王女からの依頼
品が良く、良質の家具が並ぶ部屋はどんな仕組みか知れないが、一定の光源が保たれており、光に不充する事がない。
この部屋が窓1つ無い馬車の中だと忘れてしまう。
テーブルにはルチアナ、フーリ、コイルの3人が着いており、フーリは先程ルチアナが言ったことについて質問を始めた。
「…"力"を貸して欲しいって言うが、それは王都まで姫さん達を護衛するって事だな。
それについては報酬を受け取る為に王都に行くから、次いでに護衛もしよう。
もちろん報酬はそのぶん多目に貰うことになるが」
「ええ、勿論報酬は今回助けて頂いた物とは別に御用意致します。
皆様が望む物を報酬として、私が出来る限りの御用意を致します」
「そうか、じゃあ報酬は此方が決めて良いんだな?」
「はい」
「ふ~ん…」
フーリはそこでカップ持ちお茶を飲むと嘆息したい気持ちを無理矢理押し込める。
「(このアマ、感謝とか言って此方を試してやがる)」
フーリは今回の報酬を金銭ではなく、情報を貰うつもりでいた。そして次いでに王族との繋がり、親しくと迄は言わないが顔と名前を覚えて貰い、今後の活動で利用しようと考えていた。
しかし、利用しようとした相手はやはり強かだった。
一見すると此方の要求を受け入れると言ってはいるが、要求の制限を作る事で此方の目的を知ろうとしている。
"出来る限り"とはそう言う意味だし、相手は一国の王女だが、"所詮は王の子供"でしかなく権限なども差ほど大きいものでは無い。
よって要求には始から制限が存在しており、此方はその制限内での要求を出す事になる。
王の名を出さない事からも、これは王女個人が行う契約で国と王が含まれない。
「(最初の挨拶、そして無礼講にしたのもこれが目的か )」
あくまでも私的の場、公的な場所ではない事を最初に宣言されては、後々ごねるのも難しい。
フーリはそこまで考えるとチラリと隣に座る仲間を見るが…、コイルは呑気にお茶を飲んでおり、全く話の意図を理解はしていないようだった。
「(こいつ…わかってねぇな…。仕方ねぇ、俺がヤルか。後で文句を言って来ても知った事か)」
「姫さん、最初にバルバロイのオッサンに言ったように"あんたらが俺らをどうしたいのか?"。
それによっては折角助けはしたが、俺らはあんたらの敵になる。
…俺らが求めるのは金じゃねぇ、情報だ。
あんたらが俺らの知りたい情報を持っているのか、いないのかは、此方の"事情"をある程度話す事になる…」
フーリはそこまで言葉を捲し立てると残っていたお茶を一気に流し込む。
…途中でバルバロイから殺気が飛んできたが、目線だけで押さえ込んだフーリは飲み干したカップを少々乱暴にテーブルへ置くとルチアナの蒼い瞳を真っ直ぐに見詰める。
「…俺は化かしあいとか出来ない素人だ。
メリットとデメリットをハッキリとさせて、それから決めさせて貰う。
ここからはお互い正直に話そうぜ?勿論お互いの情報については一切口外はしない。
…それでどうだ?」
そう言うとフーリは肘をテーブルにつき口元を両手を組んで隠すと、少し体を前に出してルチアナを睨む。
ハッキリ言って一触即発の状況が出来上がってしまい、話の内容を理解していなかったコイルはフーリの突然の行動に困惑したが、何時でもスキルを発動する準備だけはしていた。
現にルチアナの後ろに立つバルバロイの右手が左の腰に履いた剣の柄を掴んでいる。
ルチアナは睨むフーリを、その蒼い瞳で暫く見ると、ため息を溢して苦笑すると、直ぐに真面目な顔になる。
「口外はしないと言いますが、それをどのようにして証明しますか?」
「俺らを信用しろ、そんで俺らはお前を信用する」
フーリ言葉にルチアナは僅かに体を震わせる。
その瞬間、フーリはルチアナの瞳の奥に深い哀しみを見てとったが、それも一瞬で消えてしまう。
ルチアナは今度こそ大きく息を吸ってから盛大にため息を洩らして体の力を抜く。
「…化かしあいが出来ないと言いましたが。十分に宮中でも通用すると思いますよ?」
「こっちは素人だ、それを知って仕掛けて来たのは姫さん達だ。
穿った考えしか出来ないからな俺は。
所詮は素人、本職には劣る」
「そうですか」
緊張した、張り詰めた空気が弛緩し部屋にいた人間全員の力が抜ける。
フーリは体をテーブルから離すと椅子の背もたれに背中を預けて脚は組む。リラックスの体勢になると壁に控えた女性たちに向けてカップを持ち上げ、お茶の御代わりを要求する。
完璧に寛ぎモードに入っていた。
「フーリ…僕は説明して欲しいんだけど?」
コイルは垂れ目をさらに下げて情けない顔をしたので、フーリは先程のやり取りの大間かな流れを御代わりのお茶が出るまでに説明した。
コイルへの説明も終わり、お茶の御代わりも来たことでルチアナとの話を再開した。
「じゃあ、先ずは此方の事情を話すとするか。
言い出したのは俺だしな」
「はい、お願いします」
フーリは先日自分達の身に起こった事を簡単に説明していく、ゲームやステータス、スキルに関する情報はぼかして伝え、自分達がこの世界とは違う、異世界から着たことを話した。
話を聞いたルチアナとバルバロイはどちらも信じられないといった雰囲気ではあったが、ある一点では理解を示した。
それはこの世界に来る原因となった箱の事で、金色の歯車については何か思い当たる節があるようだ。
「それはきっと魔術ではないですか?」
ルチアナの言葉に今度はフーリとコイルが首を傾げた。
ルチアナの説明によると、この世界にはやはり"魔法"が存在しており誰でも使う事が出来るらしい。
しかし、本当の"魔法"が使える者はごく少数で、ドラゴンや巨人といった体内に膨大な魔力を持った者しか扱うことが出来ないそうだ。
そして人間ではそれこそ数百年に1人とかの確率でしか魔法を扱うことの出来る者はおらず、魔法が使えた人間は様々な逸話や伝説としてその名を歴史に刻んでいるらしい。
では一般の人間はどうするか?そこに登場するのが魔術だ。
魔術は所謂、魔法の劣化版として少ない魔力でも魔法を使うために人間が考えた技術だ。
その魔術の種類は多岐に渡り、今の世界に暮らす人間にとってなくてはならない存在。
「簡単な物ですと、このような魔術があります」
そう言ったルチアナは自分のお茶が入ったカップに触れると、ルチアナの手から青の歯車が複数表れて直ぐに消えた。
ルチアナはカップを持つとそのままお茶の入ったカップをひっくり返す。
お茶が溢れると思ったフーリとコイルだが…。
お茶は溢れない。
よく見ると、カップに入ったお茶は氷になり固まっている。
「へぇ、呪文とかは必要ないのか?」
フーリが気になった点を聞くと、どちらでも良いという答えが返ってきた。
詳しい話をすると長くなり、魔術の理論について知る必要があるらしい。
簡単な説明だと自分の中にある魔力を魔術して使うための鍵が重要らしく、個人でその鍵は異なるらしい。
「そして、今使った魔術は一般の家庭でも使われる氷結魔術です。
魔術式…フーリ殿が言った歯車が魔術式なのですが、この魔術のは4つの属性があります。
そして属性を表す色が存在し、赤が火、青が水、緑が風、白が土になります」
「ちょっと待ってください!
色が4つ?では僕たちが見た金色の歯車はなんだったんですか?」
コイルが疑問に思ったことを聞くが、フーリも同じことを疑問に思った。
2人の視線を受けてルチアナが話を続ける。
「それには複合魔術の説明をしなければ成りません。
私も使う事が出来るので説明は出来ますが、少々説明には時間が掛かります。
後程詳しく説明できる者を向かわせますので、詳しくはその者に聞いて頂くといいでしょう。
…ただ言えるのは金色の魔術式を私は見たことがないというです」
「そんな…」
コイルはルチアナの言葉に力なく椅子に座る。しかしフーリは違う反応をした。
"知らない"ではなく"見たことが無い"似ているようで、この意味は大きく違う。
それに気がついたフーリはコイルを励ます為に肩を叩く。
「コイル、姫さんは見たことが無いだけで知らないとは言っていない。
金色の魔術式を知るためには他に説明が必要なんだろ。そうだろ、姫さん?」
「はい、勘違いさせてしまったようですね。
申し訳ありません、コイル殿。
金色の魔術式についても後程、複合魔術と一緒にお聞きするといいでしょう」
「だとよ」
コイルはルチアナの言葉を聞いて安心したのか息を吐き出していた。
それを確認したフーリはルチアナを見る。
「それで?ここまでは俺達の事情だ。
次は姫さん達の話を聞こうか」
ルチアナは頷くと姿勢を正した。
「今、私達は母の故郷である公国から王都へ戻る旅の途中です。
先程も申し上げたように、皆様には私達の護衛をお願いしたいのです」
「その理由は?」
フーリの質問に無言になると少し考える表情をするルチアナ、フーリとしては王都への護衛だけがルチアナの依頼ではない気がしていたので質問した。彼女が話すのを無言で待っていると、横から声が入る。
「殿下、私から2人に御話しても宜しいでしょうか?」
「いいえ…。大丈夫。
私からお伝えします」
主従のやり取りに少し疑問を感じたが、直ぐにルチアナが口を開いた。
「私が王都へ戻る理由、それは現王である私の父が病に臥せったことが原因です。
しかし王が…父が倒れたのは病が原因ではありません。
毒による物です」
なんとなく事情はわかるフーリとコイルは黙って話を聞く。
どの時代、そして世界が違っても権力者の命は狙われる。そこを理解しているからこそ2人は口を挟まない。
「…毒を父に盛った者の目的、そしてそれが誰なのかをハッキリとさせる為。
王の弟で私の叔父に当たるヨハン=フォーゲンハイツに逢わなくてはなりません。
そして毒を盛った者として最も疑わしいもの叔父上なのです」
やっぱり面倒事かと思ったフーリだが黙ってルチアナの話の続きを聞いていく。
ルチアナの話によると、現在の王でルチアナの父には腹違いの兄弟が複数存在するらしく、正妻との間に生まれたのは現王のみ、他の王子、王女は自国の貴族と婚姻、または領地を下賜されて貴族となったらしい。それと同時に王位継承権は剥奪されており、今現在王位継承権を持っている者は現王の娘であるルチアナと、今話に出ていたルチアナの叔父であるヨハン=フォーゲンハイツのみであるらしい。
「なんでそのヨハンさんは継承権を持ったままなのです?
他の兄弟のように継承権を剥奪して結婚させればいいじゃないですか」
コイルが疑問に思ったことを質問すると、ルチアナはヨハンを取り巻く状況について説明を始めた。ヨハンを生んだのはこの国に昔から存在する貴族の中でも影響力を持ったランカスタ侯爵家の令嬢で、多くの自国貴族が彼の側についていたこと。
貴族の反発を生まないためにもヨハンに継承権を持たせることで表向きの反感を鎮め、長年王宮の奥で軟禁を強いてきたことなどをルチアナは話した。
「完璧にお家騒動だな、だが自国の貴族を黙らせる為とはいえ、よくそんな方法を取ったな」
「それにも理由があるのです。
これを説明するためにはフォーゲンハイツ王国を取り巻く情勢について話をする必要があります。
そしてこの世界の情勢にも関係することです」
そもそもこの世界と言うが彼らの認識では1つの大陸を指しているらしい。
大陸の中央から東は魔境と呼ばれる強力な魔物が暮らす未開の地が広がっており、人間が暮らす地域は大陸の半分もなく、その狭い地域で多くの国が犇めき合っているらしい。
その中で最も大きな国が、大陸の中心に近く魔境とも接している国で名をザイール帝国という。
次に大きな国だったのがミレイル王国であった。
この二国は大陸の覇権を求める戦いを数百年単位で行っており、戦が絶えなかった。しかしつい5年前に前皇帝が崩御し、新しい皇帝が即位して膠着状態だった二国関係に変化が起こる。
帝国は大量の兵士、物資を投入して長年続いていた戦争に終止符を打つことになる。
ミレイル王国の滅亡という結果を残して。
ミレイル王国を滅ぼしたザイール帝国はその後、残る中小国家へ侵攻を開始した。
初めに狙われたのは小国家群で、ザイール帝国は強大な国力を持って次々に侵略、または属国化していった。
次々に国が滅ぼされることに他の国も危機感を持ち、帝国に対抗するために中小国同士で同盟を結ぶことになる。
その中小国の中にフォーゲルハイツ王国も含まれている。
しかし、フォーゲルハイツ王国は帝国と離れていることもあり、危機感は他の国よりも小さい。それでも帝国という脅威に立ち向かうために働きかけていたのが、ルチアナの父であるフォーゲルハイツ現国王だった。
「帝国という脅威がある中で、自国内を混乱させるわけにはいかない。
父は常々そう口にして王国を導いてきました。
…叔父上もそれを理解している筈でした。なのに…」
つい最近になって貴族達に不穏な動きをする者が出始めたらしい。
それに気が付いたルチアナの父は、継承権を持つルチアナを友好国でありルチアナの母の出身国でもあるヒルエスター公国へ一時避難させたらしい。
ヒルエスター公国はもともとフォーゲンハイツ王国の公爵が当時の王に許しを貰い、公爵領をそのまま公国とした歴史があり、王国の北で外敵や魔物から王国を守ってきた。
歴代の公王家と王家は婚姻関係を結び強い協力関係を作ってきたので、ルチアナを避難させる場所として最適だった。
ルチアナは公国で避難生活を送ることになるが、1週間前に現王派貴族からの文にが届く。
そこには…。
「姫さんの親父が倒れたとあったわけだな?」
フーリがルチアナの代わりに言葉にすると、ルチアナはゆっくりと頷く。
ここまで話を聞いて、フールは今すぐ罵りたい気分になったが、何とか喉の奥にしまいこむことに成功した。
「(完璧に詰んでるだろ…この世界)」
フーリが最初に考えた、安全な国で元の世界への帰還方法を探すといった考えは今ここで潰えてしまっていた。
帝国の侵攻によって今の人間国家はどこにでも争いの火種が存在しており、かりに帝国へ行ったとしても自分たちの力がバレてしまえば侵略戦争に使われる可能性もある。
この大陸以外、他の大陸を探そうかとも考えたがルチアナが自分たちの暮らす世界を一つのものと考えていることから、他大陸との交易などは存在しない。そして他に大陸が存在し国が存在いしているかも疑わしい。
フォーゲルハイツ王国が帝国とは離れていることですぐに戦争になる可能性は低いことを考えれば一応安全な場所と聞こえる、だが内乱の可能性が色濃く存在する。
フーリは無言で考える、帰還のために何をして最善なのか?もしくはベター(・・・)なのかを。
考えて考えてフーリが出した答えは…。
「仲間と相談させてくれ…」
この一言だった。