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「マリアは、ゴーストIDカードを使って浮上車に乗っている。となると、裏で糸をひいているのは俺たちと同じ連盟職員ってわけか」

 だしぬけなクロードの言葉にユイリは体をふるわせた。今まではユイリが与えた刺激でクロードは現実に戻ってきていたのだが、今回はそうでなかったからだ。

「時間は見えましたか?」

「ああ。11時32分だった」

 ユイリは立ち上がり、すばやく時刻表を調べる。幸いなことに時刻表の上の照明は消されていなかった。

「ありました。11時33分発。これは……コロニー間シャトルステーション行です」

「ここまで、だな」

 クロードは大きなため息をついた。

「さすがに浮上車やシャトル、シャトルの駅からマリアを見つけるのは不可能だ。このスカーフのように彼女の持ち物がない限りは」

「あきらめるしかないって言うんですか」

 それが泣き声だったので、思わずクロードはユイリの顔を見た。しかし彼はパートナーの表情を見ることができなかった。彼女がクロードに背を向けていたからである。

「私は嫌です。まだ何か手がかりがあるはずです。必ず」

 泣く女なんて嫌いだ、とクロードは声にならない叫びを上げた。自分が何か悪いことをしたような気になってしまうのだ、実際はそうでなくても。

 優しい言葉をかけてなぐさめたりするのはおもねるようで気持ちが悪い。ユイリにしても、それを望んでいないだろう。なぐさめてほしいのならクロードに涙を見せればよいのだから。涙を隠すのは泣いたのが彼女にとっても不本意だからだ。泣いたのを認めるような態度を取ってはいけない。

 かといって冷たく接していいという道理はない。しかもクロードは、遺憾ながら彼女に涙を見られているのだ。

 クロードは、脳の記憶を司る部分を総点検してやっと一つの単語を引きずり出した。

「カラスだ、ユイリ」

「カラス、ですか」

「そう、カラスだ。マリアがやたらに気にしていた言葉だ。これに何か鍵があるんじゃないか?」

 ユイリがふりむいた。目は赤いが、涙はとまっている。

「マリアはシャトル駅行きの浮上車に乗ったんですよね」

「そうだな」

 少しの間、ユイリは考えるような素振りを見せていたが、ぱっと顔を輝かせて言った。

「判りました。マリアはカラスというコロニーに行ったんです。忘れましたか、コロニーにはすべて鳥の名がつけられているということを」

「まずグラウクス、それとアエトス。コローネー、タオースそれからペリステラー。確かギリシア語だったな。ギリシア語でカラスは何と言うんだ?」

 クロードは連盟市民の水準をこえる語学力を有していたが、ギリシア語はその中に含まれていなかった。その点、ユイリはその方面に明るかった。スクールでギリシア語を多少かじっていたのである。

「カラスは、太陽神アポロンのお気に入りでした。アポロンはまた、芸術の守護者でもあり、人間に初めて医術を教えた神ともされています」

 ユイリが喋るまでもなく、クロードは答えをみつけていた。

「医術? となるとコローネーだな。だとしたら、本当にお手上げかもしれない」

 クロードは浮上車ポートの案内版に目を向けた。その中から公衆TVフォンの文字を見つけると、足早にそこへ行った。

 IDカードをさしこむと、公衆TVフォンは自動的にクロードの職場に回線をつないだ。

『なんだ、クロードか』

 モニターに映ったのはナイエルだった。

「眠いところすまない。至急コローネーのメディスン・プラントに人物照会してくれ。マリアーダ=レジン。16才、女」

『メディスン・プラントか。そいつは厄介だな、一筋縄ではいかんぞ』

 ナイエルは大あくびをした。無理もない。時間が時間だ。

「その子が誘拐されたことになっていると付け足せば問題ないさ」

『レジン? そうか、おまえが捜している子なんだな。よし、3分待ってくれ』

 そうしてTVフォンは一方的に切れた。

 クロードの前には、いつの間にかユイリが立っていた。

「クロード、メディスン・プラントって……」

「ご推察通り。メディスンの製造工場さ」

「じゃあ、メディスンに関するあの噂は」

 クロードが声もなくうなずいた時、普段はめったに鳴ることのない公衆TVフォンのベルが鳴った。

『クロード、おまえさんの推理は当たっていたよ。マリアーダ嬢は当局で保護している、とのことだ』

「彼女、メディスン・ドナーだったのね。これでは真相は公表できず、事件は迷宮入り……」

 ユイリがつぶやいたが、公衆TVフォンの指向性マイクは彼女の声を拾わなかったので、その呟きはTVフォンの向こうのナイエルには届かなかった。

「ところでナイエル、マクトール室長に伝言を頼みたいんだが」

『ん?』

「事件解決はできませんでしたが、ユイリ=シーグラフは有能な調査員です。半年の研修期間はクロード=ラファイトが監督します」

 そのクロードの言葉に、ユイリの顔は輝き、ナイエルの顔は曇った。

『気づいていたか。つまらん奴だな、おまえは。判った、伝えておく。できるだけはやくアエトスに帰ってこい。彼女の歓迎会の準備はとっくにできているんだ』

 またもや、TVフォンは一方的に切れた。いつも奴の方から切れるな、と思っているクロードにユイリは弾んだ声で話しかけた。

「いつから気づいていました?」

 無理もない。市民課調査班別室に憧れる者は多いのだ。態度からしてユイリもその中の一人にちがいない。

「君が、ホテルで俺の部屋に入ってきた時から。あまりにもタイミングが良かったからな。それに、俺も昔、同じような手でここに配属されたんだ」

「私、精一杯やります。よろしくお願いします」

 初めてユイリが年相応の笑顔を浮かべていた。彼女はまだ19才、スクール出たてなのだ。

「精一杯やるのはかまわない。しかし失望を感じたらすぐ出ていっていいんだ。君は俺とは違って連盟に縛られてはいないのだから」

 マリアも、血を供給するだけの人生にいつか失望を感じるのだろうか。そう考えてクロードは打ち消した。

 そんな筈はないだろう。ユイリの笑顔がそう思わせてくれた。何よりも、マリアの感情にふれあえたクロードは知っていた。マリアなら大丈夫だ。むしろ、仲間の心を明るくするだろう。幸せの光の中で、風に長い髪を揺らしながらヒマワリの笑みを浮かべる彼女の姿が、クロードには見えるような気がした。

「ユイリ、朝一番のシャトルでグラウクスを発とう。アエトスでは仲間が首を長くして君を待っている」


End.

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