第86話 これが、俺の力だ!
「ヴァルファーレ!!」
その呼び声にこたえ姿を表した紅い水晶の羽を持つ白い三つ目の獅子は吠える。
天空にまで響かんばかりのその咆哮は、大地を揺らし、風を巻き起こす。
周囲にある窓ガラスは全て割れた。周りにいた野次馬達といつのまにか、咆哮に慄き逃げていく。
これほどの威圧感間、違いない。
ロンは叫んだ。
「レイ・デル・インフェルノ級の悪魔だ!! 全員心してかかれ!」
ロンの言葉にドンキホーテ、レーデンス、ドラドスールの3人は警戒を強めた。
当のヴァルファーレなる悪魔を召喚した、ジュリスはただ笑っていた。そしてそな醜悪極まりない笑顔をさらに歪めると、勝ち誇ったかのように叫ぶ。
「ウェア・デモニオ!!」
その言葉が、契機となった。悪魔は突如として空に舞う。ドンキホーテ達は一瞬、防御の耐性を思わずとった。しかし悪魔は襲い掛からない。
それどころか空中に静止し黄金の光の球となった。
黄金の光となったヴァルファーレなる悪魔はさらに光の雨と化し、ジュリスに降り注ぐ。その雨はジュリスの体に吸い込まれるようにして収束していきやがて、暴風と共に眩い閃光をジュリスの体から発する。
ドンキホーテは手で影を作りかろうじて、光の中のジュリスを見失わないようにと目を凝らす。そして見てしまった。
異形と化すジュリスを。
「フォーム・ヴァルファーレ」
そう呟いたジュリスの姿はもはや人ではない
両目目からは赤の水晶が生い茂げ、肌は白く濁り、両側の側頭部からは二重螺旋のツノが生えていた。
まさしく化け物という他ないその姿は、身にまとう雰囲気さえ人の程を成していなかった、そばにいるだけで悪寒がするほどのおぞましいその威圧にドンキホーテは怖気付きそうになる。
だが、踏みとどまる。ドンキホーテは思い至った。
間違いなくこいつを逃せば、多くの人がこいつの脅威に脅かされる。
背後にはジェーン達も例外ではないだろう。
まるで崖のふちだとドンキホーテは思う。だがそのプレッシャーを勇気に変える方法を彼は知っていた。
「踏ん張れよ俺!」
そうだ昔の自分ではない父の死に何も出来なかった自分ではないのだ。
あの無力から脱するために今まで戦ってきたのではないのか。努力してきたのではないか。
そんな自分への問いかけが、ドンキホーテに前に進む力を与えてくれる。
そして勇気と共に剣を構え直す。彼の心に恐怖はなかった。
「おぉ……ははっ、ビビらないとはえらいねぇ」
ジュリスがドンキホーテをせせら笑う、そして水晶の奥の瞳ぎらつかせながら叫んだ。
「テメェら全員ここでぶっ殺してやるよぉ!!!」
「やれるものならな!」
最初に仕掛けたのはロンだった、黄金のハルバートを振るいながらジュリスとの距離を詰める。瞬く間に彼我の距離を詰められたジュリスはしかし、焦ることなく手に持った剣で左からくるハルバートを受け止める。
「ドラドスール!」
「わかっている!」
二刀流の剣を持ってジュリスの死角から、ドラドスールが切り込む、しかし、
「甘いんだよ!」
まず、ロンのハルバートを力で押し、ロンごと弾く。
「なに!」
予想外の力強さ、それによりロンの体は宙を舞い民家に激突する。
そしてジュリスは瞬時にきりかかるドラドスールの斬撃を自らの剣の峰で受け流し、そのまま斬撃の軌道を明後日の方角へとずらした。
滑るようにしてドラドスールの右手の剣は弾かれる。だがそれは本命ではない剣はもう一本ある。
「うおお!!」
ドラドスールは左手に持った二刀流の剣の片割れをジュリスにどう目掛けて薙ぎ払う。
「舐めんなぁ!」
ジュリスの怒号と共に、ドラドスールの剣が割れ飛ぶ。
ドラドスールの剣は遅かった、かつての同僚、同じ騎士団の仲間という情の念と捕縛しなければならないという意識のせいで、剣が鈍ったのだ。
「ぐ、しまっ──」
「終わりだぜおっさん」
そしてジュリスが剣を構え直し、ドラドスールに斬りかかる。
「間に合えぇぇ!」
その瞬間レーデンスはドラドスールの体をタックルで運んでいく、ジュリスの斬撃が届かぬ所まで。
だが一瞬、レーデンスのその背に、凶刃が届いた。
その刃は背を斬りつけ、あわや内臓に届くのではないかというほどの裂傷をレーデンスに刻んだ。
「ぐおぉおお!!」
レーデンスは痛みに目を瞑りながら、必死に叫ぶ。
「ドンキホーテぇぇ!!」
その呼び声に応えるかのように、機会を伺っていたドンキホーテは手に持った剣を自らの闘気を纏わせ、青く輝かせる。
そしてその破壊エネルギーの塊を纏った剣を薙ぎ払った。
「三日月の断頭台!!」
それは対人に対して行うには過剰なほどの火力を持つ、青の閃光だった。三日月なら形を成したそれは、空を走り、稲妻のごとくジュリスに到達する。
「はは! いいねぇ! お前はちゃんと俺を──!」
爆音が鳴り響く、凄まじい闘気の奔流「」により三日月の光線が直撃した地点は大爆発を起こした。
まさしく暴力の権化と言い表せるような、光景にドンキホーテは呟く。
「だめか……!!!」
爆発の爆煙から左手を抑え、笑うジュリスが現れる。
「お前はちゃんと俺を、殺そうとしてくる……! いいね、その必死さ! ぶち殺したくなる!!!」
ジュリスはそう言って姿を消した。
いや違う、ドンキホーテは気配を探る。右手側、振り向くとジュリスのにやけた面がそこにはあった。
「っ!」
瞬きを許さぬほどの一撃がドンキホーテを襲う。どこからきたのかすらわからない、ただドンキホーテは咄嗟に無意識に防御のために剣を構えた。
ただの危機感による運任せの防御、しかしそれが功を奏したのだ。
だが攻撃は一度では終わらない。
「はっはぁ!!」
ジュリスは笑いながら再びドンキホーテの視界から姿を消し死角から切りつける。
だがタダでやられるドンキホーテでもない。
「うおおおお!」
一度、見てしまえば、目で追える。
実際にドンキホーテは瞬く間にくる5度の斬撃を全ていなしていく。
火花が散る。金属音が鳴り響く。
だがやがて火花の中に紅が混ざり始める。
ドンキホーテは流血していた。
目では追えた、しかし体は、今のドンキホーテでは追いつかなかった。次第に体の動きも鈍くなり始めたドンキホーテは、決定的な隙を晒してしまった。
剣が大きく弾かれ、持っていた盾が壊されたのだ。
「しまっ──」
それによる一瞬の動揺がジュリスのつけいる決定的な隙となる。
「じゃあな坊主」
ジュリスは腰を低く保ち突きを──
「なんじゃ、ヤバいことになっておるな」
放とうとした瞬間だった。
突如としてジュリスの周囲の空間が凍りつき巨大な氷塊とかす。しかも都合よくドンキホーテの周りには氷がない。
「悪魔の気配がすると思えば……きてよかったわい」
ガハハと豪快に笑うのは、白き猫だ白き猫が道路の真ん中で大笑いしている。
呆然とするドンキホーテに猫は話しかける。
「剣か……お主、騎士?」
コクリとドンキホーテは頷く。「よかった」と白猫はいい、そして自らの名をこう名乗った。
「魔法陣のメンテに来た、魔女アレン・シンディじゃ、よろしくな小僧」