王女
嫌な予感は的中する物だ。
それが、自分の幼馴染みに関係する事となれば尚更。
フーリが話を終えてクロが待つ場所へ戻ると、リグリットとコイルへ話の内容について説明を行っていたそのとき。
後ろで兵士達が騒ぐ声が聞こえてきた。兵士達を見れば皆が同じ方向を見て騒いでいる、フーリは嫌な予感がしていたがまさか、この状況で何もしないだろうと信じていた。
その信頼は脆くも崩されることになる。
彼方から異常なスピードで走る白い塊は、兵士達の眼前に迫ると急制動をかけて停止、その場で特大の咆哮を上げることになる。
飛竜よりも巨大な生物、シロへ兵士達は果敢にも剣を抜き立ち向かおうとしているのを慌てて止めに入る、フーリとコイル。
そして馬車の中から飛び出してきたバルバロイに仲間だということを懇切丁寧に説明をしてから仲間だということを分かって貰い、同時に謝罪をしてなんとかその場は収まった。
フーリはこの世界に来てから過疎度的に増える溜息の回数にまたもや嘆息するのだった。
その後は、クロとシロ。辺境にある魔境でしか見ることが出来ないような、巨大な魔物を前にして兵士達は離れた場所から遠巻きにするしかなく、脅えながら飛竜の死骸を片付けと、負傷者の治療を行っていた。
そんな兵達が気になるのか、シロはチラチラと視線をやっていたが、フーリに止められたので渋々と大人しくしていた。
フーリ達も兵に脅えられていることから集団とは離れた場所に集まると、後から来たありすと謎々へ先ほどバルバロイとの会談内容を説明し、了解を得た後は寛ぎながらバルバロイを待っていた。
ありす達が到着してからそう時間が経っていないが、寛いでいたフーリ達の下へバルバロイとの話の時に隣にいたローブを着た女が比較的綺麗な鎧を纏った兵士3人を伴ってやって来た。
「フーリ殿。
お待たせ致しました。王女殿下が御会いになります。私と一緒にいらしてください」
要件を伝えた女の表情を変えることなく無表情で踵を返そうとするのを、フーリは立ち上がり止める。
「ちょっと待ってくれ、仲間も一緒に行ってもいいか?
後でまた同じ話をするのは面倒だからよ、一緒に話を聞いてもいいだろ?」
フーリの言葉に半分体を後ろへ向けていた女は少し顔を顰めてから、地面に座って寛ぐ4人を見た。
「…では、そちらの金髪の男性だけでしたらご一緒にいらして結構です」
コイルは自分のことを言われるとは思わなかったのか「僕?」と言って数度瞬きをしている。
そして視線をフーリに向けてきて困った顔をする。
「1人だけか?他の奴らはダメなのか?」
「はい、フーリ殿とそちらの男性の御二人です。
他の方々はこちらでお待ち下さるようお願い致します」
そう言って目礼した女からは有無を言わせない雰囲気が出ており、それを感じ取ったフーリはここでごねても仕方がないので、仲間に顔を向ける。
「だ、そうだ。
コイルは悪いが一緒に来てくれ」
「わかったよ」
フーリとコイルは残る仲間へ「行って来る」というのを確認すると女はスタスタとお供の兵を引き連れて歩きだしていた。
2人はそんな女達の後ろを足早に追いかけると後ろに付いていく。
「…なんで僕だけなのかな?」
女達の後ろを歩いていると、小さな声でコイルは疑問に思ったことをフーリに聞いてみたが、それはフーリにもわかることではないので「さぁな」とだけ応えた。
その後は全員無言で馬車のある集団の中心に歩いていたが、フーリの頭の中では最初に言った女の言葉を考えていた。
女は「王女殿下」と言っていたことから、予想はしていたが王族、しかも姫様だったとは。この世界に来て2日目にして王族に繋ぎが出来たことに幸先がいいと思う一方で、不安も感じていた。
フォーゲルハイツ王国という国が王制の国だということは理解出来る。しかしその王国がこの世界でどれだけの規模でどんな情勢にあるかが問題だった。
フーリとしては戦争などが無縁の国で帰還の方法を探そうと考えていた。自分達がゲーム内でのステータスを持っていたとしても安全を考えれば戦争などの危険がある場所はなるべく避けることが望ましい。
それに自分達のこの力を利用しようと考える者も出てくるだろう、それらのことを考えると帰還方法を探すためには慎重な立場を維持して、権力からも付かず離れずといった関係が必要になる。
しかし…
「(難しいだろうな…)」
フーリが生きてきた時間でそんな危険な場所、特殊な環境に身を投じたことがない。
フーリ達にとって政治などの専門家が出てくれば、手玉に取られる可能性が高い。
警戒はするが、どんな手段と方法で来るのか予想が難しいのだ。
「(そう考えれば、味方を作る事に意味がないわけじゃないか)」
なによりも情報が欲しい今はこの繋がりを切るわけにはいかない。そしてもしも王族が味方となった場合には、その国の中で自由に行動が出来る。
そこまで考えていると、フーリは自分に、正確に言うとフーリとコイルに注がれる視線に気が付き思考を止めて目だけで辺りを見渡す。
今は兵達が集まる馬車の近くを歩いており、そこに居る兵から多くの視線が2人に向けられているのだった。
「(理由が分かるが、気分の言いものじゃあ無いな)」
兵達の視線は2人のことを畏れているモノが大半であまり良い印象を受けない。コイルも同じなのか、どこかそわそわとした雰囲気がフーリの隣から伝わってきていた。
そんな視線の波を切るように進む一団は豪奢な馬車の前に到着した。
馬車の扉の前にはバルバロイが控えており、フーリ達の到着を見止めると近づいてきた女の耳元で何やら話して離れる。厳つい顔に笑顔を貼り付けたバルバロイはフーリとコイル見る。
「御待たせした。
王女殿下が御会いになる。殿下からは礼儀などについては不問にするとお言葉を頂いているので、楽にされて結構だ」
フーリとコイルがその言葉に頷くのを見ると馬車の扉に近付き「殿下、フーリ殿達がいらっしゃいました」と声を掛ける。
少しして扉から高く澄んだ女の声で「入って頂いて」と声が聞こえた。
その言葉にバルバロイが馬車の扉を開けるが、フーリは疑問に思った。
こんな狭い馬車に俺たちを王女と一緒に入れる?
疑問に思ってバルバロイへ視線を受けるが、彼は厳つい顔は今も笑みを貼り付けており、顔だけ見たら山賊の首領が悪巧みをしているようにしか見えない。
真意がわからないが、入っていいといわれてので覚悟を決めたフーリはそのまま扉を潜り馬車の中へ入る。
そして馬車の中へ入ったフーリは驚き、「何だこれ」と口から呟きが漏れる。
フーリが見た馬車の中は、外から見た感じでは豪華ではあるが、人が4・5人も入るのがやっとだと思っていた。
しかし中に入ってみると広々とした空間が広がっており、軽く学校の教室並みの広さがあったのだ。
そして、その広々とした空間には派手ではないが質の良い家具並び、壁には絵画が掛けられており、天井も高くなっており1羽の極彩色の鳥が停まり木だろう物の天辺で毛繕いをしていた。
呆けた顔で馬車?の中を見ていたフーリに声が掛かる。
「どうぞ、中へお進みください」
先ほども聞いた高く澄んだ女の声。フーリはその声で正気に戻ると、理解は出来なかったが部屋の奥へ進んでいく、背中からは自分と同じように驚いているコイルの気配を感じたが一先ず放っておいた。
馬車…もうすでにこれは部屋と言えるが、極彩色の鳥が停まる木の横を通ると、その先には4人の人間がいた。
3人はエプロンドレスと言っていいのか?シンプルな紺色の服をまとった女達が壁際に3人立っており、どの女も容姿の美しい若い女で今は目を伏せて軽く腰を折っている。
そして最後の1人は部屋の奥の真ん中に備えて付けられている椅子に座っており、お茶を飲んでいたのだろう、椅子と対になっているテーブルにはカップが一組置かれていた。
椅子に座っていた女はフーリが自分の前に来たことを確認して、そのフーリの後ろからコイルが現れたことでゆっくりと立ち上がる。
明るく長い金髪をゆるく結わえてから左の肩に流しており、瞳の色は蒼。肌は絹のように透き通っており白く汚れを知らない新雪のようだった。
その身に纏っているドレスは女の瞳の色と同じ空色で、所々にレースがあしらわれており品の良いものだ。
豪華でも派手でもないが、その姿は凛としており気品が溢れだしていた。
そんな女の瑞々しい唇から、先ほども聞いた高く澄んだ音が紡がれる。
「この度は、私と国の兵士達を守って頂き誠にありがとうございます。
フォーゲルハイツ王国王女であるルチアナ=フォーゲルハイツから皆様へ最大の感謝をここで送らせて頂きたいと思います。
簡単でありますが、お茶の用意もさせております。
話はお茶を飲みながら致しましょう」
フーリは少しだけ目を開き女、ルチアナ=フォーゲルハイツを見て絶世の美少女とはこれを言うのだなと思い、後から来て隣に立っていたコイルはぽかんとした顔で突っ立っていた。
フーリはそんなコイルの横腹を肘で小突くと、身を屈めて汚れのない絨毯の上に膝立ちになると、頭を下げる。
「王女殿下からのお言葉、下賤の身で頂くことが出来たこと、有難き幸せに御座います。
このような場は不慣れでご無礼があるやもしれません。ご容赦くださいますようお願い申し上げます。
殿下をお守りすることが出来たことは私達にとっても僥倖でした。
貴国の兵は勇敢で、私達が助勢するまでもなく殿下の身をお守りしたでしょう」
コイルはまた固まったてしまった。
まさかフーリからこんな丁寧な言葉が出てくるとは思っていなかったので、王女を初めて見たときの衝撃とは違う衝撃に体が硬直してしまったのだった。
そんなコイルは放っておいて、フーリと王女の話は続いていく。
「ありがとう、貴方程の強者にそう言って頂ければ兵も誇りに思うでしょう。
本当によく国に尽くしてくれる者達で、私も誇りに思います。
さぁ、お立ちになってください。この場は私的な物、公式の場ではありません。
普段通りにしていただいても結構です」
「ハッ」
フーリは王女の許しを貰って立ち上がると、隣で未だ呆けているコイルに視線をやって胡乱な顔をする。
「おい、コイル。
普通にしていいってよ。王女さんから許しは貰ったから正気に戻れ」
さすがにこのフーリの反応の変化には王女も驚き「まぁ」と声を上げ、侍女たちも思わず伏せていた目と頭を上げてしまっている。
その時になって初めてこの部屋にフーリ達以外の男の声がした。
「…貴殿はあのようなことも出来るのだな」
その声に反応したフーリは自分達の後ろを見ると、バルバロイが驚いた顔をして立っている。
「なんだ、おっさんも居たんだな」
「おっ!!おっさん!?
俺はまだ20代だ!!おっさんではない!!」
「「えっ!?」」
フーリとコイルはバルバロイの実年齢に驚き。
3人のやり取りが面白かったのか、部屋に上品な笑い声が聞こえた。
口元を抑えて楽しそうに笑っている王女にバルバロイが焦り、醜態の謝罪をしたり。
正気に戻ったコイルが今更ながら王女に挨拶をしていないことに気が付き、顔を青くして土下座しようとするのをフーリが止めたりと一時部屋の中は騒然となった。
改めてコイルが落ち着いた所で自己紹介をすると、王女…ルチアナは不思議そうな顔をする。
「…コイル殿は家名を御持ちではないのですか?」
「は?あ…持っていませんが…。
どうか成されましたか?」
「いいえ、お気に障ってしまったのでしたら申し訳ありません 」
そう言ってルチアナが謝るが「いっいえ!!大丈夫ですので!!」とコイルはルチアナの謝罪にアタフタとする。
そのやり取りを見ていたフーリはルチアナの反応に疑問はあったが今は放って置くことにした。
ルチアナの許可を貰い席に着いた2人は話を漸く始めることが出来た。
因みにバルバロイはルチアナの後ろに立って控えている。
紺色のエプロンドレスを着た女がお茶の用意をして各々が一息入れるとルチアナが切り出した。
「バルバロイから聞きました。
フーリ殿達はドラゴンを従え、また白の巨獣をも従えていると…。
それだけではなく、強力な飛竜を単身、1人で倒すだけの力があると」
フーリはカップから口を離すと「まぁ…」とだけ応える、無礼かも知れないが相手が求める物がハッキリ決まった訳では無いので、余り自分達の情報は与えたくないと思っての反応だった。
それをルチアナは気にした様子は無いが…。
「そこでフーリ殿達にお願いしたい事が御座います」
「何ですかね?」
「私と王都へ…、王都に無事辿り着けるよう"力"を貸して頂けないでしょうか?」
強い意思がある、そんな瞳で見られたフーリは持っていたカップをテーブルに置いて思った。
ああ…面倒事だったか、と…。




