第二十九話 気持ちをぶつけて
「白亜先輩!」
「ん? どうした蟹﨑! 花園と一緒に居たんじゃないのか?」
ちょうど乾燥が終わったタオルを取り込んでいた白亜先輩に声をかける。透き通った目をして首を傾げた白亜先輩に、月城さんに言われた通り本音を伝えてみる。
「その……洗濯物を回すのはわたしたちマネージャーの仕事なので、先輩は休んでいてください。先程のゲームの疲れも取れていないでしょう?」
「ああ、確かに疲れてはいるが、それでも蟹﨑の役に立ちたいからな!」
輝いて見えるほどの満面の笑みを浮かべる白亜先輩。いくらレインの錬金物によって好意が倍増しているとはいえ、疲れている身で誰かのために働くのは白亜先輩の本来から持ち合わせている優しさのように感じる。
けれど……。
「お願いします! わたしも、皆さんのお役に立ちたいんです! お仕事を譲ってください!」
勢いよく頭を下げれば、白亜先輩は慌てて顔を上げるように言う。それから困ったように後頭部を掻いて「そこまで言うなら……」と仕事を譲ってくれた。
洗濯カゴを渡してくれた白亜先輩に二重の意味で感謝の言葉を伝えると共に、手伝ってもらって嬉しかったことを話せば、太陽のように素敵な笑顔で「俺もマネージャー業務を知れて嬉しかったし、その気が向いたらまた頼ってくれよな、蟹﨑!」とまで言ってくださった。
そこでわたしはようやく、いつものように「わたしは蟹﨑じゃなくて、柿﨑です」と返せたのだった。
最後に再び白亜先輩にお礼を言って、立ち去っていく後ろ姿を見ながらその場でタオルを畳む。綺麗に、素早くを意識して。
畳んだタオルをカゴに入れ、一先ず洗濯は終わりだ。
次は食堂へ向かわなければならない。立場的には一対三になるけれど、きっと大丈夫。今のわたしは、何故だか自信に満ち溢れていた。
「あっ柿﨑さん! どうしたんですか?」
声をかけてきたのは水森。どうやら今日の夕食はシチューらしく、水森、東、なぎさ、レインの四人で手分けして作業をしていたらしい。
「わたしも何か手伝いたいの。特に水森と東は午後のゲームで疲れてるでしょう? 少しでも休んでほしいの」
そう伝えてみても、水森の顔は少しばかし曇っている。手の空いた東にもそう伝えては見たが、東も水森も「自分にも手伝わせてほしい」の一点張りだった。
さてどうしたものか、と思考を巡らせるが、突如として現れた救世主はまさかの人物だった。
「ふぉふぉ。あやめちゃんは二人の体調を心配しておるのじゃな。マネージャーに心配されるほど、お主らも頑張っているということじゃ」
「レイっ……管理人……」
「そっか……柿﨑さんは俺たちのことを心配してくれていたんですね」
「それは当然でしょう? 元々、料理の手伝いはわたしたちマネージャーの仕事だし、選手の二人は体を休めるのも仕事だもの」
強く、意思を持って伝えれば、二人は困ったように顔を見合わせる。気持ちは嬉しいけれど、やはり二人には少しでも休んでほしい。それがわたしの本音だった。
「水森くんと東ちゃん、それからなぎさちゃんも手伝ってくれたおかげで夕食の準備もあと少しじゃ。これ以上の人員は必要ないから、三人でお茶でも飲んで休憩してなさい」
レインのその言葉に、二人はようやく頷いてくれた。お茶を淹れようと率先して動いた東を制し、「わたしがやりたいの」と伝えれば快く譲ってくれる。
わたしはレインのように料理上手でも、なぎさのように料理に慣れているわけでもない。今わたしにできることは、少しでも選手として練習に参加していた二人を休ませることだった。
食堂扉側の列の最前列に水森と東を並んで座らせ、その向かいに座りながら「初めてお茶を淹れたから味に自信はないけど」と付け加えて湯呑みを二人に差し出す。もちろん、自分の分も忘れずに。
味に偏りがないように上澄みから底の部分まで順番に注いでいったが、味はどうだろうか。
少しドキドキしながら二人の反応を待つ。
「美味しいです!」
二人は声を合わせて言った。例えそれが嘘だとしても、わたしの心を落ち着かせるには充分だった。
タイミングを見計らって、ぽつぽつと自分の本音を伝える。
仕事を手伝ってくれることは嬉しいが、選手の二人にはなるべく休んでほしいこと。マネージャーの手伝いとして来たのに、今日の午後は殆ど何もできなくて歯痒かったこと。手伝いという立場で呼ばれて、自分もみんなの役に立ちたいこと。
「それでも……二人が手伝ってくれて本当に嬉しかったの。ありがとう」
真っ直ぐに言葉を伝えれば、二人は少し困ったように、それでも嬉しそうに顔を見合わせて笑った。
そうして小さなお茶会は終わり、二人は休むために自室へと戻って行った。背後から近付いてくる影には、既に気がついている。
「ごめんねぇ、あやめちゃん。試作品とはいえ、まさかここまでのことになるとは思ってなかったんだ」
「おかげさまで、少しずつ覚えてきた仕事を他人に奪われる屈辱を味わえることができたわ」
「うっ……」
「……なんてね。少しばかし、嬉しいこともあったの。勝手に錬金物を仕込んだことは未だに許せないけど、あんたにも一応感謝しているのよ。一応ね」
結局なにを作っていたの、と聞く前に背後から啜り泣く声が聞こえてきた。ま、まさか泣いている?
あのレインが泣くところなんて見たこと以前に考えたこともないし、なんなら他人の泣いている姿を見て愉しそうにしている姿すら想像していたから、怖くて振り向くことすらできない。
しかしそれでも心配が勝ってしまい、ゆっくりと振り向く。それこそ、首から古い機械のようにギギギ……っと音がするほどゆっくりと。
確かにレインは泣いていた。慌てて慰めようと立ち上がると、彼は小さな声で呟いた。
「ううっ……僕のあやめちゃんが、月城くんの魔力で汚れちゃった……」
「……は?」
思った以上にどうでもいいことだった。
恐らく、月城さんが使った催眠術のことを言っているのだろう。それをレインが気付いたことに驚いたし、他人が魔法を使った痕跡に気が付くことにも酷く驚いた。
レインはわたしの右手を持ち、腕の中心辺りを触りながら「この辺にあやめちゃんの魔力と混ざってる……」なんて呟いている。ここまで来るといっそ気持ち悪い。
「キモ……」
「き、キモいとはなんだ! 僕はこんなにショックなのに! あんなに綺麗だったあやめちゃんの魔力に他の男の魔力が混ざってるんだよ⁉︎ 泣かずにいられるわけないじゃないか!」
声を荒げたあとはまた啜り泣きながら右腕の中心を何度も拭うように擦って「早く消えろ……消えろ……」なんてボソボソ繰り返している。
最早呆れてしまい、レインが満足するまで腕を擦られ続けた。
その後夕食の時間になり、一番乗りでやってきた月城さんを穴が空くほどに睨みつけていた。厨房から覗くように睨み続けるレインを横目に、カウンターで白米とシチューをよそいながら、隣に並んだ月城さんとこっそり話す。
「彼、どうしたんだい?」
「わたしの魔力に、月城さんの魔力が混ざったことが余程イヤだったみたいで」
「……気持ち悪いね」
「ですよね」
最後まで料理を担当してくれたなぎさに感謝の言葉を伝えてから座席に着く。流れるように月城さんが向かいに座ったが、そのおかげかレインの視線がより一層強くなった気がした。




