決闘のあっけない決着
遅くなりました!
ラヴァナ協会の地下にある、訓練所では風と炎がマチルダの2本の剣から唸り、炎火を上げて、フーリへ襲いかかって来ていた。
マチルダは2本のロングソードに魔術を施すと、先ほどの攻撃より速い斬撃を繰り出す。
2人の戦闘を見ている傭兵達にはもう何が起こっているのか、目で追うことが出来ず、ただ魔力を糧に空気を燃やす炎の軌跡が見えるだけだった。
マチルダは風と炎を纏った2本の愛剣を右へ左へ切り払い、そして上へ下へと切り上げ切り下ろし、突きを繰り出し、フーリへ怒涛の如く斬撃を放っていた。
その全ての斬撃は彼女にとって最高の技、必殺となる物だが、フーリはその攻撃を全て躱し、避け、掠りもしない。
彼女は嬉しさを抑えることが出来ず、顔には喜色を浮かべ、瞳は爛々と輝かせながら次々と攻撃を繰り出していく。
「最高だ!!お前は本当に最高の男だ!!フーリ!!」
「そうかよ!!」
攻撃を繰り出しながらフーリへ気持ちのタケを口にする彼女に対して、フーリは面倒臭いと思いながら急所を正確に狙ってくる彼女の攻撃を躱していた。
「(あぁ~…、メンドクセェ)」
フーリにとって彼女の攻撃は正確で、そして急所を狙う必殺の一撃ではあるが、躱すことに何も問題はなかった。
確かに攻撃は速く、強力ではあったが、彼はその速い攻撃を見ることが出来るし、いつまでも躱し続ける事が出来る。彼にとってはこの世界で最高位の速度と攻撃であっても、まったく問題ではない。
傍から見れば、一方的に攻撃をされているように見えるが、反撃をしようと思えばいつでも反撃することが出来たのだ。
では、何故反撃をしないのか?
「(勝っても面倒、手を抜くと面倒、反撃して怪我をさせてしまっても面倒…。これをどうしろと?)」
彼はマチルダの性格について、この短い間に少しだが予想を立てていた。
フーリから見た彼女は、『戦闘狂』『直情的』『バカ』の塊だった。しかも、ロブの話を聞く限りでは彼女は一応王族で、もしも怪我をさせてしまっては後々面倒が起る可能性がある。
勝てば再戦を申し込まれ、本気を出さなければ納得せず再戦を申し込まれる、怪我もしくは殺してしまっては王族との関係が拗れる。
これだけで、彼女のことは彼にとって面倒事でしかなかったのだった。
…ちなみに、フーリの頭の中には「態と負ける」という選択肢はなく、彼が根っからの負けず嫌いであるのも一つの原因であった。
フーリとマチルダが、訓練所の中心で激しく戦闘を行っていると、その訓練所の入り口からリグリットが姿を現した。
彼女は一度、訓練所全体をぐるりと見回した後に、その中心で戦闘を繰り広げている2人を見た後は興味を失くしたのか、端の方でシロ、クロの2匹と戯れているありすの場所へ歩いていく。
ありすは早々にフーリとマチルダの戦闘に興味を失い、2匹と遊んでいたのだった。
「まだやっていたのか?」
「う~ん、なんかケンちゃん考えてるみたいで、さっきからあの調子だよ」
リグリットの質問に、さもどうでもいいよ、といった感じで答えたありすは、シロの肉球をぷにぷにしたり、クロのぽっこりつるつるお腹を撫でて遊んでいた。たまにクロから『ぬ、主様…そ、そこはいけません…!』と悩ましい声が聞こえてくるが1人と2匹は幸せそうだ。
そんなありす達を見て、リグリットもその輪の中に入るのであった。
リグリットが訓練所に入って来たことを、視界の端に捉えたフーリはいよいよどうでもよくなって来ていた。
…別に彼女やありすが、自分の苦労を知らないで、いや…ちらりと見ていたから気がついているだろ?特にありすは最初から見てたし、それで無視ってどうなの?
と思ったからではない。少し2人にムカッと来たことは否定はしないが…。
「(…どうとでもなれや!コンチクショー!!)」
フーリは内心で罵声を叫ぶと、これまで避けるだけで、後退ばかりしていたが、初めてマチルダに向かって前へ出る。
マチルダはフーリの動きを見て、彼の体が前に出た瞬間を狙って2本の剣を同時に切り払った。
しかし、彼女の剣はフーリを切ることはなく、まして彼を外してもいなかった。
彼女の風と炎を纏った2本の剣はフーリの左右両手に刀身を握られ、止められていたのだ。
「なっ!?」
「フン!!」
マチルダが驚き力が弱まった瞬間、フーリは2本の剣を彼女の手から奪い取る。
彼女の手から離れたことで、魔力の供給もなくなり、風と炎は直ぐに刀身から剥がれてしまう。
それを確認したフーリは、両手に力を加えると…。
バギッ!
2本の刀剣を握り潰したのだった。
「武器が失くなったから、これで終わりだ」
そう言ったフーリは驚いた顔で硬直するマチルダに決闘の終了を告げると、手に残っていたロングソードの残骸をポイッと捨てるのだった。
しかし、マチルダは戦闘の終了を告げられても反応せず、ただポカンとした表情で、目だけは捨てられてロングソードの残骸を追っていた。
「…たく、なんでこんな面倒なことに…、…おい?どうした?」
愚痴をこぼそうとして、マチルダを見たフーリは、そこで彼女の異変に気がつく。
彼女は茫然とした後、ウルウルと目に涙を溜めると、ふらふらと捨てられた自分の刀剣の処へ歩いていく。
さすがに先ほどまでとは、雰囲気が違う事から、少し心配したフーリは声をかけるが、彼女から返事はない。
打ち捨てられた刀剣の残骸に辿りついた彼女は…、ガックリと膝を折って前かがみになり倒れてしまう。
「?」
「わっ私の剣が…ゲインとカイルが…!!うっうぉぉぉおおおおぉぉぉ!!」
剣の名前を言って、盛大に泣き始めてしまったマチルダ。
その姿を見たフーリはというと…。
「えぇ~…、剣に名前とかどうよそれ…」
マチルダが刀剣に名前を付けていたことに若干引いていた。
マチルダの剣が折れてしまったことで決闘はフーリの勝利で終わったが、マチルダが折れてしまった剣を抱いたまま男泣きをしてしまうという決着だった。
その後はマチルダをありすとリグリットが慰めていたが、結局はフーリが新しい剣を購入して弁償する約束をすることで、彼女は納得した。
「ずずっ!…また勝負してくれるか?」
「ああ!勝負してやるからもう泣くな!!」
「…新しいのは純度の高い魔鋼鉄で鍛えた物がいい」
「わかった!なんでも買ってやるから」
「…私と結婚してくれ」
「はいはい!結婚するから…?おいちょっと待て…なんでお前と結婚しなきゃならん」
いつまでも泣いているマチルダに半ば投げやりに要求を呑んでいたフーリだったが、彼女の最後の要求は容認できるものではなかった。
確かに剣を折ってしまったので、その弁償をする為に剣を購入するまでは納得はできるが、いきなりの結婚に話が飛ぶのか不明だった。
「私は自分よりも強い男と結婚すると決めている。
だから、お前には私の夫になってもらう」
「なんでそうなる!?」
ここにいる者達は知らないことだったが、彼女は自分の結婚相手は、自分よりも強い男を望んでおり、国王であるベルトランにも、そのことを伝えており、半ば無理やり認めさせていた。
貴族たちは彼女の奇行はあるが、王族の血筋を自分たちの一族に入れたいので彼女が王都に滞在すると、毎回貴族の男子を彼女に差し向けているが、未だにマチルダに勝つことが出来る貴族の男子は現れていない。
そして、マチルダはそんな貴族達からの申し出を断るのが面倒で、さらには自分の趣味(強者を求めて)のためにほとんどを国外へ出て過ごしていた。
今までは、そういった理由があったのだが、フーリの登場で事情が変化した。
彼はマチルダよりも明らかに強い男で、それは先ほど直接戦って理解した彼女は、正式に彼を夫として迎えようと考えていた。
…その考えの中に、面倒な縁談を断るための理由、そして毎日強者と戦うことが出来るという願望が、多分に含まれていたが。
とりあえず、涙をひっこめた彼女の話は無視することにしたフーリ、ありす、リグリットは無理やりついてくるマチルダを引き連れて訓練所を後にしたのだった。
訓練所には茫然とした傭兵達だけが残されており、彼らが正気に戻るのはしばらく後になった。
訓練所を出て4人が向かったのは3階にある支部長室で、そこにはベルシュが待ち構えており、4人の空気を読んだ彼は、また脂汗を浮かべ、ペコペコと頭を3人に下げるのだった。
フーリは内心、ベルシュの姿がクレーム対応をするサラリーマンに見えたが、何も言わないでおいた。
3人が落ち着き、ソファーに座ると、ベルシュも対面のソファーに腰掛ける。
そして何故か、マチルダもソファーに座っていたが、言っても無駄なので放置した。
「それでは、登録証の受け渡しをしたいと思います。
規則ですので、お渡しする前に簡単な協会の説明をさせて頂きます」
そう言ったベルシュはフーリ達3人へ紙をそれぞれ渡し、そこに書かれている内容の説明に入った。
ベルシュの説明によると、協会からは傭兵に依頼を斡旋、依頼主との仲介をおこなうが、傭兵個人の判断で直接依頼主と交渉する事が出来る。
協会から紹介された依頼などには、達成すると報酬が支払われるが、失敗すれば一定金額の違約金を払う事になる。
また、個人で依頼を受けた場合には、全ての責任は依頼を受けた傭兵の責任であり、協会は一切関与しない。
協会から斡旋された依頼で、万が一怪我や死亡してしまっても、協会は関知しない。
またこれらの条件に当て嵌まらない特別事項があり、傭兵が滞在している町や国などで、魔物襲来における防衛依頼や、魔境での特別依頼では怪我の治療、死亡した場合の一定金額の補償金が支払われる。
基本的に協会へ登録した傭兵は、全ての依頼を難易度に関係無く受ける事ができるが、高難易度の依頼は協会からの査定、依頼達成可能な傭兵で有るか、無いかを判断した上で受けることが可能になる。
傭兵の評価の基準としては、依頼の達成率、傭兵の戦闘能力や素行等が評価の対象となる。
他にもいくつか細かな規定について解説を終えたベルシュはフーリ達3人を見て声をかける。
「…以上が規定になりますが…、何か質問はございますか?」
「傭兵の評価だが、傭兵達本人にその評価を知る事は出来るのか?」
フーリは疑問に思った事を質問すれば、ベルシュは頷き答える。
「細かく分けている訳ではありませんが、協会内の職員達は評価のレベルを4つの段階で表しています。
下からヒュムス、アクア、ストーマ、となり最上位がイグニスとなります。
協会に入った傭兵はヒュムスからのスタートです。皆さんもヒュムスから始めて貰うことになります。
…ちなみにですが、そちらのマチルダ様はストーマの中でも上位に位置する方です」
そう言われて、フーリ達とは別のソファーへ座っているマチルダを見ると、彼女はドヤ顔でソファーにふんぞり返っていた。
彼女は実際にはイグニスの実力を持ってはいるが、彼女が達成してきた依頼や本人の事情、性格などが理由でストーマに分類されているのだった。
…フーリ達はそんな彼女を無視して、ベルシュへ向き直る。
「イグニスの傭兵はいないのか?」
「…いいえ、この国にはいませんが、帝国にイグニスの位を持つ傭兵は幾人かいらっしゃいます。
帝国は大陸中央にあって、魔境に近いので実力のある傭兵は皆、帝国領の協会を活動拠点にしているのです。
帝国以外の国にも数人イグニスの傭兵はいますが、帝国が一番多くの者達がいます。
残念ながら、このフォーゲルハイツ国内ではイグニスの方はいません」
その話にフーリとリグリットが渋い顔をした。
「…傭兵が戦争に参加するなんて事はないのか?」
リグリットがフーリも疑問に思っていた事を聞いた。
その質問に、ベルシュは肯定で答える。
「傭兵が戦争に参加することもあります。国が協会へ依頼をして、傭兵を雇うこともあります。しかし、依頼を受けるかどうかは協会と傭兵双方が了承すればですが…」
「んじゃあ、戦争に参加するのは協会と傭兵の自由って事でいいか?それと協会は国からの依頼を拒否するだけの力があるのか?」
「はい、そう思って頂いて結構です。
協会の力、発言力に関してですが、協会はあくまで中立の立場を維持しております。国同士の戦争が起こった場合にはどちらに付くかで戦局が大きく変化する訳でもありませんし、傭兵を戦力の一部として使う国は稀だと思いますよ?」
そういったベルシュ言葉に、2人は少し安心していた。
もしも協会を通じて戦争に駆り出される事が強制であったら、今後のことについて考え直す必要があったからだ。
「ご質問は以上でよろしいでしょうか?」
「ああ、大丈夫だ」
「では、…こちらが皆さんの登録証になります。
昨日御一緒に登録をされた方の分もお渡しする事が出来ますが、如何なさいますか?」
「じゃあ一緒に貰っておく」
ベルシュの問いにフーリが答え彼は頷きソファーから立つと、自分の机の上に置いてあったベルを振る。
すると、直ぐに協会の制服らしい清潔な服を着た女性が部屋に入ってきて、彼女へベルシュはコイル、謎謎の登録書を持って来るように言い、下がらせた。
フーリはそのやり取りを見た後に、手元の登録証へ視線を落とした。
そこにはこちらの世界の文字でランク:ヒュムスと書かれており、他にはフーリの名前に、登録を行ったラヴァナ協会フォーゲルハイツ王国支部と書かれている片手の掌に納まる、四角い銀のプレートだった。
「そちらは魔鋼鉄を素材としていますので、初回は無料でお渡ししますが、紛失した場合には再発行に手数料が必要となりますのでご注意ください」
フーリが登録証を見ていると、先ほどの女性がコイルと謎謎のプレートを持ってきており、それを受け取ったベルシュが戻ってきていた。
「それではこちらが、お連れ様の登録証です」
そう言って手渡されたフーリと同じ銀のプレートを、そのまま自分の物と一緒にポケットへ仕舞う。
「お疲れさまでした。これで協会への登録作業は全て終了しました。
これから皆さんのご活躍を応援しております」
フーリがポケットへ登録証を仕舞った事を確認したあと、ベルシュは姿勢を正し、そう言うと頭を下げた。
フーリはそんなベルシュの礼に短く「ああ」と答えると、ソファーを立ち3人を連れて彼の執務室を後にするのだった。




