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03_ブレないドSお兄様

 

(留年!? りゅうねん、りゅうねん…………)


 父から告げられた言葉が、何度もこだまし、頭の中に宇宙が広がる。


「おい、戻ってこい」


 父の言葉に、はっと意識が現実に引き戻された。


「す、すみません」


 そもそもウィンターは、ステラに瘴気溜まりに突き落とされて半年間休学していたことで留年し、一年生をもう一度やり直している。二度目の一年生は今日でちょうど二ヶ月だ。


 王立学園では、一年に必要に単位を全て揃えないと進級できないため、休学は留年扱いになる。しかも、一度取った単位を貯金のように使い回すこともできず、一から取り直しなのが厄介だ。

 出席率や成績が一定のレベルを下回ると単位が不足して留年になり、また一年生をやり直すことになる。


 ウィンターは学園から届いた書類を手に取り、息を呑む。


「お前の場合、研究科目の出席日数が足りていないそうだ。学期末の研究発表の成果次第で、単位取得は難しいとのことだ」


 学園の授業は全て必修単位で構成されており、どれかひとつでも落とすわけにはいかない。

 研究発表は学園祭の中で行われる、成績評価のための試験だ。ちなみに、学園祭では研究発表の他に模擬店や展示、ミスコンなど様々な催しがある。


「それで、こうなった原因は」

「最近、神殿の仕事で授業を早退したり、遅刻することが多かったので」

「言い訳だな。学業と両立できるようにスケジュールを調整するのも仕事のうちだろう」


 厳しいけれど、父の言う通りだ。ウィンターは嘘つきが聖女になった負い目から、完璧に務めを果たさなくてはという焦りがあった。だから、仕事を断れずに、次々に引き受けてしまったのだ。


 元の悪役令嬢ウィンターは楽をしたい性格でまともに勉強していなかったし、冬佳も病気がちで学校にほとんど通っていなかったので、元々のポテンシャルも他の生徒より低い。


(キャパ、ちゃんと考えるべきだったな)


 反省していると、父は言った。


「最近、寝れていないのか?」

「え……?」

「目の下にクマができているぞ」


 ウィンターは驚き、両手で頬を抑える。

 執務机にあった小さな鏡を借りて確かめると、クマができていた。


「くれぐれも無理はするな。焦って無茶をしたところで、すぐに成長できるわけではないぞ」

「……はい」


 父なりに心配してくれているのが伝わってきて、胸が温かくなるのと同時にふがいなさを感じた。自己管理をもっと頑張らなくてはと、決意を新たにする。


「とにかく、研究発表を必ず成功させなさい。エヴァレット公爵家の一員として、落第は認めないからな」

「分かりました、お父様」


 代々優秀な魔法師を輩出するエヴァレット家。

 格式高く偉大なその公爵家から、二年も留年した者が出るなんて、とんだ恥さらしになってしまう。一度は事件に巻き込まれたため仕方なかったとしても、二度目はウィンターの責任でしかない。


 ウィンターは、学園から届いた書類をぎゅっと握り締めた。




 ◇◇◇




 自室に戻ったウィンターは椅子に座り、学園で配られた授業計画書を机に広げた。先ほど父から預かった書類と一緒に、出席状況を確認するが、やっぱり足りていなかった。


「はぁ……」


 ひとつため息を零し、開いた冊子の上に項垂れる。横を見ると、ウィンターが作った不格好なギノの彫刻が視界に入る。


「留年しませんように」


 神像に手を合わせて一旦神頼みはしたものの、研究発表を神様は代わってくれないので、自分の力でどうにかするしかない。

 神像を見ていたら、ギノのことが思い浮かんだ。彼は相変わらず、時々屋敷を訪れ、窓から入ってくる。気まぐれでやってくる時もあれば、約束を立てて会うことも。


(そういえば最近、ギノ様に会ってないな)


 学校や聖女の仕事の合間にギノとたわいもない話をする時間が、ウィンターの楽しみだった。けれど、最近は忙しすぎて会えていない。


「会いたいなぁ……」


 そう呟いたとき、背後から声をかけられた。


「会いたいって誰に?」

「わっ!?」


 突然の声にびっくりしたウィンターは、びくっと肩を跳ねさせて後ろを振り返る。すると、兄のユアンが軽薄そうな笑みを浮かべて、こちらを見下ろしていた。


「もう、勝手に部屋に入らないで。ノックしてっていつも言ってるでしょ」

「何回もしたけど、返事がなかったんだよ。なんか集中してたの?」


 ユアンはウィンターの肩口から机を覗く。


「実は今、進級が怪しくて」

「うん。さっきお父さんから聞いた」


 情けなくて顔をしかめるウィンター。ドS兄のことだからどうせ馬鹿にしてくるのだろうと覚悟していると、ユアンはウィンターの頭をぽんと撫でる。


「ほんと、不器用だよね」


 わしゃわしゃと撫でられながら、ウィンターは戸惑う。


「馬鹿にしないの?」

「頑張ってるのは知ってるからね。今必死に慰めの言葉を考えてるとこ。授業でフラスコを爆発させたんだって?」

「なんで知ってるの?」

「先生に聞いた」


 恥ずかしいから言いふらすのはやめてほしい。


「気持ちだけで充分だよ」


 ドS兄にも優しい一面があるのだと見直し、ユアンの顔を見上げながら微笑む。


「学校と聖女の仕事をちゃんと両立できるように、もっと頑張るよ」

「…………」


 するとおもむろに、ユアンは顔をこちらに近づけてきた。


「な、何……?」


 戸惑って思わずぎゅっと目を閉じると、彼はウィンターの襟に触れて「取れた」と言った。ユアンは服についたタグを手に口角を上げる。流行の店で服を買ってきてから、つけっぱなしで着ていたらしい。彼はタグをもてあそびながら言った。


「まぁさ、ほどほどにね。要領はよくないけど、君の良さはそこじゃないんだし」

「……?」

「ステラと君は違うってこと。完璧になれなくたって、君らしい聖女を目指せばいいんじゃない。僕はウィンターのいいとこ、ちゃんと見てるよ」

「お兄様……」


 するとユアンは、ローテーブルの後ろに立ち、積み重なった分厚い本に手を置いた。


「それ、どうしたの?」

「持ってきた。研究発表に使えると思って」


 研究発表のテーマは毎年同じだ。ユアンはすでに経験しており、最優秀発表者に選ばれている。神であるユアンは他の生徒たちと何百年以上の知識と経験値の差があるのに、しっかり美味しいところを持っていくのが彼らしいというか、なんというか。


「テーマは歴史上の人物だよ。使えそうな本選んどいたから。あと、これも」


 ユアンはノートをこちらに差し出して、「発表を評価する教員の好みと対策をまとめてある」と付け加えた。

 細やかすぎる気遣いに、ウィンターはうるうると目を潤ませ、感激をあらわにする。


「お兄様……っ! ありがとう。やっぱり持つべきは優秀な兄だね。大切に使わせていただきま――」

「――なんて」


 ウィンターがノートを受け取ろうとした瞬間、彼は手を後ろにすっと引いた。下げられたノートの端を、ウィンターの手がかすめる。


「へ?」


 おずおずと視線を上げると、ユアンは悪魔のような笑みを浮かべていて。


「簡単に貸してあげるとでも思った? 甘いね」


 ユアンはソファにどっしりと座って足を組み、意地悪にこちらを見上げる。その威圧感に、ウィンターはひゅっと喉の奥を鳴らす。


「まず、頭が高いよね」

「あ、あの……お兄様、」

「親切にしてもらうんだったら、それなりの誠意を見せるべきだと思うけど」

「……」


 先ほどまで優しかったドS兄がどんどん化けの皮を剥がし、本領を発揮しようとしている。ほんの数秒前、(優しいところもあるかも)と、淡い期待を抱いた自分を殴りたい。


 ユアンは悪魔笑いのまま、とても楽しそうに続ける。


「ねー、このまま留年になってもいいの? また両親に恥をかかせる気?」

「留年はしたくないです」

「聖女としての面目丸潰れでいいの?」

「良くない……です」


 ウィンターは頬を引きつらせながら、その場に膝をつく。ユアンは頬杖をつきながら優雅に命じた。


「助けてくださいお兄様。はい、復唱」


 窮地に立たされている自分には、彼に縋るしか選択肢がない。

 こうなったら恥も外聞もないと、意を決して言う。


「……けて、ください」

「聞こえないなー」

「…………た、助けてください、お兄様」


 するとユアンは、形の良い薄い唇で扇の弧を描き、ノートをこちらに渡した。それから、心底甘い声で言う。


「よくできました」


 ウィンターはドン引きしながら、美しい第五神を見据えた。


(この、ドS神〜〜!)


 彼はいつも、ブレない。

 なんだか一週間分くらいの体力奪われた気がしていると、ユアンは続ける。


「で? 誰に会いたかったの?」

「そ、その話はもういいから」

「どうせギノでしょ」

「!」


 ウィンターは目を見開き、顔に「図星です」という文字をまさに貼り付ける。


「寂しがらなくても、これから嫌ってくらい会えるようになるよ」

「どういう意味?」

「あいつ今、面白いこと企んでるから」


 クッと喉の奥を震わせて笑うユアン。

 彼が面白いというと、ろくでもないことのような感じがしてくる。けれどひとまず、ギノにもっと会えるようになるのはウィンターにとって喜ばしいことだ。


 ギノの企みとはなんなのだろうと、ウィンターは首を傾げるのだった。


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