第七十三話 その後、とある少年が書く日記①
時の牢獄が破壊されてから半年以上が経った。花クジラは死にいつも通りの日常が忙しなく流れていったせいで、思わずあの冒険の日々を忘れそうになってしまう。
それを防ぐために、今日は備忘録も兼ねて日記を書こう思う。
さて、長らく日記など書いていなかった物だから何を書こうか迷う物だが、とりあえず近況から書こう。
僕、ローラン・オウス・ザベリンはあの花クジラの事件の後……世間では「クジラと白昼夢事件」なんて呼ばれている事件後、王都では軽く騒ぎになり、多いに翻弄された。
なにせ一部の王都都民が「一週間ぐらいの出来事を経験した夢を見た」と相次いで報告があったからだ。
それが一人か二人なら、まだ見過ごせたのだろうが。ザベリン家が公式に調査を行った結果、七割の王都の民が、一週間ほど夢の中で暮らしていた、と答えたのだ。
これは正直に言えば夢などでは無い、みんな本当に約一週間本当に過ごし、そして時を戻されたのだから。
ここからは僕のただの推測になってしまうが、あのクジラは死ぬ間際、咄嗟に時間を飲み込もうとしたのだろうと思う。ドンキホーテのあの強力な一撃をくらい、死ぬと感じたやつは咄嗟に時間を飲み込みまた一週間前に戻せば、生き延びられると思ったのだろう。
だが時を完全に飲み込む前に先に奴の命はドンキホーテの攻撃によって儚くも散った。
その結果、不完全な時間と経験の吸収が発生。一部の人々はクジラに経験や記憶を食われることなく、時だけ遡った。というわけだ。
実際、奴の不完全な時間の繰り返しのおかげで、レーデンスは記憶を失ってはいない。
だがどうやら経験と記憶をクジラに食われた人もいるようで、一部の人は約一週間分の時間を覚えていないそうだ。
そこが、今回の事件が白昼夢だと言われる所以である。なにせ三割の人は一週間分の時を認識していないのだから。
とにかくそんなこんなで王都は暫くの間、ざわついていた。都民の間ではこの事件についての根も葉もない、噂が横行した。
官職に着くような貴族や王族もその例外に漏れず、どこかの国の侵略兵器なのではないか? とかまぁ、民と同じような噂を信じかけ、事態の調査に力をそそいだのだ。
そのせいで、僕も、僕の家も慌ただしかった。前述した通り、なにせ調査を一任されたのが、なぜかザベリン家だったのに加え、本来十歳の幼い……と言われると少し腹立たしいが、とにかく幼い僕も身近な参考人として調査に付き合わされたのである。
全く、時の牢獄から解放されて気分が良かったせいかそれとも、借りたハンカチを洗濯しながら父上の質問に答えたせいか……一週間分の記憶があるなどと言わなければよかったと少し後悔している。
まぁ調査のことなどもはや公にされている事が全てなのであまりここでは書かないが、とにかく見知った顔に会ったりした。
ドンキホーテが迂闊に僕の事を口走ったせいで、僕が冒険者ギルドに通った事がバレた時はムカついたが、調査は順調に進んでいった。
当然、例のザカルが雇っていた殺し屋集団、殺人ギルドにも白羽の矢が立った。
ああ、なぜ当然などと言ったのかというと、実はザカルの雇っていた殺し屋、殺人ギルドの組員がちょうど「クジラと白昼夢事件」の一週間後に、ザベリン家が調査を開始する前に捕まったのだ。
それも全員。
なぜこんなことになったのかといえば、殺人ギルドの組員の顔やアジトの場所は既に1ヶ月ぐらい前から、しっぽを掴まれかけていたらしい。
要するに遅かれ早かれ、殺人ギルドは王都エポロに駐在していた、第二騎士団の団員達に潰されていたのだ。
そのおかげで僕の想像にすぎないが、ザカルが殺人ギルドとなぜ縁をもてたのかも、納得がいった。
それはソール国の防衛などに通じるフェルン家の当主ザカルの事だ。
今は平時であるということもあり、特に国外より国内の問題が優先される時期。
それゆえに殺人ギルドの現状を知った騎士団経由で知ったザカルは、近いうちにお前たちは殺人ギルドは壊滅するぞ、などと吹き込み、時の牢獄の番人として彼らを雇ったのだ。
そして案の定、彼ら殺人ギルドはそれに乗り僕たちを殺そうとした……。
この殺人ギルド捕縛の件で幸運だったのは、時の牢獄が破れたことを殺人ギルドも理解して、逃げの準備を整えていたところ。ある協力者のお陰で、逃走経路を先回りして見事全員を捕まえる事ができた。
その協力者とはシャーナさんだ、彼女は殺人ギルドを裏切った。いや正確には最初から殺人ギルドの仲間ですらなかったのだ。
シャーナさんの出自に関しては特にややこしい、彼女は僕よりも先にザカルの計画に気付いていたらしい。つまり時の繰り返しが起こる前からザカルを探っていたのだ。
しかし、ザカルは大貴族、容易に接点など作れるはずもないそこで彼女は、ザカルが接触した殺人ギルドに近づき、加入した。そうすればザカルに近づけると踏んだのだ。
その作戦は予想以上にうまく行った。
まず彼女は殺人ギルドに入る際にある呪いを自分にかけた。それは沈黙の魔法、それをかけられると全く喋れなくなるという代物だ。
それは一部の国で、罪人に施される魔法で、好んで自分に施すような奴はまずいない、すぐに殺人ギルドの新人として迎えられたシャーナさんは、またすぐにマリアさんの護衛に任命された。
理由は二つ、一つは同じ女性だから、二つ目は新人であるが故に騎士団や衛兵に面が割れておらず、貴族の住むサンフラ区に潜り込みやすいと言うことだ。
結果、彼女はすぐさまザカルの元に辿り着けたというわけである。そしてマリアさんと結託し、見事クジラを倒すのに大きな貢献をしてくれた。
しかしそもそもなぜ彼女が、ザカルの計画を感知できたのか? それは彼女の元々の所属を話さねばならない。
彼女の所属する組織は「黒い羊」と呼ばれる……世界平和を守る秘密結社……らしい。全く馬鹿らしいと思うだろう、秘密結社などと。
しかしこれは本当なのである。彼女が殺人ギルドを捕まえるのを協力した後、ザベリン家に情報を説明するために、その秘密結社「黒い羊」の長を名乗る人物、確かマリデ・ヴェルデとかいう男がきたからだ。
その男がいうには黒い羊は正確にはザカルをずっと追っていたわけではない、ザカルの協力者を追っていたのだ。
さて混乱する前に少し話を戻そう、そもそもザカルはなぜ、花クジラを召喚できたのか? 王都の国立の図書館の書物に一片の記述も無く、後から調べてみたが資格ある者しか入れない図書館の禁書庫にも、花クジラに関する情報はなかった。
どこの書物にも載っておらず、どうやってザカルはかのクジラを召喚したのか?
召喚法を教えた者がいたのだ、黒い羊の長によるとその者は「黒き者」と呼ばれているらしい。
漆黒の紳士服を身に纏ったその者は、男か女かすらわからず、ただ様々な人々に失われた魔法や、邪神の召喚法などを教えて回っているそうだ。
黒い羊はその黒き者を長い間、追っていた。そしてその黒き者の居場所を探っているうちにザカルと接触した事をつかめたのだとシャーナさんは説明した。
結果として時の牢獄に囚われてしまったものの、シャーナさんは世界が正常に戻ってよかったと筆談で話していた。
彼女の呪いが解ける事を望みつつ、殺人ギルドの壊滅させた後、黒い羊から事の顛末を知ったザベリン家は、その胡散臭い秘密結社となんと結託してしまった。
まぁ、シャーナさんが所属しているのだからとんでもないところではないのだろうけど……。
しかしだ、胡散臭いことには変わりはない。
だがそれでもわからないことだらけのザベリン家は手を組むしかなかったのも事実、そして共同で調査を行った結果、様々事がわかった。
先ず花クジラの正体だ。花クジラの正体は僕達の知らない別の次元から、または遠い遠い空の向こうから来た。「外来の神」とわかった。というか現状そうとしかわからない。
引き続き父上と黒い羊が調査を行なってはいるようだがいかんせん、うまくいかないらしい。
「外来の神」とは言い換えれば「邪神」の類であるということ。だからこそ恐れられ、文字に残されない、調べるのは骨がいるだろう。
花クジラのことはこれ以上書きようがないのでここまでだ。
さて、そしてザカルの処遇についてだが……。
結局シャーナさんは、ザカルのことに関して最初はなるべくぼかしていたが、殺人ギルドの団員達がまぁ、ペラペラと喋ってしまった。そのおかげで極刑は免れないと思ったが……。
これも意外な事が起こった。僕の父上が調査報告を貴族院に提出したところ、処遇の方はなんと謹慎だけとなった。
謹慎、謹慎、謹慎……? 謹慎?! 軽すぎないかと思った。
彼は最悪死罪、よくて一生投獄だと思っていた。
せっかくドンキホーテとレーデンス、そしてシャーナさんとマリアさんの力を合わせて減刑とともに、冬に1日ぐらいザカルを脱獄させる計画までたてていたのに、それが全て必要無くなったのには驚いた。
どうやらザカルが、永遠の時を条件に懐柔した貴族達というのは存外多いようだ。しょうがない、いつか僕がそれなりの地位になった時には、一掃するとしよう。
だが今回に限り、腐敗した貴族には感謝しなきゃいけないだろう。
マリアさんの願いを叶えるための助けにはなってくれたのだから、問題はマリアさんがーー
そこまでロランが書きおわった時、不意に、ノックの音がロランの部屋に響きわたる。
「おぼっちゃま! ローランおぼっちゃま! お客さまです!」
この声はザベリン家に長年努める、老年の執事のフレドの声だとわかった、ロランは背伸びをした後、椅子から降り、書いてあった日記帳を鍵付きの戸棚に閉まう。
「わかった」と執事に返事をした後、おもむろに窓の外を見てロランは呟いた。
「占い通りだ」
窓の外には、雪によって彩られた銀の世界が広がっていた。
ここまで呼んでいただいてありがとうございます!
もし
面白いな、だとか
応援したいな
と感じてくださいましたら
下にある[☆☆☆☆☆]マークをタッチして。
[★★★★★]にしていただけるとモチベーションにつながります!
どうかよろしくお願いいたします!
そしてよろしければいいねの方もよろしくお願いします!