜は、ふと、古びた駄菓子屋の前で足を止める。その店は昭和の時代からここにあったような店だった。
それは、『懐古的で珍しい』くらいの印象は持たれるかもしれないが、18歳の娘などにすれば素通りするだけの小汚い店。しかし、愛菜はその店の前で表情を固くして震えていた。
(この店・・、まだ、あったんだ・・)
愛菜は、この店も潰れているのか?と思い、見つめるが、人気も無いその店は普通に店開きしている。
この店には子供の頃の愛菜がよく通ったのだ。店主のおばあさんは優しそうな笑顔の人だった。コンビニやスーパーには無い物も売っているこの店が愛菜は大好きだった。
そして、愛菜が小学5年生のときにこの店は突然、閉店する。店主のおばあさんが亡くなったのだと、それを母から聞いた。
そのとき愛菜は少しがっかりしたが、駄菓子に夢中になる年齢でもないという自覚もあった。そして、子供の愛菜はある日、店主がいないはずの店が再び開いているのを学校帰りに見つけた。不思議に思った愛菜はその店に入って様子をうかかがった。
『いらっしゃい!』
その声の主は30歳がらみのおじさんだった。10歳の愛菜からすると親ほどの年齢の男だったが。その男は服装や髪型で若者ぶっていて、駄菓子屋には似つかわしくない印象だった。
『あ~、お嬢ちゃん! 俺がこの店の新しい店主ね。死んだ母ちゃんの跡を継いで、この店のあるじってわけさ。・・ああ、母ちゃんって、あのおばあさんのことね』
その男はニッ、と笑うととても優しそうな、人の良さそうな印象だった。愛菜は何回か店に来るうちに、その新店主のことが好きになって「兄ちゃん」と呼び、慕うようになった。
『兄ちゃん! 兄ちゃん!今日も遊びに来たよ!』
『いらっしゃい! とときん!』
(そうだ、『兄ちゃん』は私のことを苗字から、とときんって呼んで特別に可愛がってくれて・・・!)
愛菜は’忌まわしい’記憶から現実に戻ってきた。愛菜の肌には知らず、嫌な汗がにじんでいる。
(店が開いているということは・・・。『兄ちゃん』・・あの男もここに! まだ、ここにいる!?)
その店主、名前は飯山吾郎、年齢は当時29歳。その男はわずか10歳の少女だった愛菜のことを店の中に誘い、時間をかけて懐かせた。そして、飯山吾郎は愛菜をたぶらかしてわいせつな行為を働くことになる。愛菜に男の悦ばせ方を教えたのは吾郎なのだ。
(彼のことは・・、彼にされたことは・・、忘れていたわけじゃない! でも、頭のすみっこに追いやってたんだよ!)
愛菜は駄菓子屋の中に人影が無いのを確かめた。そして、開いた戸から店内に入る。この店に入るのは8年ぶりだった。




