第82話 さぁゲーム開始だ。
「ごちそうさまでした!」
アルベルトの大きな声が食卓に響く、それに続いて次々に皆がご馳走様をいう中、ドンキホーテも最後にごちそうさまといい食事を終える。
「さて! じゃあドンキホーテ! 明日も早いんでしょ!お風呂沸かしてるから入っちゃってよ!」
「え、あ! でもいいのか?」
「いいのいいの! どうせ一人や二人増えたところで変わんないから!」
「さあ早く早く!」とドンキホーテは再びジェーンに急かされるがままに、浴室に連れて行かれた。
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ぽちゃり
天井から水滴り落ちる。思いの外、気持ちがいいものだ。
沸かされたお湯の中でくつろぐドンキホーテはそう思った。
このようにゆったりとした気持ちに浸るのはいつぶりだろうか。
そこまで考えた後、いやそんなに昔のことではないなと思い返す。
ここ数日の間で、あんな悲惨な事件を2つも経験することなどほぼ経験がなかった。それゆえにドンキホーテ自身、平穏だった頃を懐かしく思うほど、消耗していたのだ。
──案外疲れていたのかもな俺
そう思ったらどっと疲れが増したドンキホーテは浴槽の中で伸びをする。
すると浴室の外から声がした。
「ドンキホーテ! 明かり大丈夫? 発光石きれてない?」
発光石、照明がわりに使える刺激を与えると光る石だ。ドンキホーテは近くの壁にかかっている、発光石をみた後、
「大丈夫だぜ!」
と返事をした。
「よかった! 着替え今日洗濯終えたばかりのやつ置いておくね!」
「お、ありがとう」
冒険者の宿では、少量ではあるが洗濯のサービスも請け負っているのだ。
そういえば今日の朝頼んでいた、それすら忘れていたのか半ば自分に呆れたドンキホーテはボソリとつぶやいた。
「しっかりしなきゃな……」
「ねぇ……ドンキホーテ」
突如、として浴室の外から声が聞こえた。ジェーンの声だ。
「お、ジェーンすまんもう戻ったのかと思ってた」
浴室の扉を隔ててジェーンはドンキホーテに話しかける。
「ドンキホーテ、無理、しないでね」
「してねぇよ」
「そう……? でもアナタ最近すごく落ち込んでいたみたいだった」
バレてた、ドンキホーテの心にほんの少し恥という感情が訪れる。なるべく出さないようにしていたと、そうドンキホーテは思い込んでいた。
そして何より、まさかジェーン気を使われるほど酷かったのかと、その事実が恥と申し訳なさを彼に覚えさせる。
「悪い、なんか暗かったか? 俺」
「うん、でも悪いことじゃない」
「でも──」
「でもじゃない!」
ジェーンは明るく、そう冗談めいた口調でそう言う。
「前にも言ったよね、アナタに何かあったら嫌だって」
「ああ」
「今回も、同じ! また少し心配したの、アナタが落ち込むの珍しいし、私だけじゃなく皆も」
ドンキホーテはただお湯に漂う熱を感じる。そうか、だから皆優しかったのか、そこで初めてその熱があることが、今日の晩餐に誘われたことがどれほどの優しさでできているのか、改めてドンキホーテは実感できた。
「そっか……その……ありがとうな」
だめだ、泣きそうでこんな言葉しかできない、ドンキホーテは自分を、恥じる。
ジェーンはただ扉の向こうから、優しく語りかける。
「ドンキホーテは、頑張ってるよ。それは私たちが一番知ってるから」
だから、だからこそジェーンはドンキホーテに大切にして欲しかった。
「辛くなったらいつでもここに戻ってきておいで、またお風呂沸かしておくから」
ドンキホーテ自身を。
「……あり……が……ありが、とうな」
自分の、無力感が悔しさが情けなさがドンキホーテの目からこぼれる。
守ってやりたかった。今までの、そして今回の被害者もカールランドも、守れない者がたくさんだった。
だから俺はだめなんだ、そんな自己嫌悪もお湯に溶けていく気がした。
「うん、気にしないで」
ジェーンはドンキホーテの泣く声をそのまま聞いていた。それだけが自分にできることだと思ったから。
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「いい顔になったなドンキホーテ」
翌日、騎士の駐在する屋敷に訪れたドンキホーテは、ロンにそう言われた。
「そうっすか? いつもこんな感じですよ!」
「ふは、そうかではまぁ始めるとするか、レイレイ!」
「はい! 資料の準備はできています!」
「よろしい!」
そういえば、とドンキホーテは今日何をするのか全く聞かされていないため何をするのかわからないことに気がつき、ロンに話しかける。
「ロンさん今日は何をするんだ?」
「ああ、もちろんカールランドに会いにいく」
「でもレーデンスが持っているその資料は……」
それを指摘されるとロンは笑う。フフフ、と不敵にそして宣言した。驚くべき吉報を。
「ドンキホーテ、カールランドは無罪になる」